ichigoWAR-20 - takaci 様






夜の鶴屋。


営業時間は終わり、店の入り口には「CLOSED」の札が掲げられている。


店舗の明かりは消えているが、奥の厨房から小さな光が漏れていて人の気配は感じられた。


だが、中の空気がここまで切迫していることまでは感じられない。





「離れるって・・・ねえ淳平くん、離れるってどういうことよ?」


つかさはとても不安な表情を浮かべて淳平にすがりつく。


「少しの間、お互い冷静になって自分自身の状況を考えたほうがいいと思うんだ。俺も・・・つかさもな・・・」


そう話す淳平の表情にも辛さは感じられる。


「そんな・・・なんで離れる必要があるのよ?淳平くんもあたしも仕事と恋愛両立できてると思うよ?あたし理解できないよ・・・」


「つかさはそうかもしれないが、俺がダメなんだ。自己管理が出来ていない・・・ゴメン」


「ねえ、それって淳平くんが自分で気付いたの?それとも他の人に言われたから?」


「・・・いろいろあって、自分自身でそう・・・決めたんだ・・・」


「・・・やっぱり・・・他の人に言われたんだよね?東城さんに言われたんだよね!?」


「つかさ・・・」


「ダメ!東城さんの言葉は真に受けちゃダメ!東城さんの言葉を信じちゃダメ!!」


つかさは目を潤ませて必死に訴える。


「つかさ!落ち着け!」


「落ち着いてなんてられない!淳平くんも知ってるでしょ?東城さん、あたし達の仲を裂こうとしてるんだよ・・・」


「そう、なのかもしれない。でも、それとこれとは別問題だよ」


「なんで?東城さんの思惑通りじゃない!あたしと淳平くんを引き離す思惑通りじゃない!」


「違う!東城は関係なく、俺達が自らの意思で距離を置くんだ!」


「だからなんで?なんで今あたし達が距離をとる必要があるのよ・・・ねえなんでよ・・・」


つかさの瞳から大粒の雫がぽたりと落ちた。





「つかさ、ちょっと落ち着いて。ほらここに座って、まず俺の話を聞いてよ」


淳平はつかさに近くの椅子に座るように促した。


そしてつかさの前にしゃがんで両手をしっかりと握り、優しい笑顔で見上げる。


「つかさ、俺はつかさと別れない。絶対に別れない。別れたくない。だからこそ、今は距離を置きたいんだ」


「うん・・・でも、なんで?」


『別れない』という言葉を強調されて、つかさの心は幾分落ち着いた。


「俺は自己管理がなってないし仕事に甘えがある。それは確かに東城に言われた。でもそれって男としては情けないし、悔しいんだよ」


「悔しい?」


「ああ。恋人といちゃついてるから甘い仕事になってるなんて言われたらすっげえ悔しい。だからそんなことを言う連中を見返してやりたいんだ」


「だったら逆に堂々と付き合ってたほうが良くない?離れてから仕事が出来るようになるなんて思われたら、それこそあたし達・・・」


「いや、甘えがあるのも事実だし、つかさに甘えてるんだと思う。だからその甘えをきっぱり捨てるためにも、きちんとしたきっかけが欲しいんだ」


「きっかけ?」


