『真実の瞳』−10.「意志」 - スタンダード  様



「はぁ〜」

淳平は大きな溜息をつきながら歩いていた。

う〜とうなりながら頭を抱える。

先程から何回同じことをしただろうか。

予想内ではあったが、つかさとほとんど話が出来なかった。

昔と変わらない、本心を垣間見ることこそ出来たが、やはりあれだけでは問題がある。

しかしどうしようもないことであり、渋々と家へ戻るしかなかった。









「ただいま〜」

淳平が家へ戻ると、唯が慌ただしく出てきた。

何か手紙のようなものを手に持っている。

「淳平淳平!

 なんかちょっと変な手紙が来てるよ!」

よく分からないテンションだった。

差し出す封筒を受け取る。

確かにその封筒は全体が黒系統の色で統一されていて、不気味と言えば不気味である。

差出人は誰だろうと思い、裏返して目を配らせる。

『えいぞう会』

淳平がその文字を見て納得したという素振りをすると唯が、

『えいぞう会』?と尋ねた。

「何?これ。

 なんでひらがななの?

 しかもすごい安直な名前…」

「ああ、俺の所属している会っていうか集まりって言うか。

 名前がひらがななのは理由あってだよ」

淳平はそう言うとさっさと2階へ上がっていってしまった。

朝の内に唯が部屋の一つを片づけておいてくれたから、そこが淳平の部屋となる。

もっとも、即席の部屋であるし、まともな家具などはないが。

しかしノートパソコンがあればそれ以外必要なものもほとんどなかったから十分である。

勢いよく部屋へと駆け込み、ベッドに飛び乗る。

待ちに待った知らせである。

荒々しく封を開けると中の手紙を取り出した。

しかしその勢いと裏腹に、現れたのは小さな紙切れ一つだった。

淳平は戸惑い、だが一応その紙切れに書かれた内容を読む。

そこには日付と時間、あるビルの名前、住所だけが記されていた。

「10日…?

 明日じゃん!」

あまりにも唐突な知らせに驚き、もう一度封筒の中を探る。

けれど他には何もなく、探すのをあきらめた。

といっても問題はない。

それだけの内容でも意味が理解できた。













えいぞう会、というのは二つの意味からなる。

一つは言うまでもなく映像会の意。

もう一つは、創始者兼会長・上田栄蔵の名前からとったものである。

映像と栄蔵、二つを会わせてえいぞう会。

主に映画関係者を中心に構成された会であり、登録されることは名誉であるほど権威のある会だ。

淳平は異例の若さで入会していた。

今回の郵便はその集まりの報せだ。






ひととおり納得すると、今度は携帯電話を取り出した。

同時にメモを取り出す。

数字が羅列されており、中にハイフンも含まれている。

その数字を電話に打ち込み通話ボタンを押す。

「はい、もしもし天地です」

かけたのは綾だった。

「もしもし東城?

