ichigoWAR-10  - takaci 様





日本列島は雨の多い梅雨の季節が明け、真夏日が続いている。


ここ数年の夏の暑さは厳しさを増し、日が落ちても気温はなかなか下がらない。


特に人口の多い都市部では発熱量も多く、一晩中厳しい暑さが続く。





都内の旧いワンルームマンションの一室。


夜が明け、朝日の光が薄いカーテンを通して射し込んでくる。


旧い造りで何の変哲もない部屋が、どこか幻想的にも感じる。


そう思わせるのは、ベッドに横たわる美しい美女の肢体。





「… … … … …」


つかさの意識はぼんやりとしており、その瞳は焦点が定まっていない。


部屋は旧いが空調はしっかりしており、外界の暑さは感じられない。


だが、つかさの身体はやや熱を帯びている。


ほぼ夜を徹して交わされた、最愛の人との『愛の営み』の余韻に浸るつかさの意識とその身体。


つかさにとって至福のひと時・・・





「はい、コーヒー」


淳平は幸せそうな表情を浮かべながら、つかさ愛用マグカップを差し出す。


「うん・・・」


つかさはぼーっとしたまま、マグカップを両手で受け取り、静かに口を付けた。


コーヒーの熱と味が軽い刺激を脳に与え、つかさの意識はやや鮮明になる。


そして、自然と笑みがこぼれた。





「ん、どうした?」


同じコーヒーが入ったカップを持つ淳平が、その笑顔に気付く。


「・・・淳平くんの味がする・・・」


「え?いつも飲んでるコーヒーだよ。なんか違う?」


「ううん。コーヒーじゃない別の味が広がるんだ。あたしの身体の中は今、上から下まで白い淳平くんに満たされてるんだなあって思って・・・」


「上ってことは、要はアレの味ね・・・でも昨夜は今まででは過去最高だよな・・・」


「だよね。あたし、このまま出来ちゃってもいいかなあなんて思ってたりして・・・」


「えっ・・・」


「淳平くんは嫌なんだろうけど、あたしはべつにそれほど・・・あ、ちゃんと大丈夫な日だから、たぶんそれは無いから安心して」


つかさは戸惑いの表情を浮かべた淳平に向けて笑顔を見せる。





(… … … )


やや繕ったように見えるその笑顔が、淳平の小さな決意をより確固たるものにした。


「…俺、ちゃんとその覚悟あるつもりだから・・・」


「えっ?」


今度はつかさが戸惑いの表情を浮かべる。


「俺の理想はもう少し先だけど、もし昨夜の結果で出来ちゃったらそんなこと言ってられないし、逃げる気も毛頭無い。そのときはきちんとケジメつけるよ」


「淳平くん・・・」


「だから、つかさもそんなに不安になるなよ。俺はつかさから離れないからさ!」


そう話す淳平は、とても澄んだ笑顔を見せていた。






その笑顔がつかさの心を揺り動かした。


マグカップをベッド横の本棚に置き、


「淳平くん、ハグ・・・」


両手を広げ、抱擁を求める。


「ん?」


淳平は手に持つマグカップをつかさのカップの隣に置き、ベットに腰掛けた。


そして、つかさの白い身体を両腕で優しく抱きしめる。


「つかさ、大好きだよ」


「無茶言ってばかりでごめんね。あたし欲張りでワガママだから、淳平くんに愛をいっぱい求めちゃって・・・」


「うん・・・」


「これから大事な映画のお仕事があるのに、あたしのワガママに付き合ってくれて・・・ホントありがとう」


「俺もつかさが大切だ。俺の仕事に東城が絡んでて一緒に仕事はするけど、あくまで仕事だけだからさ。つかさを悲しませるようなことは絶対しないよ」


「うん。あたしとってもホッとしてる。淳平くんの気持ち、ホント嬉しい・・・」





淳平は今日これから、人生初の本格的な映画監督の仕事で田舎の町に数日出掛ける。


そしてそこには、今回の映画の仕事を斡旋した綾もやってくる。


いくら仕事とはいえ、つかさの目の届かない所で淳平と綾が急接近する。


大きな不安に包まれたつかさの心。


それを解消するために、ふたりは淳平が現在住んでいるこの部屋で一晩中愛を確かめ合った。


淳平は一晩で片手以上の愛をつかさの身体に放った。


それでつかさの不安はかなり治まり、ほぼ全て幸福で一杯になる。


そして心の中に残った僅かな黒い影を先ほどの言葉で消し去った。


朝日が差し込む中、淳平の腕の中でつかさは心身ともに幸福に溢れ、今まで感じたことのないほどの大きな幸せに包まれていた。





しばらく後、


淳平は身支度を整え、小さな旅行鞄を手にとって仕事へと向う。


「つかさは今日休みだろ。昨夜はほとんど寝てないから、ひと眠りしてから帰ったら?」


「うん、そうする〜。ついでに掃除と洗い物も済ませておくから〜」


角倉の事務所に籍を置くようになってから、淳平の生活は不規則になった。


それは仕事がら仕方の無いことだが、深夜の帰宅が連日のように続くと両親はいい顔をしなかった。


そのような事情があり、家賃の安いこの旧いワンルームの部屋で生活をするようになった。


男の一人暮らしは部屋が散らかるケースが多いが、淳平の部屋はかなり整頓されている。


実はつかさもこの部屋の合鍵を持っており、週に何度か訪れては掃除、洗濯を行っているからだった。


「ありがとう。じゃあ俺行くから」


「ゴメンねベッドの上からの見送りで。一晩で体力使い切っちゃったみたいで、いま立てないの・・・」


「時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり休んでから行けよな」


淳平は笑顔でそう話すと、狭い玄関へと向っていく。


「帰ってくる日と時間が分かったら連絡ちょうだいね。あたしもまた来るから」


つかさは淳平の背中に向けてそう告げる。


「ああ、じゃあ行ってきます。戸締りだけはちゃんとしといてよな」


「いってらっしゃ〜い。気をつけてね〜」


つかさはベッドの上から力なく手を振り、淳平を見送った。





ガチャン。


ガシャ。


鉄の扉が閉まり、外から鍵がかけられた。





「ふう・・・」


ひとりになり、気が抜けた。


そして体力を失った肉体は、自然と睡魔を呼び起こす。


「・・・寝よ・・・」


淳平のベッドの上で淳平の枕を使い、淳平の布団をかける。


これが淳平に包まれているような感覚を呼び起こし、とても落ち着いた気分になる。


(あたし・・・淳平くんの帰りをちゃんと笑顔で待ってるから・・・)


(・・・お仕事・・・頑張って・・・)


(・・・  ・・・   ・・・   )


幸福で満たされたつかさの心は大きな安心感を生み出し、つかさを深い眠りへと誘った。


寝息を立てているその表情は、とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。





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