時を越えて・・・【プロローグ    in現在 〜始まり〜】 - りゅうか   様


    プロローグ    in現在 〜始まり〜

          


      

              2005年 夏。
  
 あり得ない、夢みたいな話。
  
 そんな彼女の考えていたことが現実になったのは、この日だっ     
 た・・・・














 日は、とうに暮れ、空には、星の瞬きが栄える夜の泉坂。
 
 家々の密集している、この、世に言う住宅地には、一人の少女の姿が 
 あった。

 その髪は、上から差す街灯の灯を、金色に反射して、美しく輝いてい 
 る。

 家路を急ぐ彼女の名は、西野つかさ。

 そう遅い時間でもないが、何せ、まるまる3日間、家を開けていたの 
 だ。

 必然的に、早足になってしまう。

 だが、そんな足の動きとは対照的に、彼女の思考は、全く違うところ 
 にあった。

 「あー、淳平君と三日間、楽しかったな〜」

 つい言葉となって、溢れ出てくるこの気持ち。

 その事からも、彼女の『淳平』に対する思いをはかることが出来るだ 
 ろう。

 彼女たちは、三日前より、秘密の旅行に行っていた。

 そして、今し方別れたばかり。

 幸せの余韻に浸りながらも、再度口を開く。

 「淳平君にも言われたし、明日から、お菓子作りがんば    
 
  ら・・・・・」

 大きく伸びをしながら、自らに言った、その言葉。

 それを言い終える前に、つかさは、あることを思い出す。

 (3回も特訓休んで、日暮さん怒ってるかな・・・・・)

 全部、自分のためにやってくれている事なのだ。

 元々、罪悪感はあったが、今のそれは、格別に大きい。

 「明日は、三日分の特訓、なんて言われたらどうしよう」

 半ば本気に考えたりする。

 (明日会ったらまず謝らないと)

 急に緊張し始めるが、まだそれは明日のことだ。

 今は、父と母のことを心配しよう。

 だが、そんなつかさの思考を余所に、自宅はもう目の前。

 いつもなら何も考えずに開く門も、今では地獄の門の様に感じる。

 言い訳、と言うより嘘はもう考えていた。

 訊かれれば、パティシエの特訓が辛くて三日間、一人で休んでいた、 
 と答えるつもりだ。

 調べればすぐ分かってしまうだろうが、それ以外、思いつかない。

 もう一度、その嘘を頭の中で繰り返してから、やっと決心したように 
 門に手をかけた。

 取っ手は、キーキー軋みながら、頭を垂れる。

 その瞬間だった。

 突如として、つかさを変化がおそう。

 周囲で空気が渦を巻き、気温が、上がり下がりを繰り返す。

 「なっ」

 声にならない叫びを上げ、きつく目を閉じ、その場にしゃがみ込ん  
 だ。

 そんな、渦中のつかさを余所に、周りの風景が消え去る。

 否、正しく言えば、流れていく。

 そんなあり得ない風景も、目を閉じていたつかさには、見えていな  
 い。

 その時、驚きで声も出ないつかさを残して、始まりと同じように、変 
 化は、突如として終わりを迎えた。

 (な、何だったの・・・・)

