〜第一章 “石の国フェイスタ”編〜第一話 -
つね様
※この話はマンガ『いちご100%』の中に登場する東城綾の小説『石の巨人』の世界観を参考にして書いたフィクションです。
『いちご100%』中に出てくる登場人物と、本作品での登場人物は名前・呼称、人間関係、特定キャラに対する二人称が若干異なります。
国と国との争い、地位をめぐっての内乱、支配者に対する民衆の反乱。
未だ統治の安定することのない時代。
私たちにイメージしやすいように言えば古代ヨーロッパによく似た世界であろうか。
列強の国々が幾度も攻略を試みながら、決して勝利を手にすることができなかった国家があった。
彼らの前に立ちはだかったのは石造りの高い壁と天高くそびえる石の塔。
最強と謳われた国の強みは絶対的な守備力にあった。
そしていつしか、国の最大戦力である難攻不落の城壁と石の塔はその堅固さと外観から、その周辺の土地の伝説にちなんでこう呼ばれるようになっていた。
「石の巨人」、と。
『太陽の国と石の巨人』〜第一章
“石の国フェイスタ”編〜 第一話『出立〜太陽のかけら〜』
「さて、これですべてだ」
大きめの麻袋に最後の荷物を詰め込むと、大柄の男は確認するように言った。
誇らしく逆立った金髪に凛々しい顔つき。その額には十字の傷がある。
立ち上がり振り返るとそれは今まで以上に堂々としたものに見えた。
「明日、出発なんだよな。なんだか寂しくなるな…」
二人きりの部屋の中、もう一人の男が呟くように言った。
こちらは中背、大柄の男に比べると幾分かひ弱に見える。
彼の言葉に対し、ふっと鼻を鳴らすとどこか満足げに微笑んだ
「別れは“まだ”だろう。ジュンペイ、お前は数少ない護衛隊に選ばれたんだから」
「…そうだったな。でもほんの数時間の違いだ。近いうちに別れることに変わりはないさ」
「わがままを言うなよ。城に勤めていない者が就ける役割じゃない。これでもかなり無理を言ったんだぜ」
大柄の男は笑いながらそう言った。
「…そうだな」
「さて、今夜は城でも送迎会が開かれる。そろそろ行くぜ。また明日、だ」
麻袋を背負い、木の戸に手をかける。
「ああ、また明日、リュウジ」
ジュンペイは部屋に残り、去り行く男を見送った。
ジュンペイの親友であり、兄貴分でもあるリュウジはこの国自慢の剣士だった。
<回想〜Junpei>
幼い頃から一緒に遊んだ大きな背中。
その背中が大きく、逞しくなるにつれて、リュウジは国の中での地位を上げていった。
兵士に志願してから、その実力のみでだ。
小さい頃、遊びで勝負したこともあったが、まったく歯が立たなかった。
でも、リュウジはさらに強くなりつづけた。僕の手の届かないくらい、遥か、遠く。
そもそも、リュウジには、僕たち常人が決して近づくことのできないような、何か特別な力があった。
以前、一度町の外れの森で修業中のリュウジを訪ねた時、リュウジが剣で大岩を木っ端みじんにしたところを目にしたことがある。
沈黙の末、僕の発した「すごいね」という感心の言葉にリュウジは額の傷を抑えながら俯いて、「そんなにいいものじゃない」と呟いた。
その声はあまりに暗く、リュウジの背負ってきた何かを感じずにはいられなくて、僕はそれ以上何も言えなかった。
―――太陽の国サンウエアにとてつもなく強い戦士がいる
そんなリュウジの噂はあっという間に広がった。
目立った戦(いくさ)も無かったこの国の一戦士の噂がどんな風にして近隣の国に広まったのか、少し不思議ではあったが…。
そして、それにいち早く目をつけたのが数年前からの同盟国である“石の国フェイスタ”だった。
リュウジの実力を高く評価していたフェイスタの国王が、リュウジをフェイスタの兵士の長としてスカウトしたのだ。
明日の「出発」とはそういった経緯の下でのことだった。
出発の朝は快晴だった。
「太陽の光を纏う」、という国名になぞらえたようなリュウジの姿は、見送りに来た大勢の人々の前でも堂々としていた。
国王に仕え、城に住まう戦士となってからも、頻繁に城下に足を運んでいたリュウジに対する民衆の支持は厚い。
出立を前にした今も、城下の人々は一人残らずリュウジの見送りに来ていた。
彼は言葉どおり、「国の誇り」だった。
その証拠に、今、広場には憧れと尊敬の眼差しが溢れている。
「ジュンペイ、そろそろ行くぞ」
鳴り止まない歓声の中、馬に乗ったリュウジが身を翻す。
広場に集まった人々もその背中に続いた。
そこで、小さな声。
――名前を呼ばれた。
小さな声。だけど確かな感覚に立ち止まる。
人々はリュウジの後を追い、広場の人は急速に減っていく。
誰もいなくなったその場所に、ひとりたたずむ少女。
胸の前で合わせた手には、紐状の何かが握られていた。
ジュンペイが歩み寄ろうとする前に、少女が彼の元へ駆け寄る。
