ichigoWAR-16  - takaci 様






普段はさほど人通りも多くはないが、だからといって寂れてもいないとある商店街。


今日はその一角が大きな賑わいを見せていた。


業界では有名で、商店街の中でも客足の多いパティスリー鶴屋が改装工事を終え、新装開店オープンの日を迎えていた。


もともとの看板菓子職人の日暮も帰国しており、普段の厨房を担っているつかさも居る。


日暮とつかさという2枚の看板菓子職人。


さらには新装開店オープン。


鶴屋は朝から晩まで売り場も厨房も戦場と化した。






閉店後、


「みんな今日一日ご苦労さん」


店長の鶴婆がスタッフ達に日本茶の入った茶碗を渡して、忙しい一日を労った。


洋菓子店で日本茶とは何ともアンマッチではあるが、これもまた鶴婆なりの気遣いだった。


熱い日本茶には、日本人の疲れた心を癒す力があると思う。


「あ〜日本茶おいしい!」


バイトの女の子が喜びの声をあげる。


この声で鶴婆はもちろん、今日一日を戦い抜いたメンバー全員が温かい微笑みに包まれていた。





「そういえばつかさちゃんや、あんた宛にお祝いの花がいくつか届いておるんだが・・・」


鶴婆がつかさにそう切り出した。


「あ、はい分かりました。あとで見ておきます」


「じゃがその中にひとつだけ、妙なものがあってなあ・・・」


「妙なもの?」


つかさが首をかしげると、鶴婆はその綺麗に飾られた花束を持ってきた。


「これなんじゃが、開店祝いの花にしては変だと思わんかい?」


日暮が寄ってきて、花束と送り主の名前に目を通した。


「そう言われれば確かになあ。送り主は・・・東城綾って、あああの有名なかわいい小説家か。確かつかさと同級生だよな」


「でも開店祝いにこの花はないじゃろ」


「いや有名な小説家だから、深い意味があるんじゃないか。なあつかさ?」


日暮がつかさに尋ねたとき、つかさは花束に添えられた綾直筆のメッセージカードに目を通していた。


そして、


「そう、ですね。東城さんは常識わきまえた人だから、必ずいい意味があるんですよ。けど頭もいい分レベル高すぎて理解し辛いことなのかも・・・」


やや苦笑いをするつかさ。


「そうなのかい?ならいいが。わしゃそのカードは読んどらんから真意が分からんかったんじゃ。でもつかさちゃんが納得すればそれでええぞ」


つかさの言葉で鶴婆は安堵の表情を浮かべる。


「あたし、ちょっと失礼しますね」


その笑顔を見たつかさもまた笑顔を浮かべながら、裏口から店の外へと出て行った。






(東城さん・・・あたしを舐めてるの?)


店の裏側。


ひとりきりになったつかさは険しい表情で、綾のメッセージカードを持つ手が怒りで震えていた。


(あたしの挑発に対して、こう返してくるのね。信じられない・・・)


(こうなったら、もう直接会って確かめるしかない・・・)


つかさの目は、急速に冷たくなっていく。


その心は、綾に対する怒りに満たされていた。










「はあ?ミスコンに東山を推薦?お前らなに考えてんの?」


「とにかくお前らも見てみろって!絶対その気になるから。なあ!?」


「うんっ!!」


呆れるクラスメート対とは裏腹に、平一の友人の真新しいカップルは自信満々の笑顔を浮かべている。


夏休み明けの始業式の日。


久しぶりにクラスメート全員が顔を合わせる日である。


また泉坂高校では、数年前から学園祭で始まったミスコンの推薦人集めが始まる日にもなっていた。


ミスコンに出るには本人の立候補に加え、同性5人以上に異性10人以上、計15人以上の推薦人(推薦人は教師も可)が必要となっておりそれなりにハードルが高い。


学園祭で各学年ごとに代表が選ばれ、そこで3学年の代表が最終審査で競い、その年のミス泉坂が選ばれる。


ちなみに女子用の制服が着れれば、男子生徒のエントリーも許されている。当然のごとくウケ狙いの男子生徒エントリーは毎年若干名にのぼる。


それはさて置き、





「中山と東山が付き合い出したのは聞いてるけど、だからって東山推薦は別問題だろ?」


「いいからまず見てみろって、東山別人になってるから。あ、噂をすればキター!!」


友人が騒ぐと、教室に平一と美奈が楽しそうに笑いながらふたり一緒に入ってきた。


「ようおふたりさん!おめでと!」


「美奈ちゃんやったね〜!大西さんに勝ったね〜!」


一気にクラスメート達に取り囲まれるふたり。


平一らのような、この夏休みでカップルになった組は話のネタで一斉に囲まれる。


特に平一と美奈は休み前から関心が高かったので、集まる人の数も多い。


「中山、ズバリ東山を選んだポイントはなんだ?」


「そりゃ、一緒に居てラクで楽しいからだよ」


照れながらもしっかり答える平一。


「大西のかわいさより、東山の居心地の良さをとったってことか?」


「見た目より、まず相性だろ。てか見た目を言われたら俺だってダメだろうし」


「けっ、よく言うよこの色男がっ!」


バシバシバシッ!!


