『真実の瞳』−4.「帰去来」 - スタンダード 様
「さあ出来た!」
そう言って調理した魚を運んできた淳平。
確かになかなかにうまそうで、空腹をもてあましていた外村とこずえは目が離せなくなった。
「お前…ほんとに料理できるようになったのか…」
「何で嘘付かなきゃいけないんだよ。早く食うぞ」
そう言って淳平はテーブルの上へ食器を並べてく。
「完全に自分の家だと思いこんでいやがる…」
そうこぼすものの、外村の顔はほころんでいた。
「う〜ん…いやはやうまいんではないか?これは…」
外村はただただ驚くばかりである。
「だろ?なんたって5年も料理作らされたからなあ…」
知らずとも表情は懐かしさを表していた。
5年前、飛び出した。
先には何も見えず、支えは思い出と気力だけだった。
がむしゃらに学び、がむしゃらに試した。
その末にたどり着いた、人、場所…
決して忘れられないとしみじみ思う。
生者よりも、死者の方が、記憶には鮮やかに残るものである。
「で、どうだったんだ?放浪は?」
魚をついばみながら訪ねる外村。
淳平はそれどころではないとでも言うように、むさぼるように口を動かしていた。
「お?まあ、いろいろ、あったんだよ」
決して箸を止めず、食い続ける。
「お前、ここが俺のうちで、それが俺の食べ物だって知ってるか…?」
外村が呆れたようにつぶやく。
「仕方、ないだろ。今日、昼飯、食わなかったんだから、うん、うまい」
やはり食い続ける。
結局外村は何も言わなくなった。
こずえはそんな二人のやりとりを見ては微笑んでいた。
これが親友なんだな、と。
もちろん、自分には親友がいないというわけでもなく、舞、という大事な友人もいるし、綾や他の塾生とも十分なコミュニケーションがとれている。
ただ、やはり、本当に仲のよい人たちを見ていると、いつの間にか清々しい気持ちになるのであった。
それに、想いは違えど、目の前にいる二人には好意を抱いているのである。
ギクシャクとした三角関係でもなく、内に秘めた意志などない。
別に二人に尋ねたわけでもないが、直感がそう告げるし、間違いないだろう。
こういった縁は切れることなどあるのだろうか。
たまにそう考えることがあるし、実際今もそう思った。
自分は間違いなく外村を好きでいる。
外村も自分に同じ感情を持っている。
何度も確かめた、本当の気持ちだ。
そして、淳平。
きっと自分は今でも彼のことが好きだ。
でも、5年前とは決して同じではないと思う。
男と女が、まるで別の種族だと思っていたあの頃、そもそも選択肢が淳平しかなかった。
今の好意はその名残ともいえるだろう。
では現在外村に抱いている感情は、淳平に対してのそれとは違うのだろうか。
自問自答すれば、違うと即答できた。
確かに今回も、選択肢が外村しかいなかったとは言える。
それでも、どうしても一緒にいたいという、何とも言えない気持ちが淳平の時とは違った。
そこまで考えたところでめんどくさくなった。
どうせ答えなんかないし、そもそも何を問うているのかすら分からない。
恋はデジタルじゃないから、どっちがなんて正確には分からない。
もっと、心の奥深くで感じるアナログなものだと思う。
それこそが、古くから伝わる、恋の曖昧さなのだろう。
「ふー食った食ったー!」
淳平は腹を押さえて寝ころんだ。
おやじというしかない仕草に、またも外村はお前はおやじか、と呆れた。
「あー…もう動けねぇ」
そう言って、ごろごろと転がる淳平。
だが急に起きあがって外村に尋ねた。
「そういえば、こんなことしに来たんじゃなかった…
いろいろ聞きたいことがあったんだった」
確かに目的はそれだったが、一応、親友との再会と言うことで忘れてしまっていた。
「みんなはどうしてるんだ?」
西野とか、と言おうとして口を開いたがそのまま言葉を止めた。
なぜか聞いていけない気がした。
「…東城とかさつきとかさ。
知ってるだろ」
慌てて訂正する。
もちろん外村には分かった。
つかさのことをあえて訊かなかったことが明白だ。
しかし、外村もあえて異を唱えず、訊かれたままに説明した。
「東城は売れない小説家やってるよ。
まあまだ2冊しか出してないらしいし、何とも言えんがな。
さつきは主婦だ。 ばりばりのな。
俗に言う肝っ玉母ちゃんだよ。
いかにもだろ?
それから…
小宮山が建設現場とか言ってたな。
まああいつの頭じゃその辺が相場だろ。
ああ、大草は確か大学のサッカーかな?
