全年齢【BE IN LOVE】「EPILOGUE〜WEST〜」 - スタンダード  様 


しかし今日は…違った。



元気な素振りを見せてはいるもののどこか朧気なつかさ。



さつきこそ気付かなかったが、頬に残る一筋の跡。



しょうがない。



そう。しょうがない。



今日を笑って過ごすなんて出来っこない。



自分にはない悲しみをつかさは抱えているのだから…。



悲しみというよりも辛さの方が適切だろうか。



愛する人の死。



その悲しみは言うまでもない。



だがもう一つ…



死の原因となってしまった……



             自分…。



責任感ゆえに自分が許せない。



真中の夢を見る姿を知っていたからこそ、自分が許せない。



大きな罪悪感に何度も飲み込まれそうになった。



そして今日ここに来たことによってまた…。



つかさは放心したように墓を見つめていた。



水滴が光を反射している。



視線は紅葉の匂いに誘われ 森へ向かう。



いつしか恋しが池を見ていた。



そして急に我に帰ったかの如く立ち上がる。



何かの決心がやっとついたように。



手を組み祈り始める…







――夢をもらいました。



  大きな…大きな夢を…。


  
  君を追いかける夢…
  


  すぐ近くにいて…


  それでいて遠くにいる君を追いかける。
  


  すごく充実してた。
  


  毎日が楽しくて…
  


  一日があっという間で。
  



  


  ごめんね…
  


  あたしをかばったばっかりに……。
  


  あたしが淳平君の夢への扉に鍵をかけちゃった…。
  


  今年はね…
  


  パリに行くのやめたんだ…。
  


  淳平君がいなくなって とてもそんな気持ちになれなかったし…。
  


  一年待ってからでも遅くないって。
  


  だから今までず〜っと悩んできちゃった…。
  





  今日…
  


  淳平君の命日にここに来れば…
  


  何か変わるかもしれない…
  


  ずっとそう思ってた。
  


  それで今日ここに来て思った。
  


  あたし…
  


        パリに行くのやめる……。
  


  今パリに行ったって何もできない…。
  


      中途半端な気持ちで…
  


           迷いながら作るお菓子…
  







  おいしいはずがない。
  






                     だから――――




つかさは泣いていなかった。




       しかし決して笑顔ではなかった…。



自分は潔いのか?



あきらめが早いだけなのか?



分からなかった。



だが…ここを離れたかった。



これ以上決心を鈍らせたくない。



進まなきゃ。



だが体が動かない。



涙が出そうになった。



いや、涙なんてさっきも流した。



今度は心から涙が流れそうだった。



出したら止まらないと思った。



眼を閉じると同時に、すべての記憶を無くしてしまいたい…



いっそここから消えていなくなりたいとすら思い、心も閉じようとした。



その時だった。



つかさの頭にイメージが流れ込んで来る。



真っ白な空間にシルエットが浮かび上がってくる。



次第に彩色を帯び、はっきりとした輪郭が感じられるようになる。



幻覚でも何でもいい…。



自分の中だけの存在でいい…。



一番見たい姿がそこにあった。








淳平君 とつい叫びそうになった。



しかしすぐに言葉を飲み込んだ。



いるはずがない。



そこにいることに驚いているはずなのに、本物でないことが嫌と言うほど分かっている。



しかし眼を閉じれば…



         そこに姿が見える。



悲しそうな笑みを向けている。



なぜ自分の作り出した幻覚が、自分の望む表情をしていないのだろう…。



そう考えたが…



そんな疑問、実際はないと自ら思った。



分かっていたから。



真中の望みを。







やがて彼の表情は笑顔に変わり 空を指差した。



眩しい太陽。



だが彼が差していたのは…



太陽のように眩しく輝く夢だった。









――そっか…



  そうだよね…。



  もしあたしがここで諦めちゃったら…



       何のために淳平君に守ってもらったか分かんないね。



  君の命を受け継いで…



  君の夢を受け継いで…。



  あたしの精一杯の恩返しをしたい。



  心配かけてごめんなさい。



  西野つかさはパリに行きます…。



  君のあの大きな手に代わるには 小さいかもしれないけど…



               行きます!
               



                    君との夢を紡ぐためにも――――






止めど無く流れる涙。



止められず…



また、止めず…。



涙は溢れ続けた。



やがてつかさは立ち上がり前を見据えて呟いた。



「行ってきます…!」


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