雪の降る日は天気が悪い 悪いはずだよ雪が降る 10. - たゆ
『眠り』
真円に近い月の下、四角い部屋に閉じ込められた孤独は弾けだす。
ただ、静かに穏やかに変化を見せず変っていく。
それは真中も、つかさも同じだった。
安心しきって深く瞳を閉じた少女はあどけない寝顔を見せて無我の境地。
自分の下には温かな肢体、柔らかな吐息。
眠れぬ夜にひたひたと本能はやってきて自我をノックする。
つかさの存在が彼を彼たらしめ、男として触れることをがんとして拒む。
真っ暗な夜道を来た邪な獣は後帰り、扉は開けられることはなかった。
すっかり深い眠りの中のつかさを置いて、真中はこの部屋の主のベットへ避難する。
ひんやりと冷たいシーツに声を出しそうになりながら、音を立てないようにスルスルと丸くなる。
下には布団の中で安らかな寝息を立てる女の子、寒くないのを確認して安心して眠りについた。
(西野、オヤスミ)
今日、これが真中の最後の言葉。
緊張と緩和を受け体が弛緩してくる頃には彼もまた深い眠りに落ちていた。
幾時間後につかさが起こすまで彼女のベットの主は彼であった。
翌朝。
つかさは寒さに目が覚める。
普段とは違う部屋の様子に自分がベットから落ちたのではと慌てて身体を起こすと、
ベットにはここにはいないはずの人が軽くいびきをかきながら眠っていた。
一瞬普段の願いが叶ったのか、或いは思いすぎてのまぼろしを見たのかと思ったりもしたが、
室内なのに白い息と、雪明りで照らされた部屋で見る男の子の寝顔を見ると昨日の出来事が呼び起こされ、
これは現実なんだとわかってきた。
そっと近づき、手の平で包むように真中の頬に触れてみる。
(あったかい、本物の淳平くんなんだ・・・意外とまつげ長いんだね・・・眉も手入れしてなさそうだけど締まってていい形だな・・・)
前髪をかき上げてしげしげ観察する。
真中の寝顔はつかさにとって初めてではない。
しかし触れようと手を伸ばすのはこれが初めてだった。
したいと思っていて本人が起きてたら決して出来ないこと、それも周りに誰もいないこの時しかない。
耳たぶの形、鼻梁の筋、おでこの大きさ、生え際の形・・・。
起こさない程度に触れて支障のない所を手で確かめてみる。
唇の形、柔らかさ・・・指の腹でゆっくりとなぞっていく・・・。
(男の子も柔らかいんだ・・・普段リップとかつけてないし固そうなイメージだったけど違うんだ・・・)
軽く開いた口から見える前歯も、貴重な陶磁器に触れるように恐る恐る確かめる。
(息があったかいな・・・歯も白くてきれい・・・あごの形もさわると見るとじゃ違うなあ)
ほっこり首あたりまで布団をかぶっている真中だが、パジャマのボタンはきちんと止めていない。
そこから胸の一部が見えている。
耳の後ろから首筋へ、そして鎖骨へ・・・白い指は飽きる事を知らない。
少女の頬が外気と同じ温度の室温の中で朱に染まっているのは好奇心だけが理由だろか。
まだ朝は開けきってはいない、大雪の日に人の気配が街を覆うには時間がかかる。
音の無い白い世界に閉じ込められた二人に誰も気付くものはいない。
白い光に満ちた世界で孤独は孤独ではなくなり、暖かさがゆびさきに灯る。
雪の降る日は天気が悪い 悪いはずだよ雪が降る 11. - たゆ
『目覚め』
君の触れたるものはなんだろうか。
冷たき指が紅く頬も朱に染まり、その鼓動も胸から飛び出さんばかりになっていると言うのに君はやめない。
眼差しは暖かく好奇心にきらめかせて、二つの手、その指先が触れようとする先には何があるのだろう。
言えるのは君の求める先は既に孤独ではないということ。