 俺、真中だけど」

「真中君?」

さっき出て行ったばかりなのに、という戸惑いの声の後ろからさつきの声も聞こえる。

「どうしたの?何か忘れてった?」

「あ、いやそうじゃないんだ。

 ちょっとお願いがあって…」

「なに?」

「あの〜

 東城の作品を脚本に使いたいんだけど…」

「へ?」

突然の申し出に素っ頓狂な声を出す綾。

後ろから「真中はなんだって?」というさつきの声が聞こえる。

「脚…本?」

「そう。脚本」

「え…でも今あたしの書いてるのに映画に使えそうなのはないんだけど…」

「ああ、今から書いて欲しいんだ。

 新作として」

結構、めちゃくちゃな願いだ。

淳平はさらに、なるべく早く、と注文をつける。

が、綾の方は全く気にしない。

表情に活気が見られる。

うん…うん…わかった。

まるでどんな注文にでも答えそうなほど、前向きに聞いている。

承諾してくれた綾に対し、淳平も声を張る。

そして詳細を話していく。

「一応時間は100分前後になると思う。

 ただそれはあまり気にしないで。

 こっちで調整するから東城の好きなように。

 ストーリーは複雑の方がいいけど、汚くはならないように。

 話の流れは基本的に任せるけど、テーマは『万物流転』でお願い」

そこまで言って口を閉じる。

綾は何度も反芻するようにしっかりと記憶し、同時に久しぶりの脚本に踊る気持ちが抑えられなかった。

「それにしても真中君、映画撮るの?」

そう聞く綾に、淳平はいや、と短く答え続けた。

まだ撮ると決まった訳じゃない。

ただ撮ることになったらすぐに作ることが出来るよう作っておいて欲しいんだ。

その旨を伝えると、綾は納得したように返事をし、任せてと言った。

「じゃあお願い」

そう言って淳平は電話を切った。






既に切れた電話を眺めながら綾は思う。

脚本…脚本…

5年ぶりの脚本…。

楽しみで仕方がなかった。

自分の作ったストーリーが複数人の意志の元、オリジナリティを持って作り替えられていく。

その様はどこか寂しさを伴い、それでいて他人の感性にふれる興味深さがあった。

「何だって?」

そう尋ねるさつきに内容を笑顔で伝える。

さつきはへぇ〜と気の抜けた返事をし、あいつはまだ映画を撮ってるのよね、そう感慨深げに言った。

「よく考えたら本当にすごいことなのかもね」

「そうかもしれない」

「ま、真中ってだけですごさが伝わらなくなるからそっちの方がよっぽどすごいわ」

冗談交じりでそんなことを呟いた。

凄さを感じさせない凄さ。

そう言えばなんとも格好のいいものだったが、言い換えればあいつが何をしたってすごく思えない、そう言っているだけであった。

「あたしもそろそろ帰ろうかな〜。

 夕飯の支度もしなきゃいけないしね」

さつきはそう言い、いつきに帰るよと促した。

「じゃ、またね」

「うん、今度は西野さんも一緒だといいね…」

「ま、あいつならなんとかなんでしょ」

根拠も理由もない妙な期待感、それこそが淳平の魅力の一つであるのかも知れない。

5年たち、どことなく風格の変わった淳平に、ある種の尊敬の意を込めているさつき。

だが彼女は23歳の真中淳平を把握しきっていない。

その妙な期待感には、すでに根拠も理由も備わっていることを知らない。



















淳平はベッドの上で考え込んでいた。

つかさのことである。

思ったよりも友好的に接することが出来たのではないかと思う。

ただ、発言の中には絶望的なものもあった。

一緒にいると辛い。

あの発言がある以上、しっかりとした話し合いが出来ない可能性も多分にある。

つまりこれ以上の進展が見られないかもしれない。

そうなってしまうと、自分自身の力ではどうしようもない。

少し無理矢理にでも話すか…。

そもそもどんな風に話せばいいんだろうか。

考えることは尽きなかった。

完全に日暮さんに囚われている。

死者が生者を迷わせるなんて…。

そんなことを考えていた。

結局、この世界は生者を中心にして回っている。

まだ何かできる生者を、死者が邪魔をすると言うことは、あってはならないことだと思う。

だからといって、日暮を責めることもつかさを責めることも出来ない。

敢えて悲しみを耐えろと言うのは酷である。

答えは出ないまま睡魔に襲われた。















目覚めればもう朝だった。

6時から4時まで、10時間寝ていた。