「ああ、きっかけというか、ケジメだね。自分自身にもまわりにもきちんとケジメつけて、ちゃんと仕事できるようになってから、また堂々と付き合おうよ。なっ!?」


「ケジメかあ。そう言われればあたしも無茶しちゃったよなあ・・・」


「事務所のあの騒ぎははっきり言ってまずいよ。俺はまあいいとしても、つかさの印象が悪くなっちゃったよな。事務所の人たちに・・・」


「ごめんなさい・・・」


つかさは素直に頭を下げた。


「もう過ぎたことを悔やんでも仕方ないよ。だからさ、これからどうすればいいかを考えたんだ。そこから出てきたのが、距離を置くって考えなんだよ」


「うん、淳平くんの気持ちは分かった。でもあたしが耐えられるかどうか凄く不安・・・」


「大丈夫!つかさなら乗り越えられる!それにつかさも俺に甘えがあると思うから、それを消すいい機会だと思うよ」


「あたしに甘え・・・あるよね。仕事にも影響・・・出てるなあ・・・」


苦笑いを浮かべるつかさ。


「俺から見ても、つかさの今の状況はよくないと思うな」


「そう?」


「ああ。その証拠にほら、あそこ見てみろよ」


淳平は厨房のシンクを指差した。


「あ・・・」


つかさの表情が変わる。


シンクにはつかさ愛用のナイフが手入れ途中のまま放り出されていた。


「ほら、あのナイフってつかさが命の次に大切にしてるものだろ?俺が来てもナイフの手入れをしてるときは、絶対に終わらない限りは俺の傍に来なかっただろ?」


「うん・・・」


「でも今日は俺が現れた途端にナイフ放り出してる。これじゃあ仕事に影響出てないとは言えないんじゃないかな?」


「そう・・・だね。確かにあのナイフの手入れを途中にしちゃってる・・・」





つかさが手入れをしていたナイフはフランスの修行時代に手に入れたもので、苦楽を共にした一品だ。


このナイフはまさにつかさの手先であり、素晴らしい菓子製作には欠かせない一本になっている。


「でもそれって淳平くんが大切だからだよ。こんな気持ちじゃ、ナイフの手入れなんて出来ないもん」


「けど以前のつかさなら、ナイフの手入れをしてるときは俺に目もくれずに集中してただろ?」


「うん・・・」


「集中出来なくなってるってことは、仕事に影響出てるんだよ。つかさもな」


「うん・・・そうだね・・・」


つかさの表情がやや暗くなる。


「だからつかさもこれを機に自分を見直しなよ。それ決して悪くないと思うよ」


「うん・・・そうする」


そしてようやく納得の笑みを浮かべた。





「じゃあ俺行くから。つかさも元気でな。お互い頑張ろう!」


「うん、淳平くんも頑張ってね!」


「ああ。じゃあまたな!」


「うん、またね!」


淳平はつかさに笑顔を見せながら、鶴屋を後にした。





(・・・)


淳平の姿が見えなくなった途端に、つかさの不安が大きくなる。


(淳平くんの言う通り、あたしも影響出てる・・・)


放り出されたナイフを見て、改めて実感するつかさ。


(手入れ、再開しなきゃ。でも今の気持ちじゃ・・・)


つかさの心の動揺は、とても刃物が扱えるほどに落ち着いてはいなかった。


(ゴメンね。心が落ち着いたら、ちゃんと研いであげるからね)


