〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第三話  - つね様


〜第一章〜第三話『“盗”亡』




「すごいな…、来た時も思ったけどすごい数の人だ…」


「今やこの周辺では最も栄えている国ですからね」


感心しているジュンペイにそう答えるのは第二の城門につないでいた馬を引くコズエ。


「でも、その背景には軍事力による周辺諸国の従属があります」


「戦争で勝ち続けて他国との貿易を有利に進める。それは防御に重きを置き、自分達から侵略をすることのないこの国にとっては長い月日をかけて積み上げた物です」


「だけど、最近はそうでも無いようです」


「…えっ…?」


コズエの語気が変わったのをジュンペイは感じ取っていた。


「どんどんと好戦的になっているのです。ついこの間、隣国に攻め入ったと聞きます。城門を取り壊し、街の隅から隅までを調べ尽くし…、街は壊滅状態まで追いやられたと」


「これまでのフェイスタの国の性格からしたら異常なことです。何を探しているのかは分かりませんが、サンウェアも例外ではありません」


ジュンペイにはコズエの言っていることが分からなかった。


「その隣国は侵略を受ける前日まで、フェイスタと同盟関係にあったと聞きます」


「…っ!…」


ジュンペイは言葉を失った。


そして今の自国の置かれた状況を思い返すと血の気が引いた。





「…まあ、念には念を、ということです」


青ざめたジュンペイの表情を見て、コズエは最後に安心させるような口調で付け足した。


























「なんだか、大役の割にはあっさりとしてたな」


最後の城門が目前に迫ったとき、ジュンペイが呟いた。


「…仕方ないです。リュウジさんはああ言ってくれましたけど、変な疑いをかけられるのも良くないですから…」


結局二人は街のようすをゆっくりと見て回ることもせず、真っ直ぐ城門に向かっていたのである。


ここはあくまでも「他国」であり、コズエの言葉通り、街を徘徊することによってあらぬ疑いをかけられる可能性も否定しきれない。


自国のためにはそうすることが賢明だと思われる。


二人の判断は概ね正しいと言えるだろう。








しかし、偶然か、必然か。







このとき、もうすでに、始まっていたのだ














城門を通り抜けようとしたその瞬間、街がざわめいた。


思わず振り返るジュンペイの視界に入ったのは、城門からは少し離れた広場に多くの人が集まる光景。


歓喜の渦の中心にはやぐらの上に立つ一人の少女。











―――フェイスタは間違いを犯した。










―――この少女を“今”、城の外には出してはいけなかったのだ。









―――権力による慢心?










―――まさか。狡猾で思慮深い、“あの男”に限って?










―――それではただの伝達ミスか。










―――どちらにせよ、正確無比・絶対堅固なフェイスタの連絡網・守備網に、今、ほころびが出たことは間違いない。










―――事実、勝ち続けたもの、安定を得たものは失敗の臭いに疎くなるものだと言うが…










―――それとも、小さな同盟国から来たこの二人の少年少女を取るに足らない存在として見たのか。

















ジュンペイが振り向いて間もなく、やぐらの根元の柱が折れた。


それに伴いバランスを崩すやぐら。


やぐらの上の少女が宙に投げ出されるのは当然なこと。


スローモーションの中、揃って口を大きく開き空を舞う少女の姿を追う民衆たち。


まさに偶然が重なった出来事。


それならば、その少女の落ちゆく先に一頭の馬がいたことも、偶然と言えるのだろうか。














ドンッ!


その音と同時に、時が動き出した。


甲高い鳴き声が天に昇り、前足を大きく上げた馬。


空回る足が地面をとらえた瞬間、城門に向かって猛然と走り出す。


護衛に当たっていた兵士の誰もが状況についていけず、遠ざかる影に向かって手を伸ばすだけに終わる。




「その馬を止めてくれ!」


広場から聞こえたその声は、物事の一部始終を見守っていたジュンペイが動くには十分だった。


ジュンペイは猛進する馬の進路に立ちはだかる。


「…! ジュンペイさん…、どうするつもりですか?」


「…分からないけど…、止めてみる」


そう言ってはみるものの、猛烈な勢いで突進してくる馬のスピードが緩むことはない。


自ずと身体が震え上がる。


迫り来る恐怖と不安が勇気や使命感と入り混じる。


ジュンペイは唾を飲み込んだ。


「…っ!…」


突進してくる馬とジュンペイの影が重なったとき、コズエは思わず目をそむけた。




バタンッ!




馬が木製の頑丈な城門にぶち当たる音が聞こえた直後、コズエが見たのは、開け放たれた城門の向こう側に遠ざかる馬の後ろ姿だった。


コズエは、その背中に二人の人が乗っていることを確かに認めた。


…正確には、一人は馬の首にぶら下がっているが…


「ジュンペイさん!」


コズエは自分の馬を走らせ、その影を追いかける。


二人分の荷重を負った馬の足に追いつくのは容易なことだった。


「ジュンペイさん!なんとかよじ登ってください!」


隣に並び、呼びかける。


「そんな…こと…、ぐっ、言ったって…!」


「そうしなきゃ放り出されて死にますよ!」


ジュンペイの顔が青ざめる。


「っ…!ぐ、ぐ、ぐ、死んで…」


「…死んで!たまるかあああああああああ!」


火事場の馬鹿力だった。


コズエの脅迫も手伝って、ジュンペイはなんとか馬の背に這い上がる。


それと同時に、それまで馬の背にいた少女の身体がずり落ちようとする。


「うわっ…、とととっ」


とっさにその身体をジュンペイが支え、なんとか事なきを得る。


「あぶねっ…」


体勢を立て直し、うまくバランスを取る。


―――リュウジに馬の乗り方教わっといて良かった…


落ちないよう、背に手を回し抱き寄せる。


危機を脱し落ち着いた思考。


ようやく少女の姿の詳細が目に入るようになった。


「…!…」


その瞬間、ジュンペイは声を失った。


「…この子は…」


「ジュンペイさんっ!前っ!」


「へ?」





ドゴッ!…ドーンッ!