まだ朝日は昇りきっておらず、外は暗い。

家も寝静まっていてすることもなかったが、腹の虫だけが収まらなかった。

誰も起こさぬように忍び足で歩き、冷蔵庫から果物を見つけ口に入れた。

その後また睡魔と戯れ、6時にシャワーを浴びた。

唯が物音に気付いたのか否か、シャワーを浴び終わった頃に起きてきた。

「あれ?淳平早いね。

 まあ6時に寝れば当たり前か」

眠そうに目をこすりながらそう言う相手に、幼い日の影を重ねてみた。

当てはまるような気がするけど、全く違う気もする。

5年の月日とはそういうことなのかも知れないと不意に思った。

「お前も早いな」

淳平がそう聞き返すと唯はいつもそう、とやはり眠たそうに返した。

「でも今日は休みだからもう一度寝るね」

唯は自室へと戻りドアの閉まる音が静かに響いた。

淳平は一人で今に留まった。

よく考えれば帰ってきてからまともに家を眺めていない。

変わったところを調べるのもおもしろいかも知れないと、その辺をあさりだした。

が、ものの数分で飽き、またすぐに部屋へと戻った。

ノートパソコンの電源を入れ、立ち上がる間にカーテンを開けて陽光を取り入れる。

人間の体内時計は元々25時間のサイクルで動いている。

それを強制的に目覚めさせ、覚醒させるのが陽光だ。

朝日とは気持ちいいものである。

大きな伸びを一つし、ノートパソコンへと向き合う。

近年、パソコンの普及は加速し、急速な拡大が続いている。

この小さなノートパソコンにも、200GBの容量が備わっている。

デスクトップとなれば500GB、多いところでは7,800GBを備えているものもある。

淳平は主に編集、データ管理にパソコンを用いていた。

過去に撮影したもの、それは高校時代のものも含めてこのノートパソコンに入っていた。

VHSやテープなど劣化の激しい媒介が使われることは今となってはほとんど使われない。

DVD、またはそのままデータとしてハードディスクに保存する、そのような保存方法がとられていた。

淳平はメイキングの映像も含め、それらを見ていった。












それは三年の時の映像だった。

みんなで海に入っている。

ビーチボールの中に水を詰めてそれを外村に投げつける小宮山がいた。

その後さつきのアップになり「男ばっかり撮って楽しい?」とカメラマンの自分に話しかける。

胸が強調して画面に入り込んでいる。

小さな声でのやりとりが少し入り、カメラはまた他を写し始める。

白い砂浜、青い海、緑の木々、全てがきれいだった。

綾をとらえると、少し恥ずかしそうな顔をして小さく手を振った。

さらにぐるりと回転すると、つかさが写った。

笑っていた。

そのシーンを見た瞬間、淳平はピクリと震え、やるせない気持ちが強く襲いかかった。

もう…西野はこんな風に笑わないのかな…

そう考え、直後に自ら否定した。

そんなことはない!俺がどうにかしてやるんだ。大丈夫だ。

自らを励ますようにそう考えた。




時計を見ると、まだ7時だった。

えいぞう会は午後からでまだ時間がある。

やることもなくなってしまい、どうしようかと悩み、外村の家でも行こうかと考えた。

しかしこずえがいる。

二人でいるのを邪魔するのもなんだか忍びなく、結局一人寂しくコンビニへ行くこととなった。





コンビニに行ったからといって、やはりなにもすることはなく、つかさに会うだとか、そういうドラマチックなことはなかった。

ROADSHOWという雑誌を立ち読みし、すぐやることがなくなり店を出た。

案外やることがない今は幸せなのか違うのか。

自分が暇なのは苦手だということに少し気付いた。



あまりにも暇ですることがなく、まあいいやと外村の家へ行くことにした。

こずえとラブラブするのは自分がいなくなってからでいいだろう、そんな風に考えた。

丁度コンビニと外村の家は方向が同じですぐそばにあった。

指紋照合期と壊れたインターフォンへたどり着き、だがドアには鍵がかかっていた。

ドアノブを握ったときに小さな音が鳴った。

こずえはその音に気付いて出てきたのだった。

「真中さん?」

いきなり開いたドアとこずえの声に驚きながらも、おはようとだけ答えた。

「どうしたんですか?」

そう聞くこずえに答える言葉が見つからず、何でもないんだけどとごまかした。

訝るこずえに暇になったんだというと、あがってくださいと招かれた。

