『真実の瞳』−13.「記憶」 - スタンダード  様



淳平は、部屋でパソコンに向かっていた。

映像が流れていく中でタイミングを見計り、停止しては修正を加えている。

編集作業の真っ最中だった。

昔の映像を見るというのはどこか恥ずかしく、改めて自分の高校時代というものを再認識した。


と、そこで携帯が鳴った。

手を伸ばし開いてみると、外村と表示されている。

通話ボタンを押し耳に当てると、外村の興奮した声が聞こえてきた。

「おいっ!今すぐ天地の家集合だ!

 見せたいもんがある!」

急の誘いに戸惑うも、どうしたんだと聞き返す。

「いいからいいから!

 来れば分かるよ!」

そこまで言って外村はすぐに電話を切った。

口調は激しかったものの、怒りや焦りというものは感じられなかったからおそらくうれしい方で興奮しているのだろう。

そのように思いながら、至急集めるようなことって何だろうとも考えた。

編集作業の途中だったので迷ったがそれも一瞬で、すぐに行くことを決意した。

1週間もあるのだから焦る必要はない。

それよりも早くこっちの生活になれてしまいたい。

それが本心だった。

夕飯の支度をしている唯に向かって出かけてくると一言残し、暗くなった外へ出た。









切れかかっている蛍光灯を見つけると懐かしい気持ちになった。

それは5年前から消えかけていたものだ。

つい立ち止まり考え込む。

一回転して周りを眺めてみると、一体何が変わったのだろうとまで思う。

家や建物は生き物ではないから、自然に変化することは当然ない。

だから、人間が手を加えなければ決して変わることはない。

切れかけた蛍光灯。

穴の開いた郵便受け。

壊れた塀。

配置が変わるはずもなく、あの頃と風景が重なる。

その中で変化を見つけることができたのは、自分自身に対してだけであった。

変わったのは自分だ。

何を今更、とまた足を進め始める。

5年という月日を越えたその足取りは、やや力強く、繊細になったようだった。














天地と綾の家の前で、小宮山とちなみに会った。

向こうは一瞬、誰だ、という顔をしたがこちらはもちろんすぐに気付いた。

「小宮山か?」と声を出すと向こうも気付いたようで、大きな声で「真中か!?」と聞き返した。

お互いを認め、再会を喜んだ。

隣にいたちなみにも気付き、「端本とは順調か?」と聞くまでもない質問もした。

二人は何も言わずに顔を見合わせたが、その笑顔が何よりもの証拠だった。

淳平は何でここにいるのかと尋ねたが、二人は当たり前のように「外村に呼ばれたからに決まってんじゃん」と答えた。


淳平はその言葉と表情を一瞬疑問に思ったが、彼らにしてみればこんなことは日常茶飯事だった。

天地と綾の豪邸は、半分外村の基地となっており、外村も一日のうちの長い時間居座っているらしい。

こずえもともにであるが。


昔の映研部(大草は特別)は結びつきも強く、外村からの招集もよくあることらしい。

小宮山は「まあみんなめんどくさくて来ないこともしばしばだけどな」と言い、その後に「でも今日はなんかいつもと雰囲気が違ったなぁ」
と呟いた。

淳平にしてみれば、いつもいつも招集なんかして何を話しているのだろうと思ったが、今日のいつもとの違いというのも気になった。

「まあ俺たちは招待されているんだからとりあえず入るか」と小宮山、ちなみを促し、三人は豪邸の中へと消えていった。










リビングに招かれると、そこには映研部員がズラリと並んでいた。

外村、綾、さつき、天地、美鈴、そして自分と小宮山、ちなみ。

さらに、大草もいる。

さつき、こずえ、美鈴、ちなみとは面識がないはずだったが、普通に話しているところを見ると、この招集会議で仲良くなったのだろうと言うことが容易に想像できた。

淳平が入ったことに大草も気付き、おぉ、と声を出した。

「久しぶりだな〜」と互いに言う。

「いや〜マジで久しぶりだな。

 なんか5年とは思えないほど」

「ちょっと真中!

 あたしと再会したときと随分コメントが違うんじゃない?」

「はぁ?

 だってお前変わってないんだもんしょうがないじゃん」

「何を〜」

淳平とさつきのいつもの争い(もっとも最近は休止していたが)が始まり、場の全員が笑みを見せる。

まるでそのまま5年前になったと思うほど皆変わってないように見える。

それでもやはり、変わるもの、増えたもの、減ったもの、失ったものがある。

「よし、映研関係者、全員集合したな!」

そう切り出した外村の言葉にも、違和感を感じざるを得ない。


西野がいねぇよ・・・


そう思い、だが言葉には出さない。

今この場には不必要な台詞であると皆分かっていた。

一瞬暗い雰囲気が辺りを包む。

しかし、見せかけの明るい雰囲気を皆で創り出し、偽物の笑顔を繕った。

つかさの不在が、一番大きく感じられた瞬間だった。



その後淳平が続きを促す。

「そうだよ、何で俺たちを呼んだんだ?

