ichigoＷＡＲ-22  - takaci 様





シュッ・・・シュッ・・・


営業時間が終わった夜の鶴屋の厨房に、砥石の音が静かに響く。


つかさは真剣な眼差しで、愛用のナイフを研いでいた。


ただこのナイフは先日変えた新しいほうではなく、フランス修行時代に苦楽を共にした使い慣れたナイフである。





（東城さん、あなたは自分が魔女であたしが天使だと言った)


(そして現実の世界では天使ではなく魔女が勝つと言った)


（それは間違ってないと思うけど、状況は変わる)


(東城さん、天使と魔女は紙一重でほとんど変わらない存在なんだよ)


(神に逆らった天使は悪魔・・・つまり魔女になっちゃう)


（つまり天使は魔女であり、魔女は天使でもあるのよ)


(東城さん、あなたはあたしには魔女になれないと言った)


(でも、あたしは魔女になってみせる)


（淳平くんを守るためなら、あたしは悪魔に魂を売る)


(命の次に大切なこのナイフと引き換えに、あたしは悪魔に魂を売る)


(東城さんを天使にして天界に送り、魔女になったあたしが淳平くんを守ってみせる）


(あたしの全てを引き換えにしても、淳平くんだけは絶対に渡さない・・・)


研ぎ澄まされたナイフの刃には、つかさの凍るような冷たい瞳が写っていた。











｢平一くん！イヴの日はみんなでパーッと騒ごうよ！｣


12月上旬の泉坂高校の昼休み。


ひとみは平一の教室にやってきて、クリスマスイヴにパーティーをする計画を持ちかけてきた。


｢ごめん、イヴの日は予定があるんだ｣


平一は申し訳なさそうな表情で断る。


「なによお。どうせ東山さんとふたりきりでイチャイチャするつもりでしょ？彼女も大切だけど友達はもっと大切にしなきゃダメだぞ！｣


頬を膨らませて怒るひとみ。


｢いやそうだろうけど、イヴは東山の家でパーティーの予定なんだよ。だから一応ふたりきりじゃないよ｣


「えっ？東山さんの家ってことは、彼女の親も一緒なの？｣


｢ああ。美奈の両親と俺と美奈の4人の予定｣


｢美奈って・・・｣


呼び方が変わっていることにひとみは気付き、驚きの表情を見せる。


そこにさらに追い討ちがかけられた。


「平一、お昼食べよっ！」


素顔の美奈がにこやかな表情で大きめの包みを持って傍に寄ってきた。


「平一って・・・それに東山さん、そのお弁当やけに大きめだけど・・・」


ひとみの表情はどんどん暗くなっていく。


「うん。あたしと平一のふたり分だもん。まだまだお料理勉強中だから少し恥ずかしいんだけどね」


そう言いながらも満面の笑みで答える美奈。


「いや、でも普通に食えるから十分だよ。俺は弁当用意する手間なくなったからメッチャ感謝してる」


「あたしも平一が残さず食べてくれるから作ってるほうも嬉しいよ！」


「ふ〜ん、仲よさそうだね・・・」


ふたりと対照的に、ひとみの表情はかなり暗くなってしまった。


「ひとみちゃん、こんなわけだから、イヴはゴメン！」


謝る平一。


「ううんいいよ。もう十分に分かったから。じゃあまたね！」


ひとみは繕った笑顔を見せて、教室をあとにした。


「仕方が無いこととは分かっていても、少し罪悪感みたいなものを感じるなあ・・・」


平一は微妙な表情を浮かべる。


「人の好意を断るんだから多少は感じるよ。あたしも少し感じてるけど、それ以上に嬉しい気持ちでいっぱい。そんな自分に少し嫌悪感あるかな・・・」


美奈はさらに微妙な表情を見せていた。


そしてそんなやり取りを友人バカップルが目を光らせていた。









数日後、


（あいつら、何の冗談だあ？）


平一は友人の呼び出しで夜の闇が落ちた泉坂高校へと続く道を進んでいた。


『東山を拉致った。無事に帰して欲しければ文芸部の部室までひとりで来い』


