ichigoWAR-6 -
takaci 様
つい昨日まで、周りは平一を避けていた。
だが、その状況が一変する。
原因は昨日の「告白騒ぎ」だ。
真相を確かめようと、友人はもちろんクラスメートは平一と美奈を取り囲んだ。
「中山!学年ナンバー1のアイドルに告られた気分はどうだ!?」
「やっぱ危機を救ったナイトには惹かれるもんだよなあ。無茶した甲斐があったな!!」
「で、どうすんだよ!?やっぱ付き合うんだよなあ!?昨日は答えなかったって聞いたけどなんでだオイ!!」
友人であろうとなかろうと、クラスメートはもちろん、他のクラスの人間までもが平一に質問してくる。
なんといっても平一に告白したのは、その可愛さから学年ナンバー1のアイドルと称される大西ひとみである。
1年男子はもちろん、ここ高校の男子生徒なら告られれば即答OKほぼ確実の相手だ。
だが平一は即答しなかった。
「ごめん、その気持ちすげえ嬉しいけど・・・今すぐには返事は出せない。だから少し・・・待ってくれないかな?」
ややもったいないという思いはあったが、それが現在の平一の素直な気持ちであり、逆にその場で振られるのを覚悟した言葉である。
だがひとみは、
「じゃあそれなら、恋人候補ってことならいいのかな?」
と、笑顔で再度聞いてきた。
「え・・・でもそんなんでいいの?」
逆に平一が不安になる。
「ぜんぜんOK。じゃあ今日これから恋人候補ってことで色々いっぱいお話しようね!!」
まさに「圧倒される笑顔」で答えるひとみだった。
この笑顔が「アイドル」と呼ばれる所以だろう。
その後は「平一くんまたね!」と軽く笑顔で挨拶して立ち去る。
さらに美奈にも「これからよろしくね」と挨拶した。
だが、この時のひとみの表情と口調にはやや厳しさが感じられた。
これは目撃者の談である。
このような状況から総合して、平一は『美奈とひとみのどちらかで迷っている』という推測に多くの人が導かれる。
ここ最近は平一と美奈のふたりが行動を共にしているのは多くの人が見ている。
『平一と美奈はもう付き合っている』と思っていた人間も少なくない。
とにかくふたりの周りは大騒ぎになった。
「なあ中山、東山のどこがいいんだ?俺なら絶対大西だぜ!」
「東山さん、強力な恋のライバルが出現しちゃったねー♪」
「おまえら付き合ってたんじゃないの?てっきり『山コンビ』だとばかり思ってたけど・・・」
「中山!お前は東山と付き合え!そうなれば学年一のアイドルひとみちゃんはフリーだ!多くの男の希望を奪うな!」
「東山さん頑張ってよ!女は見た目じゃないってことをみんなに教えるのよ!!」
とにかくいろんな声がふたりに向けて降りかかってくる。
平一はしばらく耐えて、適当に相槌を打っていたが・・・
それも限界が来る。
「みんなうるせぇ!!」
いきなり怒鳴った。
それで周りはいきなり静かになった。
『平一はキレたら恐い』というイメージが周りの皆に浮かぶ。
平一にとっては先日まで心を痛めていた要因だが、今は都合がよかった。
そして美奈の手を取り、群衆の中心から抜け出して教室から出て行く。
周りの皆はしばらくポカンと静まり返ったが、
「ヒューヒュー!!いいねえ♪」
「これで山コンビ決まりかあ!?」
「いーや東山じゃひとみちゃんに敵わないと思うねえ!どっちにしても面白くなってきたぜ!!」
「彼氏かあ・・・東山さんいいなあ!」
「今度美奈ちゃん捕まえていろいろ細かい話聞こうよ!女だけでね♪」
「中山・・・羨ましすぎる・・・」
また再び騒ぎ出した。
そして群衆から抜け出したふたりは屋上まで駆け上がってきた。
幸いここならほかに誰も居ない。
「はあはあ・・・東山ごめんな、ヘンなことに巻き込んじゃって・・・」
「うん・・でも・・・あたし大丈夫だから・・・」
息を整えながら会話をするふたり。
やがて呼吸が落ち着くと、美奈から切り出した。
「ねえ、なんで昨日答えなかったの?」
「えっ?」
「だって大西さんかわいいし、同性のあたしから見ても魅力的だと思うな。だから何で答えなかったのか・・・ちょっと気になって・・・」
そう話す表情はとても辛そうに、やや強がっているように見える。
まるで本心を隠しているかのような・・・
(東山・・・俺は・・・)
その姿は平一に迷いを生ませた。
(俺の予想は当たってるのかな・・・でももし違ってて、今の関係まで壊れるのは・・・)
どうしても恥ずかしさと恐怖が先に出てくる。
(でも、それじゃ先に進めない。どんなに恐くても、良くも悪くも確かめなきゃ!)
