〜Everybody Needs Love〜6 - つね  様



『止まる時間』






「……くん。」


「ねえ淳平くんってば。」


(あれ…西野の声…?…ああそうか、これ…夢なんだ。)


「コラ、いいかげんに起きろ。  もう、こうなったら…」


バサッ


(え…バサッって…? 今誰かが俺の布団に入ってきたような……)




「淳・平・くん。」


その声と同時に微かに、それでいて確かに感じる吐息。


さわっ


そして、僅かに触れる肌の感触。








(…まさか…)



眠気が一気に吹き飛び、慌てて目を開ける。


「おはよう。」


その瞬間、耳に届く鮮明な声。


…そして目の前に西野の顔。


「わっ!」


ガバッ


俺は思わず声を出し跳び起きた。


ベッドの上には寝転がって俺を見つめる西野。




「やっと起きたね。もう、淳平くんなかなか起きないんだから。」


(俺の布団の中に西野が…)


夢かと思い頬をつねってみる。


「…痛い…」


「もう、まだ寝ぼけてんの?」


まだよくわけが分からない。


(何で西野が俺の部屋に…?)


頭の中で繰り返されるその言葉がやっと口に出た。


「西野…何でここに?」


「おばさんが起こしても起きなかったみたいだから起こしに来たの。」





「それよりさあ、淳平くん。あたし今日仕事休みだからデートしようよ。」


ニコッと微笑みそう答える西野。


「…デート?」


「そう、デート。じゃあ準備できるまで外で待ってるね。」


「デートってどこに…?」


俺はバッグを持って玄関へと向かう西野の背中を見ながらそう呟いた。


その声が聞こえていないのか、西野はそのまま外に出ていった。





「西野…ホントにマイペースなんだから…」













そう言いながら、いつも西野に引っ張られていく。そんなテンポが俺には心地良かった。そして今日もまた同じように。


きっとそんな西野が俺は好きなんだろう。






靴の踵を踏んだまま俺は外に出た。


俺が出てくるとすぐに歩き出す西野。


でも、その急ぐような足どりは決して怒っているからじゃないだろう。




きっと早足で歩く西野の顔は笑ってる。




だって…俺だってこんなに嬉しくて…




西野といられる時間が本当に楽しみだから…



















「うわぁ…やっぱり綺麗だね。ずっと淳平くんと一緒にここに来たいと思ってたんだ。」


目的地に着き、西野が懐かしそうに言う。


目の前にどこまでも広がる青。


そして波の音。


西野が俺と一緒に来たかった場所−そこは海だった。





「前もこんなことあったよな。俺がいろいろ悩んでた時、西野が連れて来てくれたんだっけ。」


俺は高校の時に海に来たときのことを思い出しながら言った。


するとその言葉を聞いた西野が口を開く。


「そういえばそうだったね。…でもさ…」





「…あの時と違って今は恋人同士だね。」





そう言って俺に向かって微笑む西野。


その言葉と笑顔に妙に照れ臭くなって俺は下を向いた。



「何下向いてんの? ほら、淳平くん、あっちの方行ってみようよ。」


「…えっ…その…これは…?」





「だ・か・ら、淳平くんが引っ張って。」


俺の手を握る西野の手。


「じゃあ…」





俺は西野の手を壊れないようにそっと、それでいて離れないようにしっかりと握った。





西野の手の温もりが俺の手に伝わってくる。




これからずっとその温もりを大切にしていきたい、そう強く思った。












俺達は砂浜を歩いて波打ち際まで来た。


西野は足が濡れるのも気にせずに波打ち際ではしゃぐ。


(こういう西野の姿ってなんかいいよな…)


俺はその姿にしばらく見とれていた。


何を見るよりも西野を見ている方が楽しかった。



ピチャッ



「うわっ、冷て!」


突然俺の顔に水がかかった。


そして水が来た方には笑顔の西野。


「淳平くん、ボーッとしてないでこっち来てみなよ。ちょっと冷たいけど気持ちいいよ。」


西野に急かされ、俺は靴を脱いで水の中に足を踏み入れる。




「気持ちいい…けど、やっぱりちょっと冷たいな。」


「うん。だけどさ、海って見るのもいいけど実際に入ってみるとまた違った良さがあるよね。」


そう言いながら俺の方に歩いてくる途中、西野が波に足をとられバランスを崩した。


「西野!あぶない!」


差し出した手に西野がつかまったけど、俺はそのまま引っ張られてしまった。


バッシャーン


俺達二人は派手な音を立てて倒れこんでしまった


西野はしりもちをつき、俺はその横に倒れ込む格好になった。


「…大丈夫…?…淳平くん…」


「…何とか…」


倒れ込んだときにとっさに手をついたから全身は濡れなかったけど、それでも膝から下はずぶ濡れ。他にも濡れてしまったところが随分あった。




「…淳平くんびしょびしょになっちゃったね…。ごめん…あたしのせいだよね…」


俺の姿を見て申し訳なさそうにする西野。


そんな西野の表情を見て俺はすぐに西野に向かって笑顔を見せる。


「そんなことないって。これくらいならすぐ乾くしさ。だから気にすんなって。」


「でも…」


「これだけいい天気だしさ、海でも見てるうちにすぐに乾くって。」


西野が話そうとする前に俺は口を開いた。


西野に心配をかけないように、西野が笑顔になれるように、そのために自分なりに気を使ったつもりだった。



西野はまだ下を向いている。


(…やば…無理してるの見え見えで、かえって気分悪くしたかな…)


