二人の秘密〜FELICIDADE(フェリシダージ)(幸せ)〜
幕間、或は幻想。
ここより先は、現実への誘い(いざない)。
しかし未だに、二人は夢現。
新たなる開幕ベルが鳴る。
第一章
Tristeza na~o tem fim Felicidade sim...
(悲しみに終わりはない幸せにはある・・・)
CARNAVAL(カルナヴァル)!
目前の扉を開ける。
濃密な帳が下り、世界は二人だけ。
幻想の世界。
二人だけの秘密。
明けぬ夜は無い。
終わらぬ祭典も無い。
覚めて見る夢。
二人だけの情景。
幸せのネクタルを飲干そう。
愛を神に誓い、永遠の時を過そう。
二人だけの真実。
FELICIDADE(フェリシダージ)!
Luz Azul (青い光)
「ただいまー」誰も居ないと解っていてもつかさは言う。
「はい、スリッパ」真中に丁重に差し出す。
「ん、サンキュ」ゆっくりとした動作で、上がりかまちへ。
真中はすーっと深呼吸する。
(西野の家の匂いだ・・・)
ここへ再び来るとは思いもしなかった。
ここに再び来れたのだ。単純に嬉しいばかりではない。
開かれた扉の中で、真中は感動に包まれる。
「お腹空かない?」つかさは居間からキッチンへ、
お茶の用意をしながら、真中に問う。
「少し空いたかな、それより西野、お風呂先にしたら?」
お互いが気遣い合う、それが自然とばかりに。
「何か作るよ、それからにするね」冷蔵庫を開けて、思案中。
「それじゃ、その間風呂の用意するよ」いそいそと向う。
それぞれの持ち場へ。尽くす事へ嬉しさを隠さずに。
真中は回想する。あの後のつかさを。
身体に力が戻ると、ゆっくりと起き上がり再び軽く抱擁する。
楚々と浴衣を着付ける。普段の変わらない彼女がそこに居た。
加減の出来なかった自分を責めず、変わらぬ微笑。
今し方、腕の中に居たのが夢の様に思える。
(もう一度触れてみたら、夢じゃ無くなるかな・・・)
好きだと言ってくれた。だが、自分がそれにちゃんと答えているのか解らない。
酷く、気付けてしまった様にも思える。
(西野、泣いてたし、何より痛そうだった・・・あんなに細くて・・・なのに)
カランから流れる湯を見張りながら、自責の念が交錯する。
安心させるには何をすべきか答えは出ない。
脳裏から離れないのは美しかった、つかさの姿だけであった。
キッチンでは鼻唄交じりに、つかさが手際よく料理を作る。
胡瓜、トマトをスライス、胡瓜は水にさらし、トマトは食感が良いように間の種を取り出し、包丁で皮を取る
卵をボールに割り入れ、塩コショウ。半熟のスクランブルエッグを作る。
サンドウィッチ用のパンを取り出し、こてこてとバターとマスタードを塗る。
スライスチーズとトマト、薄切りハムと胡瓜、半熟エッグもマヨネーズを追加して塗り、パンに挟む
角を切り落として、三種類の彩りの良いサンドウィッチが、あっと言う間に出来た。
丁度その頃計算したかの様にお湯は沸き、紅茶パックを二つティーポットに落とし入れ、湯を注ぐ。
お揃いのティーカップを並べて、レモンを用意する。
それらは真中が風呂から帰ってくるまでに終了していた。
その間、つかさから笑みが途切れることはない。
完璧(パーフェクト)であった。
真中が戻る。居間へ続く扉の前で少しでも暗い顔を見せまいと取り繕い、入る。
食卓の大皿には、彩り鮮やかなサンドウィッチ、二人分の取り皿、カバーのかかったティーポット、
二揃えの受け皿付きティーカップ、それには添えられたレモンが真中を待っていた。
口を半開き、間抜けな顔の真中。
仕方が無い、深夜のしかも短い時間で出来るものを想像していたのだ。
つかさの方が遥かに上回っている。
「淳平くん、今日はお疲れ様。早速、食べようか?今、紅茶入れるから待ってね」
どこまでも優しい労いの声。
(ああ・・・俺って・・・今迄、西野に何もしてない・・・駄目じゃないか・・・)
歪む、暖かい食卓には不釣合いな顔。
「どうしたの?眠い?先にお風呂にした方がいい?だったらパジャマの用意するね」
それ以上の気遣いは不要であった。顔を更に歪める。居た堪れない。
部屋を出ようとするつかさ。
「あっ」突然後ろから強く抱きとめられる。
「淳平くん・・・どうしたの・・・?」廻された腕に触れ、つかさは問う。
「西野・・・俺さ・・・あ・・・ありがとう・・・ううっ・・・くっふっ・・・」声は嗚咽へと変わり、慟哭へ。
つかさは向き直り、真中を抱きしめる。子供をあやす母の様に、
「うん、淳平くん・・・私もね嬉しいよ、ありがとう・・・」
真中は気付く、つかさを抱いたのではなく、ずっと抱き締められてる事に。
そして想う、こんなにも優しさが暖かいとは、こんなにも人恋しくなるとは考えてもいなかった。
この暖かさがずっと続く事を願った。
つかさの見てる前で、幾つもの青い光が頬を伝う。
泣くのは二度目、一度は別れの時、二度目は幸せを誓う祈りの涙。
真中はやっと落ちつくと、食卓に着き、二人でサンドウィッチを頬張る。
熱い紅茶がほっと一息付かせてくれる。
「ごちそうさま、すごく美味しかったよ。西野って料理上手いよな」
「うん、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。淳平くんに負けないようにがんばったから」
「俺に?俺なんか全然何もしてないよ。何も変わらない・・・」話しを変えたかった。
「それより、こんなに上手かったら西野と結婚したヤツは、幸せだろうな。」
あっという間に、つかさが赤くなる。耳もその胸元も、見えている肌全てが上気する。
「あっ」つかさの様子に気付き、真中も赤くなる。自分の言った意味に今更気付く。
「・・・ありがとう・・・食器洗うね・・・先にお風呂、入ってて・・・」
立ち上がり、顔を見せないようにキッチンへ皿と共に向う。
「いいよ、手伝うから。一緒に洗うよ。・・・その、困らせたくて言ったわけじゃないから」
必死の真中。本当にそう思うからこそ言ったのだ。
「うん・・・」これ以上何も言えない。シンクの前で俯き加減のつかさ。
少し伸びた髪がつかさの横顔を隠し、真中の視線を遮る。
表情を見ることは出来ないが、それでも見惚れる。
二人は終止無言のまま、片付けをする。言葉は要らない。
要るのは、その存在だけ、その想いだけ。
第二章へ