ichigoWAR-19  - takaci様






泉坂高校に秋の気配が漂い始める。


この時期は名物の「乱泉祭」の準備で学校全体が活気付いている。


部活動に所属していない平一には準備は無関係の話だが、文芸部の美奈はそれなりにバタバタしていた。





また泉坂高校のカップルにとっては、数年前から定例となった気になるイベントがある。


「ねえねえ、あたし達ラブサンクチュアリでピッタリ賞狙おうね!」


「おう!狙うためにももっと親密になっとかないとな!」


「もう、このエロガッパ!」


浮かれる友人バカップルを見て、平一は呆れていた。


「ラブサンクチュアリってそう簡単に当たるシステムになってないだろ?」


平一は美奈と共に、ラブサンクチュアリを主催する天文部のクラスメートに訪ねた。


ラブサンクチュアリを始めた占星術研究部は天文部に吸収されて今に至っている。


「流れとしては、まず全校生徒の簡単な情報を入力して男女それぞれ1から100まで番号を振るんだ」


「ふうん」


「相手のいない人はまずひとりで行って自分の番号を確かめる。このとき同じ番号の生徒を教えてくれるから、その相手を探すんだ」


「相手がいる場合は、その番号に関係なくいきなり行ってもいいんだよな?」


「1から100までの番号はあくまで目安だから違う組み合わせでもOK。んでこっからが本番」


「どうするんだ?」


「ふたりそれぞれが端末に詳細情報を入力して、同じ番号が出ればピッタリ賞。ただし番号は1から9999までに範囲が広がるけどね」


「ってことは、全校生徒約800人だから単純に半分で割って400組だとすると、確率的には4パーセントか・・・」


「ブーッ。中山不正解」


「えっ?」


「じゃあ東山に同じ問題。カップルが成立する可能性はいくつ?」


「えっと・・・4パーセントの4パーセントだから・・・0.2パーセントかな?」


「ピンポ〜ン!彼女のほうが賢かったね〜!」


「そっか、男女いるんだもんな・・・」


平一は自分のケアレスミスに気付く。


「けど0.2パーセントってことは、何組に一組の割合になるんだ?」


そして改めてクラスメートに尋ねた。


「500組に一組さ。つまり全校生徒だと毎年一組以下の割合だ」


「それ、かなり厳しいなあ・・・」


実際の数字を突きつけられて平一の表情が暗くなる。


「だからいろんな意味で恋愛力が試されるイベントなのさ。相手を探したり、違う番号の相手とどう付き合っていくとかね。同じ番号になるのは夢物語だな」


「なるほどなあ・・・」


ある意味で納得の表情を浮かべる平一。


「ねえ、ちなみに今まで同じ番号になったカップルっているの?」


今度は美奈が尋ねた。


「今年で6回目だけど、過去5回はゼロ」


「やっぱりそうなんだ」


「でも噂では、一回目に一組だけ同じ番号の生徒がいたらしいんだ」


「えっ?じゃあそのふたりが一組目になるんじゃないの?」


「一回目は今と違って最初から全校生徒に4桁の番号を振り分けたんだよ。いたことはいたけど実際には来なかったってケースだね」


「そうなんだ。なんか勿体無いね」


「そんな過去の話より、お前らがどうするのかを考えとけよ。俺としてはあのバカップルみたいな気楽な気持ちで挑まないほうがいいと思うけどな」


クラスメートの指摘を受けながら、ふたりは友人バカップルに不安な眼差しを送っていた。










放課後。


平一と美奈は文芸部の部室となっている図書準備室にいた。


乱泉際が迫っているため、美奈は作品の準備に追われていた。


そして平一はなぜか飾り付け等の力仕事の下準備をしている。


現在の文芸部は華奢な女子生徒ばかりなので、力仕事が出来る部員がいない。


そこで美奈の彼氏でしかも無所属である平一に白羽の矢が立ってしまった。


平一としては納得行かない部分も少しはあるが、美奈の立場もあるので悪い顔は出来なかった。


それに平一自身もモノ造りは嫌いでない上に、美奈と一緒にいられるので気分は悪くはない。


「よし、これで看板のベース完成。ねえどこに置いとけばいい?」


「あ、隅に置いといて。あたしあとで片付けるから」


美奈はノートパソコンの画面を見つめながら背後の平一にそう告げた。


「執筆大変そうだな・・・」


忙しそうな美奈を見て、平一はそう口にする。


「あたしだけ遅れてるからね・・・あ、ちょっと読んでくれないかな?感想聞きたい」


「え、どれどれ・・・」


平一は美奈の傍により、画面の文面に目を通す。


「ふう、疲れた・・・」


美奈は一息ついて、メガネを外してレンズを拭く。





ドクン・・・


平一の心が大きく躍る。





「あれ、中山くん?」


「いやその、やっぱメガネ外した顔って・・・すげえ惹かれる・・・」


鼓動が高鳴る。





スッ・・・


(えっ?)