 俺は忙しいっていうのに・・・」

少し不機嫌なふり、というよりも、意地悪なふりをしてみたがまんざらでもない。

同窓会のように、昔の友達に会うというのはやっぱりうれしいものである。

確かにつかさはいない。

でも、ここにいる皆がかけがえのない友人であることにも違いない。

だからこそ、集合をかけた外村には内心感謝していた。

まあ、そう思ったのは自分だけで、他の人たちはちょくちょく会っていたのだが。

淳平に促され外村が思い出したように話し始める。

「え〜っとだな〜大変貴重なものを入手した!」

何か自慢するように、偉そうでうれしそうだ。

淳平もなんだろう、という気持ちで心を奪われた。

そこにいる他の人も然り、である。

しかし、次の言葉に淳平は笑みを失った。

「なんと!真中の映ってる映像を手に入れたんだ!」

そう言った外村は、パソコンのディスプレイを指し、一つの映像を見せている。

「たまたまネットに流れててさ〜まさか真中が映ってるなんて思わなかったぜ」

画面の中の再生ボタンをクリックする。

停止状態だった画像が、動画となり音を発する。



それはニュースの一企画であった。

キャスターがマイクを持ってドアの前に立っている。

「この扉の向こうに、若手パワーズの一人がいるのです」

そう言ったキャスターは、営業スマイルを光らせている。


若手パワーズというのは、そのコーナーで付けられた名前だった。

近年は、若手、の力が大きくなってきていた。

若手ミュージシャンや、若手芸術家。

他にも、芸人、小説家、政治家など、様々なジャンルにおいてである。

そういった若手の力を特集するのがそのコーナーだった。

若手パワーズは、若手パワーを持っているものたちの総称だ。



キャスターは重々しいドアを開け、中へと忍び込むように入る。

意味もなく声を潜め、カメラマンに目配せするような仕草を撮る。

「いました!いました!」

キャスターは、そのキンとした高い声でささやく。

指を指した先には、円形テーブルと一人の男がいた。



「こんにちわ〜」

キャスターは腰を低くして近寄る。

そちらに気がついた男も軽く会釈をした。

「あなたが下山健二さんですね」





その声がスピーカーから流れたとき、淳平はうつむいていた。

覚えていた。

この日の出来事を。







「あっはい。そうです」

画面の中で下山が照れくさそうに話している。

今日の若手パワーズのスポットライトが照らした先は、映像関係者だった。

下山が選ばれたのだ。

その後は、キャスターが聞き下山が応じるという形式の会話がなされた。

画面の外の外村達も食い入るように画面を見つめる。

たまにさつきが「本当に真中が出るの?」と尋ねていたが、外村は流すようにテレビをあごで指していた。








そして、番組の終わりも近づいていた。

キャスターが下山に、次の若手パワーズは?と聞いたからだ。

若手パワーズというのは、若手が若手を紹介していくのである。

半分は、名を宣伝することに意味があり、若手の友達などをテレビにおいて紹介するのである。

しかし下山は困っていた。

「それがですね〜僕あんまり友達がいなくてですね・・・

 あまりこれといった人がいないんですが・・・」

思いがけない台詞にスタッフも慌ててしまっている。

キャスターもプロデューサーにどうするのと尋ねている。

その混乱を解決したのは下山の一つの提案だった。

「もう一回映像関係者でいいって言うんなら・・・」

その言葉に、プロデューサーは迷った末OKを出した。

「じゃあその線でお願いします」





すると突然下山は席を立ち、どこかへ消えてしまった。

キャスターもプロデューサーも皆びっくりしている。

しかし、奥の部屋から小さく声が二つ聞こえてきた。

そして、すぐ後に下山は一人の男を連れて戻ってきた。


それが淳平だった。









外村達も興奮していた。

すごい、とか、あたしも出てみたい等々である。

外村は淳平に振り返って話しかけた。

「なあ、どんな気分だった?」

しかし、振り返った先にいたのは、決していつもの淳平ではなかった。

前に一度見た、負のイメージが強い淳平だった。

淳平の表情を見て一瞬固まる外村。

すぐにさつきたちに呼ばれて振り返ったが、淳平の表情は頭から離れなかった。






画面の中はさっきと違い男が増えている。

しかし基本的には下山が淳平の紹介をしているのであった。


