Summer 3.LOVE YOU - スタンダード 様
眠い、だるい、暑い。
全国の高校生の外出気力をなくす最大の結界。
もちろん俺も捕まっていた。
そして魔法使いの西野は、結界を解いて俺を連れ出しに来る。
暑いのはともかく、こんなに眠くてだるいのも理由がある。
張本人は目の前にいる、魔法使いの少女であるのは言うまでもない。
結局昨日は1時まで西野の家で話をしていた。
祖父は僕が西野の家にいることを知ると、何の心配もなく帰って行った。
西野の両親も、俺が遅くまで家にいることを全く気にしていない様子だったし、実際すぐ寝てしまった。
夜中にいい年の男女が二人きり、という危ないシチュエーションだったが、西野のマシンガントークはそんな想像をハチの巣にした。
僕にはもちろん眠気など訪れるはずもなく、ただ西野の話に聞き入っていた。
「よし。ではレッツゴー」
西野が言った。
いつも西野は気まぐれで唐突で…さらに言えば拒否を許さない。
僕はいつもなすがままになり、でもそんな日々を楽しいと感じている。
僕が「本日はどこへ?」と尋ねると、西野は「今日は遠出しま〜す」と楽しそうに言い、僕に外に出るように促す。
表には一台だけ自転車が置いてあった。
一台だけ。
間違いなく乗れと言うことだ。
今日はちょっと遠くまで行きたいからね、とまた微笑む。
いつの間にか、西野の笑顔は僕の弱点になっていて、ここまで楽しそうに笑われると断れなくなっていた。
「自転車一台しかないけど…」
「そんなの決まってるでしょ」
「二人乗り?」
「当然」
「俺が前?」
「オフコース」
「え〜…まぁ…仕方ないか…」
どうせ僕は拒否できないのだから。
一面田んぼだらけとはこういうことを言うんだろうか?
ただひたすらにペダルを漕いで漕いで漕ぎまくる。
だが、横を流れる景色はなかなか変化を見せない。
結局横の景色が変化を見せる前に、正面に大きな森の入り口が見えた。
「また森…?」
そう聞くと、「ううん。森の向こう」そう答える。
なお悪い。
でもやっぱり僕は従ってしまうのだった。
森を走り続けて数十分。
やっと森を抜け、草原のような所にたどり着いた。
草のないところが道となっていて、なんとか自転車で走れる。
最初の内は、周りの景色だとかキャーだとかワーだとか声に出していたが、ぼちぼち普通の話が増えてきた。
そして急に「淳平君彼女とかいないの?」という核心に迫る質問。
彼女か…。
いることはいるが、いると言うのも嫌だった。
嫌いじゃないという理由で適当に付き合ってる自分が情けない。
僕が黙りこくっていると西野が先に口を開いた。
「どうしたの?別に見栄張らなくてもいいんだよ?」
今度はこっちを見て、微笑んだ。
「いる…よ…。一応。」
僕がそう言った瞬間、西野の表情が固くなった…気がした。
すぐに戻り、
「そっか…そっかそっか…」
とこぼした。
この反応を僕は素直に喜べない。
一言で二人に嘘をついているようなものだ。
心が痛い、というやつかもしれない。
「その一応って何?」
不意に尋ねられドキッとする。
「一応…?」
「だってさっき淳平君、“一応いる”って言ったでしょ」
一応は無意識に出た言葉だった。
たぶんいると言い切るのが怖かったんだ。
だから曖昧に答えようとしたんだ。
自分の中でもやもやしているものをどうかしてしまいたい。
なぜか、西野に話せばすっきりする気がした。
「一応っていうのは…その娘とまともに付き合ってないからで…」
「まともに付き合ってない?」
西野は先程とはうってかわって真面目な表情で聞き入っている。
「さつきっていうんだけどさ、幼なじみなんだ。ホントに小さい頃から。
で、その娘と一応付き合ってるんだけど…」
西野はたまに相づちを打って、頷いたりしている。
「別に相思相愛ってわけじゃないんだ」
「じゃあ何で付き合ってるの…?」
「ちっちゃい頃から仲良くてさ、ずっと友達だった。
