〜君に贈る〜第二話 - つね 様
〜君に贈る〜第二話『君に会えて…』
町は途中から緩やかな下り坂になっていて、道を歩きながら夕日が照り付けた水面が見えた。
西野との待ち合わせ場所である公園に行くためにこの町についてほとんど無知の俺はとりあえず海に向かう大きな道を歩いた。
しばらく歩くと海に突き当たり、そこから左右に道が分かれていた。
(…灯台の下の公園だったよな…)
自分の右手に大きな灯台を確認して、俺はコンクリート護岸の上を歩いた。
「あれ…かな?」
待ち合わせの公園は思ったよりも容易に見つかった。
護岸から降りてその入口らしき場所に走る。
公園の中を覗いて見る。
西野がまだ来ていないことを確認すると公園に入らずに入口で西野を待った。
(…もう少し…あともう少しで会える…)
(今、この公園に向かってる頃かな?)
(西野も今、俺のこと考えてくれてるのかな?)
(会ったら…何から話そうか…)
(西野のこと…名前で呼んでみようか。そうしたらどんな反応するだろう…西野…喜ぶかな…)
「…『つかさ』…か」
呟いたその言葉を噛み締めるように何度も繰り返す。
「何モゴモゴ言ってんの?」
突然かけられた声に驚いた。
…でもこの声は……
…間違いない…
俺はゆっくりと声のした方に顔を上げた。
「…西野…」
「久しぶりだね、淳平くん。」
そう言って西野は微笑んだ。
言葉が出てこなかった。
久しぶりに会った西野はやっぱりものすごくかわいくて、綺麗で、思わず見とれてしまった。
「ちょっと!大丈夫!?」
「…あ、ああ。」
俺はまだ意識がはっきりとしないまま返事をした。
「もう、しっかりしてよね。」
「…ごめん。」
口では謝っていても、心の中は西野に会えたことへの喜びでいっぱいだった。
「それじゃあここで話すのも何だし、中入ろっか。」
そう言って微笑む西野について俺は公園の中に入っていった。
公園と言っても中はとても広く、泉坂で見慣れたものとは違っていた。
大きな広場を抜けると石畳が敷かれた場所へと出た。
石畳の通りはそこにある池のような場所を囲んでいて、そのほとりにはベンチが備えられていた。
「座ろっか。」
ベンチを指差してそう言った西野に従って俺はベンチに腰掛けた。
「ねぇ、淳平くん。目の前に見えるの、これ海なんだよ。」
「えっ、これ池じゃないの!?だって公園の中だしさ。」
穏やかに語りかけるように話す西野とは対象的に素直に驚く。
「はは、そんなに慌てなくても。ほら、そこ見てごらんよ。」
「波が出来てるでしょ。ここに溜まってる水は海から引いてきてるの。ほら、あそこから。」
公園の脇の道路の下にある空洞を指差して西野は言った。
「珍しいよね、こんな公園。ここに来てからなにもかもが新鮮でさ、本当にいいところだよね。淳平くんもそう思わない?」
楽しそうに話す西野を見てここに来るまで感じてたいろんな不安だとか、心配だとかは吹き飛んでいった。
西野が笑顔で話せば俺も笑顔で話せる。
やっぱり西野は特別な存在なんだと今改めて思う。
「俺もホントにいい町だと思うよ。ホントに綺麗な町だなって、」
「あ、西野知ってるかな?この町の映画館の館長さんがさぁ、テアトル泉坂の館長さんにそっくりなんだぜ。」
「知ってる知ってる。双子なんだよね。あたしも初め見たときびっくりしちゃって…」
弾む会話。同じところで笑ったり、同じところで驚いたり、本当に楽しくてあっという間に時間は過ぎていった。
会話を重ねるにつれて雰囲気は落ち着き、二人は座ったそのベンチから見える景色を無言で見ていた。
「ねえ、淳平くん。」
「何?」
呟くような西野の声に俺もまた静かに答えた。
「信じてて良かった…」
横を見ると、西野は前を向いたまま少しはにかみながら続けた。
「あたしね、あのメールはたぶん淳平くんじゃないってなんとなく分かってたんだ。」
「そうなの?」
「うん…だってさ、文体が違ったもん。それに淳平くんはあんなこと言わないってことなんかきっとあたしが一番よく分かってる。」
…嬉しかった…
言葉にできない想いがどんどん溢れてきて止まらなかった。