平一はクラスメートの男子生徒達から手荒い洗礼を喰らう。


「いてて・・・おい止めろって!!」


見た目は美男子でもないごく普通の高校男子の平一だが、その表情はとても輝いていた。


「でも東山さんも綺麗になったね〜!彼氏出来ると綺麗になるって言うけど、ホントだね〜!」


「あ、ありがと。なんか恥ずかしいな・・・」


周りの熱気に恥ずかしさが加わり、美奈のメガネがやや曇る。


「でも中山にゃ悪いが、多少綺麗になったって言ってもまだミスコンに推薦できるレベルじゃないだろ」


「はあ、ミスコン?」


平一が呆れた声でクラスメートに聞き返す。


「ああ。あいつらバカップルが東山推薦するって言ってさ。彼氏としてはどう思う?」


「俺の意見よりもまず、東山の意思だろ。そんなのに出る気あるの?」


平一が美奈に尋ねると、





「ゴメン。あたしミスコンなんて出る気ないし、そんな自信サラサラ無いよ」


美奈は遠慮がちにそう言った。


その言葉に反応したのが友人バカップル。


「コラ東山!そのダサいスタイルは止めろよ!もったいないぜ!」


「そうよそうよ!あたし達に見せてくれたかわいいモードならミスコン出れるって!もっと自信持とうよ!」


揃って美奈を持ち上げようとするが、美奈自身はその流れに乗らなかった。


さらに平一が止めたことで、美奈のミスコン推薦の話はそこで終わった。






そして放課後。


まだ厳しい残暑が残る商店街を歩く平一と美奈のふたり。


「しかしあいつらがミスコン推薦なんて考えてたなんて・・・まああのメガネ外した姿を見ればその考えに行くのかなあ?」


平一は呆れながらも、その口調は嬉しさで弾んでいる。


「綺麗って言われるのは嬉しいよ。けどコンタクト苦手だし、それで目立ちたくもないんだ。だからあの姿は中山くんとふたりのとき専用にしたいと思ってるんだけど・・・」


「俺はそれで構わないよ。そりゃ見た目が綺麗なほうが正直嬉しいけど、大切なのはその・・・中身だからさ」


「あ・・・ありがとう」


お互い恥ずかしさでやや紅くなる。






そこに、


「あれ、雨?」


平一は霧雨が身体に当たるのを感じた。


「ホントだ。でも雨雲なんてどこにもないよ。風に運ばれてきた感じでもないし・・・」


美奈は天を見上げるが、晴れ渡った青空が広がっている。


「じゃあ、これは?」


「???」


不可思議な現象を理解出来ないふたり。


そして一瞬の後にその理由が示された。






「おふたりさ〜ん、お熱くなりすぎてな〜い?」


なんとひとみが花屋の前で水道に繋がったシャワーを手に持ち、ミストモードで上に向けている。


放水された霧雨は放物線を描き、平一らの身体に心地よい爽快感を与えていた。


「へへ、これくらいだと気持ちいいでしょ?」


シャワーを止め、笑顔を見せるひとみ。


「や、やあ・・・久しぶり・・・」


逆に気まずい平一。


「大西さん・・・元気そうで良かった・・・」


美奈の表情も微妙だ。


「あたしは元気いっぱいだよ!じゃなきゃ平一くんにアタック出来ないもん!」





「「えっ!?」」


ひとみの発言に驚くふたり。





「恋愛にルールなんてないんだからね!東山さん、少しでも隙を見せたらあたし平一くん奪っちゃうからね!覚悟しといてよ!」


そう宣言するひとみの表情は笑顔ながらも、目は真剣な輝きを見せている。


そしてその輝きが、美奈の心に伝わった。





「やだ。簡単には渡さないから」


美奈は両腕で平一の左腕を掴み、平一に身体を密着させながらひとみに対して厳しい視線をぶつける。


「ちょ、ちょっと・・・」


慌てる平一。今年何度目だろうか・・・






だがふたりの少女は、


「むー・・・」


「うー・・・」


商店街のど真ん中で、恋の火花を激しく散らしていた。






「あの・・・俺が言うのもなんだけどさ・・・ふたりとも仲良くしようよ」


少女によるガンの飛ばしあいに平一は圧倒されつつも、何とかこの場を取り繕うと言葉を発した。


(こんな所でふたりが修羅場になったらマジでたまらん!悪い印象でもいいから少しでも俺に意識を向けさせたほうが・・・)


