『真実の瞳』−1.「再会」 - スタンダード   様






俺は夢を追いかけてた。

別にかっこつけてる訳じゃなく、あの頃は本当に必死だった。

映画監督になりたくて、人を喜ばせたくて、驚かせたくて。

何かを得ることとは、同時に何かを失うことであるなんて知らなかった。

でもそれが事実。

それが真実。

だからこそ、あの時、俺はかけがえのないものを失った。

戻ってきたとは言っても、過去のそれとは決して同じではない。

そのことに気付いた今、何が出来るのだろう。

少なくとも、失うことを恐れることが出来ると思う。

勇敢であることは、時に大変な事態を引き起こす。

失ってもかまわないと少しでも思えば、失ってしまうものだ。

だから、失うことを恐れている限り、失わないのではないか。

今はそう思う。

だから、決して失わない。

そう誓う。

























目の前に広がる懐かしい景色。

見覚えのあるデパート。

昔歩いた道路。

反面、目新しい様々。

初めて見るビル。

知らない家。

5年の時を経て、ついにこの街に戻ったんだなと、淳平は実感した。






駅には出迎えなど誰もいない。

一応、親には連絡していたが、来るような人ではないことは百も承知である。

友人達も呼ぼうかとは思ったが、相手の都合もあるだろうし、何より自分が疲れているだろうと思ったからやめておいた。

つまり、誰も来ない。

別に寂しいわけでもないが、誰かと「懐かしいなぁ」とか「久しぶり」という会話をしたい気分だった。

人混みに混じり、家へと続く道を思い出すような足取りで歩いていった。


























「ただいまー」

5年前、家を出る時に壊れたドアノブは直っていない。

さすがと思う。

鳥肌を立たせるような音が必ず出るそれは、セールスマンを追い返すことには貢献していたかも知れない。

バタバタと音を立てて母が出迎えた。

「あら、淳平。おかえり。ちょうどいいわ!母さん買い物行ってくるから留守番お願いね!」

出迎えた。




















久しぶりに見る我が家というのは何とも感慨深いというかぼろいというか…。

昔よりも壁が汚れているように感じるのは気のせいなのだろうか。

炊飯器と電子レンジが新しくなっているが、それ以外は大して変わっていない。

といっても配置は全く以前と違う。

子供のいない一家の生活なんて、機械的な毎日だと思いこんでいたが、親たちはそれなりにパワフルに働いていたのだろうか。

自分の部屋はどうなっているのだろう。

物置か、父母片方の部屋か。

そう思いながら奥へ進むと物音が聞こえた。

淳平は、どちらかが部屋を使っていて今いるのだろうと思った。

そして、その普通の予想を、唯は裏切ってくれた。





「淳平!!!」




バタン!!!




ゴッ!!!




