ichigoWAR-9 - takaci
様
(俺までここにいてもいいのかなあ?)
平一は自身の現状をそう感じていた。
黒川が連れてきた3人の有名OBたちは部室の雰囲気を大きく盛り上げ、平一の心もそれに乗った。
その後、先ほど観た映画の翌年に撮られた作品までも観ることになり、今から角倉が教壇に立ってその映画について話を始めようとしているところだ。
(さっき観た映画もよかったよなあ。さらに有名監督の話まで聞けるのは贅沢なのかもしれない)
(でもやっぱ、映研部員じゃない俺が聞いてもいいのかなあ?)
そんな思いを抱きながら、平一は角倉の話に耳を傾けた。
「あー、君たちにはまず見方を変えて欲しい。真中の作品を見て『悔しい』とか『俺もこんな風に撮りたい』とか思って欲しい」
「真中なんて俺から見れば大した人間じゃない。こんな奴でも俺が撮った作品観て『悔しい』って思ったんだ。俺から言わせりゃ生意気だが、心意気だけは買ってやる」
「角倉さん!!」
淳平はすかさず突っ込みを入れた。
「ん〜でもまあ、真中がここで撮った映画の出来は認めてやる。でもそれは真中ひとりの力じゃなくて、協力者がいたからだ。俺の時はそんな人間いなかったから、そこが俺と真中の力の差だな」
「ほお、その言い方だとまるでお前の時代はひとりの力で全て作り上げたみたいに聞こえるな」
ここで黒川が意味深な突っ込みを入れる。
「だって事実じゃん。栞ちゃんも被写体になってくれただけで協力らいしいことはしてくれなかったじゃん」
「私もちゃんと影でお前を支えていたぞ。それに協力者も募った」
「あれは募ったんじゃなくって、命令に従わせたって言うんだよ。そんなんでよく教師が務まるねえ」
「お前だって人の使い方が分かってなかったぞ。そんな人間が監督と呼ばれるなんて笑わせるな」
「へ〜え、栞ちゃんはそんな風に思ってたんだ。具体的にはどんなことだったのか聞かせて欲しいよなあ?」
「私も命令などした覚えはないな。角倉がどこをどう捉えたのかお前の口から聞きたいな」
やや、いやかなり緊迫した空気に包まれる三十路の男女。
その異様な緊張感は高校生の男女たちにも十分伝わってくる。
しばらくの静寂の後、
「あの、それくらいにしたほうが・・・意味のない争いは何も生みません・・・」
綾が遠慮がちに切り出した。
「・・・ふっ、そうだな。ここで昔話をしても無駄なだけだ」
「・・・だね。栞ちゃんと古傷を蒸し返しても何の意味もないよね。さあ、じゃあ話を元に戻しますか」
角倉は改めて生徒たちと向き合い、話を仕切り直した。
このとき、ほとんどの生徒たちが『古傷、聞きたい!!』と思っていたのは言うまでもない。
そして、なんだかんだで角倉の話は終了。
ほとんどの部員たちは角倉と黒川を囲んで、いろんな質問を繰り返している。
どうやら『古傷』に関心を持ったようだ。
平一と美奈はやや離れて、その様子を窺っている。
「なあ、部外者の俺があの人の話を聞いてもよかったのかなあ?」
「別にいいんじゃない?あたしだって部外者だし」
「そう言われりゃそうだな」
「でもやっぱり、有名な人の話は凄いね。いろいろ勉強になる」
「そうだな。俺には細かい技術の話はぜんぜん分からなかったけど、根本的に発想が違うって感じた」
「あたし、東城先輩といろいろ話してみたいな。いくつか小説も読んでるんだよね」
「じゃあいい機会じゃない。いくら先輩とはいえ有名人なんだから、こんなチャンスはめったにないと思うよ」
「でもちょっと気が引けるって言うか・・・中山くんも一緒にいてくれない?」
美奈はやや恥ずかしさと緊張が織り交ざった表情で平一にそう頼んだ。
「ああ、それくらい別にいいよ。じゃあ行こ・・・って、あれ?」
美奈の頼みを承諾した後に綾のいる方に顔を向けると、
「右島先生と、真中先輩、東城先輩?」
この3人がとても仲がよさそうに話している姿が目に飛び込んできた。
(この3人って知り合いなの?でも確か右島先生ってこの学校の出身じゃなかったはず・・・)
そんな疑問を抱きながら、平一たちは3人のもとへと寄って行った。
「右島お前・・・こんな所でこんな形で再会して驚かせた挙句に、いきなり結婚の案内かよ!」
「しかも相手があの向井さんなんて・・・あ、おめでとう右島くん!」
淳平と綾は右島が持ってきた招待状を手に取りながら、思いっきり驚いた表情を浮かべている。
「まあふたりとも忙しいだろうから、もし時間が空いてて気が向いたら来てくれよ」
やや照れくさそうに右島はそう言った。
「なに言ってんだよ!俺絶対行くから。なあ東城!」
「うん。本当におめでとう右島くん!」
「あ、あの・・・」
(((ん?)))