『ごめん平一。捕まっちゃったから迎えに来て』


友人と美奈からかかってきた、この緊迫感のない電話で呼び出された平一は図書準備室を目指していた。




（夜の学校って不気味だなあ・・・）


時刻的にはさほど遅くないが、日が短い時期なので校内は暗闇に包まれている。


その独特の不気味さを全身に感じながら校内を進み、平一は光が燈った図書準備室の前に辿り着いた。


暗い校内に点く灯りはホッとした安心感をもたらす。


「俺だ。約束通りひとりで来たぞ」


「ああ、入って来いよ」


仲から友人の緊迫感のない声が聞こえる。


図書準備室に入ると、奥の椅子に美奈が座り、その周りを友人バカップリが取り囲んでいた。


「ところで、この呼び出しは何なの？なんで美奈が捕まってるの？」


平一は単刀直入に尋ねた。


それに対し、友人も単刀直入に本題に入る。


「中山、お前東山とヤッたな？」


「は、なんの話？」


「しらばっくれるな。俺の相方が東山に全てを吐かせた。裏はとってあるんだよ」


「えっ？」


驚く平一。


「ごめん平一。追及厳しくてしゃべっちゃった・・・」


美奈が頬をやや紅くして申し訳なさそうに手を合わせて謝った。





平一はこのことを一切他言していない。


自分としては自慢したい気分もあるが、それ以上に美奈の立場がある。


これは平一ひとりの問題ではないので、気軽に口にする気にはなれなかった。


「おまえら、このことを他の奴等に話したのか？」


平一の表情が険しくなる。


「いや。まだ俺達ふたりしか知らないよ」


「いいか、絶対に広めないでくれ。俺はともかく美奈の立場を考えてやってくれ。頼む」


「分かった。けど代わりに教えてくれ」


「はあ？教えるって何をだよ？」


「まあ・・・俺らもヤッてるんだが、お前らみたいに上手くいってないんだよ」


「はあ？」


「いやだからその、東山はお前とのアレに相当満足してるようだが、俺の相方はそこまでいってなくて・・・だから彼氏としては彼女に喜んで欲しいんだよ！分かるだろ？」


「お、お前ら・・・美奈にどこまで聞いたんだ？」


平一の顔が紅くなる。


「中山くんゴメンね。あたしかなり克明に聞き出したから」


そう話す友人の相方もまたやや頬が紅い。


さらに美奈は顔を真っ赤にしてうつむき固まっている。





「だから中山教えてくれ！お前のテクのノウハウを俺にも分けてくれ！」


「バッ、バカヤロウ！そんなの教えられるほど俺だって分かってねえよ！」


平一は声を荒げてそう言うと、奥で固まっている美奈の腕を引っ張って抱き寄せた。


「ゴメンなひとりだけやな思いさせて。さあこんなバカップルは放っておいて早く帰ろう」


「う、うん。ありがとう平一・・・」


美奈は平一に抱き寄せられてから、ようやく安堵の表情を浮かべる。


「おい中山！俺たちを見捨てるのか？」


「そうよそうよ！あたしだって聞き出すのにすっごく恥ずかしい思いしたんだからね！あたし達なりに真剣に悩んでるのよ！」


バカップルが揃って平一らに訴える。





平一はふうっと大きくため息をつき、改めて友人バカップルに対して真剣な眼差しを送った。


「お前らさあ、想いより気持ちが先走ってない？」


「お、おもいよりきもち？どういう意味だよ？」


友人は怪訝な表情を浮かべる。


「つまり、エッチを上手くしたいって気持ちが先走っちゃって、相手を好きだって想いが高ぶってないんだよ。たぶんな」


「それってつまり、お互いが好きじゃないってこと？そんなことはないよ！」


相方が強い口調で反論する。


「好きは好きなんだけど、なんつーか・・・どうにもならないほど好きになるくらいに気持ちが高ぶってないんじゃないか？」


「お前はそうなのかよ？」


