ichigoWAR-15  - takaci様






「ほらほらひとみちゃん泣かないの!せっかくのかわいい笑顔が見れないでしょ!」


つかさは笑顔でひとみを優しくあやす。


「西野さぁん・・・あたし振られちゃったよお・・・ぐすっ・・・」


「うん聞いてるよ。じゃあお店の中で話そっか?あたし特製のケーキもあるよっ!」


つかさは小さくて可愛らしいケーキ箱を差し出した。


「ぐすっ・・・お願い・・・します・・・」


ひとみはつかさに手を引かれながら、花屋の奥へと入っていった。






店の奥に設けてある休憩や雑務用の部屋。


そこに備えられているテーブルに向かい合わせでふたりが腰掛け、ひとみがつかさに詳細を話した。


「じゃあ振られたって言うより、その東山さんって子に負けちゃったんだね」


つかさはひとみの話を聞いて、そう判断した。


「あたし、東山さんの存在はもちろん気にしてたし、彼女も平一くんを好きだってなんとなく気付いてた。けど実際に負けるとは思ってなくって・・・」


「うん・・・」


相槌を打つつかさ。


「あたし平一くんに助けられて、それから平一くんを知りたくて、知り始めたらどんどん惹かれて行って・・・それ一生懸命アピールしてたのに・・・」


「ひとみちゃんの、何かが足らなかったんだろうね」


「その何かって、なんですか?」


「それはあたしには分からない。気持ち的なものなのか、その場の雰囲気とか、あとタイミングとかね」


「タイミングって、そんなのが恋愛に関係するんですか?」


ひとみは信じられないといった表情を浮かべている。


「あるよ。それはこれからいろいろ経験して分かっていくものだからね。けど今いちばん重要なのは、ひとみちゃんが今後どうするか、じゃないかな?」


「どうするかって、どういうことですか?」


「その平一くんを諦めて新しい恋を探すか、それとも諦めずにアタックし続けるか。まあこれはオススメしないけどね」


「そ、そんなあ・・・あたし平一くんを諦めるなんて出来ません!何度も何度も考えて・・・諦めるのも考えたけど、やっぱり出来ません!」


ひとみははっきりと強い意志を示した。


「でもそれって辛いよ。あたしも同じような経験してるけど、好きな人の心に別の女の子が居るだけでもかなりしんどい」


「西野さんもそんな経験してるんですか?」


「うん。でもひとみちゃんの場合は、平一くんにはもう付き合ってる子が居るんだから、とっても辛い状況だよ。それでも想い続けられるの?」


つかさは鋭い視線をひとみに向け、厳しい質問を放った。





ひとみはしばらく黙り込んでしまった。


だが、


「・・・諦めません。あたし平一くんにアタックし続けます。東山さんから平一くんを奪ってみせます!」


ひとみもまた、真剣な眼差しでそう返した。






「そう。なら絶対に想いを絶やさないことと、あと過激な行動は禁物だよ」


「えっ?すこし過激気味にアタックしようと思ってたけど、ダメなんですか?」


「過激は相手が引いちゃうから。それに大胆な行動が無くても強い想いが伝われば必ず相手の心に響くから。我慢強く粘るのが大切だからね」


つかさは優しい笑顔に変わり、そうアドバイスした。


「分かりました。でも西野さんでも恋愛では辛い経験されてるんですね・・・」


ひとみは意外そうな表情を浮かべている。


「あたしは淳平くんといろいろあったから。都合2回別れてるしね」


「えっ、そうなんですか!?」


驚くひとみ。


「まず中3の冬に付き合い出して、約1年後に振られた。それでも2年想い続けて、高3の秋にあたしから告ってまた付き合い出したの」


「そのあと、また別れたんですか?」


「あたしはそんな気無かったんだけど、パリ留学直前に『白紙に戻そう』って言われて、それを気にまた別れた。けど別にお互いの気持ちが冷めてはなかったんだ」


「そうなんですか・・・」


「それで向こうに4年間居てその間も想い続けて、帰国して再会してまた付き合い出して、そして今に至るってわけ」


「なんか、とてもドラマチックですね。それに付き合ってる期間より別れてる期間のほうが長いなんて・・・」


さらに驚くひとみ。


「あたしの場合はそうなるね。でも淳平くんへの想いはずっと絶やすことは無かった。それがあるから、今のあたしと淳平くんがあるんだよ」


「想い続けること・・・ですか・・・」


「あと、その自分の想いを信じること。けどこれが大変なの。あたしのときは淳平くんの周りに他にもたくさん女の子が居て・・・かなりしんどかったなあ」


つかさは昔を思い出す。


「真中さんって優しくって、なんかいい雰囲気があるから、それなりに女の子にはもてそうですよね」


「ほかに淳平くんを好きになった子はみんなかわいくてスタイル抜群の子ばっかりだったから、あたし何度も何度も自信失って心が折れそうだったんだよ」