でも彼女は俺のことをずっと友達と思っていなくて…
去年に告白されて…」
「それでOKしたの?」
「うん…断ろうとしたんだ。
中途半端な気持ちで付き合っていても失礼だし」
いつの間にか別れ話のような雰囲気になっていたが、僕は話すのをやめなかった。
「だけどさつきの期待した目を見たら断れなくって…
それで嫌いじゃないっていう理由で付き合ってる…」
なんて言うだろうと思った。
西野のことだから「はっきりしなきゃダメでしょ!」か。
「淳平君最悪〜」だろうか。
でも西野は言葉を発さなかった。
真剣に悩み込み、固まっている。
僕も何も言わない。
自転車の車輪と、辺りの石だけが音を発していた。
「うん…やっぱり失礼だよ!」
不意に大声で叫ぶ西野。
「うわぁ!」
驚きぐらつく自転車。
そして砂煙を上げて不時着した二人。
「いて…ど…どうしたの?急に…」
そう言いながら顔を上げると、目の前で西野がお尻に付いた幸せな砂を払っていた。
パンツをもろに見た幸せな僕は目を離す。
「あっ!こら!エッチ!」
「見てないって!それに今のは不可抗力…」
「あ!やっぱり見たんだ!」
収拾がつかないまま数分。
「はぁ…アホらしい…もうやめ!」
「全くもう…淳平君が見るからいけないんだぞ?」
「だから見てないって!」
「まあそんなことはどうでもいいから…」
(いいの…?)
「やっぱり失礼だよ。さつきちゃんに」
西野が不意に大声を出した理由は言うまでもなくそのことだ。
しかし、予想と随分違う。
元気がないというか、つまらなさそうというか…
「人との付き合いはしっかりしなきゃ。
恋人なら恋人。友達なら友達。
さつきちゃんの悲しむ姿を見たくないんでしょ?」
「あ…うん……」
ちなみに僕が西野の悲しむ姿だって見たくないと言うことを、本人は分かっていないのだろうか?
「だったら方法は一つ」
「何?」
「さつきちゃんを好きになるのよ」
「そんな…」
そんなことは無理なんだ。
好きになりたいと思えば好きになれるなら、片想いは存在しなくなる。
自分のしたいように出来ないからこそ…
恋は恋なりうる。
だからこそ…
幼なじみを好きになれず、知らず知らずのうちに出会ったばかりの少女に惹かれる。
そんな出来事が起こるのだ。
「大丈夫。さつきちゃんのことを思ってるからこそ、でしょ?」
何でそんなに僕とさつきを引き合わせたいのだろうか?
会って数日の僕と、会ったこともないさつき。
なぜ?
でも聞けない。
怖い。
僕は西野が好きだ。
だからこそ怖い。
西野は僕のことを何とも思っていないということが。
片想いが存在するこの世界で、片想いをする一人にはなりたくない。
例え片想いがどんなに素敵なものだと言われても…
僕は西野に片想いをすることが怖い。
結局その話は有耶無耶になり終わった。
だが二人ともあえて話の尾は引かず、また元の雰囲気に戻ることを望んだ。
知らず知らずのうちに会話が増えていく。
そして、10分後には他愛のない話で盛り上がる。
だが、西野が普段よりも饒舌なのは、たぶん気のせいではないし、今話しながらもすぐそこにさっきの話が見え隠れしているのも間違いではなかっただろう。
「はぁ…はぁ…まだ…?」
「あと少し!ファイト!淳平!」
「まっかっせっなっさっいぃぃぃ…」
(死ぬ…)
僕たちは、異常な急勾配を自転車で駆け上っていた。
石や砂利だらけの地面でによって力が伝わりにくく、余計な労力をかなり消費した。
その代償に辿り着いたのは小さな教会だった。
煉瓦立てで、小高い丘の上に立っており、目立つ。
煉瓦は欠けていたし、窓も割れているものが随分あった。
だがそれらは良く言えば“歴史を感じさせる”のである。
西野に続き、二人とも教会の中に入る。
ステンドグラスはやはり割れていて、だがそこからの陽光により、宙に舞う埃が輝いていた。
「すごいな…なんか…いい」
