〜君に贈る〜第六話 - つね 様
ガタゴトと音を立てながら揺れる、その振動が心地良く、まぶたが重くなる。
それでもその度に頭をコツンとノックされ目を覚ます。
目の前には楽しそうに話す君がいる。
〜君に贈る〜第六話『先入観と不安と願い』
「ちょっと、聞いてる?」
「あ、ああ、聞いてるよ」
「嘘、だって寝かけてた」
「…ごめんなさい…」
電車に乗り込んでまだ間もない中、先程からこんなやり取りが続いている。
「もう、しっかりしてよね。昨日は早くから寝てたじゃない」
昨日は確かに九時頃には睡眠に入っていたと思う。
”思う”と言うのも、気付いたら寝てしまっていたのだ。
昨晩、西野の作った料理は絶品だった。
アサリの和風パスタ、白身魚のマリネ、シーフードサラダにキャベツのポタージュ…
有り合わせで作ったとは思えない数々の料理が綺麗に食卓に並べられた。
はっきり言ってかなり驚かされた。
ただ、腕によりをかけて、という西野の張り切りもあってその量も半端ではなかった。
味のよさに加え、これだけ作ってくれたのだからとかなり無理をして食べた部分もある。
久しぶりに大食いした腹はずしりと重たく、すぐに眠たくなってしまったという訳だ。
睡眠時間で言えば俺より西野の方が少ないはずなのだが、自覚のない睡眠は意外とすっきりしないもので、なかなか眠気が取れない。
そんな中、西野はちっとも眠たいそぶりなど見せずに窓の外の景色を見ながら時折俺に向かって話し掛けてくる。
西野にしてみればこの電車の中で俺しか話す相手がいないわけなのだから当然といえば当然かもしれないが、いつもこうであるわけではないと思う。
今日の西野は機嫌がいい。
それが何故なのかは分からないが、そんな西野を退屈させないように重たいまぶたを必死に持ち上げる。
蛍崎町から泉坂までは決して近いとは言えない。
電車でも大体二時間弱。
その長い時間の間、ずっと西野と話すことによって、なんとか起きていられた。
「ん〜、やっと到着かあ」
電車から降りて体を伸ばす。
そんな俺に西野が並びかける。
「どう?目は覚めた?」
「うん、覚めたかな…」
「あれだけ夜寝てるんだからさ、二度寝しちゃうとかえって眠たくなるんだよ。だからそういう時は眠たいの我慢した方がいいの。実際すっきりしたでしょ?」
言われてみれば…あれほど感じていた眠気はすっかり消え去っていた。
加えて西野が言うと妙に説得力があった。
「久しぶり…って言っても二日しか経ってないんだよな…」
改札をくぐった後、目の前の景色を見て呟くような言葉がこぼれる。
「お待たせ、淳平くん」
そこへ遅れて改札を通った西野がやって来る。
「どうしよっか。あたしは寄るとこは自分の家くらいだけど…」
「あ、それなら送っていくよ。俺も家に荷物取りに行くだけだから」
「ホント?じゃあお願いしようかな」
明るい口調で西野が答える。
そしてそれに頷き、西野の手を取ったその時、
カシャッ
明らかに不自然な機械音に振り返る。
「うーん、いい顔してるなあ、つかさちゃん。…あ、でも男と一緒の画像なんて使えねえな」
声の主は誰なのか。
まあ、一人しかいないだろう。
「外村、お前…何やってんだよ…」
しゃがみ込んでデジタルカメラを覗き込む外村に呆れながら声をかけた。
当の本人は何が?というような顔を見せる。
まったく相変わらずだと思いながらも、外村らしい出迎えが微笑ましかった。
『もうすぐで来る』
その外村の言葉通り、しばらくするとさつきと大草が並んで歩いてきた。
どうやら俺たちが帰ってくるということを前もって二人に伝えてくれていたらしい。
外村のなんとも粋な計らいに心が温もる。
まず俺達を見つけたさつきが大きく手を振った。
「真中〜、久しぶり〜」
いつも前向きで明るいさつきの声に自然と表情が緩む。
…が、次の瞬間、俺の思考は停止する。
さつきが勢いよく走り出したまでは見えた。
しかしすぐに、飛び付いてきたその体で視界が塞がれる。
続けて柔らかな感触とともに飛び付かれた勢いで体が傾く。
体が一瞬宙に浮いたかと思えば派手に地面にたたき付けられた。
衝撃の強さのあまり閉じていた目をゆっくりと開けると口を手で覆って驚く西野と目が合い、ようやく今自分が置かれている状況を理解した。
「アホか、早く離れろ」
すぐさまさつきの体を遠ざける。
もう、と俺の上から体を避けるさつき。
「お前なあ、何やってんだよ」
相変わらずの行動に呆れ、溜息混じりの声が漏れた。
「何よ。ホントは嬉しいんじゃないの?」
…そりゃあ…本当のことを言えば嫌な訳じゃないけど…
「バッ、んな訳ねぇだろ!」
そういう訳にはいかない。
「大体お前大草と付き合ってるんじゃないのかよ」
「あれ、知ってたの?