3人は声のほうへ顔を向けると、遠慮がちな表情を浮かべている平一と美奈の姿が目に飛び込んできた。
「あ、お前は・・・」
右島は平一のことを思い出す。
「あの、右島先生ってこのおふたりと知り合いなんですか?」
「ああ、高3のとき同じ塾だったんだよ」
「あ、塾ですか。確か右島先生ってこの学校出身じゃないって聞いたことがあったんで・・・」
平一の疑問が解けていく。
「真中くんと右島くんとあたし、あと右島くんの奥さんになる人も同じ塾だったんだ。奥さんはさっき観た映画の撮影にも関わってたんだよ」
綾は笑顔でふたりに説明した。
「あ、そうなんですかあ。あの東城先輩の名演技に関わってるんですね!」
綾の言葉で美奈は目を輝かせる。
「カミさんはその頃真中にどっぷりで、その後に捨てられたんだよ。まあ結果的にはこいつが捨てた女を俺がもらったとも言えるかもな」
ここで右島は皮肉&爆弾発言を真中に向けて放った。
「「「えええええええっっっっっ!!!!!」」」
派手に驚くのは平一、美奈、綾の3人。
「ちょっと待て!?それ絶対間違ってるぞ!!」
素早く、とても慌てた表情で突っ込みを入れる淳平。
「何が違うんだよ、ああ?」
対する右島は余裕の笑みを浮かべている。
「そもそも俺はこずえちゃんと付き合ってない!だから捨てたなんて言葉はおかしい!!」
「でも好かれてたのは知ってただろ?それで他の女と付き合い出したってんなら、あながち間違った言い方じゃねえんじゃねえか?」
「うう、まあそう言われると・・・でも!!」
淳平は必死に反論しようとするが、上手い言葉が出てこない。
そこに綾が助け舟を出した。
「その・・・捕らえ方は人それぞれで、それに今は右島くんと向井さんが結婚して、真中くんは西野さんと付き合ってるんだから、それでいいんじゃないかな?」
とりあえずこの場を取り繕おうとする。
「ま、それがもっともだな。俺にしたって今さら蒸し返す気もねえがな」
右島も余裕の表情のまま引き下がった。
「まったく・・・後輩の前だってのにそんなこと言うんじゃねえよ。久しぶりに嫌な汗が出たぞ・・・」
額に噴出した汗を手で拭う淳平。
「あ、真中くんよかったらこれ使って」
綾はハンカチを差し出した。
「お、ありがと」
淳平は笑顔でハンカチを受け取る。
「やましいことがあるから嫌な汗が吹き出るんじゃねえか?」
淳平をさらにからかおうとする右島。
「コラお前だからやめろって!!」
「冗談だよ。でも自分にも他人にも甘いというか優しいというか、真中のそーゆー点は変わってねえな。高校時代のままだ。ははははっ!」
そして右島は笑い出した。
「ふふっ、そうだね。人に優しい真中くんはあの頃からずっと一緒で変わってないね。ふふふふっ!」
綾も笑顔で笑い出す。
「なんだよふたりとも・・・俺は褒められてるのか貶されてるのかわかんねえよ・・・・でもまいっか。はははっ!!」
ハンカチで汗を拭いながら、釣られて笑い出す淳平。
その光景がおかしくて、平一と美奈も笑い出した。
その場一体が笑いに包まれる。
だが平一は笑いながらも、
(こんな話まで、マジ聞いてよかったのかなあ?)
