『真実の瞳』−6.「横恋慕」 - スタンダード 様 



「な…なんだよ…出られなかったなぁって…」

あまりに不自然な声色に反応した外村。

「そのまんまだよ。

 ちょうど1年前なんだろ?西野が俺に電話くれたの」

そう振り返りながら話す淳平はいつもと変わらない。

しかし、確かにさっきその一瞬、いつもとは違う淳平が顔を見せた。

見間違いでは、ない。

「ああ…そうだけど…覚えてるのか?」

何となく、声が震える。

「まあな…でもなあ〜」

淳平は急に頭をぼりぼりと掻きむしり始めて、悩み込んでいる。

一体何があったのだろう。

外村は聞こうか聞くまいか迷っていた。

聞いたからと言って失礼なわけではない。

ただ、さっきの表情が躊躇わせていた。

それでもやはり知りたい。

例え淳平といえど、理由なくつかさを拒否するはずがない。

それをさせた理由とは何なのだろうか?

「なぁ…何があったんだ?」

恐る恐る聞く。

自分が何に怯えているのか分からなかった。

「まあ…いろいろな…ちょっと言いたくないかな」

そうさりげなく言う淳平を意外そうに見る外村。

もっと重々しい答えを予想していたからだ。

しかし言いたくないことであることが分かった。

さすがに、言いたくないと言ったことまで聞く気にはなれない。

先程一瞬見えたあの表情と照らし合わせても、答えが出るはずはなかった。




















淳平が去った後の部屋で、外村は一人立ちつくしていた。

あいつ…何を隠しているんだろう。

分かるはずもない問いを何度も何度も繰り返す。

そうせずにいられなかった。

あの顔を見れば…。

「あれ?真中さん帰っちゃったの?」

戻ってきたこずえが外村に尋ねる。

「あんまり変わってなかったね。真中さん」

隣でにこやかに微笑むこずえを見る。

確かに変わっていなかった、ようにみえた。

だが…

「まあ、ぱっと見な」

そう相槌を打つ。

言いたくないこと。

他言する気にはなれない。

その事実を知るのはのはきっと真中とつかさちゃんだけだろう。

あいつだって大人なんだ。

自らを納得させるように反芻する。

それでも気になる気持ちは抑えられなかった。






















「ただいまー」

なるべく自然に、と心がけながら我が家へとはいる。

するとドタバタと音がした後唯が出てきて、おかえりといった。

懐かしいというか新鮮というかで不思議だった。

そもそも唯自身を見ることが懐かしいようで新鮮なのだ。

「東城さんなんか言ってた?」

「いや、東城には会ってないよ。

 外村と美鈴と、あと昔の塾の友達。

 みんなに会うつもりだったけどちょっと疲れた…んん…」

つい背伸びをする。

だぁっ、と大きく息を吐き出し今度はあくびだ。

「俺もう寝るわ…ふぁ…」

何故か異常に眠たく、そう言って自分の部屋に行こうとしたがよく考えたら唯が使っている。

そう思った瞬間に

「まだまだ寝ちゃだめだよ。

 おばさんとおじさんが帰宅パーティって言って張り切ってるんだから」

と言いながら唯が台所を指差した。

その通りにのぞいてみると、両親がいる。

ニヤリと笑って「ジャーン!」とケーキを見せびらかしように持っている。

なぜケーキ…?

そう思ったがあえてつっこまずにしておいた。

「俺…飯食ってきたんだけど…」

と言うものの、

「大丈夫大丈夫!育ち盛りだからどれだけ食べてもちゃんと栄養になるわよ」

そう言ってむりやり椅子に座らせる母。

「育ち盛りは過ぎたって!もう大人だから!」

「何言ってんの…あんたはまだまだ子供よ」

結局は馬鹿みたいな押し問答となる。

「そういう意味じゃないって…」

何でうちの親はこんな馬鹿なんだろう…

そんなことばかり考えていた。


















苦しい…

おいしい、や、甘い、よりもまずその感情が先に現れた。

そもそもケーキが甘すぎる。

西野のケーキは…

そこまで考えて、なんとなく後ろめたい気分になる。

くどいほどの甘みを口に残しながらも、思い返すのはもっと素直な甘い思い出だ。

「ってかこのケーキどうやって作ったの?」

そう聞いたのは不味いからである。

「これ?これはね、昔つかさちゃんが家に来たことがあったじゃない?

