〜Everybody Needs Love〜4 - つね  様



『守れない/何のため?』







つかさはいつもの道とは違う道を帰っていた。


少し寂しい通りに差し掛かる。


「…なんかちょっと恐いな…」


そう言って歩くスピードを上げようとした、その時、




ガバッ


つかさはハンカチのようなもので口を塞がれた。


「んー、んー!」


抵抗しようとするが、すぐに力が抜けていき、つかさの体はその場に崩れた。

















ハァハァ…


俺は西野の家を目指し、全力で走っていた。


(…見えてきた…あの家だ…)


俺は息を切らしながら西野の家のインターホンを鳴らした。


『はーい。』


西野のお母さんの声だった。



しばらくすると玄関に明かりがつき、西野のお母さんが出てきた。


「あの…つかささんいますか?」


「つかさはまだ仕事から帰ってないわよ。」


(…えっ…?)


俺は走っている間西野の姿を見なかった。


しかも仕事先の店もすでに閉まっていた。


(…西野に何かあったのか…?)


何だか胸騒ぎがする。


考え込む俺を見て西野のお母さんが口を開く。


「何か用事なら伝えとくけど…?」


「いや、いいです。すみません、お邪魔しました。」


俺は西野のお母さんに頭を下げ、再び走り出した。


心臓の鼓動が早くなっていく。


(西野、無事でいてくれよ。)


心の中でそう願った。








しばらく走り、俺は人通りの少ない淋しげな通りに入った。


涼しい風が吹く春先の夜だったがもうTシャツは汗でびっしょりと濡れている。


(西野、どこにいるんだよ!)


西野を探し始めてかなりの時間が経った。


俺の中にも焦りが出てくる。


体力もかなり消耗している。


ガッ


ついにふらふらになった足が道に落ちていた石につまずいた。


「ぐっ…!」


(…もう限界かも……足が言うこときかねえ…)


そう思った俺の耳に誰かの足音が聞こえてきた。


ザッ、ザッ


だんだんこっちに近づいてくる。


俺は疲れも忘れて立ち上がり、足音のするほうに足を進めた。


(間違いない、こっちだ。)


俺は確信を持って曲がり角を曲がった。



(…えっ…?)



俺の目に映ったのは予想外の人だった。


(…日暮さん…?)


確かにそこには日暮さんがいた。でも誰かを背負っている。


それが誰かを確認した瞬間、ハッとして走り出す。


「西野!」





「ん…誰だ…?…」


そう言って目を細める日暮さん。


「…お、坊主か。久しぶりだな。」


俺のことを確認してそう言った。


「それより!西野に何かあったんですか!?」


それだけが心配だった。


「西野さん、男に連れ去られそうになっててね、そこにちょうど俺が通り掛かったんだけど。」


「男に!?…で、西野は大丈夫なんですか?」


「ああ、大丈夫だ。…ただ、男のほうは逃がしちまった。早く捕まればいいけど…」


『西野が無事だった。』その言葉が何よりも俺を安心させた。




…でも…




「日暮さん、俺、西野を家まで連れていきますよ。」




俺は西野を守れなかった…




「いや、いいよ。俺連れていくから、」


「でも、俺…」




「ほら、坊主、」


俺の言葉を日暮さんの言葉が遮った。


「見てみろよ、自分のシャツ。」


汗で重たくなったシャツ。汗が染み込んだせいで色が濃くなっている。


「そんな状態で西野さんおんぶしたら西野さん風邪ひいちゃうだろ?」


微笑みながらそう言った。


「…あ…、はい…」


「西野さんは俺がちゃんと送っていくから心配ないぜ。」


俺を安心させようと笑顔を見せる日暮さん。


その笑顔を見たとき、改めて思った。


やっぱり日暮さんは俺よりもずっと大人で…俺なんかよりずっと西野のためになってる…


「…じゃあ、お願いします…」


俺は頭を下げてそう言うことしか出来なかった。







一人の帰り道、あんなにも熱かった体はすっかり冷えてしまって、湿ったシャツに春の夜風が冷たかった。

















それから一週間が経った。


時差ボケもすっかり消え、生活リズムを取り戻している。


「ねぇ、淳平。だから一緒に行こうよ。」


さっきからまだ起きたばかりの俺の腕を唯が引っ張る。


「だからちょっと待ってろって。俺まだ飯食ってないし。」


唯は昨夜から俺の家に泊まっていた。


唯が俺のベッドを使うためただでさえよく眠れないのに朝からこの騒ぎだ。


いくら休日だからといってこの元気はどこから来るのだろう。


でも、いつも唯のペースに巻き込まれる。






「唯、仕度できたぞ。」


「もう!淳平遅い。」


頬を膨らませる唯。


「バカ、これでも急いだんだから文句言うな。」


「…まあ許してあげる。行くよ淳平。」


妙に大人ぶる唯。


こうして俺と唯は買い物に出掛けた。

















唯はさっきから真剣な表情で服を手に取ってはほかの服と比べたり、自分の体に当ててみたりしている。


どうやら買う服が決まらないようだ。


「どれ買っても一緒だろ。いつまで待たせんだよ。というか俺がいる意味あるのかよ…」


あくびをしながら俺は言った。


「何よそれ!仕方ないでしょ、悩み多き年頃なの。」


「…悩み多き年頃…ねえ…」


(悩み多きって…こいつに悩みなんかあんのか?)


少し呆れるように俺は言った。








「んー、よし!決まった!」


それから数十分後、唯はそう言って一枚のシャツとミニスカートを手に取った。


「ちょっと着てみるね。」


そう言って試着室に駆け込んでいった。







しばらくして唯が試着室から出てきた。


「ねぇ淳平、どうかな?」


ドキッ


「…か、かわいい…よ…」


さっきの服を着た唯の姿があまりにかわいくて、めったに言わない本音が出てきた。


言った後でどんどん顔が赤くなるのが分かる。


「ホント!?じゃあこれ買っちゃおーっと。」


唯は嬉しそうに服を持ってレジに走っていった。

















「ねぇ、」


帰り道、唯が俺に呼び掛ける。


「ん?何だよ。」


「淳平さあ、こっちに来てからずっと休んでるけど仕事しなくていいの?」


「うーん、いいって訳じゃ無いけど。一応休養期間…ってとこかな。」


そう言われてみると、自分が随分変わったことをしているのかもしれないと考えてしまう。


「ふーん。就職先とか探さなくても大丈夫なの?」


「働くとこはもう決まってるんだよ。」


「一応『俺のとこに来たらいつでも働かせてやる』って言われてるから。」


「ふーん、そうなんだ。でもそれならその分たっぷり楽しんで充実させなきゃね。」



さりげなく言った唯の言葉に俺はハッとした。



(そうだ…何のために泉坂に帰って来たんだ。何のための一年間だ。)





その答えは分かっている。





…それは大切な人のため…




…それは西野のため…





忘れていた目的。



思い出した。今明らかになった。




もう迷わない。





「なあ、唯。」



「ん、何?淳平。」



「ありがとな。」


前を向いてそう言った。



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