ichigoWAR-24 - takaci 様





つかさは短期決戦を決め込んでいた。


早めの時間帯での呼び出しも、住宅街のど真ん中の公園を指定したのも、綾の警戒心を緩ませるためだった。


淳平が遠ざかっていくという大きな不安で乱れた心の中で、僅かに残った理性から編み出した計画だった。





そして当日。


この冬一番の寒波が訪れた。


そのおかげで公園に他の人影はなかった。


まさに決着をつけるには絶好のシチュエーションになっていた。





運動神経にも自信を持っていた。


つかさは自分でも身軽だと自覚しており、身体能力で綾に負けるとは思っていなかった。


だから短時間で綾を仕留められると確信していた。





だがその計画は現在、もろくも崩れ去っている。


つかさの刃が、綾を捕らえられない。


何度も接近して飛び掛るが、ギリギリの所で綾はかわす。


(なんで当たらないの?あたしが萎縮してるの?)


(それとも東城さんも必死になってるから、あたし以上の力を発揮してるの?)


つかさの心に迷いが生じ始める。


だが、もう止められない。


戦いの火蓋は、気って落とされているのだから。





「やああああっ!!」


これで何度目だろうか。


つかさは声をあげて、両手でナイフを持って綾の身体目掛けて直線的に突進する。


その刹那、


「わっぷ!?」


つかさの視界が真っ暗になった。


突然、重い布のようなものが覆いかぶさってきた。


あわてて覆いかぶさっているものを取り払い、視界を確保する。


そして改めて、視界を奪ったものを手にとって確認した。


(これ、東城さんの着てたコート・・・)


綾はつかさを撹乱するために、着ていたロングコートを素早く脱いでつかさ目掛けて投げ付けていた。


(あ・・・東城さんはどこ!?)


(逃げられたら・・・全てが終わる!)


コートに気をとられて、綾の姿を見失う。


必死になって辺りを見回す。










ゾクッ!!









つかさに寒気が走る。










つかさの後方斜め後、やや距離と置いた場所に綾は立っていた。



やや腰を落とし、真剣な眼差しでつかさと向き合っている。







綾はコートの下に黒のスウェットを着込んでいた。


そして、黒のスニーカー。


ベージュのコートに隠されて分からなかったが、綾はとても身軽な服装だった。


「はっ、はっ、はっ・・・」


呼吸は荒い。






「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


だがそれ以上につかさの呼吸は荒かった。


刃を持っているつかさのほうが圧倒的優位なのに、なぜか追い詰められた気分になる。


綾が予想以上に身軽な服装をしていたこと。


そして身を包んでいる黒のスウェットに大きな脅威を感じる。


まるで魔女の法衣のように感じていた。





「東城さん、その服装は・・・」


「そう・・・呼び出されたときから分かってたよ・・・想定の・・・範囲内よ・・・」


「くっ・・・」


つかさの表情が歪む。


「西野さん・・・もう止めよう・・・あなたの・・・負けよ・・・」


白い息を吐きながら、綾は終戦を促す。





だが、つかさは受け入れない。



受け入れられるはずがない。



ここでの負けは、全てを失うことを意味する。


パティシエとしての自分も、それ以外の西野つかさという人物全てを。


そしてもっとも大切な、淳平を・・・




「まだ・・・まだよ!あなたの息の根を止めるまでは・・・終われない!」


つかさは綾から感じる脅威に打ち勝つべく、内にある殺意をみなぎらせる。


「やああああっ!!!」


そして、再び飛び掛った。








綾の避け方が変わる。


今まではつかさの大きな動きに対し、自らも大きく動いて一定の距離を保っていた。


だがコートを脱いでからは、つかさの刃をギリギリのところでかわし続ける。


運動神経の鈍い綾にしては似遣わない動き。




対照的に、つかさの動きはどんどん重く、直線的になっていく。


さらにナイフを握る手に大きな違和感を感じていた。





(刃先が、滑ってる感じがする・・・)




先ほどよりも接近戦になって、刃も綾に届きやすくなっている。


そして刃先が何度か綾の身体に触れている感触があった。


だがその度に、つかさの表情が歪む。





この日に備えて何度も手入れをした愛用のナイフ。


自らの全ての引き換えの象徴ともいえるこのナイフ。


切れ味は最高の状態である。


にもかかわらず、刃先が滑っている感覚が伝わってくる。





(当たってる。間違いなく、ナイフは東城さんの身体を何度もかすめてる・・・)


(でもその度に刃が滑ってる感じがする。まるで全然切れないナイフみたい・・・)


つかさの戸惑いはどんどん大きくなっていく・・・










「あっ!?」





そんな最中で、綾の足がもつれて体勢が乱れた。






(チャンス!!)