 ゆっくりと立ち上がり、目を開く。

 「っえ」

 前にあるのは、目を疑うような光景。

 つかさの立っていた場所。

 そこは・・・・・・



     家の前。



 もちろん、先程と同じ場所に居たことで、彼女が驚いている訳ではな 
 い。



 1秒前まで、星を宿していた夜空には、明るい日が、空高くに登り切 
 っている。

 1秒前まで、静かだった、住宅地はうるさいほどにセミの声が響いて 
 いる。

 1秒前まで、暗かった視界は、今や、これ以上無いほどに明るい。





 そう、時刻は、『昼』になっていた。


時を越えて・・・【1章  in過去 〜妖精と仕事〜】 - りゅうか   様

 
  一章     in過去 〜妖精と仕事〜



夜の闇の中に居たのが、急に、昼下がりの陽気の中にいたのだ。

当然、つかさには何が起こったのか全く分からない。

まさに、夜に見た白昼夢のよう。

その時、声も出ず、ただ呆然と立ちつくしていたつかさの背で,

聞き 覚えのある声が つかさの耳に届く。

「あら、つかさちゃん、何でこんな所にいるの?今日はトモコちゃん

と出かけるって、言ってたのに」

つかさが振り返るとそこにいたのは、自分と同じ色の髪をもつ女性、

母親の姿が目に飛び込んできた。

何故、昼なのかも気になるが、母親を前にして、それどころではな

い。

目が合った瞬間、つかさは、頭を下げた。

「お母さん・・・・・その・・ごめんなさい・・・」

言い訳も、頭から消え去ってしまっている。

母親からどんな事を言われるか・・・覚悟はしていたが、聞こえてき

た言葉は、覚悟していたそれと、全く異種なものだった。

「ん、何がごめんなさい、なの?・・あら、つかさちゃん、髪切っ

た?・・、って、だいぶ切ってるわね・・・」

彼女は、つかさの髪を軽く梳きながらそう言うと、足早に、家へと向

かっていく。

とうとう、つかさには、何がなんだか分からなくなっていた。

なぜ、急に空はこんな明るくなったのか

お母さんは、今回の旅行のことを暗黙のうちに許してくれたのか

(どうなってんだろう・・・)

そんな、爆発寸前の彼女の思考を、母の言葉が、更なる混沌へと誘

う。

「今日は、暑いわね・・・つかさちゃんも、明るいからって何時までも

遊ばないのよ。

・・・・・・・・・『受験生』なんだから・・・」

ため息と思えるような語尾を付け足すと、母は、家の中に入ってしま

った。

(じゅ、受験生って・・・・)

訳も分からず、立ちつくす。

否、彼女にはそれしか出来なかった。

「・・・・・どうなってるの・・・」

快晴の空の下、汗ばむ様な陽気の中で、呟いたその疑問。

もちろん、誰かの返答を求めてのことでは無い。

だが、そう呟くと、つかさの耳元から何者かの声が鼓膜を叩く。

「そんなの簡単じゃん」

声は小さいが、耳の近くだったので、十分伝わる。

きれいな、幼い女の子の声。

「きゃあ」

首を振るようにして、周りを見渡すが、何処にも音源の姿はない。

声は聞こえたのだ。きっと何処か近くにいるはず。だが・・・

(誰も居ない・・・・・もう、今日はどうなってんだよぉ)