「俺の時はどうしようもなく美奈が好きになって押さえが利かなくなって美奈の全部が欲しくなって・・・その想いを美奈が受け入れてくれたんだよ」


「つまり性欲より愛情のほうが強かったってことか？」


「そこまで具体的なことは俺自身分かんねえよ！とにかく俺が言えることはそれだけだ！いいか、絶対に他のやつらにはしゃべるなよ！」


平一はそう言い残し、美奈の腕を引っ張って図書準備室を後にした。





帰り道。


手を繋いで歩くふたり。


だが、会話はない。


白い息を吐きながら、黙々と歩く。


（なんか気まずいなあ。さっきは勢いに任せてメチャメチャなことを言ったような・・・なんて声をかけていいやら・・・）


そん名風に悩んでいると、美奈から口を開いた。


「平一今日はありがとう。あとゴメンね、勝手にしゃべっちゃって・・・」


「いや俺は別に構わないけど、あいつらが話を広めないかどうかが心配だなあ。美奈にヘンなイメージが付くのはまずいだろうし・・・」


「ヘンなイメージって？」


「ほら、経験済みの女の子ってエッチ好きとか、ひどいとヤリマンとか言われたりするじゃん。美奈はそんな目で見られたくないなあって思ってさ」


「さすがにヤリマンは嫌だけど、エッチ好きくらいなら仕方ないかもね」


「えっ？」


驚いて美奈の顔を凝視すると、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「あたし、こうして手を繋いでるだけで凄く心地いい。もう全身を・・・特に敏感な所を触られたらもう天に昇っちゃいそうな気分になるんだよ」


「そ、そうなんだ・・・」


思わず顔がにやける平一。


「でも他の男の人じゃダメなんだ。ためしにさっき彼と手を繋いだけど、やっぱり好きじゃない人に触られても嫌な感じがするだけ」


「へえ、そんなことをしてたんだあ」


「ゴメンね」


「いや、連れと手を繋ぐくらいなら文句言わないよ。まあそれ以上になるとちょっと・・・嫌だな」


「平一って、要は『強い想いが大切』ってことを言いたかったんだよね？」


「ああ」


「それ、凄く嬉しかったよ。本当に嬉しい・・・」


「美奈・・・」


「ね、この公園の中を通っていこうよ」


ふたりの横には公園の入り口があった。


「ああ、いいよ。ちょっと遠回りになるけど」


「その分一緒に居られるもん。それに・・・」


公園の敷地内に足を踏み入れた途端に、美奈は身体を密着させてきた。


「お、おいおい・・・」


「普通の道でこれは恥ずかしいけど、ここなら平気だよね・・・」


公園や遊園地といった場所には、恋人達を親密にする作用があるかもしれない。


ふたりは身体を密着させて公園内を歩く。


やや歩きにくいが、不自由な感じはしない。


会話もなく、静かな空間に息遣いのみ聞こえる。


だが、それで十分である。


親密な空間を作り出しているふたりには、もう会話は必要ない。


熱い想いが通じ合っていることが分かれば、それで十分なのだから。





そんなふたりの耳に、別の人間の声が届く。


（女の人同士がしゃべってる。なんか揉めてるように聞こえるなあ・・・）


平一の表情が次第に強張ってくる。


美奈はより身体を密着させてきた。


だがその行動の裏には、小さな不安が混ざり始めている。





やがてふたりの視界に、ふたりの女性の姿が見えた。


（！！！）


その瞬間、平一は美奈の身体をきつく抱きしめながら、そばの茂みに身を隠した。


そして改めて茂みの隙間からふたりの女性の行動を確認する。


（これ・・・マジでヤバイ！）


平一の目には、ひとりの女性がもうひとりの女性にナイフを持って襲い掛かっている姿が映っていた。




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