ichigoWAR-8  - takaci 様




「ふわああああ・・・」


朝の通学路。


平一は大きなあくびをしながら、眠そうな目でとぼとぼと学校に向う。


(昨日はぜんぜん寝れなかったな・・・こんな調子が続くとまずいよな・・・)


昨日、ひとみを泣かせて密着したことがずっと尾を引き、なかなか寝付けなかった。


平一はそんな自身の現状に確かな危機感を抱きつつあった。





「中山くん、おはよう」


「あ、おはよ東山・・・」


後から美奈が寄ってきた。


「眠そうだね。昨日は遅くまでプラモ作ってたの?」


「いや、最近触ってない。なかなか組む気力が沸かなくて・・・」


「そうやって、どんどん積んでいくんだよね?」


「東山、それ言わないで・・・」


美奈の言った『積む』と言う言葉は、モデラーにとっての栄誉でもあり、また屈辱でもある。


要はプラモを買って作らずにそのまま放置し、それを繰り返してドンドン未組立プラモの箱を積み重ねていくことを指す。


『積む』は収集家にとっては栄誉だが、きちんと組む人にとっては屈辱にも感じる。


平一の部屋にも手付かずの未組立プラモが複数あるのだが、一応『組む人間』を自負している平一にとっては好ましくない状況だ。


それを美奈に指摘されたのは、少し心が痛かった・・・





それはさて置き、男女ふたり仲良く会話しながら登校する微笑ましい光景を見せるふたり。


楽しくしゃべりながら下駄箱で上履きに履き替え、教室へと向う。


当然のごとく、ふたりの姿は多数の生徒が見ており、クラスメートも見ている。


普通なら『おはよう!』と挨拶くらいするのが普通だが、誰も寄って来ない。


一般生徒には、ふたりの周りの空気は『なかなか入り込めない空間』と感じさせるほどだった。


そこまで親密な空間に入り込めるのは、強い意志を持った者のみ。





「平一くんおはよっ!!」


前から元気な女の子の声が聞こえる。


思わず見ると、ひとみが元気いっぱいの笑顔で見つめていた。


「お、おはよう・・・」


「あ、大西さんおはよう・・・」


平一は驚きの表情で、美奈はやや緊張した表情で挨拶する。


ひとみは美奈に軽く挨拶したあと、平一の目の前に寄ってきた。


「ね、平一くん映画観に連れてってよ♪」


「え、映画!?なんでいきなり・・・」


突然の申し出に戸惑い、やや不快な表情が出る。


するとひとみは、


「・・・昨日泣かせた後、『何でもお詫びするから』って言ってくれたじゃん・・・」


うつむき、やや暗い口調でそう話した。


またまた思いっきり慌てる平一。


「あ・・・それはその・・・いや確かにそう言ったかもしれないけど・・・でもそんなんでいいの?」


「うんっ!でもつまらない映画はダメだよ。映画と時間は平一くんに任せるから。じゃあ楽しみに待ってるからねっ!」


まるで一陣の風のごとく訪れ、去っていくひとみ。





そしてその風の影響をモロに受けたのが、美奈だった。


「ねえ中山くん・・・泣かせたって・・・何?」


とても悲しそうな表情で、絞り出すような声で平一にそう尋ねる。


「あ・・・いや違うんだよ。実は昨日・・・」


平一は昨日の帰り、ひとみのバイト先で偶然出会ってそこでの経緯をかいつまんで話した。


「じゃあ、そのパティシエの西野さんの話をしてる最中に、大西さんは泣いちゃったんだね?」


平一の説明を聞いて美奈の悲しげな表情は消し飛び、柔軟かつ明晰な頭脳はそのときの状況を素早く理解していく。


「ああ。今よくよく考えると俺が泣かせた理由もよく分からないし、そもそもなんで俺が泣かせたことになったのかなあ?」


逆に平一は冷静になることで当時の状況に疑問を感じる。


「けど約束したなら仕方ないじゃないんじゃないかな。でも西野さんか・・・ひょっとして・・・」


美奈はふと考え込んだ。


「あれ、東山も西野さんのこと知ってるの?」


「うん。ねえ、さっきの映画の話だけど、ちょっとあたしに考えがあるんだ。いいかな?」


「え、なに?」










そんなこんなで時は経ち、今は放課後。


「映画ってここの映研が作ったものなの?それ面白いのお?あたし映画館で平一くんと観たかったんだけどなあ・・・」


映研の部室でひとみはややふくれっ面でそう話す。


「そう言うなよ。一般生徒はあまり見れない作品で、しかも東山も含め、この映研いち押しの作品だぜ。絶対に面白いって」


平一がそう言うと、部室にいる数人の映研部員も大きく頷いた。


「ふ〜ん、まいいけど。で、どんな作品なの?」


ひとみは美奈に映画の内容について尋ねる。


すると美奈は、とても嬉しそうな笑顔で語りだした。


「ねえ、大西さんってパティシエの西野さんと、ここのOBの真中先輩のこと知ってるよね?」