でもその心配もすぐに消えた。


西野は少し経ってから顔を上げ笑顔を見せた。


「そうだね。じゃあ、あそこにでも座ろうか。」





そして俺達は砂浜の近くにあった木製のベンチに座った。


「あ、そうだ!あたしお弁当作って来たんだ。一緒に食べようよ。」


西野はそう言って弁当箱を俺の目の前に差し出した。


「うわぁ、うまそう。食べてもいい?」


「うん、どうぞ。」


一口手に取り、口に運ぶ。




「…すげぇ…うまいよ…」


「…ホント?良かったぁ。嬉しいな…淳平くんにそう言ってもらえて…」


呟くように言ったその姿に西野の女の子らしさを感じて少しドキッとした。


「もう、何赤くなってんの。ほら、どんどん食べなよ。」


「あ、うん。それじゃあ、」


西野に急かされて再び弁当に手をつけ始める。






あっと言う間に弁当箱は空っぽになった。


「ホントおいしかったよ。ごちそうさま、西野。」


西野の方を見ると俺を見て微笑んでいる。



「…何か変なことしたかな…?俺…」



「ううん。ただそこまで勢い良く食べてくれるとありがたいなって思って。」


「あ…ごめん…俺…西野の分も食べちゃってた…?」


「別にいいよ。そんなにお腹空いてないし。気にしないで。」


「…ごめん…つい…」


「だからいいって。淳平くんに食べてもらうために作ったんだから。」


西野のその言葉に照れて俺は海に目を移した。




少しの沈黙の後、西野が口を開く。


「ねぇ、淳平くん。今度来る時は自転車で来たいね。」


「えっ、何で?」






「だって自転車ならここに来るまでの間、淳平くんにずっとしがみついていられるじゃん。」






「西野…」




西野と目が合う。  時間が止まる。





そしてどちらからともなく二人の体がゆっくり近づいていく。







そして…砂浜に映る影が何度も、何度も重なった。



















西野を家まで送っていった後の自宅までの帰り道、少し浮かれながら歩く。


(今思えばすごいことしたのかもな…あんなに何回も…)


そんなことを考えてながら歩く俺の視界に道沿いの家から出てくる男の姿が入った。



(…あれは…明らかに怪しいよな…サングラスに帽子被って…)


男が出てきた家を見てみる。


(ここって…さつきの家だよな…まさか泥棒…?)


いつもならそんなことはないのにこのときは何故か妙な勇気が出た。



「ちょっと何してるんですか?さっきからコソコソして。」




「ん…?お、真中じゃん。コソコソって俺のこと?」


「へ?」


何が何だか分からなくなった。


「声聞いても分からないのかよ。まあこの格好じゃ仕方ないか…」


男はそう言いながらサングラスを取った。




「…お、大草!?」


「はい、正解〜。まったく、もっと早く気付けよな。」




(ん…?まてよ…こいつさつきの家から出てきたよな…?)



少し冷静になり、考えてみる。


「まさかさつきの彼氏って…」


「そ。俺って訳。」





それでも、あの大草がさつきと…そう考えるだけで信じられなかった。


あれだけ西野のこと好きだった大草がさつきと…。






「それにしても大草、何でそんなカッコしてんだよ。」


「あれ、知らなかったっけ?俺がプロのサッカー選手になったってこと、」


「えっ、プロ?…すげぇじゃん!大草!いつからなんだよ?」



まさか同級生からプロスポーツの選手が出るとは思ってもみなかった俺は思わず興奮した。


「まあ去年からなんだけど、この一年間で結構有名になっちゃってさ。それでこんな格好してる訳。」


(…ああ、それでこのあいだ街中で見たときも気付かなかったのか…)


「で、真中は何してたんだよ。」



「俺は…西野とデートしてて、その帰り道だけど。」


素直に答えるのはどうかと思ったけど、今更隠すことでもないと思い、俺は答えた。


「へぇ、真中、また西野と付き合ってんだ。」





その後、「俺も帰り道だから」という大草の言葉で俺達は歩き出した


「で、プロってどんな感じなんだ?」


俺の質問に大草は少し考えてから答える。


「いいもんだぜ。観客の注目を浴びながらプレーできるってのは、」


「ただ…いいことばかりじゃねぇって言うのも確かだな。俺には俺のやりたいプレーとか自分のこだわりがあって、でもチームのためにその感情を殺さなきゃいけないことだってあるんだ。」


「チームでやるスポーツだから当たり前だけどそれが辛いときもあるんだぜ。   チームのために自分を犠牲にするってことが…」



「たぶん人生も同じさ。誰にでも誰かのために犠牲にならなきゃいけない時が、きっとあるんだ。」





「いつかお前にも必ず来るさ、西野のために犠牲にならなきゃいけない時が。」




大草は俺の顔を見てそう言った。



「俺は大丈夫さ。西野のためならいくら犠牲になっても構わないから。」


「どうかな。まだ分からないぜ。」


「それなら今の大草にも当てはまることだろ。いつかさつきのために犠牲になるときが来るぜ」


「バーカ、俺は大丈夫だよ。」


笑いながらそう答える大草。


「結局お前も人のこと言えないじゃん。」


「お互い様だろ。」


そう言って大草は笑った。


そして俺も笑う。





空は夕暮れ、





俺の胸には確かな自信。






大丈夫、俺と西野なら。



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