心の中で、そう叫びながら、探すのを諦める。

「何処から聞こえたんだろう・・」

夏、特有の涼しい風に乗せ、言った言葉。返答は、先程と同様にすぐ

に訪れる。

「こっちだよぉ」

「っえ」

その澄んだ声は、やはり、耳元から聞こえてくる。

しかし、つかさの周りに人影は無い。

だが、次の、呆れたような音を含んだ言葉が、つかさの、謎を解いて

くれた。

「もぉ〜!肩の上!!いい加減気づいてよ!!!」

つかさの肩には、羽の生えた、高さ15センチほどの『小』女が腰掛

けていたのだった。


















「そ、そんなこと・・・・・・・信じられるわけ・・・・・・」

つかさの口から、息を吸うようにして出てきた言葉。

小女がその後を引き継ぐ様にして胸を張る。その胸には、大きな時計

が下がっていた。

「別に良いんだよ、無理に信じなくても。でも、あたしの姿見ても、

信じられない?」

首から、身長の3分の1程もある時計を下げた、手のひらサイズの小

さな小女、その背中から突き出す純白の柔らかな羽。

まさに天使とでも言うようなその風体を見ているうちに、つかさは、

この子の言っていることが、真実であることを悟る。


本当にそんなことがあるだろうか・・・・・


「でも、その・・・・何で、あたし・・『過去』に来ちゃったの?」


そう、目の前の小女は、つかさが、時間を越え、中学3年生の夏に来

ていると言い張っていた。

その質問を聞き、つかさの手の上に座っていた小女は、めんどくさそ

うに立ち上がると、つかさを、ゆっくりと見上げた。

「まず自己紹介させて。あたしの名前は、ララ。あなたをこの時間に

連れてきた、『時の妖精』。」

「『時の妖精』?・・・そんなことより、あたしをもとの時間に帰し

てよぉ」

つかさは、何を聞くよりもはやくララにそう頼む。

だが、ララの返事も、何を聞くより速かった。

「だぁめ。意味無く誰かを連れてくることなんて無いんだから。ちゃ

んと働いてもらわなくちゃ」

腰に手をあて、ララが言う。

(働くって・・・何するんだろ・・・・3年働いたら、その分、年取

るのかな・・・)

人は、最初の驚きを過ぎれば後は、すぐに慣れてしまう。

つかさも例外ではなく、こんな事を気にするほどになっていた。

そんな、恐ろしい将来を予想するつかさを余所に、仕事とは、比較的

軽いことだった

「仕事って何するの?」

手の上に佇むララへと、つかさは、尋ねる。

するとララは、その天使の様な羽をはばたかせ、つかさの顔近くまで

やって来た。

「自分で考えて・・って、無理か。ヒントはねぇ、つかさの大切な人

に、関係があるよ。」

『大切な人』・・そう訊かれて、つかさが思いつく人物はただ一人。

 『関係がある』とは、どういう意味だろう。

 その時、つかさは、あることに思い当たり、慌てて尋ねる。

 「淳平君がどうしたの?!」


  〜淳平君の命を助けるために連れてこられた〜


 そんな、恐ろしい事が、頭をよぎる。

 だが、それも、ララの言葉を聞くまでだった。

 「何?そんな慌てて・・・ああ、命がどうとかなんて無いから安心し

 て。そうだなぁ、第二ヒントはぁ・・・淳平で、思い浮かぶこと・・ 
 ・・かな」

 「思い浮かぶこと?」

 淳平君で思い浮かぶこと、と言えばやっぱり・・・・・・・

 「映画、かな・・・」

 自信なさげに呟き出された答えだったが、それは、的を射たもの。 

 ララは、待ってましたとばかりに空中で一回転して、つかさの肩に飛 
 び乗った。

 「そう!映画。つかさは今から、淳平に会って、映画を作る。それ  
 が、『仕事』」

 奇妙なほど飛び跳ねる、その言葉には、つかさのみが、感じる重さが

 加わっていた。


  

    

















  だってこの頃は、東城さんも・・・さつきちゃんも・・・



時を越えて・・・【2章   in過去 〜2年前の・・・・〜】 - りゅうか   様

  2章   in過去 〜2年前の・・・・〜



 



 今まで、何度と無く、歩いていた道。
 
 その道を、つかさは、肩に小女を乗せて歩いていく。
 
 小女が言うに、つかさ以外には、誰にもララの姿は見えないらしい。
 
 それでも、やはり緊張してしまう。
 
 だがそれも、ララのことだけでは無い。
 
 今つかさが向かっているのは、淳平の家なのだった。
 
 

 (映画の撮影って・・・どうやって頼めばいいのかな)
 
 淳平はまだこの時、つかさには、会ってすらいないのだ。
 
 赤の他人であるつかさを撮影するなんて事あるだろうか・・・
 
 (事情を話したって・・・)
 
