Life is ... appendix: その肩に、そっと - EVE  様





その瞬間、何が起こったのかわからなかった。
























Life is ... appendix: その肩に、そっと。

























『Fiction: フィクション』


綴られた机上の世界、少女はそこでだけありのままでいられた。


暗い洞窟の中も、野獣溢れる大森林も、剣戟入り乱れる戦場の只中でさえ、彼女は彼女のまま駆け抜けることができた。


あるときは、荘厳な翼をはためかせ

あるときは、猛る軍馬の背に乗って

そして、あるときは優美なドレスに身を包んで。


抑圧もなく

束縛もなく

拒絶もなく



ただ、自由に。





















「おれ、映画監督になる!!」

と、男の子はそういってクラスのみんなの視線を一身に受けていました。


その日、学校の道徳の時間の事です。

先生が私達に質問しました。


『将来の夢』


卒業と進学を控えた私達にとってどこにでも転がっているような問い。

クラスの男の子も女の子もそれぞれいろんな反応を見せます。

自分の中に確固としたものを持っていて、自信に満ちた目を見せる人。

友達と将来について、冗談まじりに相談を始める人。

先のことにはまだ興味がないのか、退屈そうにしている人。


その時、私の頭にはつぶさに『小説家』という文字が浮かびました。


でも、言葉にはできません。


できるのは、名前を指された時に備えて他人の声に聞き耳を立てることだけ。


決して自分だけではないと、現実<リアル>の綾<わたし>を励ましながら…


おしゃべりでにぎわう室内の、希望に満ちた昼下がりの暖かい空間

その中で、自分の席の周りだけどこか空々しく、空虚で、寒々しかった。


流れ出る冷や汗が不快で、両の手をキュッと強く握り、奥歯に力を込めます。

(だめ、だめよ、綾。)

そうしないと、せっかく目立たないようにとしてきた拙い努力が無駄になってしまう。


時間が過ぎていきます

楽しそうに談笑するみんな

挙げられていく意見

そして、うつむきじっとしている、わたし。


固く結んだ唇がほころび、震える吐息が漏れそうになったときでした、

彼が、ざわめく教室でひときわ大きな声で意見を口にしたのは。


私達の前で、映画監督になりたいと言った彼。

一人起立し、ざわめきをその一声でかき消した彼は、どこか誇らしげで、誰よりも自信に溢れていました。

(すごい…)

なんという度胸だろう

発言以前に指名されることすら恐れていた私にとって、彼はとても眩しく映りました。

けどその一方で、彼をやっかむ自分がいるのにも気付いていたのです。


私だけでなく、クラスの誰もが恥ずかしがり、しり込みすることをたやすく成し遂げてしまった彼。

さらに、大勢の人間からの視線にも怯まず胸を張っていられる彼が嫉ましかった。

羨ましかった。


その後みんなから、からかいの的にされてしまった彼が怒りと共に放った言葉

『そんなのやってみないとわからないじゃないか!! 夢見ることの何が悪いんだよ!?』

その言葉はまるで、私に向けられたかのよう思えました。


いえ、フィクションの世界の『彼女』が私に向けた言葉

現実に怯え、自己弁護と自己暗示でその場凌ぎの日常をおくる『東城綾』への言葉のようでした。
























屋上にあのノートを置き忘れたと気づいた翌日、早めに登校した私は真っ先に屋上に上りノートを探しました。

隅々まで探したけど見つからず、職員室にノートが落し物として届いてないかも確認しましたが見つかりません。

始業のチャイムが鳴る前に教室に戻った私は、あの時ちょうど屋上に上がってきた真中君が知っているかもと思い、室内を見渡しましたが彼の姿は見当たりませんでした。

授業が始まっても彼は教室に入ってこず、先生が大草君に事情を尋ねると、どうやら忘れ物を家まで取りに帰っているとのことです。

しかし、真中君はその授業が終わっても登校してきません。結局給食が終わり午後の授業が終わっても彼は教室の戸を開けることはありませんでした。

その日最後の先生の話も終わりみんなが帰る準備を始める中、私も真中君には翌日聞こうと思い帰り支度を始めました。


私がお手洗いに行っている間に何かあったのか、教室に戻ってみるとクラスの中が少し騒がしいなと思いました。

すると、女の子の一人がわたしに『真中君が捜していたよ。』と教えてくれました。どうやら騒がしいのは真中君がこんな時間に登校してきたからのようです。どこにいるのかは知らないみたいなので、とりあえず思いつくところを探してみようと教室を出ました。