まるでアニメのように、扉は高速で淳平の顔面をとらえ、額と鼻と歯は多大なダメージを受けた。

淳平は、あはは、と笑いかけた。
























「何でお前がいるんだよ!」

只今二人はドア越しに会話中。

なぜかと言えば、とある女性の癖のせい。

「もういいか?」

「あ〜まだダメ!もうえっちだな淳平は!」

「お前が勝手に脱いだんだろが!」

彼女は只今お着替え中。










「まさか5年ぶりの再会が裸とはな…」

「あっ見たんだな!やっぱりな〜」

「バッカ…どうやったらあの状況で見えるんだよ!」

まさに女の子の部屋という場所で、淳平は元・美少女、現・美女と話していた。

まさかあの幼児体型がこういう進化をするとは、と思いながら。

身長こそ高いわけではないが、それなりの大人の魅力というものを兼ね備えているように見える。

ずっと子供のように感じていた幼なじみも、自分と同じように一年一年、年を取り、現在22歳。

上司をたぶらかして出世するには絶好のチャンスだ。





「で、どうだった?放浪生活は」

と、唯が明るく切り出す。

「放浪じゃねーよ、修行だ」

とはいってもまともではなかったが。

淳平はずっと映画監督の夢を追いかけ続けていた。

色々な人々に認めて貰うために。

そのために切り捨てたものがたくさんあった。

まず、淳平は地方の大学に行くため故郷を離れた。

向こうの大学の方が設備もいいと、嘘の理由を作ってまで行ったのは、甘えをきりたかったからである。

知り合いが多いこっちで映画を作ると、きっとあの映研部に頼ってしまう。

淳平が出逢った最高のメンバー。

いつしか伝説となっていくあの顔ぶれ。

彼らは優しい。

だから、自分が頑張っているというだけで、何も言わずに見守ってくれる気がした。

しかし、それではいけなかった。

ダメならダメと言ってくれる、厳しい環境が彼には必要だった。

そして淳平は飛び出した。

誰も自分を知らず、そして自分が誰も知らない場所へ。

「いやーなかなかだったよ。すごい人にも会えたし」

真中はそう微笑んだ。

「すごい人?」

「そう。すごい映画監督。まあお前は知らないよ。有名な人じゃないから」

自慢げに話す淳平を見て、唯は幾分か安心したようで、つられて笑った。

「帰ってきたことはみんな知ってるの?」

唯がそう尋ねた。

「いや、母さん達にしか連絡してないよ」

「何で他の人呼ばなかったのさ」

「だって色々都合があるだろ。みんなにも」

「じゃあみんなに会いにいこ!今日は休日だからきっと家にいるよ」

淳平は戸惑いながらも唯に従い家を出た。

久しぶりに会う友人はどんな顔をするのだろう。

いや、それ以前にどんな顔をしているのだろうか。

それすらも分からない自分がおかしく思えた。

しかし楽しみでしょうがなく、知らず知らずニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
























と、家を出て数分した時だった。

どこかで聞いたことあるような曲が着メロで鳴った。

「あっ、繭子ちゃんだ。げっ!今日遊びに行くんだった!どうしよ!?淳平!」

いきなり騒ぎ出す唯を見て、変わってないなと思いつつ、

「いいよ。行ってこい。俺は一人でいいから」

と、促した。

繭子ちゃんというのは聞いたことがある名前だが覚えていなかった。

「ごめんね〜せっかく帰ってきたばっかりなのに。じゃあまたあとで!」

自分で許可したにもかかわらず、走り去っていく唯の背中を見ながら、淳平は、なんじゃそりゃと心の中で呟いた。

「ちゃんとみんなに挨拶するんだよ〜」

10秒後、50メートルほど前方にいる唯が振り返ってそう言った。

淳平はやっぱり変わっていないな、と、嬉しそうに手を振った。


















唯が見えなくなると、淳平は商店街の方へ向かった。

外村家や東城家、西野家なども同じ方向であるし、小腹が空いていたから何かを食べようという考えだった。

向かう途中、周りを流れる景色を見ながら、みんなも昔と変わらないでいて欲しいと思っていた。






商店街の入り口のアーチの色が変わっていた。

昔はオレンジに近い赤だったのが、今では水色っぽい青だった。

しかし、商店街の中の様子はやはり変わらない。

5年経ってこの変化かと思うと、この町の人々がいかにのんびりとしているかが分かった。

食べやすそうな肉まんを買うと、歩きながら食べ、商店街を進んでいった。

親しい人がいるわけでもないが、妙に親近感を感じ、いい気分だった。

これが帰省かとしみじみ感じる。






商店街の出口に近いところに『スーパー・スマイル』という店があった。

二つのスーパーの意味をかけた名前のようで、それなりに繁盛していた。

なにより、地元密着型といった感じで、基本的に毎日同じ客が来るようで、安定した収入を得られそうな店だった。

何気なくその店のレジをのぞいた時に、淳平は懐かしい人を見つけた。

「西野?」

そこにいたのは間違いなく西野つかさ本人であった。

5年も経てば人の顔は大きく変わる。

高校生からの5年と言えば、子供から大人の顔に変わる時であり、当然である。

だが、彼女の美しさは全く変わっていなかった。

髪型はセミロングのようだが、後ろで結びを作っていて、それがまた似合っていた。

淳平は見つけたとたん呟いたが、本当に本人だろうかと恐る恐る近寄った。

店の入り口まで行くと、その女性の顔がしっかりと確認できた。

間違いないと、確信した。

つかさが店員に軽く会釈をして店を出る。

そして入り口の男を見つけ、目を見開いた。

「淳平君……」

「やっぱり西野だ」

二人は固まった。

淳平は久しぶりにあったつかさに何と言っていいか分からなかった。

それで顔を赤くして俯いていた。

しかしつかさの反応は違った。

どこか戸惑いを含んだ表情で突っ立っている。

「帰ってたんだ……」

「あ…ああ。今日帰ってきたんだ」

淳平はそう言って微笑んだ。

しかし内心では困惑している。

さつきではないのだから会った瞬間に抱きつくと言うことはないだろう。

だが、積極的なつかさであれば笑顔を見せて久しぶり、と喜んでくれると思っていたからである。

それなのに、当の本人はどこか嫌悪感を表していた。

5年で恋が冷めることはあっても、憎まれるなんてことはないはずだ。

そう思いながら、何か話題を探していると、急につかさが

「ごめん。あたし急いでるから」

と言って去っていってしまった。

「え…?ちょっ…と…」

淳平は呆然とつかさを見送ると、どうしたんだろうと考えながらも外村の家へ足を向けた。


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