「うん!あたしのバイト先のすぐそばに西野さんが居るケーキ屋さんあるもん。西野さんとはよく会ってるし、真中さんとも会って話したことあるよ!」


この言葉で、映研部員たちは小さなざわめきに包まれた。


「な、なに?」


戸惑うひとみ。


「今から観る映画ね、高校時代の西野さんがヒロインとして出演してるの。主役と監督は真中先輩よ」


「ええっ!?」


「映研部員にとって西野さんも真中先輩も伝説的な人なの。そのふたりと知り合いなんて、大西さんってすごいんだからね」


美奈はそう話すと、DVDをプレイヤーにセットした。


映研部員によって部屋のカーテンが閉められ、明かりが消される。


暗い部屋の中、ディスプレイ画面が放つ映像の光がひときわ目立つ。


その、光に引き込まれるかのごとく、皆は映像が繰り出す魅力的な映画の世界に引き込まれていった。











そして映画は終了。


部員によってカーテンが開けられ、差し込む光がまぶしい。


「大西さんどう?面白かっ・・・」


「これいいよ!これならひとみちゃ・・・」


「「!!!」」


美奈、平一揃ってひとみに声をかけようとして視線を向けたら、共に驚いた。


ひとみは目から大粒の涙を流し、感動に浸っているようだ。


「「あ、あの・・・」」


二人揃って、かける言葉が見つからない。





「平一くん、東山さんありがとう。この映画すっごくよかった・・・あたしすっごく感動した・・・」


「あたしにとって真中さんと西野さんって理想のカップルなの・・・あのふたりの共演が観れて・・・ホント嬉しい・・・」


涙の量は昨日とは比べ物にならないほど多く、それが感動の大きさを物語っている。


「うん・・・俺もとてもいい映画だったと思った。同じ高校生が作ったとは思えなかった」


平一もこの映画の出来は素直に驚き、心惹かれるものがあった。





ひとみの顔はしばらく涙でくちゃくちゃだったが、可愛らしいハンカチで涙を拭うとすっと笑顔で立ち上がった。


「平一くん、東山さん、映研の皆さん、今日はホントありがとうね!!」


学年1のアイドルが振りまく笑顔に、今日は潤んだ瞳が加わっている。


平一&映研男性陣の心は大きく惹きつけられた。


「あ、ああ・・・気に入ってくれてとてもよかったよ・・・」


この笑顔に対する耐性がやや出来つつある平一は何とか平常心を保った。


だが映研部員たちはそうは行かない。


「これから他の映画観ようよ」とか「ぜひ映研に」とか言いながらひとみに寄り付く姿は、やや平常心を失っているようにも見える。


そんな映研部員に寄り付かれそうになっているひとみだが、笑顔で軽くあしらった。


「みんなありがとう!でもあたし、急に西野さんに会いたくなっちゃった。だからあたし行くね!!今日はホントありがと!じゃあまたね♪」


笑顔を振りまきながら、素早く映研の部室をあとにした。





ひとみが居なくなったことにより、映研男性陣は落胆の色を見せる。


女性陣はひとみの勢いに驚きつつも、不思議と腹は立ってないようだった。


美奈も笑顔で上機嫌のように見える。


(とりあえずひとみちゃんも満足したみたいだし、今日はこれで終わったのかな?)


平一はそう感じていた。










だが、今日の本番はここからだった。


ひとみが部室から出てしばらくした後、映研顧問の黒川が部室に入ってきた。


「おい、また昔の作品観て劣等感に浸ってるのか?」


いきなり厳しい口調でそう話す。


「先生違いますよ。今日は文芸部の子に頼まれて作品見せてあげたんですよ」


「それにいい作品は何度観ても勉強になるんです。俺たちにこれと同レベルの映画作るのは無理だとしても、少しでも近づけるために・・・」


次々と反論する映研部員たち。


その部員の様子を見て、呆れる黒川。


「全くお前らは・・・最初から『無理』とか言っててどうする。こいつらが現役の頃はそんな弱音は吐いてなかったぞ」


「え、こいつらって?」


映研部員の一人がそう尋ねると、


「お前らにちょいとカツを入れるためにOB、OGに来てもらったんだ。入ってきてくれ」


黒川が呼ぶと、3人の男女が入ってきた。





「うおーーーー!!!!!」


「きゃーーーっ!!!!!」


「すげええええ!!!!!」


次々と歓声をあげる映研部員たち。





(この人、さっきの映画に出てた監督の人・・・真中さんだっけ)


(それとあとのふたり、ひとりは若手の映画監督でテレビでも見たことある。あとこの美人は、確か有名な小説家だったはずだ)


映画監督    角倉周


同じく映画監督 真中淳平
 

美人小説家   東城綾


この3人の出現により、部室のボルテージは一気に沸騰した。





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