はなさないから - くろろ   様




「つかさちゃん、お客様?」


つかさの母の声が玄関から聞こえてくる。淳平は一瞬ドアの方へと


視線を泳がせ、再びつかさへと戻す。つかさといえば、淳平の手を


握り締めたまま、微笑ともいえる寝顔を見せている。


「つかさちゃん、お友達来てるの?」


声の主は、玄関から階段を登ってくる。


(西野の手、どうしよう。。。)


淳平は、しっかりとつかさに握り締められた自らの手を見つめ、思


案する。つかさの親に対してはきちんとした挨拶をしなければいけ


ないと思いつつも、どうしてもつかさの手を解く事を躊躇ってい


た。


(まぁ、しょうがないか。。。お母さんは俺の事知ってるって言っ


てたし、大丈夫だろう。)


(きちんとした挨拶は、帰る時にやっておこう。。。)


声の主は、既にドアの前まで来ていた。


「つかさちゃん、お友達?入るわよ?」


ドアが開く。


「あっ。。」


声の主は少し驚いたような声を上げる。つかさと同じ髪の色、顔立


ちは瓜二つとまでは言わないが、良く似ている。間違いなくつかさ


の母だ。


(西野ってお母さん似なんだな。。。)


「は、はじめまして、僕、真中といいます。こんな格好で失礼しま


す。」


つかさに手を握られている為、上半身だけをドアの方へと向け、淳


平は挨拶をする。つかさの母は、淳平の不自然な姿勢に一瞬、訝し


げな表情を浮かべるが、つかさの手が淳平の手をしっかりと握り締


めているのを見て取ると、優しい表情に戻る。


「初めまして。貴方が淳平君ね?つかさの母です。」


つかさの母が笑顔を見せてくれた事で淳平の緊張が幾分解れる。


「貴方の話は、つかさから色々聞かせてもらいました。」


つかさの母は、笑みを浮かべながら淳平に言う。


「は、はい。。。。すみません。。。」


いつもの謝り癖なのか、淳平の答えは会話として成立していない。


「つかさ、よく寝てる?貴方の顔を見て安心したのかしらね?昨日


から寝てないみたいだから心配していたのよ。」


ベッドに近付いて来た母は、つかさの顔を覗き込みながら言う。


「えぇ。まだ、1時間ほどですけど、良く寝てるみたいです。」


淳平はつかさの寝顔を見つめたまま答える。


「つかさの父が帰ってくる前に貴方と少しお話がしたいんだけど、


いいかしら?」


今迄の笑顔から一変した、つかさの母の真剣な表情に淳平の緊張が


再び高まる。つかさの母は、指を絡め、しっかりと握られた二人の


手を見て、軽い溜息をつきながら言葉を継ぐ。


「これじゃ、下に行って話をって訳には行かないみたいね。」


「すみません。。。」


淳平は俯き、頭を掻く。


「いいわ。このまま少し、お話しましょう。」


「今回の件、貴方の口から事の経緯を聞いておきたいんだけど、い


いかしら?」






淳平は、今回の京都での出来事。。。綾との事、それをつかさに見


られた事、メールの事、入替の事、全てを正直に話した。


「そう。。二人の話が同じで安心したわ。つかさがまだ、話してく


れていない事があるかもしれないって、少し心配してたの。」


つかさの母は、安堵の表情を見せる。一瞬の沈黙の後、つかさの母


の表情が真剣な。。。険しいといった方がいいかもしれない。。。


ものに変わり淳平に問う。


「淳平君。貴方の正直な気持ちを教えてくれないかしら?つかさの


気持ち、一人の女としては十分解るつもり、応援もしてあげたい。


でも、母親としては違う。この子に辛い思いをさせたくないの。貴


方の答えによっては今後、つかさに貴方を会わせる訳には行かな


い。。。」


「何か矛盾していると思うかもしれないけれど、それが母親な


の。」


つかさの母の言葉に淳平は一瞬、息を詰まらせる。


(俺の気持ちは、もう決まってる。西野の笑顔を守りたいんだ。)


「僕は、西野の。。つかささんの笑顔をずっと見ていたいんです。


 今回の事は、全て、僕の責任で。。。謝ってすむ事ではないのは


解っています。それでも、それでも、つかささんの傍に居たいんで


す。周りから見れば頼りないかも知れないけど、つかささんの笑顔


を守りたいんです。御願いします。つかささんの傍にいさせてくだ


さい!」


泣き出しそうな、懇願するような顔で、つかさの母の顔を見る淳


平。つかさの母は、淳平の目を見ながら更に問いかける。


「それが、貴方の正直な気持ちなのね?つかさに対する責任とか、


同情ではないのね?もし、そうなら、つかさは今以上に辛い思いを


する事になるのよ?」


つかさの母の言葉に淳平は正直、頭を殴られる様なショックを受け


る。


(何故、守りたいのか?。。。そこまで考えてなかった。。。)


(西野の笑顔をずっと見ていたい。。。それだけしか考えてなかっ


た。。。)


つかさの笑顔を守るという事は、つかさだけを見るという事、すな


わち、さつきの想いを拒絶し、自らの綾に対する想いを断ち切る事


を意味するのだという事を今更ながら思い知らされる。


(西野に対する責任感が無いと言えば嘘になるかもしれない。。。


でも、今は、西野の傍にいてやりたい。。。)


「僕は、つかささんの傍にいて、つかささんの笑顔を大切にしてい


きたいです。」


こう言葉を発した時、淳平の脳裏に綾とさつきの姿が浮かんだのは


彼自身しか知らない。。。


「わかったわ。。。主人の手前も有るから、表立っての応援は出来


ないかもしれないけれど、出来るだけの事はさせてもらいます。


つかさの事、御願いね。」


つかさの母は、淳平に頭を下げる。


「は、はい。こちらこそ、よろしく御願いします。」


淳平は、恐縮し何度も頭を下げる。と、つかさの母は、何かを思い


出した様に、つかさと淳平の繋がれた手を見る。


「つかさの手、外せる?もうすぐ主人が帰ってくるけど、今日の所


は主人とは顔を会わせない方がいいわね。」


「なんとか、やってみます。」


淳平は自らの指に絡められたつかさの指をつかさを起こさぬ様にそ


っと外す。


「あっ、僕、つかささんが起きるまで傍にいるって約束してたんで


すけど。。。」


つかさの手を解き、布団の中に戻しながら淳平はつかさの母を見


る。つかさの母は微笑みながら淳平に答える。


「主人と鉢合わせになる訳にも行かないし、今日の所はお帰りなさ


い。つかさには、私から謝っておきます。目が覚めたら貴方がいな


くて、怒るでしょうけどね。」


つかさの母は、くすっと笑う。


「それじゃ、失礼します。」


玄関口でつかさの母に挨拶をして、淳平は帰路に着く。先程までの


緊張が抜けないまま淳平は大きく息を吐く。


(これから、西野の支えにならなくちゃ。。。)


綾とさつきの姿が頭に浮かぶのを必死で押さえつける淳平が居た。




続く。。。