ichigoWAR-18  - takaci様






『東城さん、新刊発売おめでとうございます。お仕事が順調そうで何よりです』


『でももっと純粋にお仕事に専念すべきじゃないかな。仕事の名において、あたしのプライベートに介入するのはやめて欲しい』


『そんなあなたに、このふたつの花を贈ります。きっと東城さんなら理解してくれると信じています』





「このカードと共に贈られたふたつの花。あたしはそれを見て・・・」


「あたしは西野さんから『大切なもの』を奪おうとしてる我侭な女性だと・・・西野さん、あなたのメッセージはそれで合ってるかな?」





「そう、東城さんは仕事という名目で淳平くんに近付き、縛り、あたしから奪おうとしてる。あたしはそう思ってる」






「西野さん、それは違うよ」






「その前に、東城さんもこのカードの意味を教えて!あたし訳分らないよ!」


つかさも1枚のカードを差し出した。


綾がつかさにお返しで贈った花に添えられたものだ。






『この花には[純白の愛]という意味があります。今の西野さんに相応しい花だと思います』


『あなたが良き白い心であり続けることを願っています』






「これなに?あたし全然意味分らない。まるで馬鹿にされてるみたいで・・・まずこれを教えて!」






「それで怒ったのなら謝る。けど馬鹿にしたとか、ふざけて贈ったわけじゃない」






「じゃあどういう意味なの?」






「西野さんの心は純白なの。良くも悪くも真っ白すぎるのよ」






「真っ白すぎる?」






「そう、真っ白だからそれにそぐわない色に敏感に反応しすぎる。さらにずっと純白で他の色に全く染まらないのよ」






「それって褒めてるの?それとも貶してるの?」






「だから良くも悪くもよ。真っ白な心は美しくかつ羨ましくもある。けど他の色に染まらないのは問題あるよ」






「問題って、なにが?」






「真中くんはもう立派な大人で、いろいろ難しい業界で一生懸命お仕事してる。それをもう少し理解してあげてもいいんじゃないかな?」





「それってつまり、多少の浮気は目を瞑れってこと?」





「そんなこと言ってない!けど今の西野さんは真中くんに多くを求めすぎてる!心の空白は身体で埋まるものじゃないでしょ!」





「なっ・・・淳平くんそんなこと言ってるの?」






「言う訳ないでしょ!でも真中くんを見れば分るよ。西野さんの異常な求愛は、真中くんの負担になってるのよ。間違いなく・・・」






「そんな・・・」






「ねえ、もう少し真中くんを信頼してあげようよ。真中くん立派に真面目に仕事してるよ。浮気なんて全くしてないよ」






「分かってる!淳平くんは信頼してるし浮気してないのも分かってる!でも・・・不安なのよ・・・」






「何も不安がることないよ。真中くんと西野さんの関係は特別だよ。誰にも介入できない・・・特別な場所なんだから・・・」





「でも、淳平くんと東城さんの関係だって特別じゃない。あたしじゃ絶対に入り込めないよ」






「それはあくまで仕事上よ。仕事の上での良きパートナーであって、それ以上にはなれない。それは西野さんだって、よく分かってるでしょ?」






「分かってる。東城さんと淳平くんの関係は、あたしと日暮さんの関係と一緒。でも、ホントにそれだけなの?」





「それだけよ。それ以上でもそれ以下でもない。西野さんがいる真中くんにそれ以上を望んでも無理なんだから・・・」






「望むって、どういうことよ?」






「えっ?」






「望むってことは、淳平くんと今以上の関係を築きたいってことでしょ?」






「それは・・・」






「それよ!東城さんがそう思ってる限り、あたしの不安は消えないのよ!」






「でも・・・仕方ないじゃない!西野さんはあたしの叶わぬ想いまで縛るつもりなの?」






「叶わないと分かってるなら諦めて!東城さんって賢いから理解できるでしょ?」






「西野さん、感情って理屈で割り切れるものなの?割り切れないからあなたも悩んでるんだよね?」






「ひ、開き直らないでよ!」






「ねえ西野さん、真中くんをちゃんと理解して愛していれば、それで全てが収まるのよ。今のあなたの不安なら真中くんとの大きな愛があれば乗り越えられるんじゃないかな?」






「それこそ・・・理屈で割り切れないよ。東城さんの想いがある以上、あたしの不安は消えないのよ・・・」






「西野さん・・・」






「東城さんが離れているならまだいい。でもこうしてそばに居続けられるのは、あたし・・・」




















「お願い・・・それ以上言わないで・・・」






綾の口調が変わった。


ずっと口論を続けていた強い口調から、落ち着いた口調に変わる。


そして、冷たい闘志が一気に強くなった。






ゾクッ!!