たどりつくだろうそれに想いを寄せ、今はただ指を走らせる。
鎖骨の二つの山の間を抜け、冷たき手は平らな胸に置かれる。
(いつもと違ってゆっくりだね・・・うふふ・・・淳平くんはいっつもドキドキしてるから・・・)
布団の中で暖かな鼓動を感じるとにっこりと微笑えむ。
このままだと自分の身体も触れてる真中の身体も冷え切ってしまう、そう考えてつかさは行動に出た。
布団をその華奢な身体が入れるほど小さく開けるとするりと滑りこんだ。
真中を起こさぬように控えめにちょこんと隣に入る。
(音を聞きたいな、心臓の音・・・淳平くんいいよね・・・)
ゆっくりと息を潜めてパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
完全に気を緩め熟睡する真中、時折あばらの浮く痩せぎすな胸は薄暗がりでつかさの視線に晒された。
(耳が冷たいかな・・・どうか気付きませんように・・・)
つかさの寒さで赤いのか、高揚して赤いのか、どちらとも正当な理由である赤い耳たぶが真中の胸で温められる。
冷え切った身体も幾分体温の高い男の子の布団の中で時期に温まるだろう。
しかし冷えすぎた足は近づけないようにした、真中に不快な想いをさせたくないからだ。
(安心するってこういうことなのかな・・・ゆったりとしてて力強くて・・・男の子ってすごいな・・・
それに淳平くんの匂いと私のベットの匂いが一緒にするなんて不思議・・・)
大胆とも思えるそれは、彼女自体は別に大それた事とは微塵も思っていない、受け手の真中が思うだけなのだ。
好きな人には精一杯甘えて欲しいし甘えさせて欲しい。
女の子にとって自然なそれが健康優良男子である真中にとって、その先にまで当たり前に妄想が及ぶのだから大胆と取られるのだ。
好きだからと言って最後の一線まで良いわけではない、ただ好きな人だから許せるのだ。
結果は同じでも過程が違う、その違いがすれ違わせ勘違いを生む時もあるだろう。
普通の恋人ならそういう悩みもある、未だ恋人未満なら尚更だ。
しかし大きな包容力を持つつかさの前ではこんなずれも霞んでしまうのも事実だ。
深い眠りの真中の横で心臓の音を聞くだけ、それがつかさの今の願いだ。
多くを求めない、今あるものだけを確かめる。
年頃の女の子にしてはかなり控えめなのだがそれがつかさであった。
(私の心臓の音も聞かせたいな・・・淳平くんはそれどころじゃなくなるんだろうけど・・・くすくす・・・
さて、そろそろ朝ご飯作らないと・・・ダイニングのエアコンとストーブをつけなきゃ・・・こんなに寒いと勇気いるよ〜)
真中のはだけたパジャマのボタンを戻そうと冷えた手が胸に触れる。
真中が僅かに身じろぎする、起きたのだと思い顔を見るがまだ寝ているようだ。
つかさは慌ててボタンをとめようとする。
今度は真中は寝返りを打った。
向こう側ではなくこちら側に、つまりうつぶせに・・・真中の身体の下でつかさは固まってしまった。
「はぁ・・・あったかい・・・淳平くん・・・っ・・・き・・・だよ・・・」
細い腕が男の子の幅広な背中にまわされ、
聞こえるか聞こえない程度の小さな声はシンとした部屋にも響くことはなかった。
常にある言葉なのだがつかさの心に改めて響いた。
二度三度深呼吸し気合いを入れ、真中の下から脱出を図る。
しかし熟睡中の真中は動かない。
起こさなければベットから出れない。
でも真中を起こすのは忍びないし、休日で予定もない、昼までベットで寝ていたいのも本音だ。
(このままでもいいや、気持ちいいし、でも朝のトイレも行かないといけないし・・・)