つかさは全ての迷いを断ち切り、全力でナイフを綾の脇腹目掛けて振りかざす。






「うわああああ!!!!!」





雄たけびをあげるつかさ。




















(あっ・・・)




















目の前に綾が倒れている。































ナイフはつかさが両手で握っている。





























ナイフの刃先は・・・














































綺麗なままだった。


































(完全に・・・刃が滑った・・・)





ナイフの先は完全に綾の脇腹を捕らえていた。






つかさの自らの目でそれを確認した。





その瞬間、『勝った』と思った。






だが、その直後・・・


















刃先は、黒のスウェットの表面を滑った。









つかさの手には、ナイフの刃が滑る嫌な感じが残っていた。






























「あ・・・ああ・・・」





つかさは大きく狼狽する。





両手を震わせながら、ナイフの刃先に目をむける。










(刃先が・・・丸くなってる・・・)










大きな絶望感がつかさを襲っていた。































「いたたたた・・・大丈夫とは分かっていても、ナイフ刺さりそうになると恐かったな」




綾は脇腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。




それと同時に、サイレンの音が近付いてきた。





「誰かが通報したんだね。西野さん、もう終わりよ」





綾は力強く鋭い視線でつかさにそう告げた。










「東城さん、そのスウェット・・・」





「魔女の法衣だよ。ただのスウェットに見えるけど、特注の防刃素材よ」





「じゃあ東城さん・・・こうなることを見越して準備を・・・」





複数の警官がやってくる。




「あたしは魔女。心優しい天使の心なら分かるのよ」





「あたし・・・悪魔に魂を売ったつもりだったのに・・・」





つかさはその場でへたり込んでしまった。




もう、闘志は失せていた・・・










そしてへたり込んだつかさの身体を、警官が取り押さえる。


「18時43分、被疑者を現行犯で確保。凶器を押収。どうぞ」


つかさを取り押さえた警官が無線で報告する。






「大丈夫ですか?」


別の警官が綾に尋ねてきた。


「あたしは平気です。ところで誰の通報でここに?」


「近くにいた高校生と聞いてます。別の捜査員が通報人を探して・・・あ、たぶんあの子達ですね」


「あの子達は・・・」


綾の視線の先には、面識のあるふたりの後輩が茂みの中から出てくる姿があった。


「すみません、ちょっといいですか」


綾は傍の警官にそう言うと、平一たちに近付いていった。




「ありがとう。君達が通報してくれたんだね。おかげで助かったよ」


笑顔で礼を言う綾。


「東城さんすみません。止めに入りたかったけど、コイツがいたから出来なくて・・・コイツを守るのが最優先だと思って・・・」


平一は胸の中で泣きじゃくる美奈の頭を撫でながら、申し訳なさそうに頭を下げた。


「確か美奈ちゃんだったよね。恐い思いさせてゴメンね。でももう終わったから。もう大丈夫だからね」


綾は笑顔で美奈に優しくそう話す。


「えっ・・・ぐすっ・・・」


美奈はなかなか泣き止まない。


よほど恐かったのだろう。


「美奈。もう大丈夫だから、もう終わったんだ。警察の人も来てるから。だから安心して」


「平一ぃ・・・ぐすっ・・・」





「あの・・・西野さん、どうなるんですか?」


平一は恐る恐る綾に尋ねた。


「大丈夫よ。心配しないで。もう終わったんだから。とりあえずはこれで終わったんだから・・・」


「は、はあ・・・」


平一は綾の言うことが理解できない。


だが綾の晴れやかな表情を見て、なんとなく安心感が伝わってきた。





そんなふたりが見つめる中で、つかさはふたりの警官に連行されて行った・・・


全てが、終わった・・・





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