〜第二部 君に贈る〜第一話 - つね  様

電車は海沿いの道を走っていく。







キラキラ輝く波の光がとても綺麗で、







窓を開けると潮風が勢い良く吹き込んで来た。








もう少しで…君に会える…














『SERENDIPITY』〜第二部 君に贈る〜第一話『海沿いの町で』













『……駅、降り口は右側です。お降りの際はお忘れ物の無いようにご注意ください。』


聞き慣れない駅の名前がアナウンスされる。


俺は泉坂から西へと向かう電車に乗っていた。


泉坂駅からの始発便だったが、だんだんと電車に乗る人も増えてきた。


電車が止まるたびに俺は残りの駅の数を数えた。


そして駅の数を数えていた指が残り一本になった直後、電車の外は闇に包まれた。


(このトンネルを抜けたら…)


様々な想いが胸を駆け巡る。


約2週間、俺は西野と会っていない。これだけの期間会わないでいると期待と同時に不安も感じる。


西野のいる街の駅に近づくにつれて俺の緊張と不安は高まっていった。


長いトンネルの中ではその気持ちがさらに大きくなっていた。







…だけど…








「…綺麗だ…」




トンネルを抜けた瞬間に今までとはまったく違う景色が目に飛び込んできた。


その景色に思わず声が漏れる。





電車は海沿いの線路を走る。


まぶしい太陽に照らされた水面がキラキラ光って宝石みたいだった。


さっきまでの不安はどこかに消え去り、心は明るく照らされた。


あまりに綺麗な景色に気を良くして、俺は窓を開けた。


窓から顔を出し、潮風をいっぱいに浴びる。


遠く前方には整った町と丘の上に立つ綺麗な灯台が見えた。




(あの町に…西野がいる……西野に会える…)



そう思うと、自然と笑顔がこぼれた。



俺は電車が駅に止まるよりもずっと先にドアの前に立ち、そのドアが開くのを待った。


西野との再会が待ち遠しくて仕方ない。


ようやくドアが開き、電車を降りる。


そしてすぐについこのあいだ買い換えた携帯電話を手に取った。


「えっと…西野の番号は…と、」















…昨日、西野の家の電話を通して俺が西野と話したあの時…



電話を終えた俺に西野のお母さんが一枚のメモを渡してくれた。



「これあの子の携帯の番号ね。つかさ、向こうで一度携帯無くしたらしくて携帯を買い換えたらしいの。番号前と変わってるからって、」















そして今、その番号に俺は始めて電話をかける。


(…それにしても俺、西野のお母さんがこのメモ渡してくれてなかったらどうなってたんだろう。)



そうだったことを想像すると冷や汗が出る。



(まあ…何はともあれ、西野のお母さんに感謝だな…)


そう思い番号を押した。






『…もしもし?』


(…繋がった………って当たり前か…)


西野の声を聞くと電話越しだけどすぐ近くにいるような、そんな気がしてなんだか安心できた。


「あ、西野、俺、真中だけど…」


『あ、淳平くん?どうしたの?こんな時に』


「俺、今西野のいる町まで来てるんだ。だからどこにいるか言ってくれないかな?会いに行くからさ、」


まったく知らない町だけど、人に聞いたり、いろいろすればなんとかなるだろう。そう思い西野の居場所を聞いた。


『……』


少しの間沈黙が続いた。


その沈黙に俺はとてつもなく不安になる。





(……なんかこれってヤバイ感じがしないか?…『会いたくない』とか言われるような…)






「……どうしたの…?」



そう言った瞬間、胸の鼓動が一気に早くなる。



西野の答えを待つまでのたった数秒の時間がとても長く感じられた。








だけど…







『……えっとね、あたし今バイト中で今はたまたま電話出れたんだけど、今日は6時くらいまで働かなきゃいけないんだ。だからそれまで待ってくれるかな?』






……良かった……


西野からの答えは俺の予想とはまったく違うものだった。


ひとまず俺はホッと胸をなでおろした。



「うん、待つよ。西野に会えるなら俺いくらでも待つから。」


『ありがと。それじゃあ……、今淳平くんどこにいるの?』


「えっと…海が見える駅の…ホーム………それで分かるかな?」


看板でも見ればすぐに分かった駅の名前なのに俺はそう言ってしまった。


(『海の見える駅』って…それで西野分かるかなあ…)


言ってしまった後でそんな説明しかできなかった自分を少し情けなく思う。




『……えっと、それじゃあ淳平くんそこから灯台見えるかな?』


「あ、うん。見えてるよ。」


『その灯台がある丘の下に公園があるんだ。たぶん行けばすぐに分かると思うから…。そこの公園に6時…半くらいかな。そのくらいの時間に待ち合わせってことで、いいかな?』