一年浪人したから今4年だったはずだけどな。
んで、天地が…ってお前よく考えたら東城と天地が結婚したの知らないんじゃないか?」
そこまで喋って外村は口を閉じた。
向き合っている淳平は口を開かなかった。
自分がいない間にいろいろなものが変わった。
流れゆく日々の中に、変わらないものなどなく、5年もたてば跡形もないものだってある。
綾が結婚したのもその内の一つだ。
天地が綾と結婚した、と言われればなんとなく分かる。
だが、綾と天地が結婚したと言われると、その微妙なニュアンスが言葉を受け付けさせなかった。
あの天地の猛烈なアタックも、少なくとも自分がそばにいた頃は、全くの無意味であったように思う。
それだけ綾が自分のことを好きでいてくれたわけで、今でもうれしく思う。
アプローチを続けられ過ぎて、ノイローゼになる方が早いのでは、とも思うぐらい、天地の執念は強く、また綾の気持ちも強かった。
それが、折れたのか、受け入れたのかは分からないが、振り向いたのである。
だが、何故か悲しみは沸いてこなかった。
そもそもこれだけの間、顔も見せず、声も聞かず、好きでいろという方が理不尽だ。
淳平自身も理解していたし、認める。
それでも、綾と天地が結婚というのは、過去の跡形もなかった。
さつきも同じだった。
どちらかといえば、綾よりもさつきの方が、より自分にすがっていただろう。
やはり、さつきが自分以外の誰かと結婚することも、過去の跡形もない出来事だ。
しかし、淳平はさつきの強さを知っている。
我慢強さを持ち、意志の強さをも持っている。
天地の執念に似たものとも言え、好きでもない相手とは結婚しないことはすぐに分かる。
きっと幸せなんだろう。
そう思うことしか出来ず、またそう思うことしかできなくなったことこそが、過去の跡形もない事実だと思った。
それに比べれば、小宮山と大草は許容範囲だと言えた。
小宮山の怪力と頭なら、建設現場仕事もピッタリだったし、大草のサッカー好きから、大学でもやっているだろうと容易に予想できた。
唯一の疑問と言えば、せいぜい大草が一浪したことぐらいである。
外村と同じように、大草も挫折知らずの雰囲気を持ち合わせており、意外と言えば意外だった。
数分がたち、「よし、整理整頓完了!」と淳平が顔を上げた。
「なかなか早い整理整頓だな。
一日ぐらいかかると思ったが」
そう言う外村に、
「もう子供じゃないもんな」と返した。
もう自分は子供ではない。
大人なんだから。
「じゃあ続きを頼む」
「あとは…
ああ、そう言えばちなみちゃん、小宮山と結婚するって言ってたな。
日時とかはまだ全然決まってないんだけどな。
あいつら高校出たらすぐ結婚するとか言ってた割には遅かったな
う〜ん…まあそんなぐらいかな」
と外村は話を終えた。
二人はもともと結婚すると宣言してたわけだから、驚きもしなかった。
逆にまだ結婚してないことが驚きと言えるぐらいだ。
残るはつかさだ。
聞こうか、聞くまいか。
別にただ用事があっただけではないのか。
そう考えてみるがどうもしっくり来ない。
あの困惑の表情がどうしても受け入れることが出来なかった。
しかしどうしても聞くことがためらわれる。
と、こずえが洗い物を終えて、リビングへ戻ってきた。
「そう言えば真中さん泊まっていきますか?
布団の用意のことがあるんですけど…」
「ああ、俺今日は帰るよ。
まだ父さんにも会ってないし」
そう言って時計を見るともう8時を回っていた。
「お、もうこんな時間か。
じゃあ俺はそろそろ帰ろうかな」
立ち上がる淳平。
結局つかさのことは聞かず終いだが、やはり聞く気にはなれなかった。
そこへ外村が声をかける。
「つかさちゃんのことはいいのか…?」
淳平は固まった。
不意に言われたせいもあったが、さすが外村と思った。
すべてを見透かしているかのように、絶妙なタイミングで止められた。
否を許さない語気で、結局淳平はもう一度腰を下ろし、外村と向かい合った。
「西野はどうしたんだ?」
外村は、聞かなくていいのか、といいつつも実は言うことを躊躇っていた。
正直なところ、淳平には聞かせづらい話であった。
「今日、本当は西野を見たんだよ。
それで話しかけた。
そしたら…なんかすごい困った顔してさ…
『用事がある』って言ってすぐに行っちゃったんだよ…」
あの嫌悪感を表した顔を忘れることが出来ない。
憎悪の意ともとれた。
あの表情は本当に自分に向けられたものだったのだろうか…。
我が目を疑う次第であった。
「そっか…」
外村は、さっきまでの舌周りが嘘のようで繋ぐべき言葉が見つからなかった。
「なあ、なんかあったのか?
やっぱ俺のせいなのか?」
心当たりは…ないこともない。
だが…
外村は、『やっぱ俺のせいなのか』という問いに戸惑いを覚えながら、どう説明しようか迷った。
しかし、屈折した事実を述べて、眼前の男が救われるとは思えなかった。
だから、正直に、思うことを告げる。
「つかさちゃんはさ…
たぶんお前のこと…恨んでるんだよ」
その台詞が胸に音を立てて突き刺さった。
NEXT