つかさは愛用のナイフに謝りつつ、そっと手にとって丁寧に片付けた。


つかさにとって、ナイフを手入れ途中で仕舞うのは初めての経験である。


そんな自分自身に対し、つかさは大きな動揺を感じずにはいられなかった。










「ふわ〜ホント賑やかだなあ。噂には聞いてたけどここまでとは・・・」


「ホントだね。これがいつも通っている学校とは思えないや・・・」


平一と美奈の若いカップルは、校舎の雰囲気の変貌ぶりに目を白黒させていた。





乱泉祭当日を迎えた泉坂高校は大きな賑わいを見せていた。


学園祭初体験のふたりにとっては新鮮の一言だ。


午前中は美奈が文芸部の当番だったので動けなかったが、昼からふたりで学園祭を回る。


ちょっとしたデート気分になるふたり。


ただ同じようなカップルは少なくないので、目立つことは無かった。




そんなふたりに、思いっきり目立つ集団が接近する。


「おい平一!」


後から名前を呼ぶ可愛らしい声。


振り向くと、ひとみが大勢の男子を引き連れていた。


「ひとみちゃん、その取り巻きはなに?」


平一も驚く。


「あたし1年のミスコン代表になったのよ。そしたらラブサンクチュアリ目当てでこんなに寄って来ちゃって・・・」


ひとみも困惑の表情を見せる。


「なるほどねえ。でもそれだけ居るなら、一人くらい目安の番号が一緒の人も居るんじゃないの?」


取り巻きの男子生徒はぱっと見ても15人以上は居る。


「この人たちには悪いけど、あたしは平一くんとラブサンクチュアリに行きたいの!それとももう東山さんと行っちゃった?」


「いや、俺達は行かないことにしたから。あんな確率低いイベントで賞狙うのなんて無理だもん。なあ?」


平一は隣の美奈に同意を求める。


「うん。でもだからって中山くんは貸さないよっ!」


美奈は笑顔で平一の腕を取る。


その途端にひとみの表情が不機嫌になった。




その表情の変化を平一は読み取った。


「ねえひとみちゃん、気持ちは嬉しいけど、俺ひとみちゃんの気持ちには答えられないから。大勢のファンも居るんだし、他の男に目を向けなよ」


平一がこう言った途端に、取り巻きから歓声が上がる。


だがひとみは表情を変えなかった。


「やだあ。だってこの人達、あたしの見た目だけで寄って来てるんだもん。だから例えば・・・」


そしてひとみは美奈の目前に足を運んだ。


「な、なに?」


困惑する美奈。





「東山さん、ちょっと失礼するね」


そしてひとみは美奈の髪留めとメガネを外してしまった。


(あっ!)


平一が驚いている間に、美奈は地味な女の子から美少女に変身してしまった。


「おおおーーーっ!?」


取り巻きの男達から歓声が上がる。


「どうみんな?ここにもこんなにかわいい女の子がいるんだよっ!」


取り巻きたちに笑顔でそう呼びかけるひとみ。


すると取り巻きの半数以上が美奈を取り囲んでしまった。


「ちょ、ちょっと・・・中山く〜ん!!」


男達に囲まれた美奈は平一に助けを呼ぶ。





「おいひとみちゃん!何てことするんだよ!?」


平一はひとみに文句を言いながら、取り巻きを掻き分けて美奈の腕を掴んだ。


そして強く引っ張り、美奈の身体を強く抱きしめる。


「大丈夫か?」


「うん、ありがとう・・・」


平一の腕の中で安堵の表情を浮かべる美奈。


その様子を見た取り巻き達は、


「なんだあ、彼氏付きかあ」


「あ〜あ、なんかがっかりだなあ・・・」


次々と落胆の表情を浮かべる。





「はい東山さん、ゴメンね突然」


ひとみは笑顔で謝りながら、美奈にメガネと髪留めを返した。


「もう、勘弁してよ〜」


美奈は文句を言いながらメガネと髪留めを受け取り、再び身に付ける。


「おいひとみちゃん、なんで東山まで巻き込むんだよ?」


平一もひとみに文句を言う。


「だって不公平じゃない。あたしだけ取り囲まれて、同じようにかわいい東山さんが彼氏と楽しくデートなんてさっ!」


「東山は目立つのが嫌いなの!だからミスコンにも出なかったんだよ!」


怒りの表情を浮かべてひとみに詰め寄る平一。


するとひとみは悪びれた様子も無く、逆に笑顔を見せた。


「へへっ、怒った平一くんの顔も素敵だね!」


「なっ、なに言って・・・」






(!!!!!)


一瞬、平一は何が起こったのかわからなかった。


気がつくとひとみの顔が目前にあり、唇に柔らかい感触が伝わってくる。


なんとひとみは大勢の生徒の前で平一の首に手を回し、堂々とキスをしてしまった。





「いえ〜い!!平一くんの唇奪っちゃったよ〜っ!!」


平一から身体を離して、全身で喜びを表すひとみ。


「ちょ・・・ひとみちゃん・・・」


対する平一は大きな驚きで動揺を隠せない。


「平一くんも東山さんも油断したねっ!いい、隙を見せたらあたしどんどんアタックするからねっ!!じゃあねっ!!」


ひとみは一陣の風のようにやってきて、足早に去って行ってしまった。





「中山くん・・・」


美奈はとても悲しそうな表情で平一の顔をじっと見つめている。


「あ・・・東山・・・これは・・・その・・・」


(この場合、どう言えばいいんだ?)


対応に困る平一。


しかしそんな平一に更なる困難が降りかかる。





ドカッ!!


突然、後から頭を殴られた。


「てめえ!かわいい彼女が居るだけでなくひとみちゃんのキスも受けるなんて・・・許せん!!」


取り巻きのひとりが暴走していた。


「そうだそうだ!!俺達のひとみちゃんを独り占めしやがって・・・フルボッコにしてやる〜〜!!」


他の取り巻きもそれに続く。


結局、平一は何人かの取り巻きに袋叩きに遭ってしまった。


「ぐはっ!だ・・・誰か助けて〜っ!!東山〜〜っ!!げほっ!!」


平一は苦しみの中で美奈の助けを呼ぶ。


だが美奈はショックのあまり、その場から立ち去ってしまっていた・・・




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