正直な意見がつい漏れる。
ここは見た目とは違う雰囲気を備えている。
一つの孤立した世界の様とも言える。
「その“なんか”がいいんだよね」
そう。
口で表せない微妙な“なんか”が言葉を奪い、沈黙をもたらす。
全く苦にならない沈黙が訪れる。
まるで黙祷にも似たその無音は、心地よくもあった。
「西野の家ってキリスト教なの?」
そう訊いてみた。
別にただなんとなくだが。
「ううん。違うよ。正真正銘の仏教」
「じゃあなんで教会に…?」
「あたしはこの場所が好きなだけ。キリスト教は好きじゃないな」
あまりこういった神聖な場所での暴言はやめていただきたい…。
さすが西野と思った瞬間、ぬっと人の良さそうな笑顔が現れた。
「おや、キリスト教嫌いのつかささんではありませんか」
そう言った男性は、格好から神父と判断できた。
「あ、ヨゼフさん」
西野が言って気付いたが、よく見ればその男性は異人の血が流れているようだった。
「日系三世ヨゼフさん」
西野はそう言ってヨゼフさんを指差し紹介してくれた。
同時にヨゼフさんにも僕のことを紹介してくれた。
「こんにちは、淳平君。
おじいさんのことは聞いています。
大変残念なことですが、あえて何も言いません。
あなたが一番辛いのですからね」
ヨゼフさんが微笑んだ。
決して恨めない皺だらけの顔。
それ以前にヨゼフさんの言葉が僕を揺さぶった。
西野は「ダメよ甘やかしちゃ。あたしは叱ってやったもんね」とヨゼフさんにささやいている。
さすが西野…。
教会からの自転車の帰り道、西野に訊いてみた。
「ねぇ…なんでキリスト教が嫌いなの…?」
「ん〜別に嫌いじゃないんだけどね…
ただ好きになれなくて…」
「何で…?」
僕がそう尋ねながら振り返ると、僕を見ていたのか西野と目があった。
「何でって…」
少しずつ西野の顔が赤くなっていった気がした。
「だって…悲しいと思わない…?
神様がいて、神様は愛で…。
それなのにあたし達人間は憎しみとか怒りとかがあって当然でしょう?
そんなの悲しいじゃない。
それに…神が愛だと言うんならあたし達は神にならなきゃ。
だってそうじゃなきゃあたし達人間は…
永久に真の愛を知らないまま…なんじゃない?」
力なく呟いた西野の顔を見ると真っ赤だった。
もう一度僕と目が合うと、急に僕にしっかりとしがみついた。
その反動で車輪を土にとられそうになるが、ギリギリ持ち堪える。
西野は一言も発さず、ただ密着している。
柔らかいものが当たり、僕は落ち着かないが、でもとても落ち着いていた。
おかしいが、こうとしか言いようがない。
落ち着かないが落ち着いているのだ。
その後す〜という寝息が聞こえてきた。
そういえば寝不足なのは僕だけではなく当然西野もだ。
スピードを落とし、なるべくゆっくりと道を下る。
心穏やかでペダルが軽い。
風も涼しく夕日が眩しい。
とその矢先、西野はお目覚めになった。
振り向けば、「ん…」と言いながら目をこする仕草がたまらなくかわいく、恥ずかしくなって前を向いた。
背中に暖かな鼓動を感じ、自転車は坂を下っていった。
また静かになった西野を後ろに乗せ、僕は考えていた。
キリスト教は悲しい。
案外そうなのかもしれない。
そうと言われれば確かに、である。
でも…
人は愛を知らないからこそ…
真の愛を理解できないからこそ……
人に恋をし、愛を渇望するのかもしれない。
そして、だからこそ、相手の気持ちを理解できない片想い、が存在するのかもしれない。
そこまで考えてやめた。
やっぱり、人間が愛を知ることがないなんて考えられない。
いるかいないかすら分からないような神の、あるかどうかも分からないような御利益が愛であるはずがない。
だって…
僕は間違いなく、この後ろの少女を愛しく感じているのだから。
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