全年齢【BE IN LOVE】「PAST」 - スタンダード  様 


「みなさんどうします?私はそろそろ戻ろうかなと思うんですけど…」



真中の母が言った。



「あたし達はもう少しここにいます」



「そうかしら?どうも本当にありがとうね」



真中の母は土垣の階段を降り始めた。



だんだんその姿は小さくなっていった。



「寂しそうだね…真中君のお母さん…」



「真中一人っ子だったからね…」



小さな小さな後ろ姿に背負われた悲しみ。



たった一人の息子を失った悲しみ。



しかし、その死が本人の希望ならば…



悔やみきれないものである。



「それにしてもさー、結局誰も選ばずじまいだね」



「うん…でも…



 あたしは東城さんを選んだと思うな…」



つかさは言った。



「え〜?あたしは真中は西野さんを選んだと思うな。



 だってあの頃ラブラブだったじゃない?」



「違うんだな〜。



 例えあたしがどんなに淳平君と仲良くなってもダメ。



 東城さんとは比較の基準が違うって言うか…」



「あ〜確かにそんな感じあったかも」



さつきがうなずく。



「で…でも…



 自分の身を挺して守るなんて よっぽど大切な人じゃないと出来ないことだと思う…。



 それに最期に名前を呼ばれたってことは 何か伝えたいことがあったのかもしれないし…」













【2004年8月24日】





連休を利用してつかさと天地を含む映研部は恋しヶ池の近くへ行った。



目的は撮影合宿。



そしてスリルを味わう仲間同士の旅。



その終わりがけであった。



滅多に車など通らない森の中。



演技をこなす真中とつかさ。



小休憩の時であった。



演技がうまくいかず、終始ぼっとしていた真中。



それを励ますつかさ。



自分のこだわりの、大事なシーンゆえ、妥協は出来ない。



俯き考え込んでいると、ブオォォという音が聞こえる。



顔を上げた真中の目に飛び込んだ物は…



猛スピードで森林を走行するトラックだった…。



少しずつ撮影場に近づいてくる。



その運転手は顔を赤くし目はすわり…



顔はうつらうつらと揺れていた。



真中は、座っていた椅子をなぎ倒し立ち上がる。



一瞬遅くつかさも気付く。



走行コース上につかさ。



真中は間に合わないと一瞬で判断する。



猛然とつかさへ向かって駆け出す。




つかさ、真名、トラックの順で三者が一直線上に並んだ瞬間、



少し…いや、かなり乱暴に真中がつかさを突き飛ばした。



「きゃ…!」



地面で体を打ちながらも頭を起こしさっきまで自分がいた場所を見定める。



「え…?」



一瞬のことであった。



避けきれなかった真中の半身がトラックにしたたか打ち付けられる。



ぐっと声を上げると同時に体は横たわっていた。



やっと覚醒した運転手はトラックごと大木に突っ込む。



左側が宙に浮き、タイヤがカラカラと空転していた。



「淳平君!」



誰よりも早く状況が分かっていたつかさは…



もうすでに涙を流していた。



真中は何とか意識を保ち周りを見た。



不幸中の幸いとはこのことだろうか。



何とか急所は外れたのか、意識がはっきりしている。



ことに気付いたみんなが近寄ってくる。



「淳平君!淳平君!」



大泣きし、自分の手を強く握り締めているつかさ。



「真中!おい!しっかりしろ!」



自分に向かって必死に話しかけている小宮山。



「もしもし!?総合病院ですか!?



 事故です!



 お願いです!早く!



 …はい。…はい。場所は…」



手際よく病院への手配をしている外村。



「真中!大丈夫!?」



今にも泣きそうな顔をしているさつき。






そして…



少し離れた場所で声が出ない綾。



綾の隣りには天地がいる。



真中の頭を様々な想いが駆けめぐる。




(俺…
 


      死ぬんだろうな…。
 


 大丈夫だよな……?



 みんなのことを想ってくれる人がいる。
 


 東城には天地がいる…。
 


 西野には日暮さんがいる。
 


 みんな俺より全然立派だ…。
 




 さつきは…
 



         どうなんだろ…
 



                ファンはたくさんいるけど…)



真中はもう一度それぞれの顔を見回した。



さつきの顔が一番寂しそうに見えた。



最後の力を振り絞り真中は呟いた。



「…さつ……き…」



そしてこれが最後の言葉になった。



衝突した時から喉は血だらけだ。



もう喉頭の感覚がない。



「どうしたの!?真中!?



     ねぇ!真名!」



さつきに最期の言葉を残し終えた。



もう何もしてあげられない。



さつきの存在が視界から消えた。

























頼りなくなった五感を研ぎ澄ます。



唯一感じるのがつかさが握っている微かな力だ。



もう握力は殆どない。



体も動かない。



でも最後だけ…





精一杯の握手。



思い出の握手。



絆の握手。





最期の握手…。




ぐたりと手が地に落ちた。



つかさの存在はもう感じなかった。


























これだけじゃダメなんだ…



もう一人…



想いを伝えなきゃ…。



動かない首を必死に動かし、動かない瞳を必死に動かす。



微かに移るその姿。



もう何も出来ない。



何をすればいい…?



何をしなければいけない…?



そうだ…



俺の使命を…。



綾を視界に入れた。



というよりも綾の視界に入ろうとした。



これを伝えなきゃ…





これを贈らなきゃ…




ふと目があった瞬間に…








真中のとびきりの笑顔がそこに輝いた。





すべての存在が消えた。





もう世界は一人だけだった。


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