はなさないから - くろろ   様




トモコの頭の中には目の前に書かれている文字がぐるぐると回って


いた。


(つかさが無期停学?)


(京都の入替がバレタ?)


(いや、そんなはずはない。つかさと落ち合うまで先生との接触は


してはいない。)


(前日の抜け出しか?)


(それも違う。それなら翌日には外出禁止になってるはず。)


トモコは、掲示板の前で自問自答を繰り返しながら立ち尽くす。


「ハイ、ハイ、貴女方、早く教室にお入りなさい。予鈴が鳴ってま


すよ!」


正門に居た生活指導の教師が手を叩きながら大声で集まっている生


徒達に教室に入るように促す。その声にハッと我に返ったトモコは


傍らに居る泣きじゃくるクラスメートの肩を抱き抱える様に教室に


入っていった。


教室に入ると、やはりと言うべきかクラス全員がつかさの事を話題


にしている。


(何があった?)


(どうして?)


頭の中に浮かんでくるのは疑問符ばかりで、その答えに繋がるよう


な事が浮かんでこない。出口の見つからない迷路に入り込んだ様な


感覚に襲われたトモコの表情が次第に険しくなる。そこへ一人のク


ラスメートが不安げな表情でトモコに声をかける。


「ねぇ、トモコ。つかさの無期停、京都の事が原因なら、あたし達


も共犯って事でヤバイのかなぁ?」


「あたし、停学とかになったら、親に何て説明したらいいのかワカ


ンナイよぉ。」


声をかけてきたクラスメートの顔が今にも泣き出しそうな顔に変わ


ってくる。


「いや、それは無いと思う。。。その事が原因ならつかさと同時に


あたし達にも処分が降りてるはずだから。。。」


実際、トモコの頭の中に浮かぶ、つかさの停学の原因は、京都の件


しかないのだが、今、自らが口にした理由でその件は今回の原因で


はないと言う結論に到ってしまう。そこへ、担任教師が教室に入っ


てきた。


「はい、みなさん。私語をやめなさい。HRを始めますよ!」


一向に答えの出ない自問自答を繰り返すトモコの耳には、教師の声


は届いてはいない。


(やっぱり、本人に聞くしかないか?)


携帯を取り出すために鞄の中に手を伸ばす。と、その時、担任教師


が視界に入り、初めて既にHR中なのだと気付く。


(チッ、くそ!)


トモコは小声で舌打ちをした。


(つかさの携帯、番号解んないから家の電話に掛けるしかないの


に。。。)





以前からトモコは『連絡取るのに困るから』と、言う理由でつかさ


に携帯の番号を教えるように催促していたのだが、頑なにつかさは


拒んでいた。つかさに白状させた話では、携帯の番号を知っている


のは、親と例の彼、そして、例の彼が連絡を取りたい時に困るから


彼の親しい友人で唯一携帯を持っている男の子。この4人だけしか


知らないらしい。


(無理やりにでも聞いておくんだった。。)


