〜Everybody Needs Love〜13 - つね 様
『戦慄』
『淳平くん…』
受話器の向こう側から聞こえてくるその声に対して俺は答える。
「西野。」
こうやって話すことをどれだけ望んだことだろう。
どれだけ待ち侘びたことだろう。
たった十日の間、
でも十日もの長い間、
言葉がどんどんと溢れてくる。
そんな中俺に向けられた西野の言葉、
『淳平くん、東城さんと付き合ってるんでしょ。もう…話すこと無いよ…何であたしの家なんかにいるの?』
(…やっぱ…西野勘違いしてる…)
「俺、東城とは付き合ってないよ。それ勘違いだって。」
『何で今更そんなこと…だってメールで言ってたじゃない…』
そう話す西野の声はだんだんと弱々しくなって、今にも泣きそうになっている感じがした。
『東城さんに電話したら東城さんもそう言ってたし。いざあたしと話す時になってそんなの…』
「西野!そ、それ俺じゃない!」
俺の声が西野の言葉を遮った。
『…えっ…』
「俺、携帯取られたんだ。西野と一緒に泉坂出るはずだった日の朝、あの時犯人に刺されて…今日退院したばっかりなんだ。」
今、一つの仮定が事実に変わった。
やっぱり、犯人が俺のふりをして西野に働きかけていた。
でも…そうなると…犯人は西野と東城、両方のことを、そして俺と西野は勿論、俺と東城の繋がりまで知っている人物…ということになる。
…それなら一体誰が…
心当たりは…まったく無い。
『じゃあ…東城さんとは…?』
俺に向かってゆっくりと西野が聞いた。
「何も無いよ。俺は西野だけだから、そんなことする訳無いだろ。」
『…今言ったことは嘘じゃないよね…?』
小さくか細い声で呟くように言ったその言葉。
会話の中に垣間見える西野の不安。
拭い去ってあげたい。
「俺を、信じて。」
ゆっくりと、そして電話越しであるにも関わらず頷きながら俺は答えた。
『うん、分かった。信じるよ。』
やっと前向きな言葉を口にした西野。
でも、少し違和感を感じる。
(西野の声…何て言うか、少し暗いよな…いつもの西野ならもう少し安心したりとか喜んだりしてもおかしくないのに…)
そう思いながらも話を進める。
「西野、今いる場所言ってくれないかな?俺もそこに行くから。」
俺がそう言った後、西野は少し間をおいてから答えた。
『えっと…………にいるんだけど…』
「分かった。じゃあ明日か明後日にそこまで行くから待っててくれ。」
『うん、じゃあ待ってるね。それじゃあそろそろ…』
(西野…疲れてるのかな…?久しぶりに話すのに西野からこんなに早く電話を切ろうとするなんて… 声も元気ないし。)
この十日の間、本当にいろいろなことがあった。
これほど大変な時期など今までには無かっただろう。俺にも、西野にも…
だから西野もきっと疲れているんだろう。
いや、疲れていないはずがないだろう。
だから西野の意思を尊重した。西野を休ませてあげたいと思った。
「分かった、それじゃあ…」
だけど…
『…ごめんね…』
「えっ?今何て…!?」
ツー、ツー
慌てて聞き返した俺の耳には会話の終わりを告げる音。
受話器の向こうから聞こえてくる小さなその音がしんとした廊下に虚しく響いた。
西野の家からの帰り道。
暮れなずむ町の中、西野に会える嬉しさを噛み締めながら歩いた。
…でも、何か引っ掛かる。
事件のこともそうなのだが、何よりも電話で西野が最後に言った言葉…
(あれって聞き間違いじゃないよな?電話を切るときに『ごめんね』って…)
そんなことを考えたけど深い思考にはならなかった。
ついに西野に会える。
会えば全てが解決する。
そのことが俺の不安を消してくれた。
自宅の扉を開き、鼻歌交じりに靴を脱ぎ家の中へと入る。
「母さん、俺明日…」
「あっ、淳平!あんた早く泉坂大学に行きなさい!」
言いかけた言葉は母さんの騒がしい声に掻き消された。
(…へ…?…何で俺が大学なんかに…)
いきなりのことに訳が分からない。
「何だよいきなり。…まさか…唯が呼んだとか…?」
少し呆れたように俺は言った。
「何言ってんの!犯人が人質取って泉坂大学に立てこもってるのよ。」
(…えっ…?)
