Life is ...Scene 3: Now we met. 後編 - EVE 様
命からがら(?)生涯最速かも知れない速さで自宅に帰還した淳平、その理由は忘れ物であるとか、遅刻するかもといった『平和』な理由だけでは決してない。ついさっき家を出たばかりでいきなり帰ってくる息子に声を掛けようとした母親が、その表情を見て口を噤んでいることなど完全に無視して、彼は自分の部屋へ駆け込んで行った。
勢い良く部屋に入った彼は、必死の形相で部屋のドアを閉め、ついでになぜか鍵まで掛けた。仲間を見捨てたことに蚊ほどの罪悪感を感じながらも、どうにか心の中に日常という平穏を取り戻せた淳平は、そしてとりあえず目当てのものを散らかした机の上から探し出す。
「東城綾、これだ。」
それは昨日学校の屋上で、謎の少女に出会ったあとに見つけた一冊のノート。それが実際謎の少女に関係があるとは決まったわけではないが、可能性は高いだろう。
時間稼ぎのつもりか(何に対してかはこれもまた謎だが…)おもむろに彼は、椅子に腰を下ろしぺらぺらとページをめくりだした。
そこには小学生なのでまだどこか幼稚ながらもこじんまりとまとまった字で数式が埋めてある。どうやら算数のノートらしい。要所要所見やすくまとめてありはっきりいって何のノートか分からない、むしろ『算数』と表紙に書いても本当か?と疑いたくなるような淳平のノートとは天と地の差がある。ここまでくると世の中を平等だといってる人々を、『誇大妄想』もしくは『現実を正しく把握できない』として、精神異常判定したいほどだ。
「おお、すげぇ、女子ってみんなこうなのかな…」
男子だって少なくともお前よりはましだ。
「へぇ、ここはこうするのか…」
いつの間にか普段分からないところを復習し始める淳平。分かりきったことであるが、彼は常日頃予習はおろか復習などしない。しかし、学校で教師達が板書する内容より遥かに効率的にまとまったノートは淳平のあるかどうか分からない知識欲を刺激したようだ。
「ふわぁ、ねむ…」
だが残念ながら、それも限界があったようである。先ほどの熱意はどこへやら、あくび交じりにページをめくる。こんなものか、とノートの後半まで読み進めると途中、白紙10数ページを挟んで書いてある内容ががらりと変わった。それは、見るからに算数ではない。どうやら何かの文章のようだが……。興味を引かれた淳平はその部分の冒頭に戻り読み始める…
「へぇ、自作小…!!!――――――――――――――
―――――――――――
――――――
その日の就業を告げる挨拶と共に担任の教師が退出した。自然クラスは浮ついた雰囲気になる。これから部活に向かう者、帰宅する者、友人と寄り道の予定を立てる者など、まだ室内は活気に満ちている。その中の一人、大草も他の人間と同じように部活に行こうと、教科書などをかばんに詰めて帰り支度を進めていた。
その時、教室の扉が開いて真中淳平が今頃『登校』してきた。あまりにも突っ込みどころが多すぎてクラスの誰もがまごついている中、彼はその理由はうかがい知れないがかなりせっぱづまった顔で自分の席を素通りして大草の前に立ち、後ろの席に前日は座っていた小宮山にも、そして彼に代わりその席の机の上に今朝からなぜか乗っている花瓶もまったく気づかなかったような態度でたずねた。
「おい大草、東城ってどいつ?」
大草はいきなりのことにしばらく声を失うが、それでも何とか頭を回転させて答えを返した。
「…え、あ、ああ東城? えっと東城は…」
そういってクラスを見回すが彼女を見つけることはできない。しかし彼女の席を見るとまだかばんが乗っていたので学校にいるのは確かなようだ。
「まだ学校にいるみたいだけど…ねぇ、東城さんって今ど「サンキュ、もういいわ。」こ… あ、おい!」
近くの人間に彼女の所在について聞こうとした大草の行動を遮って、真中はかばんを持ったままクラスを出て行った。
しばらくして、時が止まったかのように真中に集中していた視線が霧散し、クラスが先ほどとは別の活気に溢れる。
「ねぇねぇ、真中が東城さんに何のようだろう?」
「あいつって、東城さんと親しかった?」
「というか、話してたことあったっけ?」
彼らは『真中が女子生徒に話』という稀に見る珍事に興味津々のようだ。
「何の用なんだろ…」「なんか真剣な話っぽくなかった?」「東城さんと真中が二人っきりで……」
クラスの興奮が最高潮に高まった
…………………………(((まさか!!!)))……………………
「「「「決闘!?」」」」
(なんでやねん!!!)