と心の奥で小さく感じていた。
そして時は経ち、夕方の商店街。
鶴屋の前で談笑をしているつかさとひとみの姿がある。
普段、つかさは料理人の白い服を身にまとい、ひとみは私服にエプロン姿の仕事着姿をよく目にする。
だが今日の仕事が終わったつかさは私服で、バイトのないひとみは制服姿だ。
ケーキ屋の角で、たわいもない会話を交わす美女ふたり。
本人たちは気にしていないが、とても絵になっている。
「よっ、つかさおまたせ!」
そこに淳平が笑顔で現れた。
「おそいっ!5分の遅刻で減点10!!」
つかさはやや頬を膨らませながらも、笑顔でそう返す。
「俺、いまいちその点数基準が分からないんだけど。毎回バラバラだよなあ・・・」
「当たり前。だってそのときの気分で付けてるんだも〜ん」
そう言いながら、淳平の胸に小さな額をこつんと当てた。
つかさは周りの目を気にせずに、淳平とべったりすることが多い。
それが、つかさなりの愛情表現なのだろう。
淳平もだいぶ慣れたが、状況によっては戸惑うこともしばしばある。
そして今日は・・・
「む?」
胸の中で、つかさが小さな声をあげた。
「ん、どうした?」
「女の人の移り香がする。減点50・・・」
一気に不機嫌になるつかさの声。
「あ、ごめん。そういえばさっきハンカチ借りたから、たぶんそれだな・・・」
「しかもこの香り・・・ひょっとして東城さん?」
「カンがいいっつーか何つーか・・・そうだよ。さっきまで泉坂高校で、角倉さんとも一緒だったんだよ。黒川先生に呼ばれてな」
「さらに減点60・・・」
身体を離し、上目遣いで頬を目いっぱい膨らませて怒るつかさ。
だが淳平はさほど慌てていなかった。
「おいおいそれじゃマイナス・・・ってかいつもだけど、なんで俺と東城が一緒だとそこまでやきもち焼くんだよ?」
「だって・・・」
「何度も言ってるけど、今の俺と東城は仕事の付き合いだけ。昔は昔で今は今。だから毎回そんなに不機嫌になるなよ、な!」
優しく悟らせるように淳平はつかさにそう語る。
その言葉が、つかさの心にある大きな影に光を当てた。
「じゃあじゃあ、あたしは淳平くんの愛の言葉が聞きたいなあ♪」
笑顔になり、つかさは『甘えんぼ駄々っ子モード(筆者が勝手に命名)』に突入した。
こうなると、つかさは淳平への愛情が一定レベルに達するまで周りの目を一切気にせず、ラブプリーズ状態を続ける。
そしてそれを悟った淳平は、戸惑いの心を理性で押さえながら、つかさへの愛情を言葉に表した。
「ああ。俺はつかさを心の奥底から愛してる。つかさはかけがえのない、大切な人だ。だからその笑顔を絶やさないでいて欲しい!」
毎回小さなニュアンスは異なるが、これをまず言わされる。
淳平としてはやや恥ずかしさがあるものの、本心をストレートに表しているだけなのでさほど苦にはならない。
ただ、『大切な言葉を軽はずみで連発する』ことに若干の危機感を感じてはいた。
そしてその言葉を貰ったつかさは、
「うんっ!!淳平くんだ〜い好きっ♪」
淳平の首に両腕を回し抱きつき、そのまま唇にキスをする。
約3秒・・・
そして唇が離れると、
「じゃあ今夜はいっぱいいっぱい甘えさせてね♪朝までに淳平くんにあたしの香りをたっぷり染み付けちゃうからっ♪それでプラス200点!!」
笑顔で淳平の身体をぎゅっと思いっきり抱きしめた。
これにて『甘えんぼ駄々っ子モード』はひとまず終了。
これを喰らった淳平の鼓動は一気に高まるが、何度か体験しているので上昇率は幾分小さくなっている。
そして冷静さを取り戻すと、笑顔でつかさに語りかける。
「つかさ、お前の気持ちはすげえ嬉しいけど、ちょっと場所をわきまえろよなあ」
「別にいいじゃない。この商店街の真ん中だし、ここはあたしたちのこと知ってる人ばかりだよっ!」
「でもなあ、いくらなんでも高校生の女の子の目の前はさすがにちょっとまずくないか?」
「あ・・・」
つかさは先ほどまでおしゃべりをしていたひとみの存在をすっかり忘れていた。
振り向くと、ひとみは顔を真っ赤にして戸惑いながら固まっている。
「あ・・・ひとみちゃんゴメンね。つい思わず大人の会話が・・・」
申し訳なさそうにひとみに向けて小さく頭を下げるつかさ。
「まあ、つかさの甘えんぼはいつものことだからあんま気にしないで。話半分だと思ってていいよ」
淳平もひとみの緊張を解きほぐそうとする。
「あ・・・は・・・はい・・・」
だが、高一女子には十分に刺激が強すぎる光景だったようで、なかなか顔の紅潮は引かない。
「じゃ、じゃあひとみちゃん、またね!」
気まずさから逃れるように、つかさは淳平の手を引いて、その場を後にした。
面倒見の良いつかさにしては、らしくない行動。
だが、それも仕方ない。
淳平とのひと時は、今のつかさにとって至福の時。
心も身体も、だれにも邪魔されたくはない。
そして今、その時を脅かそうとする脅威を少しずつ感じる。
正直、ひとみをかまっている余裕はない。それを前にしては・・・
淳平の言葉を信じないわけではない。
理屈では説明しきれない。
ただ、つかさの直感が、小さな危機を感じていた。
いくら仕事のみとはいえ、淳平の近くにいる綾の存在を・・・
その危機に打ち勝つには、ただ目いっぱい淳平を愛するのみ。
淳平に対し、ストレートに自身の愛をぶつけていく。
そして、淳平との絆をより深める。
つかさはそう信じ、淳平と過ごす時間にどっぷりとのめり込んでいく。
ただ、それが正しいと信じて・・・
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