トモコは後悔したが、今更、手遅れだった。





「。。。コ、トモコ!」


「あ、何?どうしたの?」


「あんた、担任から職員室に呼ばれたわよ。今からすぐ、来いっ


て。」


つかさの事を考えていて、担任はおろかクラスメートの呼ぶ声すら


耳に入っていなかったようだ。


「何の用だろう。。。」


トモコは呟く。


「やっぱ、つかさの件じゃないのぉ?つかさとトモコ仲良かったし


さ。。。」


もしも、つかさの件での呼び出しなら、詳しい事情が聞けるかもし


れない。そう思い、彼女は席を立つ。


「んじゃ、いってくるわ。もし、つかさの件だったら、詳しい事


情、解ったら皆にも報告するね。」


そう、言い残しトモコは教室を後にする。






「失礼します。」


扉の前でそう告げるとトモコは扉を開け、職員室の中に入っていっ


た。担任の教師はトモコの姿を確認すると自分の席を立ち上がる。


「校長先生が貴女に質問したい事が幾つかあるそうです。今から校


長室に行きますから付いてらっしゃい。」


トモコは何についての質問か聞いておきたかったが、教師の態度が


それを許さなかった。










「。。。。。。。。と、以上が西野君の自己申告ですが、それに間


違いありませんか?」


トモコは校長の話を聞き、愕然とした。怒りなのか、悲しみなの


か、情けなさなのか、どう表現したらいいのか解らない感情に支配


され、下を向き、床の一点を見つめて肩を震わせていた。校長室に


呼ばれた理由は、やはりつかさの件だった。また、つかさの停学理


由も自分が否定していた京都の入替の件だった。校長の話から自分


が原因ではないと思っていた理由も覆されたと言う事が解った。


つかさの自己申告ではこういう事になっていた。。。。







つかさは、京都で、ある男性と会う為に班毎の自由行動の日、京都


市内に出てから、『忘れ物をした。』と、トモコ達に『嘘』を付


き、班の行動から離れた。その男性と一緒に居る間もトモコ達から


『忘れ物は見つかったのか?』と何度も連絡を貰ったが、その都


度、『まだ、見つかっていない。』と、『嘘』を付き、トモコ達を


『騙していた。』と。そういった理由でトモコ達は『騙されてい


た』ので、つかさが何をしていたのか知らないという事になってい


た。また、つかさが逢っていた男性の素性は絶対に言えないと、つ


かさは頑として口には出さなかったらしいと、言う事も校長の話か


ら解った。トモコは校長の質問の答えの前に、自らの疑問を口にし


た。


「何故、西野さんの行動がわかったんですか?」


同じ班のメンバーはバレたら共犯なるから言うわけは無い。クラス


の全員にもつかさが土下座に近い事までして口止めをしたから、そ


こから漏れるとも考えにくい。


(なぜだろう?)


トモコ自身としては、素直な疑問だった。


「西野さんも自分のクラスの行動計画は把握していて、避けていた


みたいですが、他のクラスの生徒が男性と歩いている西野さんを見


かけたと、噂をしていましてね。それを先生方が耳にして、今回の


件が発覚したというわけです。」


迂闊と言えば余りにも迂闊な話だ。考えてみれば、つかさは近隣の


学校で名前を知らない者はいないと言う位の美少女だ。学園内での


知名度も1、2を争うだろう。ましてや同学年ともなれば知名度は


ブッチギリでトップである。加えてあの、一際目立つ金髪にエメラ


ルドグリーンの瞳である。制服を変えた位では、同級生が見れば、


つかさである事は一目瞭然であった。


「で、先程の私の質問の答えをまだ、貰っていない訳ですが、西野


さんの申告通りで間違いありませんか?」


校長の声に現実に引き戻される。


つかさの気持ちを考えれば「間違いありません。」と返事をするし


かないのは分かっている。が、一瞬トモコは躊躇する。


(本当に、それでいいのか?)


(周りを巻き込まないように『嘘』まで付いた友人を見捨てていい


のか?)


トモコは意を決して、「違う」と言おうとした瞬間、他の考えが頭


をもたげる。


(停学になるのが自分だけならいいが、同じ班のメンバーも当然、


同罪で停学になるだろう。。。それでいいのか?)


(自分が停学になったら親になんて説明しよう。。。)


トモコは硬く閉じた双眸から、大粒の涙を溢れさせ、下を向いたま


ま、喉から搾り出すように、また呻く様に言葉を発した。


「それで。。。間違い。。。。。ありません。。。。」





トモコの、その様子は、その場にいた2名の教師には、どう映った


のだろうか。親しい友人から『嘘』を付かれた怒りから来る、もし


くは、悲しみから来る涙。。。そう見えたのかもしれない。。。


「貴女も辛いでしょうが、これを乗り越えれば一回り成長した自分


に出会えると信じてください。それでは、授業に戻って頂いて結構


です。」


「失礼しました。」


瞳を腫らし、下を向いたまま校長室を出て行こうとするトモコに校


長はこう告げた。


「事の真偽が確定した以上、残念ですが西野さんには退学、若しく


は自主退学のどちらかを選択してもらう事になるでしょう。」


一旦は止まりかけた涙が、再び滝の様に零れ落ちてくる。それを止


める術をトモコは知らなかった。








続く。。。



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