ichigoWAR-17  - takaci 様






京都。


西暦794年から1867年まで日本の都として栄え、数々の伝統を残してきた街。


街のいたるところに古の伝統が感じられ、その味わいを求める国内外からの観光客も数多い。


ただ、気候は決して過ごしやすくはない。


盆地なので、夏はとても暑く冬はとても寒い。


なので観光時期は春と秋に集中する。


夏と冬の京都にもそれなりの味わいもあるのだろうが、それが分かる人もまた少ないだろう。




さて、時期は9月上旬。


まだ残暑が厳しく、京都市内は連日真夏日を記録している。


観光時期からも外れており、街を歩く観光客も少ない。


よって宿泊施設も忙しさはなく、ややのんびりとした空気が漂っている。





そんな京都のとある旅館に、ひとりの美女がやってきた。


「おこしやす〜」


女中達が丁寧な対応で出迎える。


「すみません。あたしここで約束してる、西野といいますが・・・」


つかさは神妙な面持ちで女中にそう告げた。


「あ、はい聞いとります。ちょっと待っておくれやす」


女中はつかさに一礼すると、奥に入っていった。


「若女将〜お客様がお見えですえ〜」





(若女将?なんであたしなんかにそんな人が・・・)


つかさは旅館の対応にやや疑問を感じる。


ただその疑問は、若女将が現れた時点で綺麗に消し飛んだ。


「西野さん久しぶり〜いらっしゃ〜い」


(えっ?)


京都弁とは異なるイントネーションを持った、どこか聞き覚えのある若い女性の声。


やってきた若女将に目を向けると、


「さ、さつきちゃん!?」


つかさは驚きで目を白黒させる。


「ホント久しぶりね。驚いた?」


「淳平くんからはちらっと聞いてたけど・・・でもホント驚いたあ!さつきちゃんとこんな所で会うなんて・・・」


「あれ?あたしがいるから、ここで約束したんじゃないの?」


今度はさつきが驚く。


「この旅館は東城さんが指定してきたから・・・そっか、こんな理由だったんだ・・・」


つかさは苦笑いを浮かべた。





「ま、いいや。さああがって、東城さん待ってるよ」


さつきはつかさの前にひざま付き、スリッパを丁寧にそろえた


「うん・・・ありがとう」


つかさの表情は緊張で少しずつ暗くなっていく。


「・・・では、ご案内します。こちらへ」


さつきは仕事モードに切り替わり、丁寧に一礼をしてからつかさを部屋へと案内した。


さつきにもつかさの緊張感は伝わっていた。





(なんか、空気が重いなあ・・・)


綾が待つ部屋へとつかさを案内するさつきにも、嫌な緊張感が伝わってくる。


大胆な行動を選択するさつきのその心は、実は繊細でプレッシャーに弱い。


さつきは自分に押し寄せる緊張感を払拭すべく、明るい声で話題を切り出した。


「西野さんは東城さんと会ってたりするの?」


「ううん、ホント久しぶり。高3の冬以来だから・・・何年ぶりになるんだろ・・・」


「そうなんだ。じゃあこうして4人が顔をあわせるのは高2以来だね!」


「4人?」



「あ、たまたま偶然だけど美鈴も来てるのよ。東城さんと部屋に一緒にいるんだ」


「美鈴って・・・」


「外村美鈴。女好きだった外村の妹。高2の合宿で一緒だった」


「ああ、あの子か・・・」





(西野さん、なんか反応が鈍いなあ・・・)


さつきはそう感じていた。


(何なのよこの感じは〜!?)


その感覚が、より緊張感を大きくする。


さつきが苦手とする、重い緊張感が伝ってくる。





「なんか西野さんらしくないね。一緒に合宿した美鈴を思い出せないなんて」


「そう・・・かな。そう・・・かも、しれない・・・」


「真中と幸せすぎて、昔のことは忘れちゃったとか?」


「そう・・・なら、いいんだけど・・・ね・・・」


つかさの口調はどんどん重くなっていく。





(ヤバイよヤバイよヤバイよこの空気〜!!)