母さんの話を聞いた後、俺はすぐに泉坂大学へと走り出した。
泉坂大学は唯の通う大学でもある。
母さんは唯からの連絡によってこのことを知ったと言っていた。
人質は一人。犯人が警察から逃れて大学に逃げ込んだらしく、人質以外の学生はその際に素早く逃げ、犯人から逃れたらしい。
大学の構内に入ると物凄い人だかりができていた。
「なんだよ、これ…」
あまりの人の多さに思わず声が漏れる。
「あ、じゅんぺ〜!」
今にも溢れそうな人込みに圧倒されていると唯がこっちへ駆けてきた。
「唯、お前は大丈夫なのか?」
「うん、あたしは大丈夫。でも女の子が一人人質になってるの。」
「確か、三回生の向井さんっていう人なんだけど…」
(………えっ?………)
(…こずえちゃん…?)
「ちょっと!淳平どうしたの!?」
俺は人込みを掻き分けその最前列にたどり着いた。
集団の最前列では警察の人たちが人込みの進行を止めていた。
大学の校舎からは少し離れたこの場所から必死に犯人、そしてこずえちゃんの姿を探す。
(…クソッ…窓が閉まっててどの部屋にいるのか分からない…)
そう思った直後、
薄暗い景色の一部に明かりが灯った。
そしてガラガラと音を立てながらガラス窓が開く。
(あれは、間違いない…!)
窓から顔を出す犯人。そしてその腕を首に回されナイフを突き付けられている一人の女子学生。
(…こずえちゃんだ…)
少し癖のある長い黒髪が一目見ただけで彼女であるということを伝えてくれた。
「ねぇ、刑事さ〜ん。まだお金用意できないの〜?」
犯人の構えた拡声器から完全に警察をなめた声が聞こえてきた。
「もう少し待て。今用意しているところだ。」
そしてこちらからはがっちりとした体格の刑事が対応する。
「早くしてよ。あんまり遅いとこの子傷つけちゃうかなぁ。」
ニヤニヤと笑いながら犯人が言う。
「分かったからその子には手を出すな!もうすぐだ!もうすぐしたら金が用意できる!」
必死で説得しようとする刑事。
「でも本当に遅いんだよなぁ。この子と遊んで暇潰しでもしよっかなぁ」
そう言って犯人はこずえちゃんの胸に手を触れた。
「きゃああああああ!!!」
大きな悲鳴が響き渡る。
「や、やめろ!何をしてるんだ!」
突然の犯人の行動に焦りながら刑事が言った。
「何してるって…これから遊んでやるのさ。この子物凄くかわいいからなぁ…いい体してるし…胸なんてすごく気持ちいいや…」
こずえちゃんの顎を掴み、彼女の顔を見ながら気味悪い声で喋り続ける。
「ホントかわいいなぁ……いじめたくなっちゃった…」
ゾクッ
その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍り付いた。
(…こいつは…マジでやばい…狂ってやがる…)
そして…
「…ひ…あっ…!」
拡声器がこずえちゃんの小さな悲鳴を捕らえた。
(…嘘だろ……血が…出てる……)
ナイフで傷つけられた頬から一筋の血が流れる。
その瞬間、その場にいた皆が声を失った。
凍り付いた泉坂大学の構内、強い風が大きな木に吹きつけ、深い緑色の葉を大きく揺らした。
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