普段接点のない私が真中君の行きそうな場所を知っているはずがありません。だからもっとも最近彼と会った屋上へ向かったのです。



そして、彼を見つけた。



開けた扉の音が大きかったのか、真中君を驚かせてしまったようです。そう思った私は、

「ご、ごめんなさい。」

と、たどたどしく頭を下げました。けれど彼はぽかんとしたままこちらを見ています。

それからしばらく反応のない彼に私は恐る恐る

「あ、あの真中君?」

そういって声を掛けました。

不審そうな顔をしたままの彼が何の用かと聞いたので、私のノートのことを知っているかたずねると、最初不思議そうな顔をした彼は突然私の名前を読んだ後、おもむろにかばんの中を探り始めました。

驚きで呆然としている私をよそに、彼は一冊のノートを取り出し、

「これのことだろ?」

といってノートを差し出しました。それはまさしく私の探していたものです。

「あ! 拾ってくれたんだありがとう!!」

といって、精一杯感謝の気持ちを伝えたつもりでしたが、彼は真面目な顔で黙り込んでしまいました。

私の伝え方がまずかったのだろうか、失礼なことをしてしまったのだろうか。

口を閉ざしたままの真中君。

不安と緊張でのどが渇き始めた私は、何か話のきっかけを作ろうと声を掛けました。


「東城って小説家になりたいの?」


ズクン


どうして?


瞬間、私は後悔しました。


今声を掛けたこと。今日この場所に来たこと。そして、昨日彼に会ったこと。


その後、何を口にしたのかよく覚えていません。


ただ、真中君を怒らせるようなことを言ったのだと思います。


ゆがんでいく彼の表情


その顔に浮かぶ『怒り』


私は恐怖していました。


こちらを睨み付ける彼ではありません、『その向こうにあるもの』に。


ただただ怖くて、私は必死に許しを請いました。可能な限りの言い訳をしました。


でも、『それ』は歩みを止めません。一歩一歩確実に近づいてくるのです。


今の私はきっとひどい顔をしているでしょう。涙にまみれ恐怖にゆがむその顔は、誰よりも醜いに違いありません。


空想の世界で、大地を駆け、大空を往く『少女』は、こんなにも矮小で


こんなにもみじ「そんなこというな!!!!!!!!」め………


「え?」


頭に冷水を浴びせかけられたようでした。

それと同時に少し冷静になった私は、改めて彼を見ました。

そして気付いたのです。

怒りの表情を浮かべる彼の瞳が


『悲しみ』と『苦しみ』に濡れていたことを。



彼は今戦っている。

何と戦っているのかは分かりません。

けど、私はどのような結果になろうと見届けるつもりでいました。

現実を生きる東城綾が自らが作り出した理想という怪物と戦ったように

彼、真中淳平もきっと譲れない何かと戦っているのでしょう



彼が足を踏み出し、私に近づきます。

きっと私の顔は強張り腰は引けているでしょう。

それでも、決して目をそらしはしない。


絶対に、逃げない! ――――――――――――――――――――――――























身の竦む様な鈍い音。


しかし、いっこうに痛みはやってきません。

反射的につむってしまった目を開いて真中君を確認します。


「真中君、大丈夫!?」


真中君は私の目の前で蹲っていました。さっきの音は彼が自分を殴ったときのものでしょう。


零れ落ちた血。


それを見て動転した私は、危うく彼の言葉を聞き逃すところでした。


『もっとみたいとおもった。』


『映画が好き』


彼は震えていました、何かをもてあますように。

彼は泣いていました、幼子のように。


トクン


とっさに慰めの言葉をかけようとして止めた私

なぜなら、きっとそれは違うと思ったから

いつだって、何かに言い訳してきたこれまでの日々

難しい飾った言葉は何も変えはしなかった

取り繕った行動は、明日への扉を開くことはなかった



私は知っている


本当に大切なのは、飾らない剥き出しの心


私<東城綾>は私のまま、『ありのまま』でいいことを


だから



あなたのその肩に、そっと――――――――――――――



「「……ありがとう……」」



心の中に広がる大空を彩る夕日、その光の中、天空を翔る少女が微笑んだ気がした。



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