Life is ...Scene 4: jealousy -嫉妬- - EVE 様
クラスの連中をあらかた解散させた大草は、部活へ行く準備を進めていた。
本来は友人として、同じ部員として、先ほど嵐のようにやって来て去っていった男を誘うべきなのだろうが、彼の熱意がサッカーに向いていない事は知っているし、たとえ誘ってもなんだかんだといってサボろうとする彼を誘うほどサッカー部のエースは暇ではない。荷物の確認を終えた彼は知り合いに簡単な挨拶を済ませ、残っている生徒達も少なくなって喧騒の穏やかになった教室を出た。
「真中が女子と決闘だってよ!」
「はぁ? まじで?」「うそだろ?」
(あいかわらず、あいつって話題になるな。)
耳に入る他の生徒の雑談に内心苦笑する大草。あの図体の割りにあまり話題に上らない小宮山のことは一切無視して、今はどこぞでがんばっている(?)友人を思う。
(それにしても…)
つくづく不思議な男だと思う。特にこれといった特徴があるわけでもなく、何かに秀でているわけでもない彼が、こうまで全校生徒の注目を浴びることがいまだに理解できない。他にも人気者と呼ばれる部類の人間はいるがそれなりの理由や根拠がある。例えば、自分が女生徒の視線を集めているのは、容姿は言うまでもなく、サッカー部でもエースであるからだ。度量が小さいと自嘲も感じる、しかしそれでも友人が男女問わず話題の中心になることには少し複雑なものを感じずにはいられないのだ。
「ねぇねぇ西野さん、あの真中君が誰かと決闘するんだって〜。」
「決闘?」
(西野?)
物思いに耽りながら廊下を歩いていた彼は、気になるフレーズを聞き意識をそちらに向ける。
そこには同じ学年の生徒二人と目の覚めるような金髪、そして息を飲まんばかりの美貌を持つ少女がいた。
「うっそぉ〜!」「うそじゃないって〜。しかもなんか相手は女の子なんだってぇ。」
「……女の子と…?」
「え、そ、そう聞いたんだけど…」
急に真顔で聞き返され戸惑う女生徒。どことなく語尾も尻つぼみだ。
「…あ! 大草君だ!! じゃ、じゃあさ、大草君に聞いてみようよ! 大草く〜ん!」
(なっ!? そこでふるのか!?)
とりあえずこの雰囲気を何とかしようとサッカー部エースもたじたじのキラーパスを放り込むもう一人の少女。運悪く視界に入ってしまった彼は堪ったものではない。
「な、なに?」キラッ ((大草キュン!))
それでもかろうじて笑顔を保ちながら返す大草、さすがだ。(ひくついている頬はこの際御愛嬌か。)
「あの、大草君て真中君と一緒のクラスだし仲良いよね!?」「そうそう、真中君が女の子と決闘って本当なの??」「…………………」
(これは下手のことは言えないな…しかし何でこんな役ばっかり…)
「あ、いや、ただ真中のやつが東城って子に話があるって探してただけで、特に決闘とかは聞いてないよ。」
「なんだぁ〜、ちがうのぉ?」「もう、どこから決闘なんて聞いたのよ〜。」「だって、さっき廊下で男の子達が話してたんだもん。」
「あぁ、それはあの真中が女の子に用があるのが珍しかったから、クラスのみんなが勝手に騒いだんだ。」
「「そうなんだぁ。」」
大草の言葉にしきりにうなずき納得顔の二人の少女、先ほどの疑問が解決したことも喜ばしいことだが、大草と会話できたことも十分な収穫だったに違いない。
ナイスパス
しかし大草は、朗らかな雰囲気の中一人だけ難しい表情をしている少女に気づいていた。
「どうしたの、西野? 何か気になることある?」
「…え…? う、ううん。そんなことないよ。」
「ねぇねぇ、女の子に用ってどんな用だったの?」「そういえば、真中君てあんまりそういうの興味ないってうわさじゃない?」
「…………あ、ああ。そうだね。どんな用かは俺も知らないんだよ、さっきいきなり教室に入ってきたと思ったら東城さんの居場所聞いてすぐに部屋を出てっちゃったから。」
「でも、男の子が女の子に用……、「「なんか、いや〜んなかんじぃ〜!」」
「……じゅ、真中君が女の子と、二人で…………」
「は…はは……、そ、それじゃ、俺部活あるから。」
そういって、その場を立ち去る大草。
「「大草君、部活がんばってね〜!!」」
かわいらしく手を振る二人の少女
その影でひとり不安げに瞳を揺らすつかさ
