〜Everybody Needs Love〜7 - つね 様
『前触れ』
家に着き、俺はベッドに寝転んだ。
そして天井を見ながら西野とのキスの余韻に浸る。
そうしているうちに家の電話が鳴った。
「…ったく、誰か出ろよな…」
愚痴を言いながら受話器を取る。
「はい、真中ですが〜」
「おっ、真中か?お前さ、つかさちゃんに何したんだよ。」
ニヤけた声が受話器の向こう側から聞こえてくる。
「外村…何って、別に何もしてねーよ。」
「さっき会ったときつかさちゃん家の前で色っぽい表情してたぜ。ホントに何も無かったのかよ。なあ、言ってみろよ。」
(ホントにこいつは勘が良いというか…)
「デ、デートに行っただけだよ。」
図星をつかれた俺は少し顔を赤くして答えた。
「ふーん。で、どこまでいった?」
そう言われた瞬間、砂浜でのキスが思い浮かぶ。
「いや、あれはそういう雰囲気だったし…あんなに何回もキスするとは…」
「へ〜、なるほど、何回も熱いキスか。じゃあまた詳しく聞かせてもらうかな。」
「あ、いや、その…」
ツー、ツー、ツー
「…って、切れてるし…」
俺は受話器を置き、またベッドに寝転がった。
天井を眺めているうちに何となく眠たくなってきて俺は目を閉じた。
少し時間が経ち、意識が薄れ始めた頃、
プルルルルル
家の電話が鳴った。
「………ん…?…ったく…また電話かよ…」
眠たい目をこすりながら受話器を取る。
「…もしもし〜」
(…えっ!?)
(…嘘だろ……だって…さっきまで話してたのに…)
数秒後、俺はドアを飛び出していた。
「ちょっと淳平!こんな時間にどこ行くの!?」
「すぐ戻るから!」
母さんにはただそれだけ告げて家を出た。
ハァハァ
切れる息も気にする事なく俺は走り続けた。
それどころじゃなかった。
以前、西野を探したときもそうだったけど今回のは事が起こったと分かった後だったから余計に…
微かな光を放つ建物へ入り階段を駆け上がる。
白い扉をノックすると中から「どうぞ」という控めな声が聞こえてきた。
俺は恐る恐る扉を開けた。
そして部屋の中を覗いてみる。
「…美鈴…?」
「…真中先輩…」
「美鈴、お前いつ…」
『いつ帰って来てたんだ?』尋ねようとしたその言葉は口から出かけて止まった。
いつも強気だった美鈴の目からたくさんの涙が流れていた。
俺を見ると、美鈴は焦って涙を拭った。
「…どう…?外村の様子は…」
静かにそう言いながら俺はベッドに近づいた。
「…一命は取り留めたんですけど…まだ目を覚まさなくて…」
そう話す美鈴の声は弱々しい。
「…それにしても普通に道を歩いてたところを刺されるなんて…何で…」
「何でかなんて、あたしにも分かりませんよ。買い物からの帰り道に突然血を流して倒れている兄貴を見つけたんですから…」
さっきよりも少し強くなった声。
美鈴の声は大きく震えていた。
犯人に対する怒りをあらわにする美鈴の様子を見て俺はどう声をかけていいのか分からない。
俺は何も言えず、ベッドで眠る外村を見ていた。
しばらくの無言の時間の後、俺は椅子に座った。
大きく息をつくと、今日これまで休み無く動き続けたせいか、一気に力が抜けた。
気がつくと俺はいつの間にか眠っていた。
時計を見るとここへ来たときから二時間も経っていた。
ベッドに目を移すと美鈴がベッドにもたれ掛かって寝息を立てている。
(よっぽど気持ちを張り詰めてたんだろうな。)
眠る美鈴を見てそう思う。
そして俺はもう一度時計を見た。
(もうこんな時間か…、泊まるわけにもいかないし、今日は帰ろうかな…)
立ち上がり病室のドアに向かって歩いていく途中、振り返って言った。
「外村、明日は目を覚ましていつものように話してくれよ。」
そして俺は病院を後にした。
「ただいま…」
疲れた声でそう言いながら家のドアを開けた。
「淳平!一体どこ行ってたの!?心配したじゃない。」
家の中に入った瞬間に母さんが騒がしく喋りかけてくる。
そんな母さんに事情を説明し、俺は部屋に入った。
部屋に入ると、大きな溜息が出た。
「疲れたな…」
そう言うと俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
朝起きて、俺は今日も病院へと向かう。
西野には昨日、外村のことを伝えた。
今日は仕事を早く切り上げてお見舞いに来るらしい。
病室に入ると今日もベッドの横に美鈴が座っていた。
きっと泊まり込みでずっと外村の側にいたのだろう。
(あれ…?…美鈴、笑ってる?)
