ichigoWAR-13 - takaci
様
「へえ、東城さんってこんなブログ書いてたんだあ」
午後の鶴屋。
つかさは昼休みの時間に店のパソコンでネットに繋ぎ、綾のブログを熱心に読んでいた。
「昨日の電話のときのこっちの様子、東城が自分のブログに写真付でアップしたからよかったら見てみなよ」
今朝、淳平と電話で話したときのこの一言がきっかけだった。
(ふふっ、ひとみちゃんったら敬礼なんかしちゃって・・・うなだれてる淳平くんもなんかおかしくて笑えちゃう)
ソファで仰向けになってうなだれる淳平と、それに向かって敬礼しているひとみの写真がアップされていた。
さらにそのときの状況を、綾の文面によって簡潔に分かりやすく伝えていた。
(やっぱり東城さんって小説家なんだなあ。このブログの簡単な文章でも分かりやすくって読みやすいや)
(これ以前の日も、さらにその前の日も・・・とっても分かりやすくって読みやすいし、それに面白いなあ)
当初は昨日の日記のみ目を通すつもりだったが、それ以前に書かれた日記にも目を通していた。
つかさもいつの間にか、綾の書く文面の魅力に惹かれていた。
(ただのブログでこれだけ読みやすくって面白いんだもん。あたし東城さんの小説読んだこと無いけど、たぶん小説も読みやすくって面白いんだろうなあ)
(映画監督の淳平くんとしては、東城さんの描く小説の世界がとても魅力的なのもなんとなく分かる気がする)
(東城さんにとっては、自分が描いた空想の世界を淳平くんが映画という形で具現化してくれる)
(東城さんにとっても、淳平くんにとっても、お互いがとても魅力的で大切な存在・・・)
(でもあくまでそれは仕事上のみの話。淳平くんもそう言ってる。言ってるけど・・・)
(・・・それが仕事を超えた感情になって、仕事以上の関係になることも十分にありえるはず・・・)
(でもでも、東城さんと淳平くんの関係はあたしと日暮さんの関係と同じ。昔は淳平くんもあたしと同じような心配をしてた)
(けどそれは違った。あたしにとって日暮さんは尊敬する上司というか師匠であって、それ以上でもそれ以下でもない。それは変わらない)
(だから淳平くんと東城さんも、あたしと日暮さんと同じ。あたしのこの不安はただの杞憂に過ぎない・・・)
(・・・でも・・・この胸のざわめきは何?)
(・・・だって、相手はあの東城さん。本当にただの杞憂で済むの?)
(昨日の日記・・・なんかとても余裕が感じられる。東城さんって、仕事だけの関係になったからってすぐに割り切れるような人じゃないはず)
(この余裕は・・・いつでも淳平くんを奪えるって意味なの?淳平くんはそれを知って、あたしにこの日記を見るように言ったの?)
(ううん、それは絶対に無い。淳平くんは信じてるもん。信じてる・・・)
(・・・淳平くんを信じないわけじゃない。淳平くんは信じてる。でも・・・)
(・・・やっぱり分からない・・・分からないのが・・・余計に不安になる・・・)
(・・・でも・・・でも・・・でも・・・)
淳平が綾のブログを見るように薦めたのは、つかさの不安を取り除くためだった。
だが皮肉にも、このブログはつかさの不安をさらに助長させてしまっていた。
ドドーン!!
浜の夜空に大輪の華が咲く。
その華が放つ色とりどりの光が、浜辺に居る多くの人々の笑顔を照らし出す。
旅行2日目の夜。
旅館の近くで夏祭りが始まった。
海上では花火が打ち上げられ、浜辺には多くの屋台が軒を連ねる。
そこに集う人々は皆笑顔に包まれていた。
平一たちも夏祭りを楽しんでいた。
女性陣は艶やかな浴衣で身を包み、より華やいだ雰囲気を醸し出していた。
ただ、ここにきて予想外の事態が発覚。
この旅行を企画した平一の友人と、美奈の友人のひとりがカップルになっていた。
傍から見ると、とても良い雰囲気に見える。
「ねえねえ平一くん、あのふたりってどう思う?」
ひとみがとても楽しそうな笑顔で尋ねてきた。
「なんか、いい感じだよな。でもこうなるとは・・・ちょっと予想外」
「これがひと夏の恋ってモノなのかなあ?それともずっと続くのか・・・あたしとしては続いて欲しいなあ!」
「俺も、オタク仲間に彼女が出来るのは嬉しいかも。なんかオタクが認められたような感じがする」
平一にも自然と笑みがこぼれる。
そこにひとみがさらに深く突っ込んだ。
「ふ〜ん、平一くんは彼女いなくてもいいの?友達に彼女が出来て、平一くん自身が居ないのは悔しいんじゃないの?」
ドドーン!!
花火の光が、ひとみの意味深な表情を照らし出す。
(俺は・・・)
平一は言葉に詰まってしまった。
(俺のそばにはずっと女の子がいた。ひとみちゃんと、東山・・・)
(でもふたりとも彼女じゃない。今は、友達みたいなもん・・・)
(それを、彼女みたいなもの錯覚してたのかもしれない・・・)
(確かにひとみちゃんの言うとおり、あいつに彼女が出来て俺が居ないのはちょっと悔しい)
(じゃあ・・・)
そんな平一の思考を中断させるアナウンスが流れる。
『来場の皆さん!これからこの祭り恒例の特製線香花火の配布を開始します!カップル、夫婦、親子、友達、どなたでも結構です』
(ん?)