ひとりの少女の辛い表情が、ひとりの少年に小さな決断を促した。
「俺が答えなかったのは・・・その・・・正直東山が気になってさ・・・」
「えっ?」
「俺って自他共に認めるオタクで、女の子には縁がないって思ってた。俺と話が合う女の子なんて絶対現れないだろうって思ってた」
「・・・」
美奈は平一の横顔をじっと見つめながら、発せられる言葉に全神経を傾けている。
「でも東山と出会って、東山は俺の価値観を理解してくれて、話も合って・・・東山と一緒に過ごす時間とても落ち着くんだ」
「俺ってまだ恋愛はよく分からない。だから女の子を好きになるって気持ちもよく分からない。だからそれじゃ付き合えないと思うんだ」
「確かに大西はかわいいよ。でもそれだけで、他はよく分からない。だから返事なんて出来ないし、それに・・・」
ここで言葉が詰まる。
「それに?」
美奈は思わず聞き返した。
「・・・ただ・・・今は東山と過ごす時間を失いたくないって思ったんだ・・・」
「これ、マジで俺の素直な気持ち。軽蔑するかもしれないけど、マジで素直な気持ちだ」
「メチャ勝手な俺の希望だけど、少し時間欲しいんだ。雰囲気に流されずにちゃんと自分の気持ち考えて・・・それから結論出したい」
平一は美奈に顔を向ける。
本音はちゃんと目を見て話したいが、あまりの恥ずかしさと緊張でとても目は合わせられない。
顔は美奈を見つつも、目線はやや落とし気味で続きを話す。
「だからその・・・結論っつーのはその・・・大西じゃなくって東山と・・・その・・・だから・・・」
「ああゴメン!なんか俺ってメチャクチャなこと言ってるような気がする・・・けどその・・・俺は・・・」
「・・・もう、それでいいよ。それで十分・・・」
平一の口を止めるようなタイミングで、今度は美奈がポツンと語り始めた。
(ど・・・どうなんだ東山の気持ちは!?)
(は・・・早く次を言ってくれよ!!)
平一には僅かな時間が何倍にも感じられる。
「あたしも中山くんと一緒で、恋愛ってまだよく分からない。けど中山くんと一緒に居るときは、とても新鮮な気持ちになるんだ・・・」
「中山くんはあたしの知らない世界を教えてくれた。それはとても楽しくて、心地よくて・・・だから、もっと知りたいかも・・・」
「えっ?」
「だから・・・その・・・中山くんの結論、あたし待ってるから」
美奈はそう語ると、平一に笑顔を向けた。
「あ、あの・・・マジで・・・それでいいの?俺メッチャワガママ言ってるんだけど・・・」
現状ではまだ結論を出さずに、今の関係を続ける。
平一が心の中で最も望んでいた状況が、実現しようとしている。
にわかに信じられない。
「中山くんってすごく真面目だね。その、すごく真面目で純粋な思い、十分に伝わってきた。あたしはそれで十分だよ」
「だから中山くんは真剣に考えて。それで大西さんを選ぶのならそれでいいと思うし・・・その・・・あたしと・・・あ、そんなことは・・・」
先ほどの平一と同じように目を落とし気味で顔を真っ赤にしてうろたえながら話す美奈。
その姿が平一の中にあった不安を取り除いていく。
そして不安が消え去った後に残るのは、大きな喜び。
「東山、本当にありがとう!」
満面の笑みで平一は美奈にそう伝えた。
「うんっ!!とりあえずこれからも今まで通り、よろしくね!」
美奈も満面の笑顔を見せた。
ふたりにとっては『以前と変わらない状況』である。
だが現状でその状態が続くことは、ふたりの距離を大きく縮めることになった。
お互い口には出さなくとも、心の中ではそう感じていた。
放課後。
久しぶりに美奈は部活に出ているので、今は平一ひとりで街を歩く。
その表情は大きな嬉しさで今にもはじけそうに見える。
(東山っていいなあ。やっぱすげえ落ち着くし、見た目だって俺的にはそんなに悪くない)
(今まであまり意識してないっつーか、意識しないようにしてたけど・・・でも・・・悪くないと思う・・・)
(でも、こうゆうのって簡単に決めちゃいけないような気がする・・・いい加減な気持ちで決めたら、絶対に東山を傷つける・・・)
(けどなあ・・・そのあたりの判断基準が分からないんだよなあ。俺の気持ちを俺自身が分かってない・・・)
(こういうのは誰かに相談するのが一番なんだろうけど・・・)
平一の頭の中でいくつもの顔が思い浮かぶ。
(親は・・・基本的にありえない。恥ずかしいし口うるさいだろうし・・・介入されたくない)
(連れは・・・恋愛経験者が居ないなあ・・・却下)
(学校の先生・・・アリなんだろうけど、ちょっと気が引けるなあ・・・今はまだ早いような・・・)
いろんな顔が思い浮かんでは消えていく。
(ダメだ・・・浮かばん・・・)
結局、該当者はなし。
(とりあえず気分転換つーか、平常心に戻るためにプラモ屋行こう。確かフジミの新作が出てたはず・・・)
平一は明らかに浮かれていて、そんな自分にどこかで小さな危機感を抱いている。
そんな自分を元に戻すために、趣味の世界にどっぷりと浸る選択肢を選んだ。
だが、それを阻む者が突如現れる。
「あ、お〜〜い、平一く〜ん♪」
(ん?)
どこかで聞いたことのあるかわいらしい女の子の声が平一の名を呼ぶ。
その声のほうへ振り向くと・・・
「あ・・・大西さん?」
平一の目には私服にエプロン姿で花屋の前に立つ、ひとみの満面の笑みが写っていた。
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