しかし主は寝ていた。

掛け布団を抱きしめ幸せそうに眠っている。

なんとなく寝ている友人は起こしたくなるもので、その光景が目に入った瞬間起こそうと体が反応していた。

「外村!火事だ!火事!」

そう叫んだ。

外村の反応はそれはおもしろいものだった。

飛び上がるように起き、叫ぶ。

しかし手をつこうと思ったところにベッドがなく、そのまま転がり落ちる。

転がり落ちた際にコンセントの上に着地し、刺さる。

その痛みに耐えかねて体を動かすと、すねがベッドの骨組みに辺り悶絶した。

「くぉ……」

あまりの衝撃映像に、ちょっと悪いことをしたかなと反省する淳平であった。















ぶす〜っとふくれっ面をした外村があぐらをかいて座っている。

まあまあと宥める淳平をきっと睨み付け、ふんっとそっぽを向く。

「悪かったって〜

 マジでごめん〜許しておくれよ…」

手を合わせてそう言う淳平に対しちぇっと悪態を付く。

「大体こんな朝早くから何しに来たんだよ…」

欠伸をしながらそう尋ねる外村に淳平は暇だったからとただ一言返した。

「暇…だった…?

 お前…この野郎そんなことで俺の貴重な睡眠時間を…」

「お…押さえて押さえて…

 いいじゃんどうせたっぷり寝てんだろ?

 昨日何時に寝た?」

淳平に対し、10時ぐらいだと渋々答える外村。

起こるのも疲れたといった表情だ。

「まあいいけどさ〜

 そもそも俺ん家来るならつかさちゃんのとこでも行けよな」

急に話題を変える外村。

淳平は痛いところをつかれ反論できない。

確かにつかさとはしっかりと、なるべく多く会って、昔のように話せるようにしてあげたい。

しかし昨日のことがトラウマに近い形で、つかさに会うことを躊躇わせていた。

淳平は昨日のことをなるべく正確に外村に話し、助けを求めた。

しかし、渡し船は出されなかった。

「う〜ん…

 残念だが俺の偉大なパワーを持ってしても厳しいな…

 昔だったら恋愛下手のお前にアドバイスっていう風だったけどな…

 今回はちょっと状況が違うし…

 そもそも俺は死を体験したことがないからな。

 近親は元気だし、100歳突破した親戚だとか…。

 やっぱり死って辛いもんなんだろうな…俺には分からんが」

「ま…そりゃな。

 でもさ〜だからって言ってあのままじゃやっぱりだめだろ?

 どうすればいいのかな…」

それが本音だった。

どうすればいいんだろう。

あれやこれやと考えても答えが出ない。

外村なら、と思っていたが高校生の色恋事情とはやはり話が違う。

それでもやっぱり外村は必ず助言をしてくれる。

「ま、何をすればいいかは知らんがどうすればいいかってのは決まってんだろ。

 当たって砕ける。

 お前の得意技だろ」

そう指差した。

「お…お前今かっこいいぞ…」

照れ隠しにそう言うと外村も、まあお前の場合は必ず砕けるがな、と付け足した。

「そんな焦んなくてていいなじゃねぇ?

 自然消滅じゃなくて自然復活するかもよ?」

どことなく我関せずな態度だが、そのそっけなさもありがたくそうだなと相槌を打った。












その後はTV鑑賞と世間話に興じ、11時には外村の家を出た。

我が家で飯を食おうと帰るといい匂いが漂ってきた。

「おっ、いい匂い」

淳平がそういうと中から唯の声が聞こえた。

「じゃーん!唯特製ハンバーグ!

 淳平の分も作ったよ」

と、テーブルの上にハンバーグが二つ並べられている。

「昼からハンバーグ…」

そう呟いたが、作ってくれた感謝で受け入れた。

サンキューサンキューと礼を言い、掻き込んで腹を満たした。

時計を見ると結構な時間になっていることに気付き、外出の支度を始めた。

ノートパソコンを持ち、しかしただそれだけである。

スーツを着るでもなく、私服だ。

えいぞう会の原則は私服だった。

会長栄蔵の言葉で、「監督が堅かったら映画も堅くなる」とのことだ。

そのため普段から仕事という考えは捨てるように心懸けるのだ。

電車の時間を考え、少し早めに家を出ることにした。

「いってきまーす」

その階段を降りる音で両親がやっと起きて、なんとふしだらな親だろうと呆れた。

淳平が外に出ると空は澄み渡った青だった。

緊張と興奮が入り交じり、知らずの内に笑みがこぼれていた。



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