〜Everybody Needs Love〜3 - つね  様



『早く会いに…』






「淳平くん」


俺の耳に西野の声が聞こえる。


顔を上げると少し離れたところに西野が立っていた。


「西野!」


俺が駆け寄ろうとすると…


「淳平くんごめんね、あたし日暮さんと付き合うことにしたんだ。」


(…えっ…)


「じゃあね。」


日暮さんと手を繋いだ西野がだんだんと遠ざかっていく。


「西野!」


いくら手を伸ばしてみても、いくら走ってみても追いつけない…


「待ってくれ!西野…!…」













俺は気がつくと自分の部屋の天井に手を伸ばしていた。


「…夢…か…」


昨日のことが夢にも思えてくる。


でも…確かに西野と出会った…


あの苦い再会は夢なんかじゃ無い。





「今日は何しよっかな…」





力無く吐いた言葉が一人だけの部屋に消えてった。













「とりあえずDVDでも見よっかな。」


俺は泉坂に帰ってきたその日に借りたDVDを見始めた。


…いつもなら面白いはずの、楽しめているはずの映画なのに…


…頭にあるのは昨日の出来事だけで…


あの時のことが頭から離れない




俺はテレビのスイッチを切った。


深く溜息をつく。





そのとき、






ピンポーン


突然インターホンが鳴った。


そして扉を叩く音。


「じゅんぺー、いるの?」


唯の声だ。






ガチャッ、



「何…」


俺が言い終わる前に唯が話し始めた。


「あのね、淳平が帰ってきたからみんなでパーティーしようってさ。」


久しぶりに会った唯はちっとも変わってなかった。見た目といい、話し方といい、


「…パーティーって…いつからやるんだよ…?」


「だから今からやるからこうして呼びに来たんでしょ。早く仕度しなよ。」


「…わかったよ。」








正直気分は乗らなかったけどみんなに会えば何か変わるかもしれない、そう思って俺は外村の家に向かった。


































外村の家につくと映像研究部の仲間たちが揃っていた。


「よう、真中。久しぶりだな。」


最初に外村が話し掛けてきた。


「あ、真中!久しぶりだね。」


さつきも手を振っている。


「真中くん、こんにちは。」


東城も俺に向かって微笑んだ。


二年振りということを感じさせない親しみやすい雰囲気。


俺は少しの間、昨日のことを忘れられそうだ。






























高校を卒業して二年、


東城と外村は某名門大学、唯は泉坂の大学にそれぞれ進学、さつきは飲食店に就職、そして小宮山は建設会社で働いている。



「あれ…美鈴は…?」


そこには美鈴の姿が無かった。


「ああ、あいつなら今、大学のサークルの合宿で北海道に行ってんだよ。」


「サークルって映像関係のだよな?あいつも頑張ってんだな。」


こんな風にして俺達はお互いに近況を報告しあった。


明るい空気の中進んでいく話。


久しぶりの仲間たちとの再会は格別だった。

































そのころつかさは仕事先であるパティスリー鶴屋へと足を進めていた。


いつも明るい彼女には珍しく溜息をつく。


「あんな風には会いたく無かったな…」


つかさにとっても苦い再会。


辛くないわけが無い。






落ち込んだ彼女は一人の男が先程からずっとつけてきていることにも気付かない。




「本物の…本物のつかさちゃんだ。」


そう言う男の息は荒い。


つかさに近づこうと歩くスピードを上げる。





10メートル、




5メートル





だんだんと距離が縮まっていく。




しかしそのとき、












ガチャ


つかさがケーキ屋のドアに手をかけた。


「こんにちはー、今日もお願いしまーす。」







もうすでに男の姿は人込みに紛れて分からなくなっていた。
























「よーし、盛り上がってきたようだしいってみよーか!」


外村の声が部屋の中に響き渡る。


両手には酒の瓶。


「…おいっ、それはさすがに…」


俺は思わず止めた。


「ん、何?もしかして真中、酒飲めねえの?」


「いや、そうじゃなくて…未成年が一人いるんだけど…」


そう言って唯のほうを見た。


しかし、


「そんな細かいこと気にすんなよ。唯ちゃんだってあと一年経てば二十歳だろ。もう子供じゃないんだから。」


「そうだよ、淳平。いつまでも子供扱いしないでよね。」


そう言って少し怒ったような表情の唯。


『子供扱いしないで』、その言葉が妙に俺を納得させた。





「…じゃあ、今回だけだぜ。」






「そういうことなら、カンパーイ!」


「「「カンパーイ!!」」」


みんなの声とともにグラスが透き通った音を立てた。





















それから一時間が経った。


唯はもうすでに俺の横で寝息を立てている。


(…ホントこいつは…『子供じゃ無い』って、充分子供じゃん…)






