ichigoWAR-25
- takaci 様
数日後・・・
美奈の家でささやかなパーティーの準備を行う平一と美奈、さらに美奈の母も料理の準備でキッチンに居る。
これから楽しいパーティーの準備なので気分は晴れやかなはずなのだが、美奈の表情が冴えない。
先日の公園での事件のショックをまだ少し引きずっていた。
「ねえ平一、西野さんどうなるんだろう?やっぱ刑務所に入るのかな?殺人未遂だもんね・・・」
知人が犯罪に手を染めることは、周りの人間にも少なからず動揺を与える。
「俺も気になって黒川先生に調べてもらったんだ。そしたら無罪放免になったそうだよ」
平一は明るい表情でそう答えた。
「えっ?でもあれだけのことをして、無罪になるの?」
「東城先輩が訴えを出さなかったんだよ。『派手な痴話ゲンカで迷惑かけてすまない』って警察に逆に謝って・・・それで不起訴処分で釈放だってさ」
「そう・・・なんだ」
美奈の表情がやや穏やかになった。
「でも、人の愛情って凄いよな。あそこまで強くなると、あんなふうになっちゃうんだから」
「あたし、西野さんの気持ち少し分かる気がする。平一が大西さんと仲良かったとき、大西さんに凄く嫉妬してたから・・・」
「大丈夫だよ!美奈にあんなことは絶対にさせないからさ!」
「えっ?」
「いろいろ聞いたんだよ。真中先輩って中学のときから東城先輩と西野さんに好かれてて、高3までなかなか決められなかったんだってさ」
「そうなの?」
「そうらしい。その間にふたりの女性の想いはどんどん強くなってて、それが強くなりすぎてああなったって黒川先生が分析してた。真中先輩の優柔不断も原因なんだって言ってたよ」
「そっか・・・」
「今思えば、ウチバ先生の恋人の外村さんだっけ。あの人の言ってたことが分かる気がする・・・」
「えっ?なんか言ってたの?」
「ああ。確か『決断は早くしたほうがいい』って言われたんだよ。外村先輩も真中先輩達を見てたから、そう思ったんだないかな・・・」
「そう・・・」
「だから、俺はその・・・美奈だけを見てくからさ!そんな顔するなよ!せっかくの日なんだからもっと明るく行こうぜ!」
平一は美奈を笑顔で励ます。
「・・・うん!」
美奈もようやくかわいい笑顔を見せた。
「お〜いどんどん料理運んで〜」
キッチンから美奈の母の呼ぶ声が聞こえる。
「「は〜い!!」」
揃って笑顔で答えるふたり。
これから楽しいパーティーが近付いてくる・・・
自然と心が弾んでくる若いふたりだった。
翌日・・・
空港のロビーにつかさの姿があった。
(前は淳平くんの見送りがあったけど、今回はひとりきり。まあ仕方ないか・・・)
パリ行きの便の搭乗ゲートに向かう。
そこに・・・
「つかさ!」
呼び止める声があった。
信じられなかった。
来るとは思わなかった。
終わってしまったと思っていた、最愛の人の姿がそこにあった。
「淳平くん・・・」
驚きで言葉を失う。
淳平は慌ててつかさの側によって来た。
「まともに会って話もせずに、勝手にフランス行くなよ。せめて最後だけはきちんとしたいじゃないか」
「最後か・・・そうだね、あたしも今回は帰る予定ないから、最後になるかもね・・・」
つかさの表情が暗くなる。
あの事件の一報は、すぐ淳平の耳に入った。
だがつかさが拘留中だったり、淳平の仕事が重なったりで今日まで直接会えずにいた。
ただ一度、電話で話したきりだった。
[ゴメン、つかさがやったことを、俺は受け入れるだけの度量がない。俺、『絶対に分かれない』って言ったけど、さすがにもう・・・]
綾を亡き者にしようとした。
この事実はさすがの淳平も受け入れられなかった。
[そうだね・・・あたしも覚悟してた。失敗したら終わりだって・・・もう、終わりだね・・・]
[・・・ああ・・・]
[・・・じゃあね、淳平くん・・・]
ふたりの会話はこの通話のみだった。
そしてその直後、つかさは急遽フランス行きを決めたのであった。
「パリに、永住するのか?」
「パリじゃないよ。そこから200キロくらい離れた田舎町。そこのお菓子屋さんで働くんだ」
「そっか・・・」
