〜Everybody Needs Love〜11 - つね  様



『壊れていく』2






俺と西野が離れて離れになってから、何かが壊れ始めていた。



そして今日、俺は思ってもみない最悪の知らせを聞いてしまった。



知らされたときには大切なものはもう既に壊れてしまっていて、どうしようもなかった。



もう、終わった…























時は少し遡る。


俺が目を覚ましたその日の夕方、両親と唯がお見舞いに来た。


「淳平、あんた大丈夫なの!?」


それが病室に入ってきた母さんの第一声だった。


父さんもベッドに横たわる俺を心配そうに見ている。





(二人とも、心配かけちゃったな…でも、何だろうこの違和感…)





(…そうだ。唯が何も言ってこない。こんな時には真っ先に喋るような奴なのに…)






事前に両親が唯と一緒に来ることは聞いていた。


だけど今、唯の姿は見当たらない。


「唯ちゃん、どうしたの?」


母さんが廊下に向かって呼び掛けた。


(何だよ。やっぱりいるんじゃん。)


唯がいることが分かり、俺は少しホッとした気持ちになった。





「…ん、何でもないよ。」


目を擦りながら唯が病室に入ってきた。


そして俺と目が合った瞬間、




唯の目から涙が溢れ出した。


「ゆ、唯!どうしたんだよ!?」



突然の涙に俺は訳が分からなくなる。


「…良かった。淳平が無事で…本当に良かった…」



(…唯のやつ、そんなに心配してたんだ…)


こんな時、本気で心配してくれる唯の温かさに触れたみたいで、何とも言えない気持ちが溢れてきた。


その後両親と唯は遅くまで病院に残り、俺を励ましてくれた。


一つ一つの言葉が、気遣いが素直に嬉しかった。















その次の日の朝、外村をはじめとする元映研のメンバーがお見舞いに来てくれた。


みんな俺が無事と分かると明るく話し掛けてきてくれた。



俺を明るくさせようとする友人達の温かさに触れ、改めて感じる…支えてくれている人の多さ、そして優しさを。



そしていつものように、長い会話の間、ほとんど笑顔は絶えなかった。



俺たちはかなりの長時間話し込み、昼過ぎになってやっと外村たちは帰っていった。


外村たちを笑顔で見送った後、俺は思う。



(やっぱり、西野のこと、何も分からなかったな…)



映研のメンバーの誰がかけても西野の携帯には繋がらないらしい。


『西野が今、どこで何をしているのか』、これが全く分からずにどんどん深みにはまっていく


「今日も何もできずに終わりそうだな…」


そう呟きながら窓の外を見た。












実を言うと俺は西野と一緒に行くはずだった、その行き先を知らない。


と言うより決めていなかったのだ。


とにかく泉坂から離れ、二人で泊まるところを探すということにしていた。


その分のお金は持っていたし、犯人がこれからどう動くかも分からなかったから。


(なんであの時行き先をはっきり決めなかったんだろう…)


そう考えると後悔の気持ちが募り、深い溜息がこぼれた。






溜息を吐いて下を向いたとき、



(…ん?…何か誰かに見られてるような…)


俺は突然誰かの視線を感じ、扉の方を見た。


「誰か…いる?」


半開きになった扉に向かって呼び掛ける。

















「…東城!?」


扉の影から現れたのは東城だった。



「…東城…みんなと一緒に帰ったんじゃなかったの?」



「その…真中くんに言っておかなきゃいけないことがあって…」


東城は少し俯き加減にそう言ってベッドの横に座った。


「言っておかなきゃいけないことって…?」


俺がそう聞き返すと、東城は下を向いた。


しばらく沈黙が続いたがそれも東城の性格から来るものだろうと思い、東城の答えを待った。










だけど…この後俺は最悪の答えを聞くことになる。









「あのね…」


沈黙を破り東城が口を開いた。


「西野さんのことなんだけど…」


(…えっ…)


「何!?西野がどうしたんだよ!?」


俺の心は西野という言葉に敏感に反応した


「あのね、昨日あたし西野さんから電話もらったの。」


(…!?…)


あまりの驚きのあまり、俺は言葉を失った。


「…それで?」




そして俺の中で東城の答えに対する期待はどんどんと高まっていく。









だけど…




「何でかは分からないけど西野さんがあたしに『東城さんって淳平くんと付き合ってるの?』って聞いてきたんだ。」










この、東城の口から発せられた言葉は…












「その時…嘘ついた…『付き合ってる』って…」







俺の全ての希望を打ち砕いた。











「…何言ってんの…?」


自分の体が小刻みに震えるのが分かった。











「……何で…」






「…何でそんなこと言うんだよ!」




俺の中で何かが切れた。





「…ごめんなさい…まさかこんなことになってるなんて…」



大きな声で怒鳴る俺の前で体を小さくして東城が言った。



「…まさかって、じゃあ東城はそんな軽い気持ちで…冗談のつもりででも西野にそんなこと言ったのかよ!!!」



もう止まらない。もう収まらない。





そんな中、東城の口から出た予想もしない言葉





「…あたしは…あたしはチャンスだと思ってる!あたし、やっぱり真中くんのことが好き。」


「西野さんが何でそんなことを聞いてきたのか分からないけどそのとき思った。これはもしかしたらチャンスなのかもしれないって…」


東城には珍しく、強い口調でそう言った。







「…俺だって…」



「俺だって西野のことずっと好きで仕方なくて、いろいろあってやっと恋人同士になれたのに…何でだよ!…そんなの勝手す……」




東城の様子を見た俺は思わずその後の言葉を飲み込んだ。












…東城が泣いてた…






「…ごめんなさい…本当に…」






「もう…いいよ…」


東城の涙を見て少し冷静になった俺は気付く。





(もう…何言ったって、どうしようもないんだ…)





そう…今の俺にはその誤解を解く術も無い。連絡手段が無いのだから…











「…あたし…帰るね…。本当に…本当にごめんなさい…」


そう言って東城は病室のドアに向かって歩き始めた。




俺は無言でその後ろ姿を見届けた。




分かってる…東城に当たったって仕方ない…





そんなことをしたって何が変わるわけでもない。







東城に悪気が無かったと言えば嘘になる。







…でも責められない…もうどうしようもないのだから…






もしかしたら東城だって犠牲者なのかもしれない…






何で…何でこんなにも歪んだ欲望が生まれる…?






『愛されたい』、きっとそれだけなのに…


















そして一人の部屋でまた謎は増えていく。


西野が東城に電話をした理由、それが分からない。


しかも何で東城にそんなことを聞いたのか…


でも確かに言えること、それはその東城への電話が西野に関しての何らかの手掛かりを握っている。


それでもまだ俺が刺されてからの二日、この間に何があったのかよく分からない。


それどころか細切れになった手掛かりは余計に俺を混乱させていく。













そして、言葉にならない虚しさと哀しさが俺の胸に溢れる…









涙も出ない。









涙を出すほどの力さえも今の俺には残っていなかった…



















俺と西野の関係が、今日壊れた。



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