「うん、分かった。6時半だな。」


『それまではまだ大分時間あると思うから、町で暇つぶしして待っててよ。小さいけど映画館もあるし、退屈はしないと思うからさ。』


「分かった。それじゃあ公園でまた会おう。」


『うん。それじゃあね。』


そして俺は電話を切った。


「よっし…!」


そして小さくガッツポーズ。


西野に会えることによる気持ちの高ぶりを押さえきれなかった。




















駅を出ると整った町並みが俺を出迎えてくれた。


(駅から見たときも思ったけど綺麗な町だよなあ……別に田舎って訳じゃないし、いろんな店もあって賑わってるんだけど、うまく自然と共存してるって言うか、とにかく建物も全部綺麗だよなあ…。こんな町もあるもんなんだなあ…)


きょろきょろとして歩きながら綺麗な町並みに見とれていた。


海沿いの町ということもあって、寿司屋があったり、観光客が来るのか、御土産屋まであった。


そしていろいろな店の様子を外から見て回っていたけど…





「やっぱり最初はここ…かな。」



俺は映画館の前に立ち、そう言った。



映画館があるといわれた以上寄らない手はない。


(大きさは…テアトル泉坂くらいかな…)


以前バイトしていた映画館と少しダブる外観に親しみを感じる。




(でも…客の入りが全然違う…)




行列を作る人たちを見て一瞬気が引けた。


だけど、映画を見るためにはその行列に加わらないといけないわけで、俺はその列の一番後ろに加わった。
















ホールに入ると、俺は人波にもまれながらも席を取ろうと必死になった。


そして、たった一つ空いていた席を見つけ、そこへ腰掛けようとする。


(よし、何とか座れそうだな。さすがに立ち見はきついからな。)


そう思い安心した直後、


バフッ…!


俺の後方から少し小さめのバッグが俺が座ろうとしていた席に投げ込まれた。


(…え…?)


振り返ると一人小さな老人が満足そうに笑っていた。おそらく地元の人だろう、と直感で分かった。


「すまんのお、席を譲ってもらって。」


笑顔を見せながら俺の前を通りすぎていくその老人。


「よいしょっ」、と言って飛び乗るように席に座った。


(………………これが…地元の…常連の力……恐るべし……………)


しばらくの間、俺は固まって動けなかった。


















(気を取り直して…っと、それにしてもたくさん入ってるよなあ。どっか空いてる席ないかなあっと…)


ホールを見渡してみる。まさに超満員だった。


(ある…わけないか。まあ仕方ないな。立ち見で我慢だ。)


俺はようやく割り切って、これから上映される映画のパンフレットに目を向けた。


(『あの夏の落し物』…聞いたことないタイトル。まだ見たことない…な。監督名は…『山本豊三』、か。この人も知らないな…)


俺は少し安心した。既に見たことのある映画を見るよりもまだ見たことのない映画のほうが楽しみがあるから。


そして、ホールの明かりが消され、アナウンスが流れる。


『大変長らくお待たせしました。ただいまより上映を開始致します。』


(…いよいよ…だな…)


俺はスクリーンに集中した。


そして映写機から映像が映し出された。

















(………これは………)



















上映が終わった後、俺はその場に立ち尽くした。


俺の横を通り過ぎていく人たちは「今回も良かった」、とか、「やっぱり豊さんの作る映画は最高だ。」、とか、それぞれに感想を述べながら歩いてゆき、中には涙を流す人もいた。


立ち見の疲れなんて微塵も感じなかった。


ただ、驚きと感動が押し寄せてくる。


まるで別世界のものを見たような……


俺だって今まで一流監督の映画を数多く見てきた。海外で修行を積んでいるうちも、数え切れないほどの名作を見て、その度に心を動かされた。


…だけど…だけどこの映画は今まで見たどの映画とも違っていた。


別にどの作品より上だ、とか比較するつもりはない。


ただ、何か今までとは違った、そんな風に感じて、そして、とてつもない感動を覚えた。


(これだけの映画を…こんな小さな映画館で……監督も、作品も無名なのに…)


「すげぇ!うん、すげぇよ!」


誰もいなくなったホールで思わず叫んだ。















「ほお、そんなに感動したか。最近の若いもんも捨てたもんじゃないのお。まあ、とは言っても、この町の若いもんはここの映画にドップリじゃがな。」






俺はホールに響く少し聞き覚えのある声に振り向いた。








「…館長!?」


そう言って、声の主の元へ駆け寄る。


「何でこんなとこにいるんですか!?まさか引越しとか?」


勢い良く詰め寄る俺に少し圧倒されながら、その老人は言った。


「失礼なやつじゃの。ワシはお前さんのことなんぞ知らんぞ。」


「何言ってるんですか。もしかして俺のこと忘れたんですか?ほら、テアトル泉坂でバイトしてた…っていうかこのあいだ会ったばかりじゃないですか。」


そう言うと老人は妙に納得したようにした。


「テアトル、ああ、そりゃあ間違えるわな。ははあ、なるほどなあ。そう言うわけか。」


うんうんと頷きながら独り言のように呟く。


俺は訳がわからない。


「あのな、兄ちゃん、そりゃあワシの兄貴だわ。双子なんよワシら。」


(…双子…?…そういえばちょっと言葉遣いも違うような…)