大草は心の中でこれ以上ないってぐらいに突っ込んだ。しかし会心の突っ込みだったが、それを外に漏らすことはしなかったようだ。
『真中』という男に関して、基本的にこういった状況になったときに『告白』というイベントにクラスの生徒達の思考が直結しないのは彼の日ごろの行いのせいではあるが、それでも小宮山が今この場所にいたら何かとはやし立てて彼の行動を野次馬しよう等といったことになったであろう。
大草はもちろん他の人間達とは異なり、『告白』という可能性も視野に入れていたがあえて口にすることはなかった。可能性は極めて低いがもし『決闘』なるものなら(そうならとめるのが一番だったろうが)いくら真中が体格も体力も平凡以下の持ち主であったとしても、普段から何かと『影が薄くとろい』という印象を周囲に与えている女子の東城綾に負けるはずはないし、『告白』であったのなら好きにやらせてやろうと思ったためだ。意外にも彼は、一見クールだとか言われているが実は友達想いなやつなのかもしれない。
この際『告白』だか、『決闘』だかを受ける東城のことは頭の片隅にでも追いやっておくとして(この辺はクールだ。)、大草はクラスメイトたちが下種なことに考えが行かないように誘導しながら彼らを解散させていった。
(ま、なんだかしらないけど、がんばれよ、真中。)
そのころ真中は屋上に向かう階段を上っていた。東城綾を探している彼がなぜここにいるかというと、まったく根拠はなかった。しかし、直感的に『東城綾は屋上にいる』と思ったのだ。
昨日も、時間的には少し後になるが上ったこの階段。
この先に東城綾はいるはずだ。
本能といっていい何かに突き動かされるように彼は階段を上る。
前回と違い一歩一歩踏みしめるように登っていく。
何かをかみ締めるように。
何かを確認するように。
今にも噴出しそうなそれを必死にせき止めるかのように。
扉を開けて屋上に出た真中。
しかし簡単に見渡すが、人一人見当たらない。
当てが外れたと感じた彼は、東城綾がいきそうな場所に心当たりなどはじめからないので、屋上の端のフェンスに手を突き、下に見える校庭をぼんやりと眺めた。
まだ本格的に部活がはじまる時間には少し早く、校庭にいる人間はまばらで、着替えの早い連中がポツポツと校庭で器具の準備や準備体操を始めている。さっとサッカー部のほうを見るが、まだ大草は出てきていないようだ。(彼は金髪でやたら目立つので、屋上からでもすぐに分かる。)
そうして、肩を落として真中が途方にくれていると背後の扉が音を立てて開いた。放心気味だった彼は飛び上がるほど驚いて後ろを振り返る。
「ご、ごめんなさい。」
そこには、めがねを掛け、髪をみつあみにまとめた少女が恐縮そうに立っていた。いかにも『地味』という言葉がぴったりな彼女は、真中を驚かせてしまったことを申し訳なく思っているようだ。
「あ、あの真中君?」
反応のない真中に不安になったのか、少女は声を掛けてきた。しかし彼女はこちらのことを知っているようだが、彼にはどうにも心当たりがない。
「えっと…なんか用?」
とりあえず、その場凌ぎに用件を聞く真中。
「あの、その…私のノート知らない?」
かなり失礼な真中だったが、気にした風もなく用件を口にする少女。
「ノート?」
心のどこかで昨日屋上であった少女と『東城綾』を重ね合わせていた真中は、その少女が『東城綾』と結びつかず、質問に即答できなかった。
「そう、私の算数のノー「もしかして東城綾!?」ト… は、はいぃ!!」
突然大声で名前を呼ばれて驚く少女を尻目に、真中は自分のかばんから一冊のノートと取り出し彼女に差し出した。
「これのことだろ?」
「あ! 拾ってくれたんだありがとう!!」
「……………」
「…え? なに?」
黙り込んだ真中に困惑する少女。しばらくそのままだった真中だが、やおら口を開いた。
「東城って小説家になりたいの?」
「え? あ…」
何かに気づいたような少女。
「東城?」
「あ、らくがきのこと?」
そういって少女は苦笑いのようなものを浮かべた。
「あれは、その、ただ授業の合間に暇だったから書いただけなの…だから、その、小説家になりたいなんて夢みたいなことは思ってなんかいないのよ?」
まて ナニヲ言ってるんだ
「あはは、はずかしいな… 授業中に何してるんだっておもったでしょ?」
今スグソノ口ヲ閉ジロ ダマレ
「あんなの人に見せたくなかったのに… 『才能のかけらもない文章』」
イマナントイッタ??????????????
