〜Everybody Needs Love〜8 - つね  様



『胸の高鳴り』







西野の笑顔が消えた…


驚きと悲しみが入り交じった切ない表情で俺を見つめる。





「……………何で……」





ようやく西野の口から出た言葉がそれだった。


「ち、違うんだ!そういう意味じゃなくて、」


俺は焦ってそう言った


「…外村のことなんだけど…犯人が外村のこと、西野の彼氏だと勘違いしてたらしいんだ。」


「…きっと最終的な犯人の狙いは西野だと思う。だから西野、俺の側にいたら危ないかもしれないんだ。」


「…それって…確かなの…?」


信じられないといった様子で尋ねる西野。


「ああ…たぶん間違いないよ…外村が言ってたから。」


「…あたし…心当たりある…」







(…えっ…)






意外な西野の言葉。呆然としている俺に西野が付け足す。


「ほら、淳平くんがあたしを探してくれたときの…」


「あのとき西野を連れ去ろうとした奴のこと?」


俺の言葉を聞いて西野は頷いた。


「…淳平くん…あたし…どうしよう…」


そう言う西野の表情はどんどん不安の色を帯びていく。


「とりあえず様子を見よう。警察も動き出してる。だからしばらく外に出ないほうがいいよ。」


西野の肩が小刻みに震えていた。そんな西野をこれ以上不安にさせないように、落ち着いた声で俺は言った。


俺の言葉の後、西野は黙って下を向いてしまった。


その理由はよく分からなかったけど、気を悪くさせたかと思い、少し焦って言った。


「西野を危険な目にはあわしたくないんだ。西野がいなきゃダメだから、だから守りたい、無事でいてほしいんだ。」


決してきれいごとなんかじゃなく、俺の本心が素直に出た言葉。


その言葉を聞き、西野は顔を上げた。


「分かった、そうするよ。心配してくれてありがとね。」


少し微笑みながら西野は答えた。













俺達はそれからまた歩き出し、俺は西野を家の前まで送っていった。


「じゃあ、しばらく外出しないようにな。」


「うん、それじゃあね。」


そう言った西野に向かって手を振り、家に帰ろうと歩き出したとき、背中に少し違和感を感じた。




(…ん…?…何だろうこの感じ。)





そう思い振り返ると、西野がまだ家の前に立っていた。


「…どうしたの?西野。」


「淳平くんに少しの間会えないと思うとちょっと寂しいなって思って。」


笑顔でそう答える西野。


少し無理をしたようなその笑顔を見て、なんだか切なくなった。










「じゅ、淳平くん…」


俺は無意識のうちに西野に駆け寄り、西野の体を抱きしめていた。


「大丈夫…きっとすぐに犯人も捕まるから。少しの、ほんの少しの辛抱だから。」


そう言った俺の腕の中で西野は黙って頷いた。





俺の腕の中にすっぽりと収まった西野の体。





その感覚が愛しくて、切なくて、『守ってあげたい』、そう強く思った。






















それから三日が経った。


もう六月だと言うのに雨の降る気配もなく、太陽が容赦なく照りつける。


俺はエアコンのない部屋で一人映画を見ていた。


(映画は面白いんだけど……暑い…)


「雨でも降ってくれたらちょっとは涼しくなるのに。」


そんなことをぼやきながら画面を見つめる。




かなりの長編だったため映画が終わった頃にはすっかり日は暮れていた。


「淳平ー。」


居間の方から母さんの声がした。


「んー?何だよ。」


「電話よー、つかさちゃんから。」





「えっ、ちょっと待ってて!すぐ行く!」


暑さのせいもあって、気の抜けた返事しかできなかった俺だが西野の名前を聞いた途端に焦って立ち上がり、居間へと向かった。






「もしもし?」


「あっ、淳平くん?」


「どうしたの?何かあった?」


「…あのね、今日一人で留守番してるんだけど…」


その後の言葉を少しためらうようにする西野。


「…どうしたの?…西野。」







「……その…一人じゃ恐くて…」


「だから…その…今日一晩、一緒にいてくれないかな?」










「えっ!?」







突然の西野の言葉。訳が分からなくなって一瞬言葉を失った。





「ダメならいいんだけど…」




「い、いや、全然大丈夫だよ。」


「ありがと。じゃあ待ってるね。それじゃあ。」


西野がそう言った後、電話は切れた。







(西野の声…不安そうだった…)


そう思い、少し急ぎながら俺は西野の家に行く準備を始めた。




少し多めの荷物を手に持ち玄関のドアへと向かう。


「あれ、淳平、どこか行くのか?」


ちょうど今帰ってきた父さんが尋ねてきた。


「うん、ちょっと…」


「これから西野さんのとこに泊まりに行くんですって。」


ニヤニヤしながら母さんがわざわざ説明する。


(ったく、何もわざわざ言わなくても…)


