〜Everybody Needs Love〜12 - つね  様



『電話』






東城と会ってから一週間、まだ完全ではないが脇腹の傷も癒え、俺は退院した。


俺は迎えに来てくれた両親とともに外に出た。


久々に外の世界を感じる。


夏真っ盛り。


じりじりと照り付ける太陽の日差し。


騒がしい蝉たちの声。









うだるような暑さの中家へと帰り、さっとシャワーを浴びると俺はまた外へと出た。


行き先は西野の家。


西野の両親がかけても繋がらなかった電話。


でも、もしかしたら今日は…


そんな思いを抱いて西野の家のドアを開けた。


「あらあら、よく来てくれたわね。どうぞ上がって。」


ドアを開けると西野のお母さんが笑顔で迎えてくれた。






「まだ掃除の最中だから片付いてないところもあるけど気にしないでね。」


廊下を歩きながらそう言う西野のお母さん。


俺は西野のお母さんについてリビングに入った。



(『片付いてない』って…メチャクチャ綺麗じゃん。なんかいいニオイするし…)



そんなことを思いながら部屋全体を見渡す。


「暑かったでしょ。こんなものしかないけど良かったらどうぞ。」


そう言って西野のお母さんはアイスコーヒーを出してくれた。


「あ、すみません。そこまでしてもらって。」


「いいのよ、遠慮しないで。」


そう言って西野のお母さんは俺の向かいに座った。












俺はコップに注がれたアイスコーヒーを一口飲んで、話を切り出した。


「まだ…繋がらないんですか…?…西野の電話…」


「…そうなのよ…全然繋がらなくて…」


(…やっぱり…か…)


俺はそう思い視線を落とした。


「ホントに大丈夫なのかしら……警察の人たちは捜索しているみたいだけど…なにしろ手掛かりが少なすぎるものだから…」


心配そうに西野のお母さんは言う。




俺にも、西野のお母さんにも、西野が今どこで何をしているのか全く分からない。電話が通じないことから誰かに捕まっていることも考えられる。







焦りが募る。じっとしていても何もならないのは分かってる。






でも、どうすればいいのか分からない。




ただ待つだけの時間が過ぎていく。





二人の間で沈黙が続いた。








そんな中、




プルルルルルッ





西野の家の電話が鳴った。




(…もしかしたら…)




胸の中で期待が高まっていく。




西野のお母さんは電話に向かって歩いていき、受話器に手をかける。





「もしもし、西野ですが。」





ゴクン





俺は唾を飲み込んだ。




視線は受話器を持つ西野のお母さんへと集中する。








「あっ、じゃあ今からお伺いします。」


どうやら電話の相手は西野ではないようだ。


西野のお母さんは電話を切ってこっちを向いた。


「淳平くん、悪いんだけど用事ができて少しの間家空けることになるんだけどまだここにいる?」


「…はい。もう少しいてもいいですか?」





その答えに特に意味はない。ただなんとなく西野の家にいたかった。ただそれだけのこと。ただなんとなく…





「それじゃあ留守番頼んでいいかしら?そんなに時間はかからないから、」


「はい、任せてください。」


「それじゃあよろしくね。」


そう言って西野のお母さんは出掛けていった。






















西野のお母さんが出掛けた後、俺はなんとなく西野の部屋に向かった。


階段を昇り、ゆっくりとドアを開ける。









…いい香りがした…西野の香りだ…








すべてを忘れて夢中になる。







その香りに吸い寄せられるよう、ただ酔いしれる。







でもその香りはからっぽになった心を満たすことはなく、体をすり抜けていく。







この部屋には君の抜け殻だけ…







いくら見渡してみても君はいない。







涙が頬をつたう。







寂しい。







会いたい。







たまらなく会いたい。






会って抱きしめたい。










涙が流れるとともに体の力が抜けていき、ベッドに顔をうずめた。









…西野の香りがした…切ない香りだった…



























ガタッ



物音を聞き、振り返ると西野のお母さんが部屋の入り口に立っていた。


その姿を見た瞬間に我に返る。


どうやら随分長い時間こうしていたようだ。




「あっ、すみません。俺…」




涙を拭いてそう言った。




「別にいいのよ。私は下にいるから。帰るときになったら言ってね。」




西野のお母さんはそう言って下に降りていった。





(…西野のお母さんだって辛いはずなのに…なのに、俺の前ではずっと笑顔で…)




その優しい表情を見るたび、西野のお母さんの優しさと寛大さに感謝する。




そして階段を降りる音が廊下を歩く音に変わった時、











プルルルルルッ








俺の耳にコール音が届いた。




俺はその音を聞いて階段を駆け降りた。




そうなのかどうかは分からない。




でも西野からの電話であってほしい。




そんな願いを込めながら…









1階に降り、西野のお母さんが電話で話しているその会話に神経を集中させる。






「何で………ったのよ。」





途切れ途切れで聞こえてくる会話。西野のお母さんは少し怒ったような口調で話している。





でも、まだ誰と話しているか、よく分からない。





俺は受話器を持つ西野のお母さんに近づいた。












(あれ…?…西野のお母さん、泣いてる…?…)












「…でもホントに良かったわ…」











(『良かった』…?)










「…で、今どこにいるの?」











(どこにいるか聞いてるってことは…)










期待が高まる。胸の鼓動が早く、大きくなっていく。






















「つかさちゃん。」















その名前を聞いた瞬間、気持ちを抑え切れなくなった。






「西野!?」




思わず叫んでしまい、慌てて口を押さえた。






それでも嬉しい。本当に…良かった。




様々な思いが一気に込み上げてきて、言葉にならない。






「あ、つかさ、落ち着いて聞いてほしいんだけど…」




(…ん…?)




俺は西野のお母さんの話の切り出し方に少し違和感を感じた。



「あのね、今、隣に淳平くんがいるのよ。今から代わるけどいいかな?」



(…えっ…)



西野のお母さんは俺に向かって頷き、受話器を差し出した。




俺はドキドキしながら受話器を受け取った。







震える手で受話器を耳に当て、口を開く。









「…え…と、もしもし、西野?」









体の震えが止まらない。




















『淳平くん…』









一番聞きたかった、大好きなその声。












ずっと途切れていた会話が今繋がった。












そして今、確かに、俺は西野と話している。



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