毎日通っている旅館の廊下が、今はとても暗く感じられる。


この先へ誘う、綾の待つ部屋への道が、どんどん暗くなっていく。


後ろを歩くつかさの周りの空気の重さが、さつきにそう感じさせていた。


(なんかヤな予感がするなあ。ひょっとしていまだに真中のことで揉めてんの?)


(なんかこのまま誘っちゃまずいような気もする。でも他にいい手は浮かばないし・・・)


そんなことを考えているうちに、綾の待つ部屋の前に来てしまった。


(ああ着いちゃったよう!どうしよう・・・)


さつきは一瞬困惑するものの、どうすることも出来ない。





ただ幸いにも、襖越しに感じられる綾のいる部屋の空気は重く感じられない。


微かではあるが、綾と美鈴の談笑する声が聞こえる。


(部屋がこの空気なら大丈夫かも。でも西野さんが入ったらどうなるか分からない・・・)


(ええい、もうこうなったら女は度胸!)


重い緊張感の中で、さつきは腹をくくった。





部屋への襖の前の廊下で丁寧に正座し、


「失礼します。お客様をお連れ参りました」


丁寧にお辞儀してから、すっと襖を開けた。





綾の待つ部屋の空気は明るかった。


部屋の奥に綾が座り、机をはさんで手前に美鈴が座って楽しく談笑していたようだ。











だが、その楽しかった空気は一変する。










「西野さん、遠いところわざわざありがとう。さ、どうぞ」


綾は笑顔でつかさに座るように呼びかける。





だが顔は笑っていても、眼は笑っていなかった。


凍るような、冷たい闘気を持った視線。





ゾクッ!!


背筋に寒気が走った。


さつきと、美鈴のふたり。






さつきは思わずつかさに眼をやる


(に、西野さん・・・ちょっとあなた・・・)


つかさからは、先ほどまで感じられた重い緊張はなかった。


ただこちらは綾と異なり、どこか険しい表情をしている。


そして綾と同じ、凍るような冷たい視線。





「うん・・・お邪魔します。美鈴ちゃんちょっといいかな・・・」


綾の目の前に座っていた美鈴は慌てて場所を開け、つかさが綾の前に正座した。





(ちょっとちょっとこの空気・・・冗談じゃないわよお!!)