「いや〜こいつはですね、僕よりずっと若いんですけどもセンスは凄いと言われています」

「言われているとは・・・?」

「えっとですね、僕たちの直系の師匠に当たる上田栄蔵さんがそう言ったんですよ」

「え・・・上田栄蔵ってあの・・・?」

「ええそうです。

 去年日本アカデミー賞を取った人です」

「じゃ・・・じゃああなた達はあの人から教えてもらっているんですか?」

「まあそうなりますね。

 って言っても実際は雑用させられて見学しているだけですけどね。

 何かを教えてくれるって訳じゃないんです。

 栄さんはいつも『感じろ』って言ってましたから」

「栄さん・・・」

「そ。栄さんです。

 まあ年もかなり離れてますから親みたいに感じるんですよね。

それでみんなそうやって呼んでますよ」

「へぇ・・・そうなんですか。

 それで栄蔵さんが真中さんのセンスを見抜いたんですか?」

「そうです。

 お前の目は『真実の瞳』だ、って」

「ちょっと下山さん・・・

 あれは栄さんも冗談だって言ってたじゃないですか。

 お前も異名があったらおもしろいんじゃないかって冗談でつけたんですよ、あれは」

「でもあの人がお前のことを認めてんのは間違いないだろ」


一連の話はいつの間にか二人の言い合いになっていく。

キャスターは自らの仕事を思い出し、続きを聞いた。

真実の瞳とは、と。





「あれって何で真実の瞳って言ったんでしたっけ?」

「俺は覚えてるぞ。

 なんかこんな感じだ。



 お前の目は少し違う。

 映画撮影をお前と一生にやっていれば分かる。

 どこをどうすればいいか的確に判断してる。

 アングルの微妙な位置関係や、音楽のタイミングから映像のコントラストまですべてにおいてだ。

 お前にダメ出しをよくされるがちゃんと見えてる証拠だ。

 それと、判断力がいい。

 ずば抜けてな。

 他の奴らとは比べものにならない。

 お前は優柔不断だが、それとはちょっと違うな。

 そして、その行動に後悔しないところだ。

 その辺がお前はすごいよ。

 だから真実の瞳だ。






 みたいな感じだった」


上田栄蔵に変わって下山が解説を終えると、キャスターは感心したように声を漏らした。



そこまでで映像は終わっていた。

画面に釘付けにされていた視線が淳平へと向く。

同時に声もかけられた。

「真実の瞳か〜お前もしかしてすごかった?」

そんなような、驚嘆した意見や、疑問の意見もあった。

しかし淳平は顔を下向けたままだった。

異変に気付き外村が話しかける。

「どうかしたか?真中・・・」

しかし答えない。

これじゃ唯の時と同じだ・・・

心中ではそう思いながらも、体が言うことを聞かないかのように、話せなかった。

「いや・・・何でもない・・・」

絞り出すように出したその声に、外村は疑問に思いながらも追求しなかった。

「ふ〜ん・・・風邪でもひいたんじゃないか?

 早く帰った方がいいかもな」

そういった機転が利かせられるのが外村だった。

淳平が話したくないということを察し、またその場にいたくないという気持ちも感じ、皆の批判を食らわないようにさっさと逃がしたのだ。

もちろん、その程度で他のみんなが、淳平を突き詰めるようなことはしないと分かっていたが。



わざとらしく額に手を当て、やっぱり熱があるな、と一言。

心配性の綾やさつきによって、早急に解散が決定され、淳平は別れて一人で帰ることになった。

















夜風が涼しかった。

見上げれば、星が薄く瞬いている。

周りには誰もいなく、静かな空間だった。

当然思考は内側を向く。

先ほどの映像が何度も甦る。

真実の瞳。

そう呼ばれ始めた頃だっただろうか。

もちろん、真実の瞳なんて呼び方を知っているのは数人であったから、呼ばれ始めたと言っても一部のものにであったが。



画面の中の自分が随分幸せそうに見えた。

自分がほめられていることに照れ、謙虚な姿勢を見せながら対応している。

今と比べれば、よっぽど人間らしい豊かな表情といえるのかもしれない。




今・・・俺は何をやっているんだろう・・・



一瞬そう思うと、なかなか頭から離れなかった。

この不安定な現実(いま)を抜け出したい。

願うのはただそれだけだった。


西野に会いに行こう。


曇りかけの真実の瞳が見せた判断だった。

会うべきかどうかは気にしない。

後悔はしないから。


NEXT