「その町ね、『悪魔の道路』って場所があるんだよ」
「悪魔の道路?」
「そう。だから悪魔が居るんじゃないかなって思ってるんだ。そこの悪魔から魔女の心を学んでくる。そして魔女になったら、あたし日本に帰ってくるから」
つかさは晴れやかな表情で淳平にそう告げた。
「おいおい、それじゃあ・・・」
戸惑う淳平。
「そう、あたしも完全に終わったと思ってないし、東城さんもそう思ってない。今回は一時的に東城さんが勝っただけ。あたしと東城さんの淳平くんを巡る争いは、まだまだ終わらない」
「おいおい・・・」
「仕方ないよ。あたしも東城さんも淳平くんだけは譲れないんだ。だからこの争いはまだまだ続くよ。覚悟しててねっ!」
「俺、まだ東城と付き合うって決めたわけじゃないんだけど・・・」
「あのねえ、あたしに遠慮してるならやめてよね。淳平くんだってなんだかんだ言っても東城さんのこと好きでしょ?あたしがいなきゃ東城さんと付き合っててもおかしくないでしょ?」
「まあ・・・そりゃあ・・・その・・・」
言葉に詰まる淳平。
「それに淳平くんがもし他の女の子と付き合ったりしたら、あたしと東城さんのふたりがかりで排除するかもよ。これ以上他の女の子を巻き込みたいの?」
「・・・結局、俺が全て悪いんだよな。俺のせいで、つかさも東城も不幸にしちまって・・・」
「こらっ!まだあたしを不幸と決め付けるんじゃないっ!!」
「へっ?」
「あたしは今までずっと幸せだった。けど今一時的に辛い時期が来てるだけ。あたしの人生全部が不幸って訳じゃないんだから!」
「そ・・・そういう考えなの?」
「そ。人生まだまだ長いんだから、希望はあるよ。もちろん淳平くん、君との希望も捨ててない。そのためにフランスで魔女になってくるんだからね!」
「東城も自分が魔女だとか言ってたなあ・・・はあ、魔女に好かれる人生かあ・・・」
「そういうこと〜。だから淳平くんが一番不幸かもね〜」
「はは・・・まあ、仕方ないかもな・・・」
明るいつかさに対し、苦笑いするしかない淳平だった。
「ねえ淳平くん、ひとつだけ教えて」
「ん、なに?」
「前に東城さんが言ってたんだ。淳平くんと東城さんには共通の目標があるって。それってなに?」
「それは・・・」
言葉に詰まる。
「そっか。ふたり共通の秘密なんだ。じゃあ・・・」
「ああ違う違う!そうじゃなくって・・・実は、アカデミー賞なんだよ」
「アカデミー賞?」
「ああ。東城の書いた小説を俺が映画化して、それでアカデミー賞を獲るっていうのが目標なんだよ。もうでかい夢過ぎて人には恥ずかしくって言えなくてな・・・」
「ふうん・・・ふたりは、あたしの上を行ってたんだね・・・」
「えっ?」
「ほら、前に見送りに来てもらったときのこと覚えてる?あたし『カンヌで待ってる』って言ったんだ」
「ああ・・・そういえばそう言われて、俺が『何十年先の話しだ』なんて言ったっけ?」
「そう。でも淳平くんと東城さんは、その上の目標をもう持ってたんだね・・・」
つかさは寂しい表情を見せる。
「つかさに夢があり、俺にも夢があり、東城にも夢がある。そして俺と東城の夢がある部分で一致してただけだよ」
「でも、今回はその共通の夢に負けちゃったんだ。人生で同じ方向を向いてるって強いんだなあって実感したよ」
「つかさ・・・いろいろとゴメン」
「ううん。じゃああたしそろそろ行くから」
「ああ。出来れば向こうでいい男でも見つけろよな」
「あたしのカンでは、いま目の前にいる人以上の人はいないと思うなあ。だからその期待には応えられないだろうね」
「はは・・・嬉しいやら悲しいやらなんか複雑だな。じゃあ、気をつけてな」
「うん。淳平くん見送りありがとう。じゃあまたねっ!」
「ああ!」
12月25日。
クリスマスの日に、つかさはフランスへと旅立って行った。
淳平の目は、つかさの姿が見えなくなるまでその後ろ姿を追い続けた。
「ふう・・・」
一息つく淳平。
何かが『終わった』という実感が沸いてくる。
心に寂しい気持ちが訪れる。
やや辛い表情を浮かべたまま、向きを変えて来た道を帰る。
「真中くん、お疲れ様」
(えっ?)