さつきは心の中で悲鳴をあげていた。


空調設備があるとはいえ、残暑の厳しい京都の古い旅館はやや暑さが感じられる。


だがこの部屋の空気は、そんな暑さとは無縁になった。


綾の冷たい闘志。


それにぶつかるつかさの冷たい闘志。


ふたつの凍るような闘志のぶつかり合いで、部屋の空気は一気に冷たく感じるようになり、あまりの冷たさで痛いと錯覚するほどだ。





それでも心を仕事モードに切り替えて勇気を振り絞り、廊下から部屋に一歩足を踏み入れる。


そして、襖をすっと閉じた。





部屋に会話はない。


静かに、重く、空気はどんどん冷たくなっていく。


〔き、き、き、北大路先輩・・・〕


美鈴が怯えた表情でさつきのそばに寄ってきて小声で声をかける。


〔このふたりどうなってるんですか!?この空気は何ですか?〕


美鈴は今にも泣き出しそうだ。


〔あたしが知るわけないでしょ!でもたぶん、真中のことじゃないの?〕


〔真中先輩って・・・何かしたんですか?〕


〔だから知らないってば。でもこの修羅場の空気は、間違いなく男女問題よ。それもドロドロのね!〕


〔修羅場って何ですか修羅場って!?〕


〔美鈴も覚えておきな。こーゆー空気を修羅場って呼ぶのよ。あたしもこの業界でお客の修羅場を何度か経験してるけど、ここまできついのは初めてだね。はは・・・〕


〔なに空笑いしてるんですか!早く止めてください!それに真中先輩のことなら北大路先輩も参戦すればいいじゃないですかあ!?〕


〔む、無理無理!あたしこんな冷たくって厳しい争いする度胸ない!〕


〔無理無理って、北大路先輩らしくないですよお!〕


〔いや、薄々は気付いてたんだ。あたしじゃ真中を奪えない。このふたりには勝てないってね・・・〕


さつきは強い緊張に包まれながらも、どこかさっぱりとした表情を浮かべた。


〔北大路先輩・・・〕


さつきの諦めの表情は、美鈴の心を少し悲しくさせた。






「さてと、あたしも仕事しますか」


さつきは通常の声の大きさでそう切り出した。


〔仕事って何ですか仕事って?てかあたしはどうすれば?〕


美鈴が小声でさつきに尋ねる。


「あんたもそこにいて。いざという時のためにね」


さつきは美鈴にそう告げると、すっと立ってつかさの傍により、机の上にある湯飲み茶碗に手を伸ばした。


「さ、どうぞ西野さん」


つかさにお茶を淹れて差し出すさつき。


「あ、ありがとうさつきちゃん」


そう言いつつも、つかさの緊張は変わらない。





そのつかさの対応を見て、さつきは勇気を持って切り出した。


「ふたりとも大事な話なんだろうけど、あたしと美鈴も立ち会っていいかな?そんな空気出されてたら、この旅館の人間としては見過ごせない」


(ちょ、ちょっと北大路せんぱーい!!)


この言葉で、美鈴は心の中で滝のような涙を流す。


美鈴はこの修羅場から逃げ出したい一心だった。





「いざというときは、ふたりであたし達を止めるってこと?」


綾が笑顔でさつきに尋ねる。


「そう言うことに・・・なるね」


答えるさつきの表情は硬い。





「うんわかった。あたしは構わないよ。西野さんもいいかな?」


綾は笑顔で承諾し、つかさに尋ねる。


そしてつかさは硬い表情のまま、静かに頷いた。





「ねえ西野さん、そろそろその闘志を抑えない?北大路さんも美鈴ちゃんも驚いてびっくりしてるよ?」


綾は笑顔でつかさにそう促す。





「あたし、気に入らない・・・」


つかさはポツンと口にした。


「気に入らないって、何が?」


綾が尋ねる。


「あなたのその余裕。あたしはあなたに負けないように闘志いっぱい出してるのに、あなたはあたしと同じ闘志を出しながらも他を気遣う余裕がある」


「西野さん・・・」


「いつもそう。仕事でもブログでもお花のお返しも、東城さんは余裕たっぷり。あたしはいっつも必死なのに・・・淳平くんを守ろうと必死なのに・・・」


つかさの身体が小刻みに震えている。


怒りと、悲しみと、憎しみが織り交ざって・・・





その勢いで、つかさはさらに冷たい闘志を増幅させた。


「東城さん教えて!あのお返しの真意は何なの?あなたは淳平くんをどうしたいの!?ねえ教えて!!」





((ひ〜え〜っ!!))


美鈴とさつきは心底震えていた。


つかさが増幅させた冷たい闘志の影響をモロに受けた。


修羅場の経験がない美鈴は圧倒されて完全に頭が真っ白になっている。


(と、東城さんは・・・)


対照的にまだ判断力が残っていたさつきは綾の様子を確かめる。


(あれ、東城さんは・・・変わってない?)


綾はつかさの闘志の影響を一切受けていなかった。


つかさにあわせて闘志を増幅させてもおらず、また圧倒されている様子もない。


綾は綾のまま、変わらずに冷たい闘志を一定に出し続けている。


(確かに西野さんの言うとおり、東城さんは余裕なの?)


さつきもそのように感じていた。





綾はつかさの言葉を受けて、ふうっと一息つく。


「お互い冷静になって話し合いたかったけど、どうやら難しそうだね・・・」


そう話しながら、ハンドバッグから1枚のカードを取り出した。


「東城さん、それって・・・」


「そう。西野さん、あなたが花と一緒に贈ってくれたメッセージカードよ。これが今日の発端になったんだよね・・・」





(東城さんも・・・戦闘モードに入った?)


綾の口調の変化から、さつきはそう感じ取っていた。


そしてその直感の通り、ふたりの美女は争いへと突入していく・・・






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