少し恥ずかしくなり下を向きながらドアに手をかけた。




「あっ、つかさちゃん泣かせるようなことすんなよな。」


冷やかしとも思える明るい母さんの声を背中に受け俺は家を出た。


















(…ちょっと待てよ…一晩一緒にいるってことは、一緒に寝るってことだよな。…となると…)


いろいろな妄想が頭の中を駆け巡る。


そうしてるうちに西野の家の前に立っていた。


妙な緊張感を感じながらインターフォンを鳴らした。


「はーい。」


扉の向こうで声がしてこっちに向かってくる足音が聞こえてくる。


「ちょっと待っててね、すぐ開けるから。」


鍵を開けるカチャカチャという音が緊張感を高めていく。


俺は西野と恋人同士になってもいざ二人で会うとなれば妙に身構えてしまう。






その理由はたぶん…




「はい、どうぞ。」






西野があまりにかわいいから…










「…どうしたの?早く入りなよ。」



思わず見とれてしまっていた。



「あ、ごめん。」



西野に急かされ、俺は西野の家へ足を踏み入れた。


その瞬間に感じるいい香り。


たぶん晩御飯を作ってくれているのだろう。


「このニオイ…もしかして料理作ってくれてた?」


「あ、うん。淳平くんが来るから張り切って作ったんだ。もうすぐ出来るから座って待ってて。」


そう言われて俺はソファに腰掛けた。








しばらくするとおいしそうな料理が目の前に運ばれてきた。


「今回のはちょっと自信あるんだ。食べてみて、淳平くん。」


「ホント?それじゃあ…」


俺はお皿に乗せられたハンバーグを一切れ口に運んだ。


西野はその様子を俺の向かい側に座りじっと見つめている。


「うん、すげぇうまいよ。」


そう言った瞬間、西野も笑顔になる。












西野の料理を食べると、俺はいつも笑顔になれる。





そして西野もそんな俺を見て笑顔になる。





こんな普通の時間に幸せを感じれる。





だから、こんな風な西野といる時間の一秒一秒を大切にしていきたい、そう思った。

















少しの間会わなかったせいか話のネタは尽きることなく、どんどんと会話が進んでいった。


食事を終え、時計を見てみるとかなりの時間が経っていた。


もちろんそれはすっかり話し込んでいたせいなのだが俺にはその時間が一瞬のことのように思えていた。


「すっかり話し込んじゃったね。」、そう笑顔で言う西野と一緒に食べ終わった食器を流し場へと運んだ。


西野は腕まくりをして洗い物に取り掛かろうとしている。


「西野、手伝おうか?」


全部任せっきりというのは西野に申し訳ない。


「いいよ、あたしやるから。」


「でも、悪いよ。」


「いいって。あたしに任せといて。ほら、お風呂湧いてるから先に入っといでよ。」


『全然平気だから』とでも言うように笑顔を見せる西野。


風呂場のほうに向かって俺の背中を強引に押す。


「わっ、分かったからそんなに押さないでくれ。」


俺はそのまま風呂場に向かった。













「はぁ、いつも俺って西野に引っ張られてるよな。悪くはないんだけど…たまには俺から…」


独り言を言いながら湯舟に浸かる。


ちょうどいい湯加減に気持ち良くなって天井を見上げる。


「こんな広い風呂、西野、毎日こんな風呂に入ってんだ…」





(…ん?…待てよ…この後西野もこの中に入るんだよな…)




一度そう思うと妙に意識してしまう。


(やばい…変に興奮してきた…)


風呂から上がっても胸の高鳴りは止まらない。


俺はリビングの扉を開いた。


ソファに腰掛けテレビを見ている西野に向かって話し掛ける


「西野、お風呂空いたよ。」


「うん、わかった。」


高ぶる俺の気持ちとはまったく対照的に西野は何でも無い様子でそう言って風呂場に足を進めていく。







「あ、そうだ。」


その途中で西野は何かに気付いたように振り返った。


「淳平くん、あたしの部屋入ってていいよ。あたしもお風呂から出たら行くから。疲れてたら寝ててもいいし。」






(……来た……)






(これってたぶん、俺が想像してる展開に近づいてる…)





そんなことを考えながら階段を一段一段上がっていく。








(俺達は恋人同士で…この家の中には二人しかいなくて…)







ドアを開け、部屋の中へと入る。







(この状況は間違いなく…)







もうすでに壊れかかっているブレーキ、





胸の高鳴りは抑え切れず、ただただ加速をし続けて行く。



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