 自分が過去に来たことを信じた、たった一つの証拠であるララの姿  
 
 は、淳平に見えないのだ。
  
 それよりつかさが心配なことは、淳平が彼女に対してとるであろう態  
 度。
  
 見知らぬ人から、一緒に映画を作ろうなんて言われて、本当に作る人

 なんていないだろう。
  
 いくら淳平君でも・・・・
  
 あれこれ心の中で考えているうちに、自然とうつむき加減になってい

 く。
  
 つまり、つかさは、ろくに前も向かずに歩くことになる。
  
 その事に対する結果は、すぐに訪れた。
  
 「つかさ!前!!」
  
 「っえ、きゃぁ!」
  
 ララの警告もむなしく、つかさは、前を歩いていた人物の背中へ、思  
 
 いっきり激突してしまった。
  
 「痛って!」
  
 「ご、ごめんなさ・・・・」
  
 つかさの目の前には、金髪の、恐そうな顔をした男が、彼女を見下ろ  
 
 していた・・・ 
 
 
 
 







 「あ〜もう、小宮山のやつどこいったんだぁ!」

 両手にDVD入りのビニール袋をぶら下げ、自宅へと向かう少年。

 彼、真中淳平は、中学3年の受験生だ。

 まあ、だからといって特に勉強に勤しんでいると言うわけでもなく、

 夏休みに入った今日も、小宮山と夏休みの宿題をやろうとしていたの

 がいつの間にか、親の居ない間に、DVDを借りに行っている始末。

 だが、突然小宮山が居なくなり、探してもなかなか見つからないの 

 で、淳平が帰ったと勘違いして、小宮山が先に戻ったのかもしれない

 と思い、淳平は家路を急いでいた。

 「まったく・・・俺らが行ってはいけない様なコーナーに行ったと思

 ったら、急に居なくなるんだもんなぁ」

 アスファルト塗装が剥がれかけの、見慣れた道路は、自宅がもうすぐ

 であることを淳平に伝えてくれる。

 ここまで来れば、あとは、目を閉じてでも歩ける、と淳平は、目を細

 めつつ空を見上げる。

 夏。この季節には、何かが起こりそうな気がしてくる。

 映画でも、何か特別なことが起こるのは夏だ。

 海を連想させるほどに真っ青な、雲一つ無い晴天。高い気温と湿度の

 中、優しく髪を揺らす静かな風。そして、うるさい程に歌う、セミの

 声。

 「痛って!」

 「ご、ごめんなさ・・・」

 その時だった。淳平の耳に、なにかがぶつかる音と何者かの声が聞こ

 えてくる。

 当然セミの声では無い。

 (こ、この声・・・・!)

 聞き覚えのある声を耳にし、淳平は、声のした方の道へ曲がると、そ

 の先にいたのは、つかさと、恐い顔の男。

 2年後の淳平ならば、迷わずつかさに声をかけるのだろうが、今の淳

 平は違っていた。

 淳平がまず声をかけたのは、男の方。

 だがそれは、つかさも同時だった。

 「小宮山!」

 「小宮山君!」

 二人に同時に呼ばれた小宮山だったが、その声は届いていない。

 淳平のものに限っては・・・

 「ああ!!つかさちゃんこんな所で会うなんて偶然だなぁ。あれ、つ

 かさちゃん髪切ったの、いいな〜その髪型もすっごく似合うな〜」

 つかさを前にして、それ以外のものは、目に入らないようだ。

 だがもちろん、つかさは、淳平の姿を捕らえていた。

 肩に乗るララも、すぐ淳平の存在に気が付き、つかさに尋ねる。

 「あれが、淳平だよね」

 その問いに、つかさは軽く頷いて、小宮山に、

 「ありがとう」

 と、だけ言い、軽くあしらってから、淳平の元へと歩み寄る。

 三十分ほど前に会った時よりも、10センチほど身長がちぢみ、顔も

 幼く見えるが、彼は、間違いなく淳平だった。





















 「・・・・・淳平君・・・・・・」
























 目一杯の愛情を込めて言った、彼の名。

 そして、それに対する返事は・・・・・ 


































  「っえ、・・・えっと・・・・誰、です・・・か?」















 いつもの様に頬を赤く染め、彼から発せられた言葉は、いつものそれ

 では無かった・・・



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