少し疑問に思いながら病室の奥へと足を進めた。
「よう、真中。」
「よう、って…外村…お前…」
ベッドの上で外村が笑っている。
本当に心配してたから、ホッとして、安心して、言葉が出なかった。
「…バッ、真中、お前何泣いてんだよ。」
気がつけば俺は涙を流していた。
悲しみからでも喜びからでもない
(…無事で良かった…)
俺の心の中はただその気持ちだけだった。
「で、外村、お前なんで刺されたりなんかしたんだよ。」
しばらく経って俺は外村に対する率直な疑問をぶつけた。
「…それなんだがな…」
外村は少し深刻そうに話し始めた。
「たぶん…これから狙われることになるのはお前だと思うぜ。」
「えっ?」
外村の言っている意味がまったく理解できなかった。
「俺、真中との電話の前につかさちゃんと会ったって言ったよな。」
「あ、ああ。」
「俺が刺されたのはたぶんそれが原因だ。」
「それが原因って…どういうことだよ。」
「俺を刺したやつ、俺のことをつかさちゃんの彼氏だと勘違いしてたんだよ。」
「何でまた…」
「たぶん俺とつかさちゃんが話してたところを見てたんだろうぜ。」
「で、刺された時に言ってたんだよ、『つかさちゃんは俺のものだ』って、ものすごい形相で。あれはどうかしてるぜ。」
そして、外村は固まっている俺に対して付け加えた。
「…だから、今回のことは真剣に考えないと危ないと思うぜ、本当に。」
それから俺はジュースでも買ってくると言って病室を出た。
コンビニに向かおうとして病院の自動ドアをくぐろうとしたとき、
「あ、淳平くん。」
「…西野。」
西野がお見舞いにやってきた。
「西野、それは?」
西野が手に持つ袋を見ながらそう言った。
「あ、これ?差し入れがいると思って、お店のケーキ。それと喉も渇くだろうからそこのコンビニでジュース買ってきたんだ。」
「で、淳平くんは?」
「俺もちょうど飲み物買おうとして…」
「そ。じゃあちょうど良かったね。」
そう言って西野は微笑んだ。
俺達は二人で病院の中へと入っていった。
それから俺達は病室の中でいつも通りの会話を楽しんだ。
時間が経つのも忘れ、病院を出る頃には太陽が傾きかけていた。
「外村くん、無事で良かったね。」
帰り道に笑顔で話す西野。
その笑顔を見て外村の言葉を思い出す。
『…だから、今回のことは真剣に考えないと危ないと思うぜ、本当に。』
「どうしたの?淳平くん。」
気がつくと西野が俺の顔を覗き込んでいた。
「えっ…と、何でもないよ。」
「そう?それならいいけど。」
そう言ってまた歩き出す西野。
その後ろ姿を見て思う。
(西野を危険な目に会わせるわけにはいかない。)
「あのさ…西野…」
「何?」
「西野、これから先、俺の近くにいないほうがいいよ…」
振り返った西野に向かってそう言った。
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