突然、美奈の美しい顔がすぐ目の前にやってきた。


「あたし近視だから、メガネ外したらこれくらい近付かないと見えないんだ・・・」


すぐ目の前に、愛しい人の顔がある。


しかも、部屋はふたりきりだった。


自然と気分は高まっていく。





「・・・」


「・・・」


ふたりは静かに目を閉じ、そっと唇を重ね合わせた。


放課後の校舎の一角、ふたりきりの秘密のひと時・・・





・・・の、はずだった。










「ウォッホン!!」


((!!!))


突然の咳払いに驚くふたり。


慌てて顔を離してふたり揃って目を向けると、


「「く、黒川先生・・・」」


なぜか数学教師の黒川が図書準備室の入り口に立ち、ふたりを睨み付けていた。


「全くお前らは・・・大人しい健全なカップルだと思っていたが、裏では何をしてるか分からんな・・・」


そう語る黒川の表情は笑っているが、目は怒りに満ちている。


「そんな・・・俺達そんなことは・・・」


「そうです・・・あたしたちそんなに・・・」


顔を真っ赤にして固まって否定するふたり。


「他に誰もいない場所を探してここに来たんだが・・・まあいい機会だ。お前らもこいつの話を聞いておけ」


「へ、話?」


平一が聞き返すと、意外な人物が黒川の後から部屋に入ってきた。


「ま、真中先輩?」


驚く美奈。


「あ、君たちは・・・」


淳平も見覚えのある後輩の姿を見て驚く。


「そういえばお前達は一度会ってたな。でもそれ以上に親しそうに見えるが・・・」


「あ、ハイ実は・・・」


淳平は黒川に夏休みの出会いを話した。


「ほう、なら丁度いい。お前の悩みを後輩に聞いてもらえ。ひょっとしたら意外なアドバイスがもらえるかもしれんぞ」


「そうですね・・・」


淳平はそう力なく答えた。


「何か、あったんですか?」


心配そうに尋ねる美奈。


すると黒川が代わりに答えた。


「お前ら、東城は知ってるな?」


「あ、はい。小説家の東城先輩ですよね」


「その東城と真中の恋人が角倉の事務所ですこし派手な痴話ゲンカをやったんだ。それでこいつはこんなに疲れているんだ」


「「ええっ!?」」


「その件を角倉が私に押し付けてきたんだ。『教え子だから何とかしろ』とな。真中も情けないが角倉も情けない。まったく・・・」


黒川は呆れた表情でそう吐き捨てた。










淳平にとっては寝耳に水の話だった。


「突然つかさの様子がおかしくなって、なんか妙に不安がってすがりつくようになって・・・聞いたら、『東城に脅された』って言うんです」


「ほう、あの東城がか」


黒川も少し驚く。


「俺も最初は全然信じられなくて笑ってたんですけど、つかさの不安はどんどん大きくなるばかりで・・・それで俺も真剣に考えるようになって・・・」


「それで?」


「翌日東城に電話かけました。そしたら『映画の打ち合わせのときに真意を話す』って言われて、その後しばらくしてから、忙しい東城が事務所に来てくれたんですよ」


「それが、騒ぎのあった日か?」


「はい。東城はウチの事務所の大切なお客さんでもありますから、もうすぐに打ち合わせの準備に入って・・・俺もやる気出して真面目に打ち合わせに取り組みました」


「その打ち合わせには角倉も同席したんだよな」


「ええ。今回の映画は規模の大きい仕事なんで角倉さんも関わってて・・・でもそこで、東城からの厳しい指摘が入ったんですよ」


「東城はいつも仕事では厳しい面を見せるほうか?」


「いえ、今回が初めてです。もう容赦なくビシビシと来て・・・俺メッチャ凹んで、自分の力の無さを感じて、ただ東城に謝るばかりでしたね・・・」


「角倉もかなり堪えたそうだな」


「俺だけならまだいいです。でも角倉さんの顔まで潰しちゃって・・・あそこまで厳しい東城は初めての経験ですね」


「そのときの角倉の様子を見たかったな」


笑みを浮かべる黒川。


それに対して淳平の表情はどんどん深刻になる。


「笑い事じゃないっすよ。事務所全体がどんどん暗い空気になって、俺メッチャ責任感じて・・・そしたら東城が『俺の力が出し切れてないのが原因』だと・・・」


「力が出し切れてないと言ったのか?力不足ではなくて?」


「はい。俺も何度も確認しました。そしてその度に東城は言ったんです。『真中くんは全ての力が出し切れない環境下にある』と・・・」


「ほう。そして東城がそう感じた理由はなんだ?」


「いつもの俺ならこんな甘い仕事はしない。仕事が出来ないのはほかの事に大切なエネルギーを獲られて、その代わりに得ているものが極めて少ないと言われました」


「微妙な言い回しだな。お前の恋人の名前や存在といった、具体的なことは口にしなかったんだな」


「つかさの名前や存在を感じさせるようなことは口にしてません。でも、俺には分かりました。東城は『つかさが俺の重荷になってる』と言いたいんだと・・・」


「そう感じたお前は、どう思った?」


「反論したかったけど、言葉が出てこなかったです。あのときの俺じゃ東城の前で何も言えなかった・・・ただ東城の言葉に導かれるように心が揺れ動いて・・・そんなときにつかさが来たんです」