才能のかけらもない文章さいのうのかけ『才能』らもないぶんし『かけらもない』ょうサイノウノカケラモ『才能』ナイブンショウS『ない』AINOUNOKAKERAMONAIBUNNSYOU……………………――――――――――――――――――――????!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
何かが決壊した。
「だか「そんなこというな!!!!!!!!」ら…ヒッ!」
真中の抑えていたもの、それは『嫉妬』そして『怒り』だった。
今朝自分の部屋で東城綾の文章を見たとき、彼は『才能』というものをまざまざと見せ付けられた気がした。
芸術やスポーツなどは大成するのに特に『才能』というものが重要なファクターであることは疑いない。真中淳平にもそれはよくわかっていたし遺伝的にも自分にそれがないだろうことは理解していた。いや、理解していた『つもり』だった。だが、彼女の文章は彼にとっていままで抱いていた価値観や常識といったものを粉々に打ち砕くのに十分の威力を持っていた。
差は圧倒的に大きく。
壁は絶望的に高かった。
緻密で丁寧な情景描写。読者の感情移入を促す絶妙の間と、リズム。何より彼女の紡いだ物語には生き生きとした躍動感と臨場感に溢れていた。
もちろんそれらは、現在活躍するプロと呼ばれる人間にすればまだ幼稚で雑なのかもしれない。
しかし彼女の言うことが本当なら彼女は我流、つまり独力で誰に師事するでもなくそのレベルに到達したことになる。
自分はそこまでいけたか? 今、自分はどこにいる?
『機会』さえあればいつでも『世に出せる』才能
それが彼女にはあった。
それにたいして自分は今、『機会』に恵まれたとしても何ができるだろうか…
持たざるものの『嫉妬』、それは容易に人の心を蝕む。
いま、彼の幼い心は蝕まれる痛みに悲鳴を上げていた。
蝕まれた部分が膿み、腐臭を放つ。そこから生まれたどす黒い『穢れ』がまた、彼の心を蝕む。
それらは拡大し、速度を上げて彼の心を汚染していく。やがて、穢れは外へ、それをもたらしたものへと帰ろうとする。
しかし、彼の本来まっすぐの性根がそれを許さない。逆に彼女に嫉妬して黒い感情を向けようとする部分をひどく嫌悪した。自分の不足を、他人を貶める、もしくは否定することによって満たそうという浅ましさ。そんなちっぽけな自分に向けた『怒り』。
それらは彼の小さな胸に溜まり、今にも噴出しようとしていたが、彼はそれを必死に抑えていたのだ。
そして、彼女の放った先ほどの言葉が引き金になった。
抑えていたものの決壊を機に、許容限界まで蓄えられた『もの』の濁流が鉄砲水となって流れ出る。
頭のどこかで、それを抑制しようとする声が聞こえる?
そんなものきこえない!
もうおわりにしてしまえ!!
そして、目の前の女を道連れに…!!!
『衝動』が真中淳平を支配しようとする。『目の前の女をぶち壊せば胸にわだかまる溜飲も下がる。』『すっきりする。』『日々感じていた不安も焦りも何もかもなくなる。』
論理的組み立てもなく、脈絡もなく、いい加減で、自己中心的で、限りなく独りよがりのいいわけが次々と彼に見せかけの免罪符を与えていく。
『お前は許される。』『それは悪いことじゃない。』『気にすることはない。』『あとでどうとでも言い訳できる。』
それら見せかけの免罪符たちは『破滅』という姿を巧妙に甘いオブラートで包み、彼を後押しする。前へ、前へと。
彼を、足を前に進める。
目の前の女は自分を睨み付ける男に恐怖しているようだ。
その表情がたまらない。たまらなくそそる。おびえる弱者。無力なもの。
幼い心はそれらをちっぽけなものと容易に誤認する。そして目の前のものがそうなった時、それは、どうしようもなく無垢で残酷なものへと変貌する。
昔、生きた虫を解体したときのあの得体の知れない興奮。その高揚感がますます彼ら、幼い子供をかきたてるのだ。
その震える体をわしづかんで
そのか弱い肩を木っ端微塵にしたら
それは、どれほど『愉快』だろうか。どれほど『痛快』だろうか。
どれほど自分が『偉大』な存在だと錯覚させてくれるだろうか。
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あとすこし
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あと少し手を伸ばせば
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鈍い音 と 叫び声
これが、彼『真中淳平』と彼女『東城綾』の出会いだった。
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