ichigoWAR-23 - takaci 様





夜の公園。


12月中旬なのでまだ夕刻とも言える時間だが、あたりは闇で覆われている。


住宅街の真ん中にある広い公園だが、強い寒波の影響で他の人影はない。


その中央広場の隅のベンチに、つかさはひとりで腰掛けていた。


傍に立っている街灯が、寒そうに身をかがめているつかさを照らしている。


グレーのジャンパーとジーンズ姿で、小刻みに震えていた。


だがこの震えは、寒さだけのものではなかった。





トットットッ・・・


遠くから足音が聞こえ、徐々に近付いてくる。


ベージュのロングコートを身にまとった綾が、つかさの傍にやってきた。


「西野さん、こんばんわ」


綾は笑顔を繕っているが、緊張の色が窺える。


「こんばんわ。ゴメンねわざわざこんな所に呼び出して・・・」


つかさは綾以上に緊張の表情をしている。


「ううん。重要な話なんだよね?たぶん誰にも聞かれたくない・・・」


「東城さんって物分かりがいいからラクだなあ。で、早速なんだけど・・・」


「うん・・・」


しばらく沈黙が続く。











「東城さんにとって、淳平くんはどんな存在?」





「仕事における大事なパートナーよ。他に代わりのない、唯一無二の存在よ」





「もし、あたしが居なかったら・・・それ以上の関係を望む?」





「そう・・・だろうね。真中くんを想う気持ちは西野さん、あなたと同じだと思う」





「そういうことは、あたしとは相容れない存在ってこと・・・だよね・・・」





「そう・・・だね。真中くんはひとりしかいないからね。残念だけど・・・」


綾の表情が歪む。










「そっか・・・じゃあ仕方ないよね・・・」


つかさはすっと立ち上がった。


そして綾を凍るような視線で睨み付ける。





辺りを覆っている強い寒波が、さらに増幅したように綾は感じた。





「東城さん、あなたはあたしと淳平くんの仲を脅かす恐い存在。あたしはあなたがとても恐い・・・」


そう話すつかさの声は震えている。





「西野さん・・・」





「だから・・・ごめんなさい・・・」


そしてジャンパーの右のポケットから、研ぎ澄まされた1本のナイフを取り出した。


街灯に照らされた刃が不気味に光る。


「このナイフはあたしのパティシエ人生を支えた大切なナイフ。でも遭えてこれを・・・あなたの血で染めて、あたしは魔女になる・・・」





「西野さん・・・落ち着いて・・・」





「あたしは落ち着いてるよ。これから人を殺そうとしてるのに、不気味なくらいに落ち着いてる。あたしもう魔女になっちゃったのかな・・・」





「西野さん、冷静になって考えて。あたしを殺したら、あなたもただでは済まないよ。パティシエとしても、その外の全ても失うよ」





「たとえ全て失ったとしても、淳平くんは守れる。あたしの全てを引き換えにしても、淳平くんは守る!」


つかさのグリーンの瞳が涙で一杯になる。


ナイフを持つ右手が小刻みに震えている。





「西野さん、もう止めよう。真中くんを守るためにあたしを殺す。それをした西野さんを、真中くんが受け入れると思ってるの?」





「・・・確信はある。この世の女の子で、淳平くんの心を奪えるのはあたしと東城さんしか居ない。だから東城さんが居なくなれば、淳平くんはあたしのもの!」


つかさが一歩踏み出した。





対する綾は一歩後に下がる。





ふたりの周りは緊迫した空気に包まれる。





つかさは綾のみを、





綾はつかさのみを、





それぞれ意識を集中していた。

























〔平一、どうしよう・・・〕


緊迫した小声で平一に語りかける美奈。


〔携帯の電源を切るんだ!物音を立てないように、気付かれないようにするんだ!俺の携帯で警察に連絡する!〕


〔う、うん・・・〕


思わぬ修羅場に直面した平一と美奈は、慌ててそばの茂みに入ってやや離れた場所から綾とつかさの様子を窺う。


〔あのふたり、東城先輩と西野さんだよね?平一どうしよう・・・〕


美奈が不安な表情でそう尋ねると、平一は自分の携帯で110番通報していた。





〔あ、スイマセン、今○×公園で女性二人がケンカしてて、ひとりがナイフ持って襲い掛かってるんです・・・〕





〔・・・ハイ、俺は偶然通りかかって、それで慌てて近くの茂みに入って少し離れた所から様子窺ってます・・・〕





〔・・・いいえ、そばに彼女が居ます。だから止めにも行けなくて、下手に動いたら彼女の身までもが危ないと思って・・・〕





〔・・・ハイ・・・ハイ・・・分かりました・・・中山平一といいます。16歳の高校生です・・・お願いします・・・〕


平一は素早く携帯を切った。





〔警察、何だって?〕


不安そうに尋ねる美奈。


〔すぐ駆けつけるそうだ。俺達はここから絶対に動かずに見つからないようにしてろって〕


〔そんな・・・あ、西野さん、東城先輩に襲い掛かってるよ。止めないと・・・〕


〔ダメだ!下手に動いたら逆に危ない!ここでじっとしてるんだ!〕


平一は美奈の身体を両腕で強く抱きしめる。


〔平一、あたし恐いよう・・・あのふたりどうなるの?〕


〔美奈は見るな!すぐに警察が来る!大丈夫だ!何があっても美奈だけは俺が守る!〕


〔平一ぃ・・・〕


美奈は平一の胸に顔を当てて、腕の中で大きく震えていた。





そんな美奈を抱きかかえながら、平一は注意深くふたりの様子を窺っていた。


(東城さん、何とか避けてるようだな・・・コート脱いだんだ。黒い服になってる・・・)


(あれ、なんか・・・ナイフを持ってない東城さんのほうが優勢に感じる・・・)










「はあっ、はあっ、はあっ・・・」





「はっ、はっ、はっ・・・」





修羅場の真っ只中に居るふたりの美女は共に呼吸が荒い。





つかさは全力で綾に襲い掛かり、





綾は全力でつかさから逃げていた。





一定の距離を保ち、向かい合うふたり。









愛用のナイフで綾に襲い掛かるつかさだが、その心は綾から発せられる威圧感で満たされていた。






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