「西野さんでもそんな風になるなんて・・・他の子ってどんなタイプだったんですか?」


「例えばさつきちゃんかな。もうグラビアアイドル以上のダイナマイトボディで積極的な性格で・・・積極さではひとみちゃんも似てるかもね」


「えっ、そうなんですか?」


「でも淳平くん曰く、良くも悪くもまっすぐで純真で積極的過ぎたんだって。だから申し訳なさが先に出て引いちゃったって聞いた」


「男の子の心も複雑ですね。あ〜なんか自信なくなってきたなあ・・・」


ひとみは頭をテーブルに伏せて塞ぎこむ。


「辛いことだけど、いっぱい悩んで。悩んで悩んで考えて、そうやっていろいろ分かっていくんだから、ねっ!」


つかさは明るい声でひとみの肩をぽんと叩いた。


「はぁ〜い・・・」


答えるひとみの声は元気が無い。





そこに店長がやってきた。


「あの〜ひとみちゃんそろそろいいかな?凹んでるところ悪いけど・・・」


「は〜いわかりました〜」


ひとみは鈍い動きでエプロンを身に付け、仕事に戻っていった。





そんなひとみを見送る大人の女性ふたり。


「ひとみちゃん、あの様子だとしばらく引きずるかな」


店長はひとみの様子を見て、そう判断した。


「大丈夫ですよ。ひとみちゃんはあたしより強いから。しばらくすれば立ち直りますよ」


「そういうつかさちゃんは、最初はかなり引きずったんだ?」


「高1のときですね。振られてから1ヶ月くらいはもう毎日泣いて、淳平くんを知りたくていっぱい映画観たりして、でまた泣いて・・・の繰り返しでしたねえ」


「1ヶ月以上そんな状態かあ。それは辛かったでしょうねえ」


店長も驚きの表情を見せる。


「で、結局思いを断ち切れずに、振られた男の子のためにバレンタインチョコ手作りして、淳平くんの家の前にそっと置いてきて・・・今思えばストーカーっぽかったかも」


やや頬を赤くするつかさ。


「つかさちゃんって結構サバサバした性格だと思ってたけど、意外とねちっこいんだねえ」


「そうですね。ねちっこくて嫉妬深くて・・・なにせ別れてるときも6年間想い続けてたんですから」


「でもそこまで好きってことは、彼は生涯のパートナーになる人なのかもね」


「あたしはそう思ってます。だからどんなことをしても守りたい。どんなことをしても・・・」


そう語ったつかさの目は、急速に冷たくなっていく・・・


「つかさちゃん?」


店長もつかさの変化に気付いた。


「あの、店長さん、ある人に花を贈りたいんですけど・・・いいですか?」


つかさは冷たい目のまま、店長にそう尋ねた。




















数日後。


都内のとある某所で綾の新刊発売記念サイン会が行われた。


この催しは発行元の出版社が企画したものであり、出版社のホームページや綾のブログ等でも事前に告知されていた。


会場となった書店には綾の熱心なファンが訪れ、手に入れたばかりの新刊に綾が手際よくサインを書いて行く。


そして笑顔で握手を交わし、一言二言会話を交わす。


綾のファンにとっては、至福のひと時になった。





そして会場には、関係者や熱心なファンから花束や電報が多数寄せられていた。


サイン会が終わった後、綾はそのひとつひとつに目を通していく。


そして・・・


「あれ・・・西野さんから?」


つかさから綺麗に飾られたふたつの鉢植えが送られていた。


さらに、つかさ直筆のメッセージも・・・





「・・・ ・・・ ・・・ 」


綾はやや悲しげな表情に変わる。


そしてしばらく後、淳平に電話をかけた。


「あ、真中くん、お疲れ様です。うんサイン会終わったよ。みんな喜んでくれて、あたしも嬉しかった」


淳平との会話のひと時は、綾にとって心安らぐ大切な時間である。


自然と笑顔に変わっていく。


「でね、西野さんが花を贈ってくれたんだ」


[へえ、つかさがねえ、ちょっと意外だなあ]


電話口の向こうの淳平は素直に驚いていた。


「それでお礼って言うか、お返しをしたいんだけど・・・なんかいい方法ないかなあって思って」


[ああ、それならもうすぐつかさのケーキ屋が新装開店オープンするんだ。そのときにお返し送ったら?]


「え、そうなの?」


[ああ。俺達が映画の下見に行ったあたりから改修工事が始まって、もうすぐ終わるんだよ。どうせいろんな所から花が来るから、そのときがちょうどいいんじゃないかな?]


「うんありがとう。ねえ、その改修オープンの日って分かる?」


[今はちょっと・・・でも調べてまた連絡するよ]


そこで淳平との会話は終わった。






(西野さん・・・こんな風に思ってるなんて・・・)


(あたしから波風立てたくは無かったけど・・・もう仕方ないかな・・・)



綾は悲しげな表情の中にも、小さな決意を秘めていた。






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