『真実の瞳』−2.「双恋」 - スタンダード  様



淳平は小さなマンションの前に立っていた。

確かここだ、と記憶をたどる。

そこは外村の家だった。

昔、一度行っただけで、ほとんど記憶にない。

それでもしぼりだすように最上階、ということを思いだし、階段を上っていった。

玄関の表札で、503号室ということを確認し、奥へ進んでいく。

間違いなく503号室に着くと、ここだよな、と念入りに確かめチャイムを押そうとする。

と、ちょうどその時。

がちゃっと音を立て急にドアが開いた。

一人の女性が中を向き、「いってきまーす」と声をかけている。

はーい、という微かな返事が聞こえると、女性は進行方向へと顔を向けた。

同時に淳平も女性を捉える。

美鈴であった。

「あ…あーっ!真中先輩!」

驚き指差しながら叫ぶ。

「おっす」

淳平は苦笑いをしながら軽く手を上げた。

「いつの間にか帰ってきたんですか?」

「今日だよ。それもついさっき」

「みんなは知ってるんですか?」

「いや、唯と親だけ。とりあえず外村に会いに来たんだ」

「ああ、お兄ちゃんですか。お兄ちゃんは今一人暮らししていますよ」

そう言って、美鈴は急にきまりの悪そうな顔をした。

「へぇ…一人暮らしね…」

「それが一人暮らしなんですけど、何で一人暮らししてるか分かります?

 俺は人目の着かない生活をするんだ、ってあたしに言って、急にでてったんですよ?

 ウチの親はそういうことにはあんまり厳しくないし、成績のおかげで信用してるから…」

ということだった。

確かに進学校である泉坂高校でトップを取っているのならば、文句も言えたものではないだろう。

「絶対変な子としてるに決まってますよ!」

ぷんとした表情で腕を組む美鈴。

一個下でもあるせいか、その仕草をみて淳平はかわいいと思ってしまった。

基本的に想い出とは美化されるものである。

向こうにいる時も淳平はよくこっちの友人のことを思い浮かべたものだ。

そしてその想像に登場する人間はずいぶんと美化されている。

しかし、現実でも美化されていたのだ。

唯も然り、目の前の美鈴も然り。

美鈴は綾へのあこがれからか、少し髪を伸ばし、日本的な美女となっていた。

出来る女の匂いを漂わせてはいたが、仕事一筋のオーラは出ていなかった。

昔と比べるとどこか丸くなった感じがした。

そんな風に美鈴を眺めていると、「どうしたんですか?」と聞かれた。

「いや、綺麗になるもんだなぁと思って」

淳平は笑いながらそう言う。

すると美鈴は急に真っ赤になり「な…何を!」と噛み付いた。

淳平はあわてず「そうそう、昔はそんな感じだったっけ。 今はなんか礼儀正しくて…」

としみじみ言った。

「礼儀正しくて…の続きは?」

「だからかわいいなぁって」

美鈴もどう言い返していいか分からず、結局淳平に押さえ込まれてしまった。

「…なんか先輩変わりましたね〜

 昔は好きな女の子にもそんなセリフ言えなかったのに…」

「まあ数々の修羅場を切り抜け泥沼人生をおくってきたからな」

いかにもえっへんというポーズをとって言った。

笑顔の淳平を見て、美鈴は冗談だと思い込んだ。







「それで、どうするんですか?」

不意に美鈴が尋ねた。

「まあここに外村がいないんじゃあな〜」

外村に会いに来た以上、どうするということもない。

そう困っていると

「一人暮らしの部屋まで案内しましょうか?」と美鈴が尋ねる。

「え?いいの?」

「どうせあたしも買い物しに行くところですから」

淳平は妙に優しい美鈴に初々しさを覚えた。

こいつはきっと……
















外村家を出てから5分ほど…

二人は小さな路地を歩いていた。

美鈴が先を歩き、淳平が追う。

美鈴は饒舌で、なかなか止まらない。

淳平は美鈴の話を聞きながらずっと微笑んでいた。

そして微笑んだままそっけなく言う。

「お前彼氏でも出来た?」

聞いた瞬間、美鈴は吹き出す。

「な…ど…どうして知っているんですか!?