平一は心の底からそう思っていた。






その気持ちが通じたかどうかは定かでないが、ひとみの表情が柔和になる。


「そうだね。あたしと東山さんも仲良くならなきゃね!西野さんと東城さんみたいにさっ!」


いつもの元気いっぱいの笑顔に変わった。


「そ、そう!仲良くね!」


平一は今はひとみに調子を合わせる。


「でも大西さん、東城先輩と西野さんってそんなに仲がいいの?」


美奈も闘争心は引っ込めたが、新たな疑問をひとみに投げかけた。


「うんっ!この前もお互いで花の贈り合いしたんだよ。西野さんは東城さんの新刊記念、東城さんは鶴屋の新装記念でねっ!」


「へえそうなんだあ。ホント仲いいんだなあ!」


ただただ明るい雰囲気にしたい平一は場を盛り上げようと必死だ。


「どっちもウチの店で用意したんだよ。ちょっと変わった花だったけどね」


「変わった花って、どんなの?」


美奈はひとみに尋ねた。


「まず西野さんが東城さんにホオズキと洋ランの鉢植を送ったんだ。お返しで東城さんは真っ白なヒガンバナ。ちょっと変わってるでしょ?」


「へえ、そうなんだ。よく分からないけど、マジで仲よさそうだなあ」


平一もひとみの言葉でそう感じ始める。





ただ、美奈の表情は冴えない。


「ねえ大西さん、東城さんが贈ったヒガンバナって、ひょっとしてレインリリーのこと?」


「あっそうだよ。東山さんよく知ってるね!」


「う、うん・・・偶然知ってたんだ!」


美奈はやや硬い笑顔を見せた。





その後ひとみの仕事が忙しくなり、そこでふたりは店先を後にした。


「はあ、マジ緊張したよ。でも東山があそこまではっきりとした行動を取るとは・・・」


平一はホッと一息を付いた。


「うん・・・ごめんね・・・」


美奈の表情は冴えない。


「・・・でも、俺のことでふたりがもめて欲しくはないんだ。だから不満があったら俺に言ってよ」


「・・・うん・・・」


「東山、さっきの俺の態度でなんか気に障った?」


平一は美奈の表情がずっと冴えないのが気になった。


「あ、ううん。じゃなくって、さっきの大西さんの話が気になって・・・」


「え、なんかあった?」


「うん、東城さんと西野さんが花を贈りあったって、あの話・・・」


「ああ、あれね。で、どこが気になったの?」


「うん・・・」


美奈の表情はさらに暗くなっていく。


(東山、どうしたんだ?)


美奈の心がまだ読みきれない平一もまた不安になる。






「あたしの考えすぎだと思うんだけど、東城さんと西野さん、本当は仲が良くないんじゃないかって思って・・・」


「え、なんで?」


「お互いが贈った花。あれの花言葉が気になって・・・」


「花言葉?さすがに俺は分からないなあ・・・」


「ううん、中山くんもよく知ってるよ。たまたま偶然重なったんだろうけど、中山くんのほうが詳しいんじゃないかな?」


「へ?俺花言葉なんてぜんぜん知らないよ?」


美奈の言葉が理解できない平一。


「呼び方を変えれば分かるよ。例えば東城さんが西野さんに送ったヒガンバナだけど」


「ああ、東山がレインなんとか・・・って言ったやつね」


「うん。あれ、英語ではゼフィランサスって呼ぶの」


「ゼフィランサス!」





(って・・・あの作品のアレか!)


平一のガンダムオタク頭脳がとある機体を思い起こす。


「さらに西野さんが贈ったホオズキ、あれは英語でサイサリス」


「さ・・・サイサリス!!」


さらに2機目の機体が思い浮かぶ。


(こ、こんなことが・・・ちょっと待てよ、確か3機目は・・・)


平一は驚きながらも、美奈に尋ねた。


「じゃ、じゃあ・・・もうひとつ贈った、確か洋ランって・・・」


「洋ランはいろいろ種類があるから断定できないけど、一番種類が豊富なのは・・・」


「で・・・デンドロビウム?」


平一の問いに対し、美奈は小さく頷いた。






「ゼフィランサス・・・サイサリス・・・デンドロビウム・・・マジかよ」


偶然が重なった平一は驚きを隠せない。


「その偶然も驚いたけど、けどお互いがそれぞれ贈った花とそのタイミングも気になって・・・」


「まず西野さんがサイサリスとデンドロビウムを贈って、お返しに東城先輩がゼフィランサスを贈った・・・」


「・・・どんな真意が込められているのかまでは分からないけど、花言葉を知ると、ちょっと嫌な感じがしない?」


「ああ・・・」


平一は美奈の曇っていた表情の理由がようやく理解できた。


そして、改めて3つの花の花言葉を頭の中で繰り返した。





(ゼフィランサス・・・純白の愛)





(サイサリス・・・略奪)





(デンドロビウム・・・強欲な女性)






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