でもいいじゃない。愛嬌よ」
あっけらかんとした様子で答えるさつき。
恋人の目の前でほかの男に抱き着くという行動はそんなに軽く流していいものではないと思うが…
そう…きっと西野も怒って…
…あれ……笑ってる…?
西野は笑顔だった。
しかもその笑顔も決してわざとらしいものではなく、いたって自然なものだった。
その表情が意図するものは当然分からず、その予想外の反応に肩透かしをくらったような気になる。
「お二人さーん、ちょっとこいつお借りしてもよろしいですか?」
そこへ突然、妙に明るい声の外村が西野とさつきに向けて切り出した。
「別にいいけど…どうしたの?」
西野が答える。
「ちょっと話があるもんで」
「別にここでもいいんじゃないの?」
「いや、いろいろあって…男同士の話だからさ、極秘なんだよな?な、真中」
…嫌な予感がする…
「何よそれ。いやらしい」
さつきが不満そうに言ったがそんなことはお構いなし。
俺はそのまま外村に連れていかれた。
「じゃあ聞かせてもらおうか」
外村は俺の肩に手を回し妙に余裕のあるような笑みを浮かべる。
…予想的中…
この男はなぜこれほどまでに詮索好きなのだろうか。
しかも…
「…で、何で大草もいる訳?」
「だって面白そうじゃん」
そう言って微笑む大草。
爽やかな笑顔は相変わらずだった。
「面白そうって…お前…」
「つまらん!」
俺が話し終えるとそう言って外村は立ち上がった。
「何がだよ」
「二日間二人きりで過ごして何もないだと?つまらん!」
なぜか腕を組んで偉そうな態度。
「だから二人きりじゃないって」
「二人きりみたいなもんだろうが。それなのに何事だ」
なぜ俺はこの男に説教を喰らわなければならないのか。
自然と溜息が漏れる。
「はは、まあいいじゃん外村。それだけ忙しかったってことだよ。さ、行こうぜ」
ありがたいことに大草が機転を効かせて外村に西野たちのところへ戻ろうと促してくれる。
しかし、ここで外村の標的は大草へ…
「…じゃあ、北大路のセクシーショット十枚で…」
気のない声でも攻撃力は十分だった。
「…え…?」
大草の顔がひきつる。
そんな二人の何とも不思議なやりとりを横目に見て、なるべく二人から距離を取りながら足を進めた。
女性陣の元へ戻ると、なにやら二人で話しているようだった。
争いの火種が無いとこんなにも親しく喋り合えるのかと、高校時代はなかなか見られなかった光景を少し驚きながら見る。
もちろん争いの火種というのは他でもない俺のことなのだが…
俺達が戻って来たのことに気付くと、西野が俺の元にやってくる。
手には何かチケットのようなものを持っている。
「ねえ、淳平くん。ほら見てよ。試合のチケットもらっちゃった。一緒に見に行こうよ」
少し興奮気味に話す西野。
よく見るとチケットには大草の所属するチームの公式戦の対戦カードが書かれていた。
「こ、これ…、いいのか?さつき」
そう言ってさつきの方を見る。
「いいのよ。あたし一人で見るよりも誰か知ってる人と一緒に見る方がいいから」
なるほどこの口調から察すると、さつきは頻繁に大草の試合を観戦しているようだ。
決して二人の関係は悪くはなさそうだ。
付き合っていて関係が良いも悪いもあったものではないかもしれないが、
ただ、さつきと大草という組み合わせ―――と言っていいのか分からないが―――があまりに意外だった。
まあ…美男美女のカップルと言う点ではお似合いなのかもしれないけど…
高校時代にはまったくと言っていいほど接点は無かった二人。
一体この二年の間にどのような変化があったのだろう。
そして少し心配だった。
さつきは大丈夫だろうか、と。
おそらく高校時代の大草に対する印象が俺にそう考えさせるのだろう。
そのルックス、運動神経から女性に不自由しない人生を歩んできた大草。
ずっと西野を好きでいたようだったという個人的な事情を除いてもあまりいい印象は無い。
もちろんそれは俺が口出しできる類の問題ではないことなど十分に分かっているのだけれど…
まあ、それはともかく、なかなか行けないような場所にただで連れていってもらえる訳で、これは本当にありがたいことだ。
俺はさつきと大草に礼を言い、そして大草にはもう一言、楽しみにしてる、そう伝えた。
そして、微笑みながら話す二人を見る。
二人の関係がその笑顔のままであれば…
温かな二人の笑顔を見つめながら素直にそう思った。
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