そう…きっと君が一番分かってる。
君に一番分かってほしい。
自分はなんて幸せ者なんだと思った。
西野つかさに会えて本当によかった。
「西野、ありがとう。西野に会えて、こうして一緒にいられて、本当によかった…」
気持ちを言葉にして、そして西野をやさしく抱きしめる。
しばらく抱き合った後、俺はゆっくりと体を離した。
西野の顔を見ると目が合った。
言葉は交わさないまま、引き寄せられるようにお互いの顔が近づく。
そして、二人の唇がそっと触れ合った。
再び体を離し、俺西野の様子をうかがった。
西野は少し俯いて頬を赤く染めている。
その様子をたまらなく愛しく思う。
「…淳平くん…」
「…これからも一緒にいてくれるよね?」
呟くように言ったその言葉は不安の色をまったく感じさせない。
ただ確認したい、直接その言葉を聞きたいがために…
「もちろん。西野、俺はこれからもずっと西野のこと好きでいるよ。」
俺の返事を聞いた後も西野は俺とは目を合わさずにいる。
「淳平くん…目閉じて…」
その言葉の意図はよく分からなかったけど、俺は言われるままに目を閉じた。
まさに目を閉じた、その瞬間だった。
西野の唇が触れるのが分かった。
唇が触れ合った後、西野はなかなか離れようとはしない。
どれだけの時間が経っただろう。
触れ合っている間はその時間が何秒、何分にも、離れた後には一瞬の出来事のように思えた。
「しばらく会えなかった分、ね?」
自分の唇に指を当てて、微笑みながら西野が言った。
俺は固まったまま動けない。
西野は何も無かったかのようにベンチに置いてあったバッグを手に取り、俺の方に振り向いて言った。
「じゃ、そろそろ行こっか。」
「…行くって…俺…泊まるとこ無いんだけど…」
「あたしが泊まってるとこ。一緒に泊まればいいよ。」
「一緒に?」
そう言ったままボーッとしていると額をコツッとノックされた。
「コラ、やらしいこと考えない。」
「…はい…」
見事に心の中を見透かされた俺は力なく返事をすることしかできなかった。
そして先に足を進め始めた西野に急いで並ぶ。
「そう言えばさぁ、西野何で泉坂に連絡よこさなかったの?」
「え…と…、それはね…」
俺が質問をした瞬間に明らかに西野の口調が変わった。
気のせいかもしれないけど西野の顔が少し赤くなっているように見える。
「…その…恥ずかしいんだけど…携帯海に落としちゃったの…」
「へ?」
拍子抜けした。
泉坂にいる間も、この町に来てからもそのことを不安に思っていたけどまさかそんな単純な理由だったなんて…
「だからなるべく言いたくなかったんだけど…やっぱり言わなきゃダメだよね…」
「えっ…じゃあ…電話で言ってた『ごめんね』っていうのは…?」
「…だから…ずっと連絡しなかったの謝らなきゃって…」
「…はは…」
「……はは…はっはっは!!!」
笑いが止まらなかった。
何がおかしいのか自分でもよく分からない。
だけどなぜだか笑いが止まらない。
ただ今まで張り詰めてきたものが一気に緩んでしまって…
それと同時に嬉しかった。
西野が無事でいてくれて、本当に良かった。
「ちょっと…笑わないでよね。あたしだって連絡できなくていろいろ大変だったんだから。」
西野の顔はもう真っ赤だ。
「ごめんごめん…でもさ…」
俺が笑い涙を拭いながら言いかけると、西野がそっぽを向きながら言った。
「もう、今日は一緒の布団で寝てあげようかと思ってたのにな〜。」
「ちょ…え……ごめんなさい。もう笑いません。」
一気に形勢が逆転してしまった。
「どうしよっかな〜」
「ちょ…西野、だからごめんって。」
月と街灯に照らされた二人の影が賑やかに動く。
君は笑顔を浮かべはしゃいでいる。
あぁ…やっぱり西野といるとこんなにも楽しいんだ。
ねぇ西野、君は俺と一緒にいて楽しい?
どうやらそんなこと聞く必要も無いみたいだ。
今の西野の笑顔が俺にとって充分な答えだった。
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