つかさの背筋にも寒気が走った。






「あたしと真中くんには共通の目標があるの。見果てぬ夢だけど、いつか実現させたい、遠い目標が・・・」





「な、なによそれ・・・あたし全然知らない・・・」





「仕事の話よ。だから西野さんが知らなくても普通じゃないかな。あなただって日暮さんとの仕事の話を全て真中くんに話すわけじゃないでしょ?」






「そ・・・そう言われればそうだけど・・・だったらその目標がどう関係するのよ?」





「仕事に限ったことじゃないけど、目標達成のためには必要なことを消化し、不安要素は除去していかなければならない・・・」






「ふ、不安要素?」






「そう。西野さんが考えを改めないなら、西野さんは真中くんの目標達成の不安要素になるとあたしは考えてる・・・」






「な・・・なによそれ・・・」





「西野さんお願い、現状で満足して。じゃなきゃあたし・・・あなたと真中くんの関係を・・・引き裂かなきゃ・・・ならなくなる・・・」


綾の声が涙で詰まる。


「お願い・・・あたしに・・・そんなこと・・・させないで・・・」


そして、涙をいっぱいに溜め込んだ瞳をつかさに向けた。




















つかさは完全に圧倒されていた。


綾の増幅した冷たい闘志に。


その奥底に秘められていた強い意志に。


綾がつかさに向けた視線に込められた感情に。


その視線は優しさと哀れみと悲しさに満ち溢れていた。





だが、ギリギリのところで踏みとどまる。


純白の愛が、つかさに活力を与えた。





「じょ・・・冗談じゃないわよ!あたしそんな脅しまがいのことに、絶対に屈しないから!」


強い口調で、自らの固い意思を表した。


絶対に譲れない、淳平への愛を表した。





それを受けても綾の静かな口調は変わらない。


「西野さん、冷静になって考えて。今あたしとあなたが争ったら、あなたに勝ち目は無いよ・・・」





「なんでそう言い切れるのよ!その余裕もあたし気に入らない!なんでそんなに余裕なのよ!?」





「西野さん、あなたの純白の心と愛はまるで天使そのもの。それに対してあたしの心は魔女に近いと思う」




「そ、そうよ!東城さんは魔女そのものよ!人の心を惑わす魔女よ!」




「物語では天使が勝つよ。でも現実の社会では・・・魔女のほうが絶対に有利よ」




「なっ・・・それが余裕の理由なの?」




「そうだろうね。そして西野さん、あなたは絶対に魔女になれない。あなたの純白の心では魔女になりきれないよ」




「そ・・・そんなの関係ない!あたしはあたしなりのやり方で淳平くんを守ってみせる!あたし負けないからね!」


つかさもまた、冷たい闘志を増幅した。


綾に屈しないために、目いっぱいの力を持って自らを奮い立たせる。






「そう・・・なら・・・仕方ないね・・・」


綾はとても悲しげな口調で、そうポツンと語った。



















時は経過し、美しい夕日が部屋に差し込む。


激しくぶつかり合った冷たい闘志は消え去り、部屋には温かい空気が漂う。


結局話し合いは平行線のまま折り合いが付かず、両者の溝は埋め切れないほどに深まってしまった。





つかさと美鈴が帰った部屋は、今は綾ひとりである。


綾は夕日を眺めながら、とても悲しげな表情を浮かべていた。





「失礼します」


外から声がして、襖がすっと開く。


さつきが丁寧なお辞儀をしてから、部屋に入ってきた。


「東城さん、今日は疲れたでしょ?よかったら泊まっていく?」


さつきは優しく、温かい声をかけた。