轟音とともに世界がひっくり返った。




























「…なんで、こんなお決まりのパターンに…」


大木の下、地面に打ち付けた頭をさすりながらジュンペイがぼやく。


「…あ…その…大丈夫でしょうか…」


「…まあ、なんとか…。思えばあれしか馬の暴走を止める術は無かった気もするし…」


「…それにしても…」


ジュンペイはひとつため息をついて隣に横たわる少女に目をやる。


「フェイスタ国の王女ですね」


「やっぱりそうなのか…」


艶のある金色の髪に白いドレス。


その外見は王女と呼ばれるに相応しいものだった。


そして彼女はジュンペイが城内の庭園で見惚れた少女と同一人物であった。


近くで見ても、その横顔はやはり美しいものであり、思わず頬を染めてしまう。


透き通るような白い肌、すっと通った鼻の筋、適度に潤った桜色の小さな唇、


頭髪と同じく金色の整った眉毛と綺麗に生えそろった長いまつげ。


整った顔立ちはこの世のものとは思えないほどだった。




「…んんっ…」


しばらく見惚れていたジュンペイは、少女の小さな声を聞き、我に返る。


「あれ…?おかしいな…あたし、やぐらの上から落ちて…」


寝ぼけ眼で周りを見わたす少女。


その様子が妙に可愛らしい。


「目が覚めた?」


「わっ、誰?」


ジュンペイの声に慌てふためく少女。


馬に乗ったときからずっと気を失っていた彼女からすればそれは当然の反応だった。


「えっ…と、落ち着いて…。とりあえず…、どこから話せば…」







ジュンペイとコズエは事件の一部始終を少女に伝えた。


予想通り、少女はフェイスタの王女であった。


『ツカサ』という名のこの王女の話によると、集会などの場において民衆の前に姿を見せることが彼女の国内での大きな役割であるということだった。


そして、それは特に戦の前などでは通例の儀式となっていたということだ。




―――おそらくは、彼女は国のシンボルとなる存在なのだろう。




彼女はそう明言はしなかったがジュンペイにもコズエにもそういった想像は容易だった。


そして、今回の件もいつも通り、そんな儀式の一環だったようだ。




彼女の話によって、大体の事情が明らかになった。


しかし、ジュンペイにはひとつだけ気になることがあった。


こうして話す王女の表情があまり芳しくない。


まるで、嫌なことを話しているような表情(かお)をしている。


その様子を見て、ジュンペイは庭園での彼女の儚げな姿を思い返していた。



―――この王女とフェイスタという国の関係には何かがある。



そう直感で感じていた。





















お互いに事情を話し終えると、ジュンペイが口を開いた。


「じゃあ、とりあえずフェイスタまで戻らなきゃな」


そう、それが二人の為すべき仕事であった。


実際、王女が行方不明とは大事である。


コズエも頷き、馬を出す準備をする。


幸いなことに、あれだけ派手にぶつかったものの、ジュンペイと王女の乗っていた馬には怪我は無かった。


馬を繋いでいた紐を木からほどき、その背へと乗る。


「さあ、王女様も乗ってください」


「王女…?」


ジュンペイの振り返った先、王女はまだ大木の下に俯いたまま座り込んでいた。


まったく動く気配の無い王女の元にジュンペイとコズエが馬から降り、歩み寄る。


先ほどの話も手伝ってか、心配をしながら歩み寄ったジュンペイだったが、顔を上げた彼女の表情は思いのほか明るいものだった。


「そういえば、二人とも他国から来たっていってたよね?」


「…はい、そうですが…」


「こら、敬語使わない。ジュンペイくん、あたしたち同い年でしょ」



―――心配して損したかも…。しかもいつの間に「ジュンペイくん」…



「それで、われわれ…、えっと、俺たちが他国の者だって言うのがどうしたんだ?」


―――王女相手にタメ口っていうのも気が引けるなぁ…。ああ、もうどうにでもなれだ…


「んー?えっとね…、」


「面白そうだから連れて行ってよ!」


「は?バッ…、バカヤロ」


暴言が思わず口をついて出ていた。


しかし、それほど王女の発言は突飛で、脈絡が無く、馬鹿げていた。


「君は王女だろ…!そんな無責任な…」


それでも、その数秒後、ジュンペイの言葉は止まっていた。








「…お願い…、連れて行って…」




自らの左腕を掴んだ右腕で抱きしめるようにしたその身体が震えていた。




俯いた表情は読み取れない。




―――だけど、ひとつだけ、確かなこと。




―――目の前の少女は間違いなく、今、僕に助けを求めている。




「ジュンペイさん!」




―――コズエの声が聞こえる。




―――ああ、分かってる。これは“静止”の声だ。




―――心の中でも、もう一人の自分が警笛を鳴らしている。「取り返しの付かないことになるぞ」と。




―――だけど、今、この場では、目の前の少女の心の叫びだけが真実で




―――僕は、震えるその手を取り、僕の後ろに乗せると、




―――太陽を纏う国に向けて走り出した。











…つづく


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