 その時のレシピをたまたま見つけたから、ケーキにしようってことになったの」

あっけなくつかさが話題に出てくる。

母は知らないのだろうか。

そう思ってすぐ、

「そういえばあんた聞いた?

 つかさちゃんのこと。

 ちょっと…かわいそうよねえ…

 あんなかわいい娘が…」

とつぶやいた。

知ってたなら教えてくれたらよかったのに。

そう言おうと思ったが、電話に出なかったことを思い出した。

それにしても、こっちに戻ってきてから何故かつかさの話題が離れない。

本当に自分が悪いように思えてきてしまう。

悪くないとは思わないが、でも悪く考えすぎることはしないようにと心がけ、風呂に入った。

つかさのレシピ通りに作ったはずなのにおかしな味になったケーキは残した。

寝る部屋は唯の部屋だった。

また俺が寝袋かよ…

愚痴ってみたが、確かに今回は自分が部屋を借りているわけだから問題ないのかもしれない。

そう思い直してみると、高校時代唯にベッドを貸していたことが急にもったいなく感じた。

寝よう寝ようと思っても、いろいろな考えが沸いてきて、なかなか寝付けない。

そのくせ考えたいことには集中できず、さっきのような意味のない単発的な発想ばかりだった。

どれだけの時間がたったか、精神よりも先に体が折れて、半ば強制的に眠りへと連れて行かれた。

明日は東城とさつきに会おう。

天地もか…

























朝からシトシトと雨が降っていた。

窓に付いた水滴を視界に納めながら身支度をした。

家を出たのは9時過ぎだったが、こんな時間から綾の家に行くわけではなく、その前に行くところがあった。

電車に乗って郊外へと移動する。

暗い空と厚い雲が妙に気持ち悪かった。






揺られて1時間近く。

ウトウトと仕掛けたところ、ちょうどアナウンスがかかった。

降りてから周りを見渡す。

西へ。

手に握られた小さな地図を手掛かりに目的地へと進む。

昨日外村に書いてもらった即席のものだ。

雨と、手に持った傘のせいで視界も悪く移動しづらいがしょうがない。

2qだから30分ぐらいかな?

そんなことを考えながらただ歩を進めた。













雨のせいか、思いの外時間がかかった。

やっと着いたと思った頃には、ズボンの裾が完全に濡れていた。

地図も湿って見にくいが、とりあえずここまで来た。

目の前に広がるのは大量の墓石だった。

近くに花を売っている店を見つけ、手頃な大きさのものを選んだ。

その後事務所に行って日暮龍一の居場所を尋ねる。

不思議そうに見られたが、気にならない。

見つけるのに手惑いながらも、何とかたどり着く。

日暮の墓石が無言で立っていた。

よく考えれば、何故自分はここに来たんだろう?

何か分からないが、使命感に似た感覚に呼び寄せられたのだろう。

花を静かに置き、手を合わせる。

日暮さん、覚えていますか?

真中淳平です。

何を言えばわかんないけど…

西野は今苦しんでいます…

俺のせい…らしいです…

俺のせいですかね?

でも…日暮さんが強引にでも西野と結婚していたら…

あ…やっぱり嫌です…

日暮さんと西野が結婚するのはやっぱ嫌ですね。

そうじゃなくて…せめて…ひき逃げになんて遭わないで…

元気で生きていたら…

あなたと西野が…

どれだけ好き合っていたかは知りませんけど…

ただ…

今西野はあなたに囚われています…

あなたの亡霊みたいなものに…

でもおかしいですよね…

死んだ人が生きた人を苦しませるなんて…

お願いします…

西野を解放してやってください…

そこまでで考えが止まったのは、憎しみからでも怒りからでもなく、自分の頬を涙が伝っていることに気づいたからである。

何で死んじゃったんですか…

最後に思ったのはその一節だった。




元来た道を帰る。

雨は止みかけていたが、霧のようにもやがかかっている。

雨は、霧は、人を孤独にさせる気がする。

そう思ったが自分で訂正した。

雨や霧は辺りを静かにするだけだ。

だから人は知らずのうちに自分を見つめる。

たまたま俺が孤独だっただけだ。

上りの電車に乗り、泉坂へと戻る。

窓の外に降る雨は次第に弱くなっていく。

行きと同じ時間揺られた後、外を見るともう雨は降っていなかった。

でも、またあの場所へ行けば降り始める。

ただ漠然とそう思った。



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