はなさないから - くろろ 様
5
「ハァ、ハァ、ハァ。。。」
淳平は無我夢中で走っていた。これまでの決して永いとは言えない
人生の中でこれほど真剣に走ったことはないだろう。
(西野、西野、西野。。。。)
「お願い、ジュンペイ君、つかさの傍に居て支えてあげて。」
淳平はトモコから全てを聞いた。顔は青ざめ、言葉を失っている。
「お、俺のせいなのか。。。」
喉から搾り出すように言葉を発する。体に力が入らない。膝も笑っ
ている。床に立っている感覚もなく、廊下の壁がなければそのまま
倒れこんでいたかもしれない。
「お、俺、そんな大事になるなんて。。。西野。。」
「ただ、一緒に居たかったんだ。。。」
淳平は力なく壁に持たれかかる。トモコは既に落ち着きを取り戻そ
うとしていた。
「さっきは怒鳴ったりして、ゴメン。。。」
「いや、いいんだ。。。怒鳴られたってしょうがないよ。。。」
「つかさから、ライバル居るって聞いてたんだけどね。。つい、カ
ッとなって。。本当にゴメン。。。」
「やっぱり、俺のせいなんだよね?」
「。。。。。。」
「お、俺、今から桜学行って事情を説明する!俺が無理やり連れ出
したんだって、西野は悪くないから処分を取り消してくれって!」
「もう、どうにもならないよ。。それに、そんな事したって、つか
さは喜ばない。つかさがキミの事、話さなかった気持ち、考えな
よ。」
「。。。じゃぁ、俺は、どうすればいい?西野の為に何が出来
る?」
「2人が今、どんな関係なのか、つかさから聞いて大体わかってる
つもり。。。あの子、自分の事二の次にして周りに気を使っちゃう
所あるでしょ?キミに心配かけたくないから自分からは連絡、取り
づらいんだと思う。だから。。。。」
「つかさの傍にいて、あの子を支えてあげて!」
つかさはベッドの隅に座り枕を抱えて泣いていた。
(淳平君、淳平君。。淳平君。。)
愛しい人の名前を呪文のように繰り返す。そうすれば彼に逢えるか
のように。。。
昨日、無期停学の仮処分が決定し、帰宅したのは夜の7時を回って
いた。両親は既に帰宅していたが、その事を、どう切り出すか暫く
の間悩んでいた。このまま、黙っている訳にも行かない。近日中に
は親共々、学校から呼び出しが来るだろう。
(バレたら、こうなる事は判ってたんだし、それでも私は淳平君と
一緒に居たかった。。。後悔なんかしてない!)
意を決して、2階を降り、リビングへと向かう。キッチンでは母が
いつもの様に鼻歌交じりで夕食の準備をしていた。
「パパ、ママ、大事な話があるんだけど。。。」
普段と違う娘の緊張した声に、母はガスの火を止める。父も読んで
いた新聞をテーブルに置いた。並んで座る両親の正面に座り、つか
さが切り出す。
「あたし、明日から停学になっちゃった。。。期間は決まってな
い。。。」
二人は、つかさの突然の話に言葉を失う。
「つ、つかさちゃん、それ、どういうことなの?!」
母が娘に問いただす。つかさは、淳平の事を口にしようかすまいか
躊躇したが、話す事に決めた。
(変に隠してパパとママに淳平君が嫌われたら嫌だ。)
「あのね、す、好きな人と一緒に居たくて、京都の自由行動、皆と
離れて行動したのがバレちゃったの。。。」
両親の顔色が見る見るうちに変わっていく。
「あ、でもね。彼は全然悪くないの。。。私が無理に一緒に居てっ
て頼んだの。。。だから。。」
バシッ!
突然の頬の痛みと共につかさの体が横に流れる。
「何やってるんだ!お前は!そんな事をやらせるために高校に行か
せてる訳じゃない!」
これまで、父親に殴られた記憶などない。悪戯をしても、いつも笑
顔で諭してくれる優しい父のイメージしかない。突然の事にあっけ
に取られていた母が慌てて止めに入る。
「あなた、いきなり殴らなくても。。」
父は興奮気味に言葉を続ける。
「お前は黙っていなさい!つかさ、相手は何処の誰なんだ?言いな
さい!」
つかさは、目を潤ませ、左頬を押さえながら父を見る。
「つかさちゃん、パパに謝りなさい。そして、相手の人を教えてち
ょうだい。」
つかさは、潤んだ目に強い意志の光を込めて言う。
「停学になった事はパパやママに悪いと思ってる。それは謝る。。
ゴメンナサイ。でも、彼の事は絶対に言わない!私が無理矢理、一
緒に居てって頼んだんだもの。彼に迷惑は掛けられない!」
「高校生がそんな事を言うのはまだ、早い!部屋で頭を冷やして反
省しなさい!」
つかさはリビングを飛び出し2階の部屋へ階段を駆け上がる。
バタン! カチャ。
自室に戻ると内側から鍵を掛け、ベッドへ倒れこむ。それと同時
に、その整った端正な顔立ちが歪み、エメラルドグリーンの瞳から
涙が溢れ出す。父があれ程、激興するとは思わなかった。怒られる
だろうとは思ったが、いつもの様に優しい笑顔を見せてくれるのを
心のどこかで期待していたのかもしれない。
(何故、わかってくれないんだろう。。。)
(私は、こんなに、こんなに淳平君のことが好きなのに。)
(パパとママもこんな気持ちがあったから結婚したんじゃない
の?)