「事務所にお前の恋人が顔を出したのは初めてだそうだな?」


「突然現れて、東城の姿を見るや否やケンカ腰になって、それに東城も反論して、どんどん口調が厳しくなっていって・・・」


「慌てただろ?」


「最初は慌てました。でも何とかケンカを止めなきゃと思って、そして間に入ってつかさの頬をはたいて怒鳴りつけました。『仕事の邪魔をするな』って・・・」


淳平の表情が一段と険しくなった。


「まあ、適切な行動だったと思うぞ。お前の状況判断は間違っていない」


淳平の表情を見た黒川がフォローを入れる。


「あの場はああするしかなかった。ただつかさが場を荒らしてるだけだった。でも怒鳴りつけたらそれでつかさは帰って・・・事務所に嫌な空気だけ残りました」


「その後は?」


「東城が頭を下げて場を取り繕ってくれたんで収まりました。そして帰り際に『言いたいことは言ったからよく考えて』と言われました」


「お前の恋人のほうはどうだった?」


「仕事終わってすぐつかさに逢いに行って問いただしました。そしたらただ謝るだけで・・・あと『別れないで』と繰り返し言われて泣きつかれて・・・その日は理由を聞けませんでした」


「で、後日理由は聞いたのか?」


「事務所に来たのはなんとなく嫌な感じがしたそうです。あいつ感がいいっつーかなんつーか・・・そこで東城と鉢合わせしてあの騒ぎです。どうやら俺の知らないところでふたりで会って話して、そのときに東城から『つかさが俺の障害になってる』と言われたそうです」


「それで思わず感情的になって、騒ぎを起こしてしまったという所か・・・」


「つかさがあそこまで感情むき出しにするとは思いませんでした。しかも東城相手に・・・」


「真中、それはお前の認識不足だ。東城が相手だからそこまでの騒ぎになったんだ」


「えっ?」


「お前はどう思っているか知らんが、傍目から見れば東城とお前がただの仕事のパートナーだけとは思えん。少なくても私はそう感じてるし、角倉もそう思ってる」


「ええっ!?」


驚く淳平。


「じゃあ後輩の意見も聞いてみよう。お前ら、真中と東城をどう感じた?」


黒川は突然、黙って話を聞いていた平一と美奈に話を振った。





「えっと・・・スンマセン俺話の内容に圧倒されて・・・よくわかんないです」


「お前らの年代には荷が重い話だろうが、だが中山よく覚えておけ。男のちょっとした油断が女を惑わして不幸にするんだ」


「ハイ・・・」


平一には意見も反論も何も出来なかった。


「じゃあ東山、お前はどうだ?」


「えっと、あたしにもよく分かりません。ただ、真中先輩と東城先輩を見て、えっと・・・その・・・」


口ごもる美奈。


「東山、遠慮することは無い。思ったことを口にするんだ」


そんな美奈を黒川が促した。


「じゃあ・・・あの、おふたりはとてもいい関係に見えました。その・・・真中先輩に他に恋人がいるのが不思議に思えて・・・あ、ごめんなさいごめんなさい!!」


淳平に向けて美奈は何度も頭を下げる。





「そん・・・な・・・」


美奈の言葉を受けて、淳平は完全に言葉を失った。


「真中、お前は恋人のことをどう思っているんだ?」


「俺は真剣です!マジでつかさを愛してる!嘘じゃないです!!」


黒川の問いに対し、思わず力が入った。


「ならば、その愛について考える必要があるな」


「愛について考える?」


「お前が口にした『愛している』と言う言葉。そう言わせるだけの根拠は何だ。真中、お前にとって愛とはどういうものだ?」


「それは・・・その・・・」


口ごもる淳平。





しばらく沈黙が続く。




やがて、淳平は暗い表情で落ち込んでしまった。


「俺は・・・」





「真中、それでいい。愛なんて簡単に言葉で表せるものじゃない。正直、私もよく分からん。大勢の大人が分かっていないだろう」


黒川は優しい表情で淳平の肩をぽんと叩いた。


「先生・・・」


「だがお前は今、それを考える必要なときになっているんだ。まずはひとりでゆっくり考えてみろ。お前なりの『愛』の答えを見つけるんだ。自分自身を納得させるためにもな」


「・・・はい・・・」


淳平は力なく頷いた。










(恋愛って、楽しいだけじゃ済まないんだなあ・・・)


悩む淳平の姿は、平一にも恋愛の厳しい面をひしひしと感じさせていた。







NEXT