 あ…じゃなくって…なんでそうなるんですか!?」

訂正は間に合わず。

淳平は顔色一つ変えない。

ただ笑顔で見ている。

美鈴は「はぁ…」と溜息をつき、また歩き始めた。

「なんで分かったんですか〜…」

さっきと比べると生気が半減している。

「いや…なんとなくだよ。なんとなく」

「はぁ…恋愛経験が豊富だから分かっちゃうんですか…?」

「何それ…?」

「だって先輩は何人もの女子をたぶらかしては泣かせて…」

「こらこら…」

「最低優柔不断男だけど…言い方を変えればなんとか恋愛経験豊富になるじゃないですか」

「…それが?」

「あたし友達に言われるんですよ。恋愛経験少ないって…」

「う〜ん…まあ悪いことじゃないからいいんじゃないか?

 逆に豊富っていうのも良くないだろ。あ、俺か…」

「だから彼氏以外の男の人なんて先輩ぐらいしか知らないんですよ。

 その先輩はよく分からない人ですし…」

「お前本人の目で堂々と言いやがって…

 お前は俺を軽蔑しかできないのかい?」

美鈴のそこをつきない相談を受け流しながらも、反論はする淳平。

が、美鈴からは思いがけない答えが返ってくる。

「ちがいますよ〜よく分からないって言ったんです。

 たまに本当に尊敬することがあるんです。

 映画の時はもちろんだけど、日常生活でも。

 ただ、尊敬できる時と出来ない時が激しすぎて困るんです。

 つまり今の彼氏はあたしにあってるんでしょうか?」

「お前話が繋がってないぞ?飲んでる?」

「飲んでません」

「だよなぁ。

 でも、お前はその人が好きなんだろ?

 じゃあ釣り合いとか考えなくても大丈夫だよ。

 所詮釣り合いなんて真剣に付き合いだしたら誰も気にしなくなる」

淳平はそう言って締めた。

これは何かの本に載っていたことだが、昔の自分のことのようで、強く共感したのであった。

「そうですよね…でも、それだけじゃなくて…

 あたしはただその人のことを好きだと思い込んでるのかな〜って…」

それが美鈴の悩みだった。

自分は本当に彼氏のことが好きなのだろうか。

もしも好きな気がしているだけだったらその男の子にも申し訳がない。

だが、こういった類の問題は自分では解決できない。

そしていつの間にか淳平に相談していた。

結局淳平は答えることが出来なかった。

だが美鈴はやはりその男の子が好きなのである。

ではなぜ自信が持てないのか。

それは淳平に抱く感情と似ていたからである。

つまり自分にとって彼氏は淳平と同じような存在であると考えたのだ。

しかしそれは問題ではない。

美鈴は淳平に対する感情も特別な感情であることに気付いていない。

自分が淳平に恋心に近いものを持っていると気付いていない。

映画、恋、その他の色々なことで深層心理、淳平に憧れていたのである。

そしてそれと似た感情を彼氏にも抱いていたのだ。

初めての恋人、異性とのふれあいにあこがれを持っているのだ。

美鈴は、恋をしていないんじゃないかということが不安であった。







何分か歩き続けた二人。

美鈴は言いたいことを全て言い切った。

その末にやっと気付いた。

自分は真中淳平が好きなのかも知れない。

それが全てを解決に導いてくれた。

決して声に出しては言えないが、確かに自分は淳平にあこがれを持っている。

そして彼氏にも。

だが、二股をかけているような気にはならなかった。

高校時代、あれほど淳平のことをバカにしたものの、今になってみると分かる。

好きにも色々なものがある。

二人を好きになったからと言って、単純に半分になるわけでないことも分かった。

ここまで行き着いて、美鈴は考えるのをやめた。

全て解決していた。


「着きましたよ」

そういって一つのアパートを指す。

「ここかぁ…案内サンキュー」

「いえ、いいんです。こっちこそしゃべってばっかですみません」

「いやいや俺も力になれなかったから…」

その言葉を聞いて思った。

あなたは充分あたしの力になっていますよ、と。

だがそれは言わない。自分の中にそっとしまっておきたい感情。

急に気分が良くなり、体が軽くなる。





「じゃあ、彼氏とラブラブしてきま〜す!」

美鈴は淳平に一瞬笑顔を見せると、そのまま歩いて去っていった。


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