「うん、そうしてもいいかな?」


「ウチは旅館だからお客様は大歓迎だよ。こんな時期だしね」


「ありがとう北大路さん・・・」


綾から笑みがこぼれた。





「東城さんって、今はこっちに居るんだよね?」


「うん、執筆で別の京都市内のホテルに泊まってる。もう2週間くらいかな」


「それで西野さんから連絡受けて、ウチで会うことにしたんだ」


「ふたりきりだと危険な感じがしたから、誰か知っている人に立ち会って欲しかったんだ。面倒なことしちゃってごめんなさい」


綾はさつきに向けて丁寧に頭を下げた。


「あ、ううん気にしないで。あたしも役に立ててよかったし、ある意味諦めついたし」


「諦め?」


「あたしも少しは真中のことを狙ってたんだけど、あんなムキ出しの凄い闘志見せられたらさすがに自信なくした。今は結構サバサバしてるよ」


さつきは晴れやかな表情で綾にそう語る。





「北大路さん・・・」


「それよりも、真中と西野さんの間って簡単に裂けるものなの?東城さんってそんなに力あるの?」


「今の真中くんと西野さんは凄く不安定だから、誰かがちょっと外圧かければすぐに壊れちゃうと思う。ただそれをする人が今までいなかっただけよ」


「それを東城さんがするってことか」


「そう。完全に憎まれ役になるから本当は嫌なんだけど、もう仕方ないね・・・」


「でも、西野さんの後釜に東城さんが成れば、憎まれ役も悪くないんじゃないの?」


「そこまでは考えてない。それにあたしには西野さんの役目が務まるとは思ってないから・・・」


「えっ、じゃあなんでふたりを引き裂くの?東城さんも真中の恋人になりたいんじゃないの?」


「なりたいという想いと、なれるかどうかは別問題だよ。あたしはただ西野さんが真中くんのお仕事の障害になると判断したからそれを排除するだけだよ」


やや悲しげな表情で綾はそう語った。





「ねえ東城さん、もっと自信持ちなよ」


「えっ?」


「あたし高校のときから真中と東城さん見てたけど、ふたりってやっぱり他の人間が入り込めない独特の空気を漂わせてたよ」


「だからそれが今のお仕事に繋がってるわけであって、恋愛とは関係ないと思ってるんだ」


「それは東城さんの思い込みだと思うな」


「思い込み?」


「うん。それに真中と東城さんが付き合ってくれたほうが、あたしとしてはスッパリと諦められるんだ」


「えっ?」


「だって高校のとき思ったもん。真中と東城さんなら全然ダメな気するけど、西野さんならまだ望みがあるってさ」


「北大路さん、ありがとう・・・って言っていいのかな?」


「それは真中を完全にモノにしてから言ってよ。あ、でもワイドショーに出るような騒ぎ起こしちゃダメだからね!」


さつきは笑顔で綾にきつい冗談を浴びせた。






「うん、気をつけるよ」


苦笑いを浮かべる綾。


「じゃああたし夕飯の準備してくるね。あ、その間にお風呂入ってきなよ。すぐ浴衣用意させるからさ」


「ありがとう。お世話になります」


「こちらこそ。じゃあ失礼します」


さつきは一礼をして、静かに部屋から出て行った。










綾は再び夕日に目を向ける。


(これから・・・厳しい日々が始まるな・・・この神経戦にあたし耐えられるかな・・・)


(でも・・・もう・・・引き下がれない・・・)


(あたしも・・・真中くんとの夢だけは・・・譲れない・・・)





夕日は静かにゆっくりと落ちていく。





東西全面戦争勃発の日は、こうして暮れていった・・・





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