コンコン。
どれ位泣いていたのだろう。ドアをノックする音が聞こえる。
「つかさちゃん、聴こえてる?ママよ。ちょっとお話があるの。開
けて頂戴。」
「今、誰とも話したくない。。。」
涙交じりの声で返事をする。
「パパ、つかさちゃんをぶった事、気にしていたわ。初めての事で
すものね。。。」
「。。。。。」
「それとね、ママ、怒りに来た訳じゃないの。。。つかさちゃんの
気持ち、解るつもりよ?ママだって女ですもの。好きな人が出来た
気持ちは十分、解るつもり。ママじゃ頼りないかも知れないけど、
つかさちゃんの相談相手になれないかしら?」
「。。。。。」
カチャッ 鍵を開け、そっとドアを開ける。そこには何時も
の優しい母の笑顔があった。
「フフフ。こんなに泣いちゃって、可愛い顔が台無しね?」
母は優しく頬に流れる涙を拭いてくれる。
「ママ!」
つかさは、母の胸に飛び込み、また涙を流す。優しい微笑を湛えな
がら母は言う。
「つらかったわね。。。話して御覧なさい?ママでよければ恋愛の
先輩としてアドバイスしてあげる。」
「そう。。。淳平君ってそんなにモテるんだ。。。」
「うん。。。でね、あたし、淳平君の中に東城さんが居るのが辛く
て一度、別れちゃったの。。。今思うとなんて馬鹿なことしちゃっ
たんだろうって思う。。。淳平君の事、忘れようとしたんだけど出
来なくて、ううん、それどころか毎日毎日、淳平君の事考え
て。。。」
「同じ学校なら良かったってメール貰ったら、ただ、淳平君に逢い
たくて逢いたくて。。。。」
つかさの声に再び涙が混ざりだす。
「。。。ヒック。。。でね、あたしが、学校なんか無視して二人で
修学旅行出来たらいいね?って言ったら、彼、うん、やろうっ
て。。。」
つかさは今まで独りで抱え込んでいたものを全て母に打ち明けた。
いくらか心が軽くなったような気もする。
「そっかぁ。あの東城さんがライバルなのかぁ。。。つかさちゃん
も大変な男の子を好きになっちゃったわねぇ。」
「後ね。。。さつきちゃんって言って凄くスタイルのいい子
も。。。女のあたしから見ても惚れ惚れするくらい凄いの。。」
「でも、つかさちゃんはその淳平君の事、大好きなんでしょ?」
「うん。。淳平君の事、好きな気持ちは誰にも負けてない。淳平君
の為なら、あたし、何でも出来る!」
「何でも出来るか。。。そうよねぇ、彼の為に志望校変えたり、苦
手だったお料理も出来る様になったものねぇ。。。フフフ。」
母に全てを打ち明けた事で心が軽くなり、落ち着いてきたせいか、
今度は恥ずかしさが込み上げて来る。
「ママが言えるのは、その人のことが好きなら、迷わずにいきなさ
い。貴女は何処に出しても恥ずかしくないママの自慢の娘なんだか
ら。」
「ありがとう、ママ。。。」
「それと、学校の方は呼び出しが来るまでに、ゆっくり考えましょ
う。」
「うん。」
「じゃぁ、おやすみなさい。つかさちゃん。」
「おやすみ、ママ。」
先程より落ち着きは取り戻したものの、独りになると色々な事が頭
を巡る。
(このまま、停学で済むのかなぁ?それとも退学になっちゃうのか
なぁ?)
(トモコ達、心配してるかなぁ?まさか、停学とかになってないよ
ね?)
自然と目の前が滲んで来る。
(淳平君、逢いたいよぉ。傍に来てよぉ。。。)
眠りに落ちるつかさの閉じた瞳には渇く事のない涙があった。
続く。。。
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