甘く甘美な欲求を抑えて朝ごはんを作ろうと動く。
「淳平くーん起きてー、起きないと鼻摘んじゃうよ!えいっ!」
ぎゅむっと鼻を一つまみ。
「・・・うっ・・・ふ・・・・・・・・・ふがっふががっ・・・ぷはっはぁあああー・・・」
「おはよう!淳平くん!」
「えっ・・・あっ・・・おはよう・・・西野?ベットだよなここは・・・いつの間に・・・」
「えへへへきちゃった、寒かったんだもん」
「それはごめんな、やっぱり寒かったよな・・・西野身体冷えてるなあ、足をもっとこっちに・・・よっと」
腰の下に手を入れ、ベットの端に申し訳程度に乗っているつかさの腰ごと足を引き寄せる。
「・・・あっ・・・」
昨晩と同じく密着し触れ合う足、温まって頬の赤みを更に増していくつかさ・・・と真中は思っている。
「痛かった?ごめんな・・・かなり冷たいなあ・・・朝だからよけいに寒いんだよな、胸の辺りがスースーするし、って・・・あれ?」
「・・・そ、それは・・・」
「うわっ、俺もしかして唯の癖うつったのか・・・パジャマのボタン全部外れてるし・・・」
「えっ、癖?」
つかさのすまなそうな顔が一瞬で怪訝そうに真中を見る。
以前唯と同居してる事はつかさは知らない。
その上に脱ぎ癖を説明するとなるとドツボにはまるのは必須であった。
何故真中は知ってしまったのか、いつから知ってるのか、見たことあるのか・・・
どれも正直に言えば引いてしまう答えなのは流石の真中でも理解していた。
「ななな、なんでもないっ、す、すぐとめるから・・・あわわわ」
やぶへびに余計な秘密までばれそうになり完全に動転してしまう真中。
対照的に柔和な顔のつかさは真中の手を止めて優しく言った。
「ボタンを外したの私なの、ごめんなさい」
「・・・えっ・・・」
「心臓の音を聞きたくてなの・・・」
「・・・西野・・・それはそのう・・・寝てる間に外したってこと?」
「うん、驚かせてごめんなさい・・・聞いてすっごく安心したし気持ちよかった・・・
心臓の音ってとっても心地いいんだよ、
トクントクンってゆったりして、私の心臓も同じリズムだろうなって
でも私ドキドキしてたから早かったけどね・・・今も少し・・・早いかな・・・」
「そうか・・・西野と同じか・・・えーと、その・・・」
「・・・淳平くん?」
「俺も聞きたいって言ったら・・・聞かせてくれるかな・・・」
「!」
つかさははっと息を呑み頭を上げたがすぐにうつむいてしまった。
突然の申し出に戸惑いを隠せない、それを真中は見逃さなかった。
しかし、拒絶の怖さと恥ずかしさで真中もうつむいてしまった。
自分の厚みのない貧相な胸が見える。
「・・・西野の心臓の音を聞きたい・・・やっぱ、だめだよな、いきなりだもんな」
「・・・いまとってもドキドキしてる・・・恥ずかしい・・・」
真中はうつむいてた顔を上げつかさを真っ直ぐ見る、首筋まで赤いつかさは真中の胸より下辺りで小さくなってしまっていた。
このまま抱きしめればすっぽりと両腕の中に入ってしまうだろう、普段見上げてばかりのつかさを小さく感じた。
もっと側にいたい、存在を感じたい、見上げるのではなく見詰め合いたい。
昨夜の感触も蘇えり、この上もなくいとおしく思えた。
等身大の女の子がそこにいる。
「・・・そのドキドキを聞きたい・・・無理だったらいいからさ・・・」
「・・・うん・・・大丈夫・・・私も・・・聞いて欲しいし・・・」
静かな冬の朝、首も胸も見えるところを紅く上気させて二人は一つのベットで沈黙する。
次の言葉が怖いのではなく、待っているのでもない、言葉が要らなくなった瞬間なのだ。
孤独は沈黙し、しなやかな想いが交錯する。
NEXT