東西逆転!? 0 - 小鈴   様



 空に昇った太陽がだらけきって居眠りしている、老人は今日の天

気をそう評した。

 高い高い山の奥深くである。日の出の時刻から八時間が経過した

のに、視界は全く開けてこない。分厚い雲や、しつこくとどまる霧

を追い払うはずの太陽がサボっているとしか思えなかった。

老人はこの山で一番高い木のてっぺんに居座って、すばらしく白く

長い顎髭を撫でていた。十年前、長旅からこの故郷の山に戻って以

来、ずっとそうしているのである。
 
 しかし気の長い老人も、この天気には飽き飽きしているようだっ

た。

「まったく、もう半年太陽が見えん。いいかげんやんなるのう」

白い髭に隠れ、ほとんど見えない口からため息が漏れる。

 だが、老人は気づいていない。この天気は、毎日に退屈し始め、

食が細くなった自分に原因があるということを。

「…つまらん」

老人は背を丸め、霞みをついばみ始めた。

「もうあれから十年か…」

 老人は、懐中から時計のような物を取り出した。金色に輝くそれ

は旅先で知り合った親友に貰った方位磁針だった。上下にはNと

S、右と左にはEとW、と文字が刻まれている。真ん中には針があ

り、不規則にふらふら回っていた。

「早く会いたいのぅ。ロバート……」

最愛の友の名を呼んでみた。

あと三ヶ月で会えるのだが、待っている時間が長く感じるのは仙人

も変わりない。

 もう一度磁針をよく見ようとして、老人の手が滑った。
「あ……」

あわてて木を飛び降りる。地面に落ちた磁針はバラバラに分解され

ていた。

「やれやれ、じゃが、個々の部品は大丈夫そうじゃ」

老人は磁針を組み立て始めた。だが……

「ううむ、まだ外来の文字はよく分からん。Nは上でSは下!で、

あと二つはどっちじゃ?」

「………もうええわい!ロバートに聞けばいいことじゃ。それまで

は適当に……かちゃかちゃ」

‥‥こうして老人の手によって二人の少女の運命が弄ばれることに

なったのである。

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東西逆転!? 1 - 小鈴   様

《この物語は淳平達が高校二年の年の九月十六日から始まります》

 カーテンの閉ざされていない、大きな窓から無数の星が流れ込ん

でくる。だが、裸眼では視力0.1をきる少女の関知するところで

はなかった。
 
 

 ベットに横になってから約二時間、東城綾は未だ眠りにつけずに

いた。肉体的な疲労にも関わらず、得体のしれない不安が綾の睡魔

を押し退ける。

(どうしてあたし、こんなに不安な気持ちなんだろう。)

(真中君と西野さんはもう何にもないんだから‥だから!)

目を閉じて、ふとんを頭からかぶる。

(でも‥‥)



(西野さんはまだ真中君のことが‥‥好き。
そして真中君もきっと‥‥‥)

 綾はその先にある言葉をずっと恐れていた。多分屋上で初めて真

中淳平の夢を聞いてからずっと。初めてありのままの自分を受け入

れてくれる男子に会ってからずっと。




‥‥真中淳平という人間に、惹かれてからずっと。




(今夜は満月か‥‥)

窓の月の光は綾の目にもはっきり映った。

(満月の夜空は嫌だな。星の光が薄れちゃうもの。)



‥‥月は星ほど大きくないのに。

 ただ一番そばにいるだけ‥‥。



 太陽が空から星を追い出すまでに、綾は何度寝返りを打っただろ

う。

 確かなのは日の出の頃、綾は浅い眠りについていたということだ

った。









 ‥‥‥一方

「じゅんぺいくん‥‥」

 夢の中の彼に呼びかける甘い寝言。

 口元がゆるんだ幸せそうな寝顔。

 右手にしっかりと握りしめているのは苺のペンダント。

 西野つかさは、去年の今日とは比較にならない充足感に身をゆだ

ね、眠っていた。

(付き合ってる訳じゃないけど‥‥)

(あたし達まだつながってるよね!
これからも!)

 忙しくって文化祭までは会えないかも‥‥。

そんなことも今は気にならなかった。


(ただ今夜は、君でいっぱいになってたい‥‥‥)








「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ‥‥」

 聞きなれない目覚ましの音がつかさを夢の世界から引き戻した。

「うううぅぅん。」

 右まぶたをこすりながら、つかさは上半身を起こした。

昨夜の余韻に浸りながら、手のひらにある感触を‥‥‥

「えっ!」

はっとした表情になるつかさ。

「あれ‥‥‥、ペンダントは‥‥」

寝るとき握りしめていたはずのペンダントが消えていた。

 いや、その前に‥‥

「見えない!?
 どうしてっ!!」

 つかさの視界が完全にぼやけている。
 
 思わず枕元にあった黒縁メガネをかけた。

 手に取った鏡に映ったのは‥‥‥。

 

 普段はさらさらの美しい黒髪は、噴火したようにそびえていて、

普段は黒々と愛くるしい瞳は、驚きで飛び出している。

そう、その姿は‥‥‥



「東城さん!?」

 鏡に映る、自分ではない自分に向かって叫んでしまった。それ以

上は声もでず、ただ立ちすくんでしまう。

つかさは呆然として辺りを見回した。

「ここは、東城さんのへや?」






「でも、どうして‥‥‥?」


 その時、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。入ってきたのは髪

の長い美形の青年である。

「おい、姉ちゃん。なんかこんな朝っぱらから玄関に客が来てる

ぜ」

「え?あっ、本当?」

(うそお!まさかこの人が東城さんの弟さん?)

「すごいかわいい金髪の女の子。

でも、いきなり人のこと下の名前で呼びやがって。こっちは初対面

だっての!!」


(えっ、まさか!)


 つかさは突然走りだした。部屋の扉に体当たりし、廊下を全速力

で駆け抜ける。感覚だけでたどり着いた玄関に立っていたのは‥‥


 


 金色の髪はショートで、アイドル級の顔立ち。スリムな体型を桜

海学園の制服が包んでいる。

 普段は鏡でしか見るはずのない自分の姿。つかさは膝を震わしな

がら、懸命に声を発した。



「東城さん‥‥なの?」



「う、うん。そっちは西野さん?」





‥‥仙人に運命をゆがめられた二人の少女。

 奇妙な生活が今、始まろうとしている。


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