「どうしたんだ、アヤ」
彼女はジュンペイやリュウジの幼なじみである機織りの少女――「アヤ」だった。
「アヤ?下を向いたままじゃ分からない…んだけど…?」
言われて目を合わせた顔は真っ赤で、目には涙が浮かんでいる。
「…えっと…」
その表情に思わず言葉に詰まってしまう。
「あの…」
視線をまた元に戻して、アヤが静かに口を開いた。
「ジュンペイがリュウジの護衛に付くって聞いて、私、これ作ったの」
そう言って差し出したのは皮の紐に綺麗に透き通った石を通した首飾りだった。
「…これって…」
透明なその石は、この国で「太陽のかけら」と呼ばれている貴重な宝石だった。
それが丸みを帯びた形に削られている。
しかし、その仕上がりはお世辞にも綺麗とは言えない。
きっと、アヤが自分の手で削り出したものなのだろう。手に入れるだけでも大変だったろうに…
それを思うと、胸に熱いものがこみ上げてきた。
「あのね、ジュンペイがリュウジを送って、この国に無事帰ってこれるようにって願いを込めて作ったの」
俯いたまま、アヤは照れくさそうに控えめな声で言った。
「…ありがとう…、大事に、ずっと付けておくよ」
手のひらの上を、じっと見つめる。
「良かったら…、私に付けさせて?」
アヤはそう言ってさらに顔を赤くする。
その様子にどぎまぎしながらもジュンペイは頷いた。
細い皮の紐の結び目をほどいて、アヤがジュンペイの首に手をまわす。
自然と顔が近づき、ふわりと前髪の香りが舞った。
ジュンペイの鼓動はさらに高まる。
「…うん、出来た」
アヤが満足げに微笑む。
控えめなその笑顔を純粋に可愛いと思った。
「…アヤ…」
風が止まる。
間近で二人の目が合う。
どちらからともなく距離が…
「やっはっは!いいねえ、アヤ」
二人はビクンッと身を震わせ、声のした方へ振り向いた。
その先には…
「うーん、なかなかいい絵が描けたよ。アヤもますます色っぽくなっちゃってるねえ。どう?今度モデルやってみない?」
画板を持って、筆を走らせる男が一人。
「ヒロシ!お前…いつから!」
「ずっと、だよ。二人ともまったく気づかずにいい感じになりやがって…。まあモデル代ってことで今回は勘弁してやるよ」
先ほどの会話と行動を思い返し、赤面する。
そこにすかさずヒロシが茶々を入れる。
それは幼なじみの間では見慣れた光景だった。
――「ヒロシ」、彼もまたジュンペイの幼なじみである。
絵を描くことを趣味としており、いつも画板を持ち歩いている。
その腕前はなかなかなものなのだが、美しい女性には目が無く、城下でもよく女の子を追いかけている。
ちなみに、彼がスケッチを完了するまでの時間は非常に短く、とても人間業では無いと思わせるが、その詳細については不明である。
夢は現実を超えた絵を描くことだとか。
「それよりいいのか、ジュンペイ。リュウジのお供なんだろ。もう城門出ちまうぜ?」
しばらくその場にいたジュンペイだったが、ヒロシのその言葉に本来の役割を思い出す。
「あ、ヤベッ、そうだった」
そして、慌てて駆け出す。
その途中、振り返り、大きく叫ぶ。
「アヤ、ありがとうな!大事にするよ!」
それを聞いて、アヤは頬を赤く染めながら、満足した表情で頷いた。
「ヒロシも、また!」
「ああ、気をつけて行って来い」
「…あいつも大きくなったな」
ヒロシの呟きにアヤは無言で頷いた。
人でごった返す城門の前、リュウジは馬から降りると、開いた城門の下にいる国王の元へ向かった。
そしてその前で、すばやくひざまづき、頭を下げた。
「今まで、お世話になりました。本日より、私は同盟国であるフェイスタの兵士長となります」
「うむ」と国王が頷く。優しげな表情だった。
それで挨拶は終わったかと思えた。
しかしリュウジは続ける。
「しかし、離れた場所にいようとも、私がこの国を守る戦士であることに変わりはありません。国の一大事には、同盟国より、必ず加勢に参ります」
「…それでは」
ひざまずいたリュウジがいっそう深く頭を下げると歓声が巻き起こる。
忠義に深く、真っ直ぐなリュウジらしい言葉だった。
大歓声を背に大きな黒い馬に跨ると、リュウジは高く手を挙げ、馬の歩を進め始めた。
ジュンペイもそれについて歩き出す。
次第に城門が、町の姿が、遠ざかっていく。
「ジュンペイ、お前も堂々と手を振れ」
リュウジの呼びかけにジュンペイは大きく手を振った。
その中にアヤとヒロシの姿を見つけると、よりいっそう大きく。
そして前を向くと、首飾りの宝石を握り締めた。
別れは一瞬、帰ってきたらまたみんなと…必ず…
勇気と強い決心を胸に、一歩一歩、足を進める。
――思えばこれがすべての始まりで、だけど、この時はまだ、想像さえしなかった。
――この後に、起こること、そのすべてを――
…つづく