思わず耳を傾ける平一。
『絆を深め合いたいふたりで楽しむ、今ここだけしか手に入らない線香花火です!』
『ふたりでひとつの花火を持ち、その火の玉が繋がって落ちたとき、二人の絆はより深まるというこの花火!ご希望の方とふたり一組で東側テントまでお越しください!』
「へえ、こんなイベントがあったんだ、知らなかったなあ」
(でもあいつは知ってたかもな。ひょっとしてこれが狙いでこの旅行企画したんじゃ・・・)
(・・・ってなると、あのふたりはこの旅行以前からそんな雰囲気があったってことかあ)
(あいつって結構読めない所があるからなあ。でも変わったよなあ・・・)
友人のことをそんな風に思う平一だった。
「ねえ平一くん!あたし達も行こうよ!?」
隣のひとみが笑顔でそう問いかけてきた。
「え?俺達ふたりで?」
平一は素直に驚く。
「だってカップルでも友達でもいいって言ってたじゃん。まああたし達の場合で友達はないけどねっ!」
「ええっ!?」
「大好きな人と深い絆で結ばれる。素敵じゃない!だからあたし、絶対に平一くんとこの花火したい!!」
ドドドドーーーン!!!!
いくつもの瞬く光が、ひとみの魅力的な笑顔を照らし出す。
多くの男の心を惹き付ける、とても魅力的な笑顔だ。
(この笑顔のひとみちゃんが、俺の恋人になる・・・)
(俺だってひとみちゃんが好きだ。ちょっと分からない所あるけど、性格も凄くいい娘だし、相性だってそんなに悪くないはずだ!)
ひとみと知り合って数ヶ月。
その間の日々を思い出し、平一はそう思っていた。
(後は、俺が決断するだけだ!)
平一はひとみの手を取ろうとする。
そのとき、
ドドドドドドドドドドーーーーーーーーン!!!!!!!
空に大量の華が咲き、あたりが色とりどりのまばゆい光に照らされた。
(あっ・・・)
そして、その光が平一の視界にある人物の姿を映し出した。
(東山・・・)
美奈はやや離れた所でとても悲しそうな表情をうかべている。
唇をぐっとかみ締め、何かをこらえるような表情で平一たちをじっと見つめていた。
そして、くるっと向きを変えてひとりきり、人ごみの中へと消えていく。
(東山・・・俺は・・・)
平一の脳裏には、今度は美奈との日々が思い浮かぶ。
(東山には、ひとみちゃんのような魅力的は笑顔は無い。でも、とても落ち着くんだ・・・)
(俺が、俺で居られる存在・・・着飾らなくても、素のままで居られる女の子・・・それが東山だ・・・)
(ひとみちゃん・・・東山・・・)
(俺は・・・)
(・・・俺は・・・)
ドドドドドドドドドドーーーーーーン!!!!!
色とりどりのまばゆい光の中。
美奈の姿はもう見当たらない。
平一の傍らで、ひとみは笑顔から心配そうな表情に変わっていた。
数日後、
都内屈指の大きな催事場で開催されるキャラクターホビー限定のショー会場に平一の姿があった。
「やっぱダブルオー作品はあんま魅力に感じないなあ。10月6日放映だっけ?それ次第だろうけど、ちょっとなあ・・・」
「そんなことはどうでもいいよ」
あの旅行を企画した友人も一緒に来ている。
「お前が望んでたフロート付ランスロットは出てないなあ。紅蓮弐式の出来はどう思う?」
友人に感想を聞く平一。
「だからそんなことはどうでもいいんだよ!」
「なんでそんなに機嫌悪いんだよ?ガウェインが出てないからか?アレの製品化はまだ無理だろ」
「ギアス系はカレンとシーツーのフィギュアの出来がいいからそれで十分だ!」
「あたし、あんたの趣味は否定しないけど、あまりおおっぴらにしないでね。さすがにフィギュアは周りがちょっと引くから・・・」
あの旅行で友人の彼女になった、美奈の友人がやや悲しげな表情でそう呟く。
「ああゴメンゴメン、気をつけるよ!」
でれっとした表情に変わる平一の友人。
「彼女の影響で趣味が縛られるなんて俺はゴメンだなあ」
平一は友人に向けてやや哀れみの視線を送る。
「俺のことはどうでもいい!あの祭りの後のことを聞かせろよ!」
友人はやや声を荒げた。
「そうよそうよ!あのお祭りの後、中山くんと美奈ちゃんと大西さん、口を利くどころか目も合わせてなかったじゃん!!」
美奈の友人も平一に突っ込む。
「そう言われればそうだよなあ。なんか気まずくてな・・・」
頭を掻きながらバツが悪そうに話す平一。
「あたし美奈ちゃんに聞きたいけど恐くって・・・だからって大西さんに聞くのもちょっと・・・あたしとても心配なのよ・・・」
「そういうわけだ。彼女の不安を取り除くのも彼氏の役目だ。だから俺達には話せ。他言はしない。だから頼むよ」
友人は真剣な顔で平一にそう話す。
「分かったよ、実はな・・・」
平一はあの夜のことを思い出しながら、静かに語り出した。
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