そんなことを思っていると、腕に何やら柔らかい感触が…


振り向くと、さつきが俺の腕にしがみついていた。


「ねぇ、真中。」


さつきの顔は赤く、もう大分酔ってきているのが分かる。


「…何だよ、さつき。」


腕の感触と少し色っぽいさつきの表情にドキドキしながら聞く。


「あたし…真中に言わなきゃいけないことがあるんだ。」


その瞬間さつきが少し深刻そうな表情をした。





次の言葉を待つ間、俺の中で緊張が高まっていく。





「実はね…あたし…」





ゴクンッ





俺は唾を飲み込んだ。







しかし次の瞬間、


ドサッ


さつきは力が抜けたように床の上に倒れ込んだ。


「…さつき!?」


近づいてみるとスースーと音が聞こえてくる。




さっきまでさつきがいた場所を見てみる。


空になった酒ビンが二本並んでいた。


(そりゃあこれだけ飲めば疲れるよな。まあ、さつきらしいと言えばさつきらしいか…)


俺は気持ち良さそうに眠るさつきを見て少し微笑んだ




















それからまた時間が過ぎ外村も酔い潰れて寝てしまった。


起きているのはあまり飲んでいなかった俺と東城の二人だけになった。


二人きりになった後、先に口を開いたのは東城だった。


「あのね、真中くん。北大路さんなんだけど、今彼氏がいるの。たぶんさっきそれを伝えたかったんだと思うわ。真中くんが来る前にも、『ちゃんと言わなきゃ』って言ってたから…」


「…そ、そうなんだ…」






…驚いた…



自惚れた気持ちなのかも知れないけどさつきはまだ俺のことを好きなんだと思い込んでいた。


…こずえちゃんのことがあったから尚更…




自分の周りの環境は、人の心は、二年そこらじゃ変わらないのかな、そう思ってた。









…でも、少しずつ変わっていく。



町並みも…そして人の心も…








「あ、それでさ、真中くん、西野さんには会ったの?」


西野の名前を聞いた瞬間、忘れたかった昨日の出来事が蘇る。




「…会ったよ…」



小さな声で、呟くように俺は言った。


「…何か…あったの…?」






心配そうな東城の声。







その声を聞いて今まで抑えようとしていた気持ちが溢れた。





俺は東城に昨日のことを全部話した。




西野をまだ好きだという気持ちも…













俺の話を聞き終わった東城は口を開く。


「それなら早く西野さんのところに行ったほうがいいよ。」


「早く行って誤解を解かなきゃ。西野さんだって辛いはずだよ。」





(…東城…)





俺は少し考えてから東城に言った。




「悪い、東城。俺、これから西野のとこ行ってくる。」



東城は少し微笑んで頷いた。




ドアに手をかけ、外に出ようとしたとき、俺は振り返った。


「東城、ありがとな。」


東城は少し照れたようにして言った。


「あたしにはこれくらいしかできないから…」



東城の笑顔に後押しされて俺は外村の家を出た。



















外に出るともう辺りは暗かった。


西野も仕事を終える頃だろう。


(昨日会った場所からすると、西野は高校の時と同じ道を通って帰っているはず…)


俺はパティスリー鶴屋からの西野の帰り道を走り始めた。
























その頃つかさは仕事を終え、家へ帰ろうとしているところだった。


「…昨日もこのくらいの時間だったな…」




軽く溜息をつく。




「帰り道、変えよっかな…」




つかさはそう言っていつもとは違う道を歩き出した。

























俺は走り続けたが西野の姿は見当たらない。


「ハァ…ハァ…」


息を切らして膝に手をつく。そんな俺の目の前の看板。



『パティスリー鶴屋』



とうとう西野の仕事先まで来てしまった。


(…もう帰ったのか…)


暗くなっている店内。



(まあ…明日でもいいか。)



そう思いかけたが、








(『西野さんだって辛いはずだよ。』)





東城の言葉が頭に浮かぶ。











「西野の家に…行こう。」




俺は再び走り出した。



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