全年齢【BE IN LOVE】「EPILOGUE〜SOUTH〜」 - スタンダード 様
【2005年8月24日】
晩夏。
一人の映画監督がこの世を去って一年近く経った夏の終わり。
青々と茂る葉が美しい。
暑さのピークを越えた日々。
カラッとした晴れの中、涼しさを感じさせる風がふく。
田舎行きの小さなバスに揺られ数時間。
都会から幾分と離れた森の中。
草木をかき分け入り組んだ道を行くとそこに見える土垣。
13段の階段を昇ると見える恋しヶ池。
小さな墓石。
一人の少女がバケツに水を汲んで持っている。
「東城さーん!水汲んで来たよ〜。」
金色に輝く髪をなびかせて。
西野つかさ。
それに答える少女。
「ありがとう。西野さん」
黒髪が実に綺麗になびく。
東城綾。
隣の少女。
「あっ、あたし持つよ」
つかさからバケツを受け取った少女。
長髪の、フワリとした髪がなびく。
北大路さつき。
三人が墓石の近くにいた。
皆どことなく表情が悲しげである。
「いいところだね。ここは」
つかさが回りを見渡しながら呟いた。
木の隙間から差し込む日の光。
先日の雨の滴が葉に残っている。
静かな森の中。
聞こえるといえば…
鳥の鳴き声程度だろうか。
「そうだね…。
本人も喜んでるといいんだけど…」
綾はバケツの水に映る自分の瞳を見つめながら言った。
「おーい!」
後ろから呼び声が掛かる。
「みんな早いねー」
短めの髪が風になびく。
南戸唯。
「違うわよ唯ちゃん。あたしたちが遅いのよ」
真中淳平の母。
真中に思い入れの深い人達が、そこには集まっていた。
――ねぇ…じゅんぺーがいなくなってもう一年だよ…。
すごく早かった。
すごく悲しい一年だった――
少し久しぶりの再会のため、世間話に花を咲かせる。
やがて誰からともなく、四人の少女達は丁寧に墓を掃除し始めた。
「ふぅー。なかなか落ちないね」
つかさがそうこぼすと、
「全く…本人みたいに頑固な汚れね〜」
さつきが茶々を入れる。
「ふふ…北大路さんそれは失礼よ」
綾が弁解を試みるも、
「いいんじゃない?本当のことなんだし」
唯に切り返される。
そんなテンポで話は弾む。
墓の前で悪口を言うとは…
はたから見ればなんと罰当たりであろう。
それを咎める者がいないのは、その悪口が決して悪意からではないことを皆分かっていたからだ。
場の雰囲気は比較的明るく…
たまには微笑もこぼれる。
しかし皆の心の奥底は墓を向き…
それぞれの思いを見つめていた。
不意につかさの瞳から一筋の雫が流れる。
それに気付いたのは唯だけであった。
――ほら、じゅんぺー…
西野先輩泣いてるよ…。
じゅんぺーが泣かせたんだからね!
せっかくみんなじゅんぺーのこと好きになってくれたのに…。
答えも聞かせないで…
泣き虫うつして…
泣かせて…
全くもう!男として最低だな!
告白する勇気ぐらい出せってゆーの!
頼りになる男だと思ったこともあったのにな〜
あたしがお父さんとケンカした時に…
じゅんぺー必死に説得してくれたもんね!
あたしは反抗してたけどそれは…
ただ逃げてただけ。
でもじゅんぺーは…
お父さんと真っ直ぐ向き合って…。
勇気があるなって思った。
ちょっとかっこよかったよ。
それにじゅんぺーはあたしにも分けてくれた。
じゅんぺーの家を出る勇気。
一人で暮らしていく勇気。
そして…
相手に伝える勇気。
あたしこれからも大事にするよ…。
この勇気。
だからさ…
じゅんぺーはあたしのことまだ子供だと思ってるかもしれないけど…
もう大人なんだから…
だから…
心配しないでね!
あれ…?
あたしまでうつっちゃったかな…?
泣き虫が―――
潤んだ瞳でつかさを暫し見つめる。
やがて溜息混じりの深呼吸をすると、紛れもない最高の笑みと、大粒の涙が零れ出た。
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