『真実の瞳』−7.「回帰」 - スタンダード  様



都内の一戸建ての家の前に淳平は立っていた。

驚いているわけでも、呆れているわけでもなく、ただ覚悟を決めていた。

ここが東城と天地の家か…。

門のすぐ前まで来たものの、やっぱり引き返そうかと後ろを振り返る。

それもそのはず、この家で綾と天地が愛を営んできたのだ。

未だに好きだと言うわけでもないが、未練がないというわけでもない。

綾と天地が仲むつまじく一緒にいるところを自分は平気で見られるのだろうか?

そんなことを考え出すと、どうもインターフォンが押せない。

挙動不審な動きを数分続けて、ついに覚悟を決めて押そうとした。

すると計ったかのようにピッタリのタイミングで扉が開く。

微妙な距離を間において、淳平と綾の目があった。





















「えっと…おじゃまします…。」

「何をそんなにかしこまっているの…?」

そう笑いながら訪ねた綾はもっともだった。

しかし淳平にとってはあまり笑い事とは言えない。

どうも体がこわばって警戒心が露わになる。

玄関を入った瞬間に、我が家との違いを見切った。

広い、美しい、そんな形容詞ばかりが頭に浮かぶ。

だがおかしな話でもない。

あの綾と、あの天地である。

超大金持ち同士なのだから、外村の家の指紋照合システムを見たときよりはまだ驚きも少なかった。

客間に案内されてコーヒーをもらった。

その待ち時間中、淳平はずっとこの豪邸を観察していた。

「それにしても帰ってきたなんて知らなかったな〜

 いつ帰ってきたの?」

そう言う綾は、前にも増して美しくなったように見える。

純和製最高級大和撫子だろうか。

これが今となっては人妻か…そう思うとずいぶんもったいない気がした。

「いや〜昨日帰ってきてさ。

 みんなにも知らせようと思ったんだけど外村の家に行ったら長話になっちゃってさ。

 夜遅くなったから明日でいいっかって。

 もしかして今日都合悪かった?」

訪ねる真中に対して綾は腕を見せて

「ううん。あたしは専業主婦だから大丈夫。」

と笑う。

「そっか…じゃあ天地は何やってんの?

 っていうかよく考えたら東城も天地なんだよな…

 ん?」

自分をなんて呼べばいいのか混乱している淳平がおかしくてつい笑ってしまう綾。

淳平も恥ずかしそうにして笑いながら首をかしげている。

「別に今まで通り呼んで大丈夫だから。」

「じゃあそういうことで。

 で、天地は?」

「え〜とね…」

どこか言いにくそうな表情をする綾。

言いたくないわけではと思われるが、やはりどこか躊躇っている。

なんだろうと思いながら答えを待っていると、綾が申し訳なさそうに、

「政治家…なの…。」

そう言った。

それを聞いて淳平も妙に納得してしまう。

あいつが政治家か…と。

日本は一体どうなるんだろう…

そんな考えばかりが浮かんでは消えた。

それに天地でなくても、政治家と言えば案外いいイメージは少ない。

せいぜい高学歴の肩書きぐらいであって、現在では汚職、賄賂、密会、様々な形で疑問視されている。

ただ天地に関しては、そういう点で一般の政治家とは違う気がした。

そもそももう金なんていらないぐらいあるのだから。

「一応自ら女性を守る政治家って言ってるんだけど…。」

もう一度、苦笑。

あいつらしいと言えばあいつらしい。

高校時代を思い出せば、天地もそんなに変わっていないことが想像できた。

尊敬半分、呆れ半分で天地のことを考える真中だった。



















それから半時ほど、世間話に興じた。

専業主婦と自らを語った綾。

小説家をやめたのだろうかと、一瞬不安に思ったのであるが、小説を書くのは家事の合間にしたとのことだ。

天地はちゃんと職業として小説を書くように薦めたが、綾自身は家事が出来なくなるのを嫌った。

実のところ、つかさに憧れて料理教室に入ったのである。

理由はそれだけでなく、自分の料理を食べている天地が痛々しかったのも含まれているが。

小説は、生活の+αとして書いていきたい。

綾の願望はそういうことだった。

ただ…

売れていない。

売れればいいというわけではないだろう。

しかし、やはりいいものは売れるものであり、綾の力が出きっていない気がした。

本当の綾の小説ならば、間違いなく売れる。

何がそうさせているのだろう…。

今はまだその理由が分かる由もなかった。




他には、プロポーズの言葉や、付き合うきっかけなどを教えてもらった。

終始恥ずかしそうにしていたが、幸せの裏返しである気がして微笑ましかった。

やがてしゃべり疲れた二人が静かになると、綾がこの後はどうするの、と聞く。

「さつきの家に行こうかな〜と思ってたんだけど…」

「さつきちゃんの家に…?

 う〜ん…ちょっとやめといた方がいいんじゃない…?」

「え?」

「だってウチならともかく、さつきちゃんとこの旦那さんは真中君のこと知らないでしょ?

 自分の奥さんが知らない男と会ってるってのもやっぱり嫌でしょうし…。」

そういう綾の意見に、確かにと感心し、同時にどうしようと尋ねる。

綾は待ってましたと言わんばかりに、じゃあここに呼ぼっかと言った。

なんだかんだ言って、この二人の仲がいいことに淳平は安心した。

別に昔は悪かったわけというわけでもないし、ギクシャクの理由は自分だったのだからよけいな心配である。。

今となってはよき親友であろう。

「そうしよっか」

異論はなかった。


























急に家にやっほーという声が響き渡る。

間違いなく彼女だ。

淳平は確信しながら呆れた。

あいつは母親になったんじゃなかったのかよ…。

あまりに昔と変わらない様子のさつきに、感心したような、放心したようなだった。

綾が出迎えに行ったから、この部屋にもうすぐ来るだろう。

5年たったさつきはどんな風になっているのだろう?

内面は変わっていないようだが。

二人の会話の声が少しずつ近寄っていくことで、淳平は妙な興奮を覚えた。

部屋のドアを凝視する。

来るぞ来るぞ…

来た!

一人の女性がひょこっと顔を出している。

が、来たのはさつきではなく、その娘だった。

完全に放心する淳平。

か…かわいい…

そんな感情に体を支配され動くことが出来ない。

ついでさつきが部屋へとはいる。

子供の呪縛から抜け出してさつきを見る。

おお、さつきだ。

なつかしいなあ。

高校の頃はこの距離なら飛ぶ込んできたよなー。

それも今となっては懐かしいな…

まさか今になって飛び込むはずないよな。

なんたって人妻なんだから。

そこまで考えた時、さつきの体が、思考と視界を遮った。

淳平が飛び込まれたことに気付いたのは一瞬後だった。

「ひっさしっぶり〜真中!」

頬を寄せるさつき。

あまりの急な出来事に驚きながらも必死の抵抗を試みる。

「ちょ…お前結婚してんだろ!」

が、さつきは全く動きを止めない。

「そうよ〜だからこれは愛人家業よ」

「愛人って…子供が見てるだろ…!」

目をそらすと、指をくわえて自分たちを見ている子供がいた。

かわいい…

自分が案外子供に弱いことを知った真中だが、その間に完全に押し倒され身動きがとれなくなっていた。

「いいのよ。この子には現実を見せといてあげるんだから。」

と、さらっと言う。

よく考えればこの母親は恐ろしいことを言っているのだが、最後には普通の母親に戻る。

「ほら、このお兄ちゃんに挨拶して。ママの大切な人だよ。」

ママに乗られた男の人と、謎の対面を終えた。 



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