しばらく歩くと、聞きなれた心和む優しい声がかけられた。
「東城、なんでここに・・・」
驚く淳平。
「真中くんに会いたかったから」
「えっ?」
「西野さんが今日フランスに旅立つってのは聞いてたんだ。だからここに来るんじゃないかと思って・・・予想通りだね!」
笑顔を見せる綾。
「はは・・・ホント東城って何でも見抜ける魔女なのかもな。俺、東城とつかさは天使みたいな存在だって思ってたんだけど・・・」
「西野さんは天使だったね。でもあたしは魔女よ。それで真中くんは、こんなあたしでもいいのかな?」
「逆に俺が聞きたいよ。男としてはダメダメで、こんな未熟な映画監督の俺でいいのか?」
「あたしには真中くんしかいない。だから身体を張って西野さんから奪ったんだから。それに今は未熟でもあたしと一緒に成長すればいいんだから」
「東城がそう言ってくれるなら・・・でもマジで、つかさとの争いは続くのか?」
「ねえ真中くん、あたし達の夢が叶うのに何年くらいかかると思う?」
「う〜ん・・・早くてもあと30年くらいはかかるだろうなあ・・・」
「そう。30年から50年はかかると思ってる。あたし達には少なくともそれだけの人生があるのよ。まだね」
「ああ、そうなるよな」
「それだけの期間があれば、何があってもおかしくはないでしょ。特に男女問題は年齢なんて関係ないんだから」
「東城も、そういう考えなのか・・・はは、なんて言っていいやら・・・」
綾の思いを知り、驚きで言葉を失う淳平。
「でも、あたしも一旦掴んだ幸せを易々と手放すつもりはないよ。簡単に西野さんには渡さないつもりだから」
「なあ、俺はどうすればいいんだ?どうすれば、ふたりは納得するんだ?」
「真中くんは自分の思うままに夢に突き進めばいいと思う。その結果として、あたしか西野さんが真中くんの隣にいられる。ただそれだけだよ」
「ただそれだけって言っても、それって大変なことじゃないのか?」
「大変だろうけど、その代償を払ってまでも真中くんの隣にいたいんだ。あたしも、西野さんもね」
「東城も西野も、本気だから凄いよなあ、いや凄いというよりは恐いか・・・」
「女は恐いよ。特に色恋沙汰はね。だから真中くん、覚悟しててね!」
笑顔で淳平に脅しをかける綾だった。
そしてふたりは手を繋ぎ、展望台へと上がった。
つかさが乗ったフランス便をふたりで見送った。
(これから、また始まるんだ・・・)
(俺達は、まだまだ終わらない・・・)
(まだまだ・・・続くんだ・・・)
淳平は、そう強く感じていた。
ichigoWAR-完