――――――――――――――――――――――――――― 穏やかな水面に放たれた小石
揺れる瞳に、さまざまな感情が浮き出ては滲んでいく
――――――――――――――――――――――――――― 生み出された波紋は水面を滑り行く
そして、少女達の声援を背ににうける少年の瞳もまた
――――――――――――――――――――――――――― 静かに、確かに。
フクザツな色を湛えていた………
嫉妬
呆れるほど幼稚で、呆れるほど愚かな理由から、男は手を伸ばした。
目の前の少女の顔が、一歩足を進める毎に恐怖に染まっていくのが分かる。
それと共に自分もまた、嫉妬によって何かに染まっていくのが分かった。
興奮状態のため、時間の流れが遅く感じる。
ひどく感覚が曖昧で、ひどく現実感に乏しかった。
ガラスの壁で仕切られた空間を覗いている様な
スクリーンに映るチープな無声映画を見てる様な
「なんだこいつ?」
口に出る、すでに答えの出た質問
あまりにもつまらなくて失笑が漏れた。
ぼうっとする耳と、さっきから妙に調子の悪い視界。
「あの俳優誰だ?」
わかっている。
目の前の少女、東城綾に嫉妬した自分、真中淳平。
その彼女を壊してしまおうと今手を伸ばしているのは間違いなく自分。
けど、それがどこか他人事のように感じられた。
「その男は身を滅ぼしていくのでした。」
そして、後になって後悔と懺悔にマミレル。。。
最低のストーリー。
ありきたりで、なんのひねりもない。
「だれだ?これつくったやつ。」
ああ、それも自分だ。
主演、脚本、監督、そのすべてが真中淳平によって行われたもの。
いつものごっこ遊びといっしょ。その延長がこの駄作だった。
「やっぱりなぁ…」
きっと、わかっていたんだ。彼女のノートを開く前から。
わかっていたんだ。あの日、あの屋上の夕日を見る前から。
本当はずっと前から
「分かって…いたんだ…」
自分には何もなかった。奇跡を織り成す文才も、人の心を動かす表現力も、緻密な構成力も。
―――――――――― 才能 の かけらも ない
ガン!!
「キャァア!!」
どこかで悲鳴を聞いた気がしたが、それよりも揺れる意識とチカチカ火花の散る視界に思考の大半を占められてそれどころではなかった。
鼻の奥がつんとして、頬にだんだんと熱と鈍痛が沸きあがってくる。
あまりの痛さにその場によたよたと膝を着き、頭をたれた。
「真中君、大丈夫!?」
ぽたっ ぽたたっ
零れ落ちる赤い血と、透明な涙。
たれた鼻水と混ざり合った液体が、奇妙なマーブル模様を床に描いている。
それらを眺めていて、ふとこんなものしか創ることのできない自分がおかしかった。
パンチの効いた喜劇でも創ろうかと思ったが、歪な笑みすら浮かばない。
引きつった口元から生まれてくるのは、情けない嗚咽だけ。
ますますにじんでいく目の前
いつの間にか水滴から水流に変わった涙
口元の痙攣はますますひどくなり、しゃっくりじみた吐息も混じりだした。
「真中君! 血が!!」
自分に拳を向けたのは、自責からではない。
涙したのは自分に対する悔しさからでもない。
東城綾の才能に嫉妬し、それに負けて彼女を傷付けようとした自分が惨めで情けなく思ったのは確かだ。自らの犯した愚かしい行為の被害者である彼女には申し訳ないとも思う。
しかし、目の前の壁を打ち破ってその男の行動を止めたのはもっと純粋な感情。
「……もっと……みたいと…おもったんだ……」
「え?」
「えいが…が…す…きなんだ……えい…が…がす、すきだ…から…」
「…………………」
自室のベッドの上で読んだ彼女の小説は、昨日この屋上で見た極上の夕日だった。
まだ未完の作品は、輝く可能性に満ちていた。
『ただ、つづきがよみたかった。』
子供らしい単純な欲求だからこそ、己を支配する澱みに打ち勝てた。
真中淳平が純粋な少年であったからこそ、未来への希望を取り戻せた。
そして、小さな少年の肩にそっと生まれた『ぬくもり』
それだけでよかった。
それだけで、歩き出せた。
だから、あなたに伝えたい
飾りない精一杯の『感謝』を
「「……ありがとう……」」
ぬけるような秋の空は今日も高く、もゆる夕日は彼らを暖かく照らしていた。
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