「豊三郎か。懐かしいのお。あいつ元気にしとったか?」


「はい。そりゃあもう、元気で。」


(元気すぎて困るんだけどな…)


「ほお、まあ何よりじゃな。そんじゃあ掃除すっから、またな、兄ちゃん。」


そう言うとその老人はほうきを持って俺に背中を向けた。


「ちょ、待ってください。」


俺の声を聞き、老人は振り向いた。


「なんじゃ?まだ何か用かの。」


「その…!あの映画作った人に会わせてほしいんですけど、」


「さっき映画が終わった後に誰かが『豊さんの作った映画』って言ってたんで、そんな風に呼ぶくらいなんだからこの街の誰かが作ったんだと思って…」


少し大きめの声で俺がそう言うと目の前の老人は驚いたように俺を見た。


そして突然声をあげて笑い出した。


「ハッハッハッ、兄ちゃん、なかなかいい観察力じゃの。なるほど、豊三郎が言っとった『おもしろいやつ』ってのはあんたのことじゃな。」


そう言った後さらに続ける。


「兄ちゃん、あの映画を作ったのはあんたの目の前におるこのジジイじゃよ。」


「えええええっ!!!」


あまりにも予想外の事実に驚いたが、早く話を聞きたいという気持ちが勝って俺はすぐに気を取り直して尋ねた。



「じゃあ、是非話を聞かせてください!お願いします。」


「まあそう焦るな。そうじゃの、ワシの話を聞きたかったらホールの掃除でもしてもらおうかの。そしたら考えてやっていいぞ。」


「……え゛……?」


















「豊三さん、掃除終わりましたけどー!」


俺は掃除を終え後ろの席で休んでいた豊三さんに向かって言った。


「おぉ、兄ちゃんなかなか手際が良かったじゃねぇか。」


客席の背もたれにドカッともたれながらそう言う豊三さん。


「これで話聞かせてもらえるんですよね。」


汗を拭きながら俺はそう言った。


最初は、何で俺が掃除なんか、と思っていたが、終わってみれば、たまにはこういうのもいいもんだな、と思えた。働いて流した汗が心地よい。


「うーん、まあ仕方ないのお。こっちに来な。」


豊三さんは立ちあがりホールの出口に向かって歩き始めた。

















ホールを出ると、俺は『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋に案内された。


「そこら辺に座ってな」、と言われて俺はすぐそばにあった丸椅子に腰掛けた。


しばらくすると掃除用具を片付けた豊三さんが戻ってきた。そして俺の前にあった椅子に腰掛ける。


「で、何を聞きたいのかの?」


「俺、あの映画を見て、本当にすごいと思ったんです。だから是非あの作品を作った人と話をしたいと思って、話したいことはたくさんあるんですけど……」


俺は興奮気味にそう言った。久しぶりに心がうずく、そんな実感があった。


「じゃあまずは…」


俺はそう切り出して、豊三さんとの会話を始めた。



























最初のほうはそこまで多くを話さなかった豊三さんだが、話し始めてからしばらく経つと、自分からどんどんと話をしてくれた。



やはり、映画のことを話し出すと止まらないもので、気付くともう時計の針は6時をまわっていた。


そのことに気付いた俺は豊三さんに言った。


「豊三さん、すみません。この後ちょっと用事があるんで、そろそろ失礼します。」


「おお、そうか。それじゃあ、また来たくなったらいつでも来いよ。」


「ありがとうございます。それじゃあ…」


そう言ってドアに手を掛けた俺はふと思った。


(あ、まだ一番聞きたかったこと聞いてなかったや…)


振り返って俺は豊三さんに言った。






「豊三さん。」




「ん、なんじゃ?」



















「映画は何のためにあると思いますか?」





















「さあな…、人を幸せにするためじゃねーか?」
















それを聞いた俺は微笑み、「そうですか。」、と言って、映画館を出た。


















「あら、どうしたんですか?豊三さん。嬉しそうな顔して、」


映画館で働いているらしき若い女性が窓際に腕を置き外を見ている豊三に明るく話しかけた。





「さあな…。いい映画監督にあったからじゃねえか?」





そう言って豊三は港のほうに向かって歩く淳平の背中を見つめた。





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