未完成―第一章―3 つね様




―3―










西野の瞳は強い信念に満ちていた…



僕が何を言おうとその決心は変わらないことが一目で分かるほどに。







「あたし春になったらフランスに行っちゃうんだよ?」

クリスマスイブの夜、駅前のクリスマスツリーの下で西野は僕に向け、そう言った。





…僕は馬鹿だ…




付き合っているという、その事実だけで西野の心までもが自分の思い通りになるものだとどこかで思ってた。

人をそんな風にモノみたいに考えるなんて…しかも恋人に対して…

僕には僕の自由があるのと同じように、西野には西野の自由がある。

きっと僕だって自分の夢である映画監督になるために海外に行くと決めたなら、西野と同じようにするだろう。

夢と恋

天秤にかけてもどっちが大切なのか分かりっこないものでも、そこには止められない想いが必ずある。

それが恋人だとしても止められない夢が、ある。






言葉ではそんな風に分かってた。

どうしようもないことだとは頭の隅で分かっていた。

だけどショックだった。























離れ離れになったら、僕達はどうなる?



























二人なら大丈夫。

あの夜、そう信じたはずだった。

だけど、離れて過ごすことが決定的な言葉として僕の前に降りてきた瞬間、不安が胸をよぎった。

この日は、久々に喧嘩をした。

西野が怒るのも無理はない。

春になればケーキ作りの腕を磨くためにパリへ留学をする西野にとって、貴重な一日だったのに…

僕の頭の中はいやらしい妄想ばかりで。

本当に、僕は馬鹿だ。

でも、悪くなった西野の機嫌をなんとか治さなければと、そんな風に僕は思う。
「…とりあえずファミレスに…」

「そーゆー気分にはなれないよ。…もう今日は帰ろ?」

冷めた口調だった。

不用意な僕の言葉が西野のモチベーションを完全に奪ってしまっていた。

西野を家まで送る帰り道、早足で歩く西野と僕の距離は縮まることなく、何の言葉も交わさないまま、西野の家の前。

立ち止まった後ろ姿に声をかけようとした瞬間、西野が振り返った。

「…キスしよっか…」

「…そういう気分…じゃないんだろ?」

「そういう気分じゃないからしてみたいんだよ」

僕には西野の意図がまったく見えない。

こんな状況で、「キスしよう」なんて…

「いいよ、あたしからするから。目閉じて」

僕はよく分からないまま、言われたとおりに目を閉じる。

その時の西野のキスが、やけに色っぽくて…

離れた後も柔らかな感触が、僕の唇にしつこく残った。

「ねぇ、パリに行くまでにあと何回キスできるかな?」

「だから、ちゃんと大切にしてよね」

西野がパリへ飛び立つまで、あと三ヶ月。

『大切に』…しなきゃ…










大切に…

西野を、大切に…

西野の想いを大切に…

僕は、それができていたのか…







夢の中、

現実を流れる時間の速度は分からなくて、

それでも夢は続いていく。

夢という名の過去が、

もう一つの現実が、

流れていく。

確かに、流れていく。







確かに、

あの時は確かに、

『しよう』と、